イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    フラッシュライト フラッシュライト「一番の方は」
    「ダンスは申し分ありませんが、話し方に品がありませんね」
    「二番は」
    「とても素敵な声をしているけれど、音域がシャイロックと被っているね。悪くはないけれど、音域に幅がある方がハモリが豊かになる」
    「三番は?」
    「軽薄!」
     番号を読み上げ、オーディションの映像を見せながら審査をする。別室でオーディションの様子を見ていた彼らは、その鋭すぎる美意識と賛美眼でずっとこんな風に斬り続けている。誰も彼も逸材揃いだというのに、今回も合格者は無しなのだろうか。そう落胆しながら、番号を読み上げる。
    「十八番」
    「おや、この子ですか。ふふ、緊張なさっていて、随分と可愛らしい。身のこなしに光るものを感じます」
    「うん。どこか庇護欲をくすぐるような表情だね。歌声もとても素敵……ああ、僕たちの歌声と重なったらどんな響きになるんだろう!」
    「ダンスも歌も未熟だけど、それはこれからなんとでもなるもんね! 気に入ったよこの子」
    「本当ですか!」
     思わずそう言うと、彼らはにっこりと微笑んだ。
    「この子にしましょう」
    「僕も賛成」
    「俺も!」
     マネージャーはその言葉を待っていたのだ。ようやくメンバーが揃う。ほっと息を吐いて、結果発表をしに行くために立ち上がった。

     新しいアイドルグループを作る。そのメンバーのうち、もう三人は決まっていた。シャイロック・ベネット。独特の佇まいでアイドルだけではなくモデルや俳優もこなすオールラウンダー。ムル・ハート。ダンスの天才で、彼がひとたびステップを踏めば誰もが魅了される技量の持ち主。ラスティカ・フェルチ。圧倒的な歌唱力と、それだけではなく作曲までこなす音楽の天才。シャイロックとムルは同じグループで活動していた仲だったし、ラスティカはソロで活動をしていたのだ。シャイロックたちのグループが解散となり、新たに結成されるのがこのグループだった。三人とも、系統は違えど類稀な美貌の持ち主な上に、才能もある。自らが輝き続けるための努力も惜しまない。正直に言えば、この三人だけでも安定的な人気を集めることが出来るだろう。けれど、それだと安定し過ぎるのだ。化学反応が安定している物質に不安定さをぶつけてエネルギーを弾き出すように、安定し過ぎていては際立って上を目指すことは出来ない。だから、もう一人メンバーをオーディションする事になったのだ。
     その話をすると、彼らはわっと沸き立った。別のグループとはいえ、シャイロックとムルと、ラスティカは面識はなくても存在は知っていたらしい。悪くはないけれど、うまく行き過ぎる。そんな感想を抱いていたところに舞い込んだニュースだったのだ。事務所としても話題になるし、メンバーたちが歓迎してくれるのはありがたかった。
     しかし、そのメンバーたちがオーディションを受けに来るアイドルの卵たちを落としまくるのは想定外だった。オーディションを何度も何度も重ねても、三人のお眼鏡に叶う者はなかなか現れなかった。落として、落として、落としまくって、事務所が定めたデッドラインが見えてきた頃だった。
     オフの日に入ったアパレルショップ。いらっしゃいませ、の声に耳を惹かれた。透き通るような声。繊細さと可愛らしさとが同居している。その声がした方を見れば、はっとするほどの美青年がいた。大きな瞳には楽しげな色が浮かんでいた。仕事が好きなのだろうか、客のコーディネートの相談に乗ったり、商品を紹介したりしている様はとても楽しそうだった。すらりと長い手足、小さな顔。スタイルも申し分ない。客が途切れるのを待って、その彼に近付いていく。こちらに気付いてにっこりと笑う、その笑顔も魅力的だった。
    「何かお探しですか?」
    「あの、突然で申し訳ありませんが、私、こういうもので」
     社名と名前を名乗りながら名刺を差し出す。きょとんとした顔をして、彼はそれを受け取った。
    「お兄さん、アイドルに興味ありませんか?」
    「アイドル? キラキラしてて綺麗ですよね!」
    「アイドルになりませんか?」
    「え……ええっ!?」

     そんな風にしてスカウトしたのが、合格者のクロエ・コリンズだった。まさか合格してしまうとは思わなかったが、メンバーたちは彼のことをいたく気に入ったようだった。
     クロエは歌もダンスも素人だったが、飲み込みが良かった。厳しい練習にも耐え、デビューの日が見えて来た頃にはかなり上達をしていた。なにせ、経験者ばかりの中で踊るのだ。プレッシャーも相当なものだったに違いないのに、クロエはよく耐えた。元々運動神経も良いのだろうし、身体は柔らかい。リズム感も良い。そして少しでも上達したいとばかりに食らいついていく目には強い意思があったし、皆みたいに俺も輝けるかな、と不安と期待をないまぜにした顔で呟いていた。
     そして、クロエがそこまで厳しい練習に耐えてこれたのは、他のメンバーのフォローがあったからもあるだろう。シャイロックは面倒見のいい質で、クロエを何かと気にかけ、遅くまで練習に付き合ったり悩みを聞いたりしている。ムルはクロエとファッションの話で盛り上がり、オフの日に遊びに行って気晴らしをしたり、さり気ない助言をしたりしていた。ラスティカもクロエの練習に付き合って、落ち込みがちなクロエを励ましたり、遊びを交えてレッスンをしたりしている。三人とも、クロエを気に入っているのだ。四人で遊びに行った事も、一度や二度ではないらしい。良いチームワークが生まれそうで安心した。
     どんなに極上のメンバーを集めても、気が合わないならば極上のステージは生まれない。フォローしあい、共に高みを目指せる、良いグループになる予感がした。

     デビューへの準備が始まると、息つく間もない忙しさになった。デビュー曲はラスティカが作った物だったが、その曲を聴くなりメンバーはわっと沸き立った。
    「すごい良い曲!」
    「ええ、本当に」
    「早く踊りたい!」
    「嬉しいな、ありがとう」
     ラスティカはそう言ってにこにこと笑っている。ラスティカの声で入っている仮歌は、聞いているだけで心が浮き立ってしまうような軽快なメロディーだった。曲自体も、踊り出したくなるような軽やかなリズムと都会的で洒落た音遣いで、ムルはもう足でとんとんと軽くステップを踏んでいるところだった。
    「それで、これが歌詞と歌割りです」
     そう言ってメンバーに手渡せば、皆真剣に読み始めた。ふんふんとメロディーを確認するように鼻歌で歌いながら読んでいたシャイロックが何かに気付いたのか、こちらをじっと見た。
    「この曲、センターはもしかしてクロエですか?」
    「ええっ!?」
    「そうだよ。あてがきしてメロディを作ったんだ」
    「ラスティカの独断?」
    「僕は推したけど、ちゃんとプロデューサーと話し合ったよ」
     ね? とラスティカはこちらにウインクする。確かにその通りであるし、事務所としてもその方針で行こうと思っていたのだ。
    「悩みましたが、クロエはまだ何色にも染まっていません。以前から活動していて、カラーが定まっている三人では自動的にグループ自体のカラーが決まってしまいますが、クロエは違う。何者にもなれる可能性を秘めている。だから、クロエをセンターにと」
    「なるほど……? で、でも俺に出来るかな」
     クロエは納得したような、していないような、不安げなような顔をしていた。当然だろう、元からアイドルをやっていたメンバーを差し置いてセンターなどと、普通に考えても大変な事だ。彼がファンにとってどう写るか、想像しただけで不安にはなる。三人のファンからすれば面白くないかもしれないし、下手をすればその矛先がクロエに向かいかねないだろう。諸刃の剣ではあったが、それでもやるだけの価値はあるのだ。
     ムルが不安げなクロエの前にしゃがみこみ、顔を覗き込む。口角を上げて笑うと、愛嬌のある八重歯が覗いた。
    「クロエ。芋虫が蛹になって、それから蝶になるよね。蛹の中で幼虫は身体を溶かして、生まれ変わる。羽化にはとてつもないエネルギーがいるし、下手をしたら死んでしまう。でも、幼虫は羽化をする。美しい蝶になるためにね」
     にまり、とムルが笑う。どこか凄みのある笑みだった。目がぎらりと光る。クロエがはっと息を飲んだ。
    「クロエ。蝶になるんだ」
    「ええ、そうですね。今の貴方も魅力的ですが、自由に飛ぶ事のできる羽根を持った貴方は、太陽も嫉妬するほど輝くでしょう。それは辛い道のりかも知れませんが、それでも。楽しいですよ、こちら側は」
     シャイロックもそう言って微笑む。その笑みには長年アイドルとしての人生を送ってきた自信と誇りが垣間見えた。クロエはシャイロックの顔をじっと見詰めていた。
    「もちろん、僕たちも一緒だ。ねえ、クロエ。勇気を出して踏み出してご覧。その先にあるのは、素晴らしい景色だよ」
     ラスティカがクロエの肩をそっと抱く。優しい口調ながら、やはり自信を滲ませたラスティカの言葉に、クロエは唇をかみしめた。
    「でも、俺、歌もダンスも素人なのに、みんなの方がずっと上手いのに、センターなんて」
    「おや、最初は誰もが素人でしょう?」
    「みんなのステージをめちゃくちゃにしたらどうしよう」
    「そしたらめちゃくちゃに踊っちゃおう!」
    「みんなのファンだってどう思うのかなとか気になっちゃって」
    「クロエ、誰がどう言おうと関係無いよ。君がやりたいか、やりたくないかだ」
    「ええ……」
     クロエは目を泳がせ、そして俯いた。自信に満ち溢れた三人と比べ、クロエは控えめであまり自己肯定感が高いタイプでも無いらしい。彼のメンタルケアは今後の課題になるかもしれないと思いつつ、三人をクロエから引き剥がす。
    「圧が強いです。クロエさん、無理なら無理と言ってください。やりたいのなら全力でサポートしますし、センターの機会がこれっきりというわけでもないです。ですから、無理はしないでください」
    「はい……でも、うん。やります」
    「本当ですか?」
    「うん、挑戦、してみたい!」
     クロエの瞳はきらきらと輝いていた。その言葉を待っていたと言わんばかりに、皆わっと沸き立った。本当に嬉しいのだろう。ムルはぴょんと跳ね上がりクロエに飛びついたし、シャイロックも満面の笑みでクロエの頭を撫でた。ラスティカはずっと隣に陣取りながら、クロエの手を握ってにこにこと笑っている。これからの道のりを思えばクロエにとっては辛い事もあるだろうが、確実に成長するだろう。その時の彼らのステージがどのような物になるのか、今から楽しみだった。

    ***

     会場は期待と、同じくらいの不安で埋め尽くされている。観客たちは皆、客電が落ちる瞬間を今か今かと待っていた。
     今日は、推しているアイドルの初ライブだった。今まで活動していたグループが解散し、次はどうするのだろうと思っていたら、新しいアイドルグループを結成するという報せが舞い込んだ。いつものようになんとなしにSNSを眺めていたときにそれを知り、私は出先なのも忘れて息を呑んだ。流れてきたのは長らく新しいアーティスト写真を見ていなかった推したちが並んで写っているもので、それを見て涙が出るほど嬉しかった。他のメンバーは学業に専念したり他にやりたい仕事があったりなどでアイドルを廃業するらしかったけれど、シャイロックとムルはまだアイドルを続けていくようだったから。推しであるムルと、その相方だったシャイロックが一緒のグループとしてまた活動してくれてとても嬉しかったのだ。
     あとのメンバーは、と慌てて目を横に移動させる。一人は見覚えがある。ラスティカはアイドルというよりシンガーソングライターと言ったほうが良いのでは、というくらいに歌が上手く、しかもそれを自分で作っているというのだから驚きだ。そしてもう一人、知らない男の子が笑顔を浮かべている。可愛い子ではあるけれど、誰なんだろう。そう思ってホームページに飛ぶ。メンバーのプロフィールで名前を知る。クロエというらしい。応募者1万人のオーディションから選ばれた新人、という触れ込みがついていた。1万人はさすがに盛ってるだろ、と思う。写真はポップな色合いで皆揃いのデザインのカラフルな服を着ていた。取り澄ました表情ではなく、自然で柔らかな笑顔。キラキラと輝くカラーメイクを施された目元は可愛かったけど、どちらかといえばセクシーで大人っぽいイメージだった前のグループとの違いに戸惑ったのが正直な感想だった。
     イヤホンを繋ぎ、新曲として貼られている動画サイトのURLをタップする。流れ出したのは軽快でダンサブルなポップソングだった。どこかの屋上のようなところでリズムに合わせステップを踏んでいた。流石に、皆上手い。息のあったダンスと、綺麗なハモリ。ムルもシャイロックも、以前から見ていたから知っていたけれど改めて見ると惚れ惚れするような身のこなしだった。軽やかで、上品で、どこか色っぽくて。ラスティカのダンスは初めて見たけれど、二人に負けず劣らずキレのある動きだった。伸ばした指の先まで優雅で、たおやか。クロエも、新人とは思えない程の動きで感心した。初々しい笑顔も魅力的で、こなれた雰囲気のある三人の中にあってフレッシュさを与えていた。
     それでも、クロエがどんなに可愛く優秀な新人でも、センターがクロエというのに私は動揺してしまった。わかっている、頭ではわかっているのだ。しかし、推しの方が上手いのに、だとか、先輩なのに、とか、無駄に考えてしまう。四人のバランスを見たらこれが一番なのもわかる。けれど、ファンの欲目でつい思ってしまう。うーん、と唸りながら、一曲通してミュージックビデオを見る。もう一度、もう一度、と繰り返し、ようやくその配置に慣れてきたところで一旦停止した。
     冷静に判断するまで時間がかかるかも知れない。デビュー曲として公開されたのは一曲だけだったが、シングルを何曲かリリースして、アルバムが作れるくらいになったらツアーをやるのだろう。さすがにそれまでには感じ方も変わっているだろうし。そう思って動画サイトを閉じ、SNSに戻って大声を上げそうになった。先程の新曲はアルバムリードトラックで、アルバム発売日に初ライブを行うのだという。めちゃくちゃだ。そんなのは聞いた事がない。今はいくら配信で聴けるとはいえ、初ライブまでにアルバムを聴き込めないのだ。でも同時にわくわくしていた。ライブは生配信もされるらしいが、そんなの絶対に行かなければいけない。そう思って、チケット戦争を勝ち抜く決心をした。
     そして、今。アルバムは配信開始と共に聴きまくり、なんとか全曲覚えたところだ。どんなライブになるのだろう。期待と不安を抱えたまま待っていると、客電が落ちた。きゃあ、という歓声が上がる。高鳴る心臓を持て余しながら、サイリウム片手にメンバーが出てくるのを待つ。大きなモニターにカウントダウンが写る。さん、に、いち、ぜろ! 観客の声が合わさった瞬間、ステージが眩く照らされる。セットの上方、スクリーンのような薄い膜が張られているところにシルエットが映る。気取ったポーズのシルエットが彼ららしくてくすりと笑う。しかし、次の瞬間、声が聞こえたのは、後方のサイドステージだった。
    「お待たせ!」
     ムルの声だ。悪戯っぽい笑顔がスクリーンに映る。カラフルで上品な、色違いでお揃いなジャケット姿で登場した四人に、観客から歓声が起こる。そしてそのまま、アルバムのリードラックのイントロが流れた。
     そこから先は夢のようだった。眩いステージはきらきらと輝いて、最高の歌とダンスに魅了される。緊張しているのか、多少硬い表情だったクロエも、次第に心からの笑顔になる。透明感のある歌声が伸びていく。ムルは重力を感じさせないような動きでステージを駆け回り、楽しげに歌う。ラスティカは圧倒的な歌唱力と、激しく踊ってもどこか優雅な動きで魅せる。シャイロックはそんな中にあっても落ち着いて、しかし楽しそうに安定した歌声を響かせる。見ているだけで自然と笑顔になる。格好いい、きれい、かわいい、美しい、言葉を尽くしても足りない。ソロ曲やユニット曲もあり、ラスティカとシャイロックの溢れ出す色気にやられたり、ムルとクロエの可愛らしさに微笑ましい気持ちになったり。しっとり聞かせる曲は聞かせ、楽しい曲では踊らせる。何より、本人たちがとても楽しそうだ。激しいダンスをし、何曲も歌って、なお笑顔を絶やさない。MCは無しの1時間半。アルバムに無い曲も歌ったり、ダンス曲があったりで驚きの連続だった。
     このライブを見るまでの不安は氷解していた。この四人が好きだ。歌が好きで、ダンスが好きで、楽しそうに笑う四人が好きだ。心の底からそう思って、終演後もしばらくぼうっとしていた。次のライブはいつだろう。今日やった新曲はいつCDが出るのだろう。早く、彼らが見たい。クロエがデザインしたのだという、上品な可愛さのタオルで涙を拭きながら、余韻を噛み締めるのだった。


    ***


     最近、新しい推しのアイドルが出来た。名前はクロエ。実力者ばかりのグループの中で、新人として頑張っている子だ。どこか子犬のような愛らしい雰囲気と、透明感のある歌声。応援したくなるような子だった。メンバーみんなに愛されているらしいのも頷ける。デビューしたては少し危なっかしいところもあったけれど、最近では慣れてきたのか余裕のある顔も見せるようになった。推しが成長するのは嬉しいものだ。
     そんな彼が個人のSNSアカウントを作った。他の三人はそれぞれ個人のものを持っているけれど、彼だけ持っていなかったのだ。リーダーであるシャイロックは、告知やライブ後を中心に、たまにプライベートを覗かせるようなファン心理をよくわかっている投稿が特徴だった。晩酌、という言葉と共に上げられる自撮りは少し酔っているのか、いつもよりも色気が増していてこちらの心臓が持たない。けれど隙が無く、彼のプライバシーに関わるようなことは一切わからない。共演者やメンバーとのツーショットなどもまめに上げてくれる。ある意味、アイドルとして安心して見ていられるアカウントだった。
     ムルは彼の頭の中を覗いているような、自由奔放で哲学的な事を投稿したかと思えば意味のわからない遊びをしている様を投稿したり、たまに炎上すれすれの事を投稿するのは本当にやめてほしいけれど本人が楽しいなら……という感じのアカウントだ。でもファンからのリプライに返信をくれたり、オフショットを上げてくれたり、目が離せないのがまたムルらしいといえばらしかった。
     ラスティカは告知くらいであまり投稿しないけれど、たまにの投稿が新しい楽器や音楽の機材を買った、というもので、その新しい楽器などと一緒に写った至極嬉しそうな顔をした自撮りを上げているので、こちらは比較的穏やかな気持ちで見れる本人が楽しいならいいか、というアカウントだった。最近クロエとのツーショットが上げられていたり、クロエの話題を投稿したりなど、仲が良いのだろうなと思っていた。
     クロエのアカウントをフォローし、彼の投稿を見守る。よくやり取りをしているのがムルで、彼らの仲の良さが伝わるような内容で微笑ましい。他にも、同世代の若手アイドルたちとのやり取りとほっこりするようなものばかりだった。
     個人の投稿は、服やメイクに関する事が次第に増えていった。そもそも彼はショップ店員だったのをスカウトされたらしい。ライブのグッズのデザインや、近頃ではメイクや衣装のデザインにも関わっているというのだから、本当に好きなのだろうと思う。私服のセンスも、どうしたらその柄が着こなせるのだろうというような組み合わせを着こなしてしまうのだ。最近では以前からモデル業をやっているシャイロックとは別の、ジャンルや性別に囚われないファッションを扱っている雑誌でモデルとして活動していた。アイドルをやっているクロエとはまた別の側面を見れて、ファンとしては嬉しいものだった。
     そんな風にクロエの活動を見守っていたある日のことだ。彼のアカウントから、動画を配信するという告知があった。どうやら、クロエ個人の動画アカウントに動画をアップロードするらしい。近頃ではアイドルたちが自分のアカウントで配信をするのはよくある事だったから、同じような事をやるのだろう。単純に推しの姿をたくさん見られるのは嬉しい。その動画が早速見られるようなので、見てみる事にした。どこかのスタジオだろうか、事務所だろうか、クロエの家かもしれない。白い壁をバックにクロエが映っていた。
    『こんにちは! クロエです。第一回の配信が始まりましたー! 拍手!』
     ぱちぱち、と手を叩く。少し緊張しているのか、大きな瞳が忙しなく動いている。
    『このチャンネルでは、俺の好きなファッションとか、メイクとか、それ以外の事とか、いろいろ話していけたらいいなって思います。それで、第一回はね、緊張しちゃうから、ゲストを呼びました!』
    『もういい? クロエ』
    『あっ! だめだよラスティカ! 俺が紹介してからって言ったでしょう?』
    『そうだったね、ごめん』
    『もう! 改めて、ゲスト! ラスティカに来てもらいました!』
     先程から声だけだったラスティカが画面に映る。にこにこと微笑んでいる姿はいつ見ても上品で優雅だった。このグループでちゃんと追いかける前のラスティカのイメージはどこかクールな印象だったのに、実際は天然なのかというくらいぼんやりとした可愛らしい人だった。
    『初めての配信に呼んでもらえるなんて光栄だな。ありがとう、クロエ』
    『ううん、俺こそ、出てくれてありがとう! それで今日は、俺たちのステージメイクを紹介したいと思います。メイク自体はいつもメイクさんがやってくれたりするんだけど、俺は自分でやってて。衣装と合わせて考えてるんだけどね。それを今からやってみようと思います。俺たち今私服だからギャップがすごい事になりそうだけど……。今は、すっぴん。ラスティカに至っては寝起き。さっきまでお昼寝してたもんね』
    『うん。クロエの愛らしい声が僕を起こしてくれたんだ』
    『準備出来たよー! ってやつだね。それじゃあ早速やっていきたいと思います! 下地はこれ』
     クロエは説明をしながら、てきぱきとラスティカの顔にメイクを施していく。寝起きのすっぴんだというのにラスティカは美しかったけれど、クロエが手を加える度にそれがどんどん強調されていく。クロエはとても楽しそうに、メイクの説明を喋り倒している。ラスティカはクロエにされるがまま、時折クロエの話に相槌を打ち、とぼけた返しをしてクロエを笑わせた。それにクロエがツッコんで話が脱線し、慌ててメイクの話に戻って、というのを繰り返している間にメイクが完成した。ステージメイクだから、普段の化粧に使うテクニックではないもっと派手なものだった。シェーディングによってラスティカの彫りの深さが強調され、大胆に引いたアイラインときらめくアイシャドウが色気と華やかさを添える。元から美形だけれど、メイクをする事でアイドルの顔になる。そんな技術を見せられて、ほうっと息を吐いた。ただただすごい。クロエの多才ぶりに感心してしまった。
    『どう? うまくいった! ほら見てラスティカ』
    『おや、すごいね。クロエは本当にメイクが上手だ。ありがとう』
    『えへへ、嬉しいな。今度はもうちょっと違うイメージでやってみようね』
    『それは楽しみ。早くクロエの新作が見たいな』
    『うん、楽しみにしてて!』
     微笑ましいやりとりが続く。けれどふと気付く。この二人、やたらと距離感が近くないだろうか。メイクをしていた時はそうだろうけれど、今はただ喋っているだけだ。やたらと見つめ合うし、ラスティカはクロエの手を握ったり、頭を撫でたり。クロエは照れたように笑って、嬉しくてたまらないという風だ。彼が子犬なら、ぶんぶんと尻尾を振っているのだろうというくらいの。肩は完全に寄り添っているし、二人が目を合わせて笑い合う、その表情だって蕩けるようだった。動画が終わりに近付いて、クロエが締めて、二人が手を振る。やたら近くないか? 何を見せられているんだ? そんな感想を持ってSNSを見れば、似たような事を思った人は他にも居るようだった。
    「なんか、あの二人……ああだめだ、目覚めそう……」
     純粋に歌が好きだという気持ちで見ていたのに、生身の人間を「そういう」目で見るのはよろしくないとはわかっているのに! あんな風に見せつけられて、頭を抱えるしかない。だって、二人で話しているときのクロエの可愛さと言ったら。カメラの存在忘れていない? 大丈夫? そんな顔を配信してしまって、大丈夫? そんな事を思いながら、私はSNSアカウントに鍵をかけ、もう一度動画を再生したのだった。


    ***


     四人が歌の練習をしているはずのスタジオに着くと、妙な雰囲気だった。ラスティカが作った曲ではなくて、悲しげな和音が鳴っている。音程確認用に置かれた電子ピアノの前にラスティカが座り、しょげた顔でピアノを鳴らしているのだった。ムルはそんなラスティカが面白いのかにまにまと笑っているし、シャイロックも半笑いでラスティカを見守っている。クロエだけが少し焦ったような表情をしていた。それだけでだいたいの原因がわかったような気がした。
    「あ、マネージャー。おはよう!」
    「おはようございます。どうしたんですか?」
    「クロエにドラマの仕事が来たでしょう? そのドラマの原作にキスシーンがあるのを知ってショックを受けているようなんです」
    「ずっとあんな感じ。クロエがファーストキスじゃないから大丈夫だよって言ったら余計に拗ねちゃったんだ。あはは、ラスティカ、いい加減に機嫌直して!」
    「拗ねてない……」
    「拗ねてるじゃない! もう、なんで? 俺のドラマの仕事喜んでくれたじゃない」
    「キスシーンがあるなんて聞いてないよ」
    「無かったら大丈夫なの?」
    「恋愛ドラマだとも聞いてないな」
    「そりゃ、世にあるドラマの半分くらいは恋愛ものだからね?」
    「クロエの新しい仕事が嫌なわけじゃないんだ、でも気持ちの整理がつかなくて……」
     そう言って、ラスティカはまた和音を奏でる。なんとも言えず悲しい気持ちになる音が鳴った。
     クロエが出るドラマは、学校が舞台の恋愛もの漫画が原作のドラマだった。高校生の甘酸っぱい恋模様を描き十代を中心に人気の漫画で、それがこの度ドラマ化という事で開催されたオーディションで、見事に役を勝ち取ってきたのだった。主人公の親友で、何かと主人公の相談に乗り恋模様に振り回されつつも主人公カップルを応援するというおいしい役どころだった。クロエくらいの年齢のアイドルが初めて演じるには上々の仕事で、クロエも張り切って演技の練習をしているのだ。原作を読んで役への解釈を深めたり、俳優業もやっている他のメンバーに話を聞いたり。台本はまだもらってきていないが、気合は十分だった。
     そして、その漫画が今グループ内で流行っているのだ。回し読みをされたそれが今ラスティカの手に渡ったという事だろう。クロエはきゅんきゅんする〜! と言ってはしゃいでいたし、シャイロックは可愛らしいと言って微笑んでいた。ムルはこの先主人公カップルがどうなるのか真剣に予測を始めた。そして、ラスティカはしょげている。
    「俺が恋を演じるの、そんなに嫌?」
     クロエの役は、恋人が居る設定なのだ。その恋人もかなり登場するし、主人公たちの恋路を応援するのに活躍をする。子役出身の若手の女優がキャスティングをされていて、芸歴が長い彼女に引っ張ってもらう形になるだろうし、クロエの成長にもつながる良い仕事なのだ。それなのに、ラスティカは原作の漫画を読んだ後からずっとしょげているらしい。
    「嫌じゃないよ、でも……キスシーンがあるなんて……」
    「ラスティカだってエッチなシーンがあるドラマ出ただろ?」
    「あれは仕事だから……」
    「俺も同じだよ」
    「うん……」
     俳優業に挑戦するのならば、恋愛ものの脚本は避けられないだろう。ラスティカだってそれをわかっているはずで、実際彼もクロエが受けたよりもっと濃厚な絡みのある作品にだって出演しているのだ。演技とはいえ相手を愛する事もするし、本来ならば恋人にしか見せないような顔を晒す事もある。それは自分で選んだ道で、そういう仕事だからだ。気持ちはわからないではないが、可愛がっているメンバーが恋愛ものの脚本を演じる事で何故そんなに落ち込んでいるのだろうか。
    「なんか、娘が彼氏を連れてきた時の父親みたいですね」
     ふと思った事を口にすれば、シャイロックとムルは堪えきれずにけらけらと笑い出した。
    「あはは! ホントだ! ラスティカ、クロエのパパになっちゃった?」
    「その言い方だと語弊がありますよ、ムル」
    「わざと!」
    「そんな風だからすぐに炎上するんですよ。ほら、ラスティカ。私は次に仕事が入ってるんです。貴方の作った歌を歌いませんか?」
     シャイロックが割りこめば、ラスティカはいつもの快活さとは程遠い声で答える。
    「パパは嫌だな……」
     一応、話は聞いていたようだ。クロエはそろそろ業を煮やしたらしい。む、と唇を尖らせて、ラスティカが腰を下ろしている電子ピアノ用の椅子に座った。横長の椅子は二人ならば座れる大きさとはいえ、成人男性二人で座るものではない密着度だった。
    「じゃあ何ならいいの? もう……」
     そしてクロエはなおも悲しげなメロディーを奏でているラスティカの顔を覗き込むと、頬にキスをした。驚いて顔を上げたラスティカの、唇にもう一度。
    「ほら、機嫌直して? ラスティカにもたくさんしてあげるから」
    「クロエ……」
     ラスティカは、目をぱちぱちと瞬かせ、それから笑顔になった。じゃん、と明るい和音を奏でて、それから練習するはずだった新曲を弾き始める。ポップで明るいラブソングだった。
    「ふふ、それならいいよ。クロエがたくさんキスしてくれるなら」
    「良かった! じゃあ練習しよ?」
    「うん」
     その光景に頭を抱えたくなった。元々仲が良いと思っていたけれど、まさか恋人同士なのだろうか? だからあんなに落ち込んでいたのだろうか? 二人の間の視線が熱い事に慣れきってしまっていて、あまり気にしたことはなかったけれど。恋人同士なら、それはそれで事務所としても把握して対処したりした方がいいのだろうか。
    「あの……もしかしてお二人はお付き合いしてるんですか……?」
     すっかり二人の世界だったラスティカとクロエに声をかけると、二人はきょとんとした顔をした。そう問われるのが意外だというような、そんな顔だった。
    「付き合ってる? 俺たちが?」
    「どうだろう……二人はどう思う?」
     ラスティカがムルとシャイロックに振ると、二人はくすりと笑った。
    「付き合うの定義から始める? 手を繋いだら? 愛を伝えたら? キスをしたら? セックスをしたら? どこからかな?」
    「それなら、セックスはしたことが無いね。クロエへの愛はいつも伝えているけれど」
    「そうだね、じゃあ付き合ってない?」
    「そうなるのかな?」
    「それでいくと、俺とシャイロックはどうだろうね?」
    「ムルと恋人になった覚えはありませんよ」
    「俺たちに足りないのは愛の言葉だけだけどね!」
     それはつまりどういうことなのだろうか。深く考えない方が良いだろうか。いや、考えなくてはなるまい。何よりも大切なうちの事務所のアイドルたちのことだから。しかし、考えれば考えるほど、週刊誌にばれでもしたらまずいような推測しか出て来ないのもまた事実だった。
    「グループ内恋愛を禁止とは言わないので、仕事に支障は出ないようにしてくださいね……」
     そう言えば、はぁい、というわかっているのかわかっていないのか、敢えてわかっていないふりをしているのか、わからない返事が4つ帰ってきた。軽やかなメロディーが鳴り、極上の歌が聞こえてくる。今ばかりは、甘いラブソングに合わせて交わされる視線と微笑みの意味について、邪推せずにはいられなかった。


    ***


     まばゆいライトが照らすステージの上、踊って歌うアイドル達を、両手にサイリウムを持ち見つめていた。彼らは比較的明るめの爽やかな曲が有名だけれど、中には大人の男の色気を前面に出したミドルテンポのセクシーな曲や、思わず涙するくらいに感情を揺さぶられる壮大なバラードだってある。それもこれも、全て最推しであるラスティカが作っているのだ。彼の作曲の才能は天才的で、どんな曲も作れてしまうのだから驚きだ。それに歌も、ダンスだって最高で、どれだけ多才なんだと感服してしまう。
     今はシャイロックとのデュエットソングで、ジャジーな楽曲に合わせて二人が軽やかに踊っている。絡み合う視線と、密着度の高いダンスは見ているだけで顔が熱くなるくらいの色気が漂っていた。ハスキーなシャイロックの歌声が囁くように歌えば、艶のあるラスティカの歌声が畳み掛ける。サビ前の二人の掛け合いは睦言めいていて、過激な歌詞がそれを助長する。直接的な言葉は使っていないけれど、つまりそれってそういう事ですよね、という内容の言葉たちなのだ。挑発的にシャイロックが微笑めば、ラスティカも応えるように彼の手を取り引き寄せる。互いに挑発しあい、今にもキスでもするんじゃないかというくらいに顔を近付ける。間奏が聞こえないくらいの、悲鳴のような黄色い声が上がった。
     曲が終わり、二人が優雅にお辞儀をして手を振りながら捌けていく。入れ替わりにムルとクロエが飛び出してきて、じゃれ合いながら軽快なロックを歌う。疾走感のあるその曲は、ポップなメロが彼らの可愛らしさや賑やかさを表しているようだった。前向きな歌詞もいつも明るい二人らしくて良い。顔を見合わせ歌ったかと思えば、間奏では激しいダンスを披露する。途中でムルがバク宙を決め、わぁっと歓声が上がった。
     曲が終わり、ラスティカとシャイロックが再び出て来て四人での曲となった。二、三曲続けてアップテンポな曲を披露する。軽やかなダンスと楽しげな歌、仲の良さそうなメンバー達の様子。多幸感を与えられて私は思わず笑顔になる。
     そして、間奏。ラスティカがクロエに近付いていく。クロエはラスティカに気付いて両手を広げて出迎えようとした。いつもの仲良しな二人だ。二人がハグをして、黄色い歓声が上がる。そして、ラスティカがクロエにキスをした。
    「っ……!!!??」
     悲鳴のような、むしろ怒号という方が正しいような歓声が上がった。クロエはもう、というように笑って、ラスティカもにこにこと機嫌良さそうに笑っている。何を見せられたのだ。同性のアイドル同士がパフォーマンスとしてやファンサービスとしてキスをするなんていうのは割とよくある話だけれど、推しにやられると動揺してしまうのは仕方が無いと思う。対抗してなのかなんなのか、ムルがシャイロックにキスをして更に会場が揺れるほどの歓声が上がった。
     そんなファンサービスは今までやったことがなかったし、仲良しアピールは微笑ましいけれど、そこまでやられると引いてしまう。元々、私はラスティカの作る音楽が好きで彼を推すようになったのだ。アイドルグループとして活動するようになって、テレビやライブでの露出が増えて嬉しい反面、彼の曲たちが安っぽく消費されるのは複雑だった。よくある、売れる事に対しての面倒臭いファン心理というやつだ。仲良しアピールも、度を超えれば媚びのように感じてしまう。そういうもやもやをぐっと押し込めて、ライブに集中することにした。

     ライブ自体は最高だった。数日経って、その余韻もだいぶ落ち着いた頃。流れてきたニュースに私はため息を吐いた。
     よくある話だ。特に、アイドルなんていう人種には。どこまでが本当なのかわからないような熱愛報道。真剣に恋をしているのなら応援したい気持ちすらあるけれど、遊びならバレないようにやってくれ、と思う。ラスティカは、案外遊んでいるらしい。それはソロだった時から聞こえてきた噂だったけれど、グループで活動するようになって売れてから更に増えた。だいたいは、どこぞのクラブでモデルだかアイドルだかの女の子と踊ってたとか、二人で談笑していたとか、酒を飲んでいたとか、そんなレベルの記事だった。それが本当に熱愛なのか、はたまた遊びなのか、ただ踊っていただけなのか。本人では無いからわからないし、知りたくもなかった。本当にヤバい、例えばホテルに入っていくのを撮られたとか、キスしている写真が流出したとか、そんなものではなかったのだ。
    「何やってんの?」
     思わずそんな言葉が口をついた。写真に映っている二人は見覚えがあった。というか、つい先日こんな光景を目にした。クロエとラスティカがどこかの街中でキスをしている。夜の繁華街のようで、クラブやライブハウスなんかも沢山あるようなところだ。酔っ払っているのかもしれない。腕を絡めて笑い合ってる写真はまるで恋人同士のようだった。それでも、あの二人のメディア越しに見る仲の良さを考えれば、そんなに不思議でも無いような気がした。キスをしたのだって酔っ払ってふざけてしたのかもしれないし。それにしてはがっつり抱き合ってるけれど。
     これはネットが荒れるな、と思った通り、ファンたちはそれぞれに憶測を書き立ててた。あの二人なら遊びの延長でするかも、という見方が大半ではあったけれど、「ガチ恋」勢はかなり荒れていたし、面白半分に書かれた事を怒る人もいた。私も彼らが週刊誌のネタ作りのためにおもちゃになるのは許せなかった。
     そんな中浮上した噂に、私は息が詰まる思いがした。それは、クロエは男性が好きなのか、というものだった。どこが出どころだかは知らない。けれど、折しも彼がモデルをしている雑誌で、本物の女性と見紛うばかりの女装を披露したのと重なったのもあるのかもしれない。普段からユニセックスな服を着たり、メイクをしたり、彼が持つジェンダーレスな雰囲気から出た憶測なのかもしれない。私はそんな噂は悪趣味だとしか思えなかった。しかし、口さがなく噂する人はいるものだ。私は片っ端から彼らをブロックして、どうか噂の本人たちが傷付いていない事を祈る事にした。
     しかし、このネット社会で噂を本人たちが目にしない方が無理があるのだ。クロエの定期的な動画配信がまた告知され、いつものポップな雰囲気ではなく改まった告知の画像に、彼も何か思うところがあるのだろうという気配がした。ラスティカはあれ以降SNSの更新をしていないけれど、彼の投稿頻度を考えれば然程不自然ではなかった。無理に配信しなくても、もう少し落ち着いてからにしてもいいのに。そう思いながらも、私はクロエの配信を見る事にした。
    『皆さんこんにちは! クロエです。今日は話があって。びっくりさせた人がいたらごめんね』
     クロエは思ったよりいつも通りの明るさがあった。ほっとため息を吐く。もし、思いつめたような顔をしていたらどうしようかと思っていたのだ。
    『最近はね、ツアーも終わって、もうすぐドラマの撮影が始まるから準備期間だよ。みんな見てくれてるかな? 前にやった学園もののドラマの第二弾。前の時、他のキャストさんたちとすごく仲良くなったから楽しみ! 現場もすごく雰囲気良くて、本当の学校みたいでね。空き時間もずっとおしゃべりしたりふざけたりしてて、うるさい! って監督さんに怒られちゃった』
     あはは、と思い出し笑いをするクロエはいつもと同じに見えた。そして、ふっと息を吐いて、笑顔を消す。大きな瞳がじっとカメラを見て、形の良い唇が震えた。
    『話っていうのはね、まぁ、皆も知ってるかもなんだけど。最近、コメント欄とかにメッセージが来てて。俺の性別のこととか……。あのね、俺はどちらの性を好きになるとか、自分の性別がどうとか、世間に公表するつもりはないし、そういう事をおおっぴらに聞かれることで傷付く人も居るって知ってほしい。俺はただ、自由に好きな服を着て、自由に人を好きになって、ただ自由に生きているだけ。例えば俺が男の人を好きだとして、それで俺達の歌やダンスの価値が損なわれるとも思わない。それとも、それで嫌いになっちゃうファンの人がいるのかな? そうだとしたら、そういう偏見に俺達のパフォーマンスが勝てなかったってだけだし。だから、この話はもうやめよう。ね? 俺はメンバーの事を尊敬してるし、大好き。それだけ!』
     そう言い切ってクロエは明るい笑顔を見せた。もしかしたら作り笑いかもしれない。無理に笑っているのかもしれない。そう思ったけれど、何も言わない事にした。アイドルにだって、芸能人にだって詮索されたくない事はあるはずだし、様々に好き勝手言われる事に抗議するのも当然だ。それを素直に言ってくれて、どこかほっとした気持ちもあった。
     その後、少し雑談をして配信は終わった。SNSを見れば、クロエの言葉に賛同する人が多く見受けられて私は更に安堵した。
    それからというもの、メンバーの公開していないプライベートについて詮索するような言動をする人は減ったように思う。とうとうラスティカはこの件について沈黙を守ったし、それはきっと「詮索するな」ということなのだろう。音楽以外のプライベートをあまり公開していないラスティカの事だ。推しのそんな姿に私は安心した。彼らの歌を、音楽を、パフォーマンスを純粋に楽しむためにはノイズは少ない方が良い。音楽配信サービスのアプリを立ち上げ、再生ボタンを押す。美しいメロディがヘッドフォンから流れ出して、私はうっとりしながら目を閉じた。


    ***



     私はその日、ある報せに打ちのめされていた。アイドル好きが一番恐れる言葉、それがスマートフォンの画面に表示されている。
     それは、今年の夏に行われるアリーナツアーをもって、彼らが解散をする、という報だった。
     結成から三年、人気も上り調子で何故、と思う。メンバー間の仲も良く、悪い噂もほとんど聞かない。何故解散なんて。そう思いページをスクロールする。そして、メンバーが何かを語っているらしい動画を発見して再生を押した。
     白い背景をバックに、四人が並んで座っている。解散発表の動画だなんて思えないくらいのリラックスした雰囲気で、思わず毒気が抜かれてしまった。
    『やっほー! 動画を見てくれてありがとう。解散します!』
    『ムル。申し訳ありません、ファンの皆様。お知らせしたとおり、私たちは解散します。決して後ろ向きな決定ではありません。メンバーそれぞれのやりたいことを目一杯やるための解散、という形です。お別れのツアーもありますし』
     ムルのあまりに軽い出だしに、シャイロックがたしなめて続ける。その穏やかな口調と、それでも少し寂しそうな表情に胸が詰まる。シャイロックは多分、メンバーの中で一番このグループを愛していた。だから、本当ならばすごくつらいに違いない。けれど、ぐっと押さえて役割を全うしようとしている。そんな最推しの姿に私は胸が痛くなった。
    『そう。最後にお祭りをしよう! 楽しもうね!』
    『うん。ムルの言う通り。俺たち、解散するけどみんなとバイバイする訳じゃないし。俺はね、衣装づくりとかデザインとかやってるうちに本格的に勉強したくなって。だから留学するんだ。だからね、本当に前向きな解散だよ』
    『俺も! 大学に戻って研究するんだ。ずっと誘われてたけどいよいよ興味のある題材が見付かったんだ! わくわくする!』
    『僕は留学はしないけど、音楽は続けるよ。四人でいるのはとっても楽しいから寂しいけれど、彼等の決断を応援したい』
     ラスティカも寂しそうだ。そんなラスティカを見てか、クロエも少し眉を下げる。ムルだけがにこにこしていた。
    『私も歌い続けますよ。ステージの上に立ち続けます。ですから、ツアーを、残った時間を楽しみましょう』
     シャイロックは穏やかに笑う。無理をしているのかもしれない。けれど、そんな素振りは一切見せない。彼のそんなところが好きだった。だから、私もツアーを楽しむ事にしよう、とそう心に決めた。


     それからのツアーは彼らの集大成ともいえるものだった。歌もダンスもパフォーマンスも演出も衣装も、全てが最高で楽しくて、それだけに切なかった。彼等の曲には楽しくてかわいい中にもどこか刹那的な表情があるけれど、それがぐっと強調されたような心地がした。完璧なパフォーマンスを見せた後、アンコールでクロエは何度も涙ぐんでいたように見えた。泣いてしまった公演もあったらしい。ラスティカは愛おしげな眼で観客たちを見つめ、降り注ぐ歓声を聞いていた。ムルはいつも通りの笑顔だったけれど、不意に優しい顔をしてしきりに大好きだと観客に向けて語りかけた。シャイロックは、いつも通りにしようとしているらしいけれど、彼の感情と別れを惜しむ気持ちが歌やパフォーマンスに滲み出ていた。観客の中には泣いてしまう人も居て、かくいう私も号泣した。けれど、最高に楽しかった。そんな別れを、彼らはプレゼントしてくれた。
     いつだって楽しくて、可愛くて、格好良くて、色っぽくもあって、めちゃくちゃで、そんな彼らが大好きだった。だから解散してしばらくはぽっかりと穴が開いた様だったし、解散ツアーの映像を繰り返し見ては思い出に浸った。特典映像として収められたドキュメンタリーで、ライブの後シャイロックの目が少しだけ充血しているように見えたのはきっと気のせいではない。ステージの裏で泣いたのかもしれないのに、それを決してファンの前では見せないその姿が大好きだった。

     シャイロックはそれから、ソロ活動を始めた。歌手としての仕事や、舞台、ミュージカルなどにも出演した。元々やっていた俳優業にも熱を入れ、今では見た目だけではない演技派として名を馳せている。同じくソロ名義で活動しているラスティカとは度々楽曲提供やコラボをしたライブなどを行い、今も仲良くしているようだ。ラスティカのソロ名義はいよいよアーティスティックになって、アイドルというよりは芸術の域に達しているように見える。音楽的にはディープな事をしているのだろうが、それを感じさせないポップさもあった。クロエは大学に入り、デザインの勉強をしているらしい。コンペや大会などで賞を取ったらしいという事は情報として流れて来たし、本人のSNSアカウントが消えた訳では無く、定期的に配信などもしてくれているので、顔が見れるのは嬉しかった。ムルは何処で何をしているのかわからない。けれど目撃情報が上がったり、どこぞの大学で発表された論文の著者がムルらしいと情報が回ってきたり、とにかく元気にはしているようだった。
     かくいう私も、彼らの穴を埋めるように他のアイドルにはまったり、シャイロックやラスティカのソロ活動を追いかけたりしながら過ごしていた。それでも、彼らの与えてくれた輝きは忘れられなかった。
     シャイロックはインタビューなどでたびたび、ステージに立ち続ける、と話してくれた。年齢を重ねても、ファンが誰も居なくなっても、歌い続けるのだと。そう語るシャイロックは実年齢以上の顔を覗かせていて、そんな姿が私は好きだった。達観しているとでも言うのだろうか。彼はたまにそんな顔をすることがある。それがたまらなく人を惹きつけるのだ。

     それから何年経っただろうか。かのグループが結成された時は二十代前半だったシャイロックも三十代になった。私も年齢を重ねて、アイドルへの興味もかなり薄れてきた。好きだった時間は輝かしいものだったけれど、それ以上に大切なものが出来て、今流行っているアイドルを追いかけるような事もあまりなくなっていた。
     そんな中、ずっとフォローしたままだった『彼ら』のアカウントが一つの画像を投稿をした。意味深な数字は一週間後の日時を表していて、もしや再結成か、という憶測がファンの間で広がった。けれど何も解らず、その投稿をメンバー皆綺麗にスルーしていたので私はやきもきした。ラスティカはSNSがあまり得意ではないようだったけれど、あとの三人はかなりまめな方なのだ。だからこれは何かあるとは思いつつ、何もわからないまま日々を過ごしていた。
     そしてとうとうその日になった。SNSが気になりつつも仕事に追われ、気が付けば夜。あの日投稿されたのは今日の20時、つまりあと五分後だった。とりあえずSNSを見ながら一息つく。かつてのファンたちが落ち着かない様子であるのを流し見ながらその時間を待った。
     そして20時ちょうど。また投稿されたのは、一つのURLだった。動画配信サイトのURLで、それを震える指で開く。動画を開いた瞬間、真っ暗な画面の中で聞き覚えのある声がした。
    『準備は良いですか?』
    『もちろん!』
    『ちょっと緊張するね』
    『大丈夫だよ、リラックスして、楽しもう』
     あ、と思った瞬間、パッとライトが点く。どこかのホールだろうか、小さなステージに四人が揃っていた。懐かしい衣装はデビュー曲の時の物だ。ああ、と思わず声が漏れる。潤む視界で、彼らの姿を凝視した。あの時のままだ。メンバー皆年齢を重ねているはずなのに、何一つ変わっていないように見える。ムルが悪戯っぽく笑えば、クロエも花がほころぶように笑う。ラスティカは落ち着いた中にも熱を滲ませていた。そしてシャイロックは、穏やかに微笑んでいる。けれど、彼の眼に光るものがあるのはメイクのせいではないだろう。
    『それじゃあ、始めよう』
     ムルの顔がアップになる。彼はにんまり笑った。
    『おまたせ! 再結成します!』
    夕景 Link Message Mute
    2022/07/17 20:32:53

    フラッシュライト フラッシュライト

    pixivより再録
    西まほアイドルパロです。
    2022/3/20西の国オンリーにて展示した作品。

    #まほやくBL
    #クロティカ
    #ティカクロ
    #シャイムル
    #ムルシャイ

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品