七つまでは神のうち季節は春になろうと言うのに、まだ夜の空気はずいぶんとひんやりしている。
「なあ始、まだ?」
春は縁側で足をぶらぶらさせながら、隣を見た。
「まだだ」
「さっきからそればっか」
「事実だからな」
正直、誕生日なんてどうでもいいと思っていた。
誕生日を一番に祝ってやると言われて悪い気もせず、始がわざわざ「待て」と言うから、こうして付き合っている。
「別にさ、今でもいいだろ。おめでとうとか」
「よくない」
即答だった。
「なんでだよ」
「区切りだからだ」
またそれか、と顔をしかめる。
意味はよく分からないけど、やけにこだわっているのだけは伝わってくる。
「……まあいいけど」
そう言ったときだった。
ふっと、空気が変わる。
風が止んで、耳の奥にキーンと音が響いた。
「春」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
次の瞬間、手を取られた。
「うわ、なに」
驚いて見ると、指が絡められている。
こんなふうに掴まれるのは、初めてだった。
今までは、触れてもすぐ離されたのに。
今日は違う。
「……いくつになった」
「え? 十だけど」
「そうか」
それだけで、納得したように頷く。
「だからなんだよ」
「七つまでは神のうち、って知ってるか」
「子どもは神であるって、あれ?」
子どもの霊魂は七歳までは他界にあり、この世に魂が確定していないと言われている。
老師から七歳の祝いのときに教えられた記憶がある。
「だから触れなかった」
「……は?」
意味が飛びすぎて、思わず間の抜けた声が出る。
「お前は神からの祝福が強すぎて今までも半分はそっち側だったからな」
「いや、どっちだよ」
問えば、くす、と小さく笑われる。
少しだけ優しい、変な笑い方だった。
「でももう違う」
絡めた指に、わずかに力が入る。
「今日からは人だ」
「それで?」
「我慢しなくていい」
「だから何を」
本気で分からなくて聞き返すと、一瞬だけ、始が目を細めた。
「……まあいい」
あっさり流される。
「教えてやる」
「だから何をだよ」
「そのうちな」
またそれか、と呆れる。
でも、なぜかそれ以上は追及しなかった。
できなかった、のほうが近い。
「それで?」
話を戻す。
「待ってたんだろ、区切り」
「ああ」
短く頷いて、ほんの少しだけ、春を引き寄せた。
距離が近い。
さっきより、ずっと。
「誕生日、おめでとう」
「……あ」
一瞬、言葉が止まる。
こんなふうに言われたのは、初めてだった。
「……ありがとう」
なんとなく、照れくさくて視線を逸らす。
「なんだその顔は」
「うるさいな!」
笑いながら言うと、始は少しだけ満足そうに目を細めた。
「初めてだからな」
「なにが?」
「祝うのが」
さらっと言われて、思わず見返す。
「……ああ、そっか」
言われてみれば、そうだった。
始と出会って初めての春。
なんだかこそばゆい気持ちになって下を向く。
すると、ふいに手が離された。
「あ……」
さっきまであんなにしっかり掴んでたのに。
「なんだよ」
「もういいだろ」
「は?」
意味が分からず顔をしかめると、
始はあっさりと言った。
「もう遅い。子どもは寝る時間だ」
「……は??」
一拍置いて、盛大に顔をしかめる。
「今までの流れでそれ言う!?」
「言うが」
「なんだよそれ!」
さっきまでの空気どこにいった、と詰め寄る。
けど、始はまったく気にした様子もない。
「十になったばかりだろ」
「だからって子ども扱いすんな!」
「子どもだ」
即答。
「違う!」
「同じだ」
くつくつと喉で笑われる。
完全に面白がっている。
「……最悪」
ぶすっとしながらそっぽを向くと、ふっと頭に手が乗った。
「なっ」
軽く、撫でられる。
今度は避けられなかった。
「ほら、行くぞ」
「子ども扱いすんなって言ってんだろ」
「している」
「開き直んな!」
文句を言いながらも、結局歩き出す。
さっきまでと違って、手は繋がれていない。
なのに、距離はさっきより近い気がした。
「……なあ始」
「なんだ」
「さっきの、そのうち教えるってやつ」
ふと思い出して聞くと、ほんの少しだけ間があった。
「気にするな」
「するだろ普通」
「しなくていい」
またそれだ、とため息をつく。
納得いかないのに、押し切られる。
「……ほんと意味分かんねえ」
「そのままでいい」
静かに返ってくる。
「そのうち分かる」
「だからそれなんだよ」
「時間はある」
それだけ言って、前を見る。
それ以上は何も言わない。
隣を歩きながら、ちらりと横を見る。
いつも通りの顔なのに、
さっきより少しだけ近く感じる。
理由は分からない。
けど――
「……まあ、いいか」
結局そうなる。
すると、「そうだな」小さく、満足そうな声が返ってきた。
ああ。なんて簡単な。
そんなことを思いながら、始はほんのわずかに目を細める。
急ぐ必要はない。
もう境界は越えた。
神たちの守りは消えた。
だから――ゆっくりでいい。
あとは俺のものにしていくだけだ。