「断片」少女の世界のその前の -07-「今日は花流しの日だよ。この国ならどこでもやってると思うんだけど」
知らないのが不思議だといった風に、その子は首を傾げた。紺色の長い外套のフードから短い緑の髪がこぼれる。声だけでは男か女かわからなかったが、どうやら声変わり前の少年らしい。
「あーそうなんだ。この国に来るの初めてだから」
「外国の人⁈」
一気にテンションをあげた少年は、リトの隣にいそいそと座ってきた。
「どこの国?旅してるの?今までどこに行ったの?」
「えっいや外国はここが初めてかな」
矢継ぎ早に質問され、リトには最後の質問しか答えることができなかった。
「っていうか花流しってなに?花を流すの?」
リトはあまり自分のことを聞かれるのはあまり都合がよくないので、この国のことを聞くことにした。
「そうだよ。紙でお花の形を作って、それを流すの」
「本物の花じゃないんだ」
「うん。だって本物だとちゃんとろうそくが立たないじゃん」
「……てことは、お花の形のランタンって感じ?」
「そう!今はみんなその準備をしてるの。あとお花で飾ったりして」
「ここ来るまでの間に見たよ。きれいね」
「うんうん!いまだけなの。見れてラッキーだね!」
「そーね」
「あとね、みんな準備してお外に出るから、市場もいつもより店が多いんだ!あっちのワッフルすっごくおいしかったよ。行く?」
「いや、お金ないし」
「僕が持ってる……いや、無かった!」
「無いんかい」
持ってたの全部使っちゃった~と少年がへらへらと笑いながら、財布らしき袋を取り出す。なぜか結ぶための糸が抜かれていた。
「ま、どっちにしろ私迷子だから、あんまりうろうろできないよ」
「迷子なの?僕も!」
あわよくば案内してもらおうとリトは迷子であることを打ち明けたが、少年も迷子だといわれ軽く頭を抱えた。
リトの様子に気づかない少年は一緒に探しに行くかと提案したが、リトは断った。
「じっとしてるのは迷子の鉄則だよ」
「なんで?」
橙色の目をくりくりさせて少年がきいた。
「お互いに探しあっちゃ入れ違うかもでしょ。だから探すのは保護者側に任せるの」
「へ~。でもつまんなくない?」
「無駄に歩くのも疲れるでしょ」
「べつに」
まあこの子は元気そうだしな……とお世辞にも体力があるとは言えないリトは思った。
「……私は歩きたくないかな。退屈なら話くらい付き合うよ」
「ほんと?!じゃあ僕もここにいる!」
人懐こく話好きな少年の様子を見てリトが提案すると、少年も食いついてきた。少年は外套のフードを少し上げてリトを見る。
「僕はセルジア!よろしく!」
リトがセルジアに話しかけられた頃、アディはリトの捜索を半ばあきらめていた。
一応小さな影を探しつつも、待ち合わせの場所に向かって歩いていく。待ち合わせの相手に元兵士がいる。だから彼に会うことが間接的にリトのためにもなる、とアディは罪悪感を覚える自分を言い聞かせていた。
待ち合わせの場所である街はずれの噴水のある公園に行くと、待ち合わせた二人のうち片方しか来ていなかった。
「……ターリス?」
アディに声をかけられたダークブロンドの青年がアディに気づき、軽く手を挙げた。
ターリスはアディより五つ年上だが、アディにとって数少ない友人といえる人だ。
「よう、来たか」
「1人?」
「ああ……」
アディは、いるはずのもう一人がいないことを尋ねると、苦労性のターリスはため息をついた。
「花流しの日だから出店が多くてな、目を離した間に離れてしまった……」
「そっか、今日は花流しの日か」
知らなかったのかよ、とターリスにつっこまれる。
アディは少し考えて、ターリスに提案した。
「僕も、一緒にいた子が迷子になってるの。探しに行く?」
「そうなのか?飯まで時間あるしな、行くか」
でその一緒にいた子って誰だ?というターリスの疑問に答えつつ、二人は歩きだした。
結論から言うと、アディの探し人とターリスの探し人は同時に見つかった。
「あ、来た」
川沿いの広場。アディが近づいてくることに気が付いたリトが声を上げると、アディたちに背を向けていたセルジアも振り向いた。
「ターリス!アディ!やっほー!」
セルジアが2人に元気よく手を振る。アディはセルジアに手を振りかえした。セルジアが腕を上げたせいで、外套は捲れて、中の品のいい服が顕になっていた。ターリスが慌てて駆け寄ってくる。
「あ、アディさんのことも知ってんの?」
「そう!ご飯食べに行く約束してたの!楽しみ!」
「じゃあ迷子にならないでくださいよ……」
リトとセルジアの元に着いたターリスがそうぼやき、セルジアの身なりを整えた。
「……2人、一緒にいたんだね。よかった」
アディがリトの傍にかがんで言った。
「はぐれたときは一瞬死を覚悟しましたよ」
「えっほんとに?」
「いや盛った」
この肝が据わったリトが死を覚悟をするほどの焦りを⁈とアディは驚いたが、リトはそれをさらりとかわす。呆れと少しの安心でため息をつくアディを、セルジアがけらけらと笑った。
時刻は夕方で、空は少し赤くなっていた。
「そろそろ飯の時間だな。よかったらリトも来るか?女の子一人増えたってどってことないだろ」
ターリスがリトに誘いをかけると、セルジアの目が輝いた。
「いいじゃん!僕もリトのいた国のこともっと聞きたい‼‼」
「ご飯行くのはいいですけどその話はちょっと困るかな…」
「……いいんじゃない、話しても」
異世界から来ただなんておかしな話をするのもな、とためらうリトに対し、アディがターリスをちらりと見て言った。
「ターリスにはさっき、ちょっと話したし……」
「えっターリスだけずるい!」
唇を尖らせるセルジアをなだめつつ、ターリスがリト達に行った。
「じゃあ決まりだな。行こうぜ。ここから近いんだ」