「断片」少女の世界のその前の -05- リトには、下着や服といった消耗品を中心とした必要最低限のみを買い与えた。リトの寝る場所がソファだったりアディの椅子がチェストだったりと他にも不便はあるが、いついなくなるかもわからない身でそこまでねだるのは申し訳ないとのことで、今回は買わないことにした。
そして、日が傾く前に帰路に着く。
「すみませんねアディさん。荷物とかも全部もってもらっちゃって」
「いや……重たくはないから」
大部分が布類だから、嵩張りはするが重くはない。それに小柄な女の子に荷物を持たせて大男が手ぶらというのも、問題だろう。
リトにアディの黒ロングコートのポケットから鍵を出してもらい、ドアを開けてもらう。
家の中に荷物を入れ、リトが片付けられるよう棚をひとつあけた。
「ここ使っていい。……その、これから僕、仕事だから」
「あっそうだったんですね。お疲れ様です。いってらっしゃい」
言わずに外出するのも不誠実かと思い、目的をリトに告げると、あっさり受け入れられる。今朝仕事についてぼかした男に対してその態度か、と、昨日から何度目かわからない脱力感を覚えた。
がさがさと荷物を解くリトを前に、アディは少し考える。
「…………これ」
そして、玄関近くの引き出しを開けた。
「渡しとく。……この辺あまり治安良くないから、あまり一人で出歩かない方がいいと思うけど……」
リトの手に、なんの飾りもつけていない鍵を乗せる。
「……?あ、合鍵?いいんですか?」
「無い方が不便だから」
「確かに」
リトは礼と共に鍵を受け取り、ガラケーとやらから飾りを取って鍵につけた。
白い玉に紐が数本と獣の耳らしきものが付いた、不思議な飾りだ。
「……変な飾り」
「えー可愛いでしょ?くまくらげ」
アディは異世界人との感覚の違いを感じた。
黄昏時。アディは家から随分離れた路地にいた。
沈みつつある夕陽の当たらない暗がりで黒いロングコートを脱いで畳み、物陰に隠す。冬に向かう季節に、少し肌寒さを感じた。
それから、サングラスも外す。
鈍い赤色の眼が姿を現した。
リトに赤い目を見せたくなくて家でもサングラスを外せなかったから、明るさがいつもより目に沁みる。アディは目を擦りつつ、サングラスもコートの上に置いた。
外から見えない位置にコートとサングラスがあることを確かめた後、ポケットの中の硬い感触を感じながら予定の人物が通り掛かるのを待った。
リトには言えなかったアディの仕事とは、人を殺すことだった。
小さいころからアディは、殺人衝動とともにあった。さらにアディは、どうすれば人を死なせることができるのかを直感的に見抜くこともできた。だからアディは毎日人を殺し、その手荷物を奪うことでなんとか生き長らえていた。
しかし同時に、それはいけないことであることもしっかり理解していた。
アディがもっと幼いころには、殺人衝動にあらがおうと様々な方法を試した。しかし、そのいずれも失敗に終わった。我慢が限界を迎えるとほとんど意識を失ったような状態になり、我慢が無駄になる程の数を殺した後、血だまりの中で気がつくことになるのだ。そうして試行錯誤を繰り返した結果、殺す数を最小に抑える間隔を覚えた。
一週間に一回だけ、殺す。
6日間は我慢をする。その間に、できるだけ罪人や誰かに死を望まれるような人を探しておく。また、自分が生きるためのお金は盗むのではなく、できるだけ殺人依頼を受けることで賄うようにする。
これが、殺人鬼アディの良心に出来る限り従った結論だった。
やがて、向こうから歩いてくる人影が見えた。
それは、大金支払われるほどに、死を望まれている人。
アディは、ポケットに無造作に入れていた細い金属を取り出した。
そして、なるべく痛まぬように……。
翌朝。リトがこの世界にきてから二日目の朝。
リトの前にはパンとスープと紅茶。一方で、アディの前には紅茶のみが用意されていた。
「あれ、アディさん朝ごはんは?」
「……」
アディは、仕事の翌朝は食欲が出ず、いつも食べていない。今回はリトのついでとして紅茶だけは飲むし、せめてもの栄養として、ミルクティーに砂糖を多めに入れている。でもそれだけで、固形物はどうしても食べる気になれなかった。
それをリトに言うと、ふーん、と何か考える様子を見せた。
「……単純に寝不足じゃないです?夜勤ってことは徹夜でしょ」
確かに昨晩アディはほとんど寝てない。
「今日一日寝てたほうがいいんじゃないです?私のほうはどうとでもなりますし」
「……ううん、今日は人と待ち合わせをしてるから……。それにどうせ寝る気にもなれないし……」
アディがモダモダ黙っていると、リトはパンを咀嚼しながらアディにスープ皿を押し出した。
「……いや、だから……」
「固形物がダメなら、スープは行けるでしょ。具は残して、なんか後で煮物とかにしましょ」
リトはアディの右手をこじ開けスプーンも持たせる。アディは動けなかった。
「人と会うってならなおさら、そんな血色悪いまま行ったら無駄に心配させますよー」
「…………」
アディは暫く固まっていたが、ゆっくり、ちびちびとスープを飲み始めた。
リトは欠伸をしながら、最後のパンを食べる。
「それで、私は今日も今日とて異世界把握のためのお散歩に行くんですが、アディさんの今日のご予定は?」
「……昼過ぎくらいに、街で待ち合わせしてる」
「昨日と同じ方ですか?」
「いや、反対側……」
「お、じゃあ途中までついていきます」
「……いいよ」
そろそろアディも、リトの警戒心の無さに慣れ始めていた。