「断片」少女の世界のその前の -06- リトは先に朝食を食べ終わり、ごろごろしていた。アディもやはり食欲はなかったが、苦心して何とかスープを飲み終え、身支度をする。二人が外へ出たときには、太陽もそれなりに上り少し暖かくなっていた。
歩きながらアディとリトは、この世界がリトのいた世界と違うところや同じところについて、いろいろと話した。
王様とお后と、その四人の息子と二人の娘が、あの綺麗なお城に住んでいること。今から行くのは城下町であること。買い物はちゃんと値切らないとぼったくられること。暗い夜のためにランプの専門店があって、とてもきれいだということ。夜に真っ暗闇になる理由は、月や星というものが無いからだということ。
そんなことを話しながら歩くうちに、市場のある城下町の中心部についたのだが。
「えぐいくらい混んでますね……」
リトがぼやく通り、普段の何倍もの人が街にはあふれていた。
「お祭り的な何かですか?」
「いや……よく知らない……」
「え?なんて?」
「…………」
人が多い分、にぎやかだ。そのせいで、どうやら低い声でぼそぼそしゃべるアディの声は、身長が30cm以上離れたリトには届きにくいらしい。アディは話すことをあきらめた。
もし抱えて歩けば、距離は近くなるから声は届く。アディとリトの体格差とアディの腕力を考えれば多分できるな……と考えた後で、アディは出会って2、3日の子に何を提案しようとしてるんだ、と我に返った。アディの人見知りという分厚い壁が、リトの壁の緩さに流されつつある。
いけないいけない……と思考を戻す。抱っこ案は無しだけど、それでもリトを見失わないように気を付けないとな、と視線を下げたのだが。
「……リト⁈」
すでに見失った後だった。
急いで辺りを見回し探してみるが、この国の平均身長よりもずっと背の低いリトは、おそらく埋もれて見えない。やっぱり抱っこか、せめて手でもつないでいた方がよかった⁈とアディは焦ったが、しばらくして思い直す。
そうだ、リトは異世界から突然来た子なんだ。帰る時も突然だろう。きっと自分の住む世界に帰れたんだろう……。
空を見上げると、太陽はまだ真上には来ていなかった。まだ少し、約束まではあと少し時間がある。
アディはリトを探すために、人の波に逆らって来た道を戻り始めた。
一方リトは。
「……かんっぜんに流された……」
アディから離れつつあるのは気づいていた。しかしお世辞にも機敏ではない、歯に衣着せぬならどんくさいリトは、この体格のいい人が多いこの国のひとごみをかき分けることができなかった。しかもそもそもアディはその背に見合った足の長さによる歩幅の違いで歩く速度も速く、どんどんと先へ行ってしまうし……そうして見事な迷子完成したのだった。
「まずいのでは……」
始めて来た街だから土地勘がない。この世界にはインターネットがないから地図アプリも使えない。家の方向さえわかれば先に家へ行くことはできたかもしれないが、人込みに流されくるくるしているうちにランドマークの把握すらできなかった。アディの家へ招かれたときにリトが回避できたと安心していた、無一文宿無し状態へと逆戻りしていたのだった。
迷子の鉄則「その場でじっとする」を実行するにも人の流れが強すぎる。少しでも流されない場所を探しているうちに、リトは川沿いに出た。土手にそって細長い広場があり、ベンチも用意されている。やはり人は多いが、街中よりは流れがあるわけではない。ほとんどのベンチは埋まっていたがリトは運よく人が立ち去ったところに居合わせたので、そこに座ってアディを待つことにした。
リトは当然のこととしてアディを待っているが、一昨日会ったばかりの男性が迷子の自分を探しに来てくれると信じているあたり、またアディにあきれられてしまうのだろう。実際今アディはリトを探しているわけだが。
ベンチで座りながら街を眺める。
この町には始めてきたが、花が多い気がする。建物や街灯などに植物で飾り付けがされているし、歩いている人も花を持っているようだ。
「……やっぱりお祭りか何かなのかなぁ」
「えっ知らないの?」
周りに誰もいないと思いつつ呟いたリトの独り言に、返事が返ってきた。驚いて振り向くと、自分と同じくらいの背の子が立っていた。