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    【始春】月より団子【ハジハル】「この大量の食い物はなんなんだ?」
    「え? 俺が食べるやつだよ? たくさん買って来たからお手伝いさんに言ってみんなの分も作ってもらおうと思って」
     籠いっぱいに入れられたサツマイモ、サトイモ、それから栗に。と、買って来たものを自慢するように春が厨の机に並べていく。
     春が睦月家に暮らし始めてから分かったことがある。それは、存外に食いしん坊であると言う事だ。体格もあるので、それなりに食べるだろうとは予想していたが、始の食事量と比べるとその差は歴然としていた。
     決して始の食事量が少ないわけではない。春の食べる量が多いのだ。
     初めて睦月家で食事をした際は、祝いも兼ねて所狭しとテーブルの上に並べられた豪華な食事に春は目を輝かせた。
     次々と美味しそうに出された料理を食べる姿に、始の母も、そして食事を作ったお手伝いさんたちもそれはもうたいそう、嬉しそうにしていたものだ。
     もう、出せば出した分だけ食べられるのでは? と思うほどの食事量に目を瞠っていればにこにこと笑う春が美味しいねえと笑う。
    「そんなに食うと太るぞ」
    「大丈夫ですー。これから夜警に行くんだから、たくさん食べても問題ないですー。むしろ、帰ってきてお腹空いてたら寝られないじゃないか」
    「そうですよ。始ももっと食べたらどうですか」
    「俺はこの量で充分だ」
     そんなやり取りをしたのは記憶に新しい。
    「それで、今日は何をするつもりなんだ?」
    「今日って十三日だろう? お月様も綺麗に出てるしお月見がてら夜食を……おっと間違えた。お供え物を作ってもらおうと思ってね」
     今、確実に夜食と言っていたこと始は聞き逃さなかった。
     広げたサツマイモを洗う手伝いを始めた春をもっと問い詰めようとしていたら、なぜか始まで芋を洗う手伝いをさせられることとなる。
     この屋敷のお手伝いさんたちは、始が幼いころから睦月家に仕える者中ばかりなので始ですら逆らうことができないのであった。
     サトイモを洗い終わり、蒸かしている間に今度は栗の皮を剥く。
    「それで、なんで突然月見なんて始めようと思ったんだ?」
    「やっぱりそこ気になっちゃう?」
    「お前がなにか突拍子もないことを始めるときは大体、碌なことがないからな」
    「え、それ酷くない?」
     えーん。と泣いたふりをする春の頭を軽く叩けば、ぎゃあ!? と悲鳴を上げて床へと転がる姿を冷たい視線を落として向ける。
    「始、藤原道真の怨霊と戦ってみたくない?」
     突然、真剣な表情をした春の言葉に始は目を丸くした。
    「巷で流行っている勉学のお守りって知ってる?」
    「あぁ。噂には、な。あの、そのお守りを持って試験を受ければ必ず合格ができると言うあれだろう?」
     藤原道真は勉学の神様として有名だが、その一方で日本三大怨霊として名も馳せている。だが、この時代に怨霊とは珍しい。魑魅魍魎、妖たちが蔓延る帝都ではあるが、怨霊までは跋扈していない。そこまで強いモノはこの帝都の結界へは入れぬようにハレの一族たちが守りを固めている。しかし、奇妙な噂が帝都を包み込んでいた。
     お守りを持っていた者は試験には受かるが、その後、必ず大きな災いに合うと。
    「だから、帝都の鬼門の方向にある山に誘き寄せようかなあって?」
    「おい春」に
     始の低い声が響き、春の肩がびくりと震えた。
    「また厄介ごとを持ち込んだな」
    「厄介ごとじゃないよ。ちゃんと帝からの命令だからこれ」
    「俺はそんな話、聞いて無いぞ」
    「あれ? 始のお母さんから話し行ってない?」
    「また、あの人は……」
    「まあ、そういうことだから! 今夜、お月見に行こうよ!」
     だから、なにがそういうことなのかツッコミを入れたいが、夜に体力を残しておきたい始はこれ以上口を出しても無駄だと考え、閉口したのだった。



    「栗きんとんに、芋ようかん。豆大福!」
     一応、月見をする前提なので、お供え物は全て丸の形になるようにしてある。
     なんとか大量の芋と栗を蒸し終え、潰したり、捏ねたり。春はあれだけ食べることが好きなくせに料理は下手くそで、お手伝いさんにまで追い出される始末であった。
    「始はお料理上手だね」
    「お前は下手くそだな」
    「もう! 俺だって初めてだったんだよ! いつもお手伝いさんたちが手際よく作ってくれてるからもっと簡単にできると思ってたのに……」
    「お前、今までは飯、どうしてたんだ」
    「んー? 夕飯はその日その日で色んな人の所のご相伴に預かってた」
     その言葉に、なぜかモヤモヤとするものを感じたが、始はあえてその感情を無視して話を進めるよう視線で促した。
    「昼は士官学校の学食があるし、朝は別に食べてなかった。から、睦月家にお世話になるようになってたくさんご飯食べられるの嬉しいんだよねえ」
     くしゃりと笑う春の笑顔に、きゅうと胸が苦しくなって始は春の帽子を奪い取ってくしゃくしゃとその柔らかな髪を掻きまわした。

     雲一つない夜空にぽっかりと浮かぶ満月。まだ、夜でも蒸し暑く、じわりと汗が滲む。
     そんな月明かりだけが差す山の中腹で、始と春は敷物を広げた。
     背の高い木々に囲まれたそこは、なぜか一部だけがぽっかりと開いていて月を見上げることができる絶好の月見場所だ。
    「ススキ、まだ早いなあ」
     春の言う通り、まだ穂ができあがっていないススキは飾るには少し格好がつかない。
     そこに、持ってきた団子を飾り、サトイモを置き、豆大福も飾っていく。
    「さあて、じゃああとはお客さんを待ちますか」
     敷き布の上にごろりと寝転んだ春と同じように始も隣に寝転がる。
    「始、寝たら駄目だからね」
    「お前もな」
     たわいのない会話をしながらぼんやりと月を見上げる。

    ざわり

    木々が鳴る

    ざわり

    風が鳴る

     いつの間にか、薄い雲が月を覆い、辺りが一気に暗くなる。
     ゾクゾクと震えが出るほどの霊力。
     始は刀の柄に手を添えた。

    ざわり

    草が鳴る

    ざわり

    空気が鳴る

    「来る!」
     キンっ! と振りかぶった始の刀が鳴った。
     悍ましいほどのうすら寒さが一気に襲い掛かる。

    『十三夜の月見をする法皇はどこだ』
    『何が無双だ、月見など』

     影がうぞうぞと揺れ、鼓膜を揺らす不快な声。

    『宇多法皇はどこだ……私を陥れたあやつはどこだ!』

     影が鋭利な刃物のように尖り、始に向かって一気に速度を上げる。
     だが、それを一閃で薙ぎ払った始が、地面を蹴りソレとの距離を一気に詰めた。
    「今、何時代だと思っている! そんなもの、とうの昔に死んでいる!」
     ズバンっ! と激しい音と共に半分に切り裂かれた影が揺れ、双方から始を襲う。
    「おっと、そうはさせないよっと」
     舞中啓がひらりと揺れてゴウっと風が踊る。
     細かな刃となった風が影を切りつけ中核にあった木片を露わにした。
    「始、それを壊して!」
    「わかった!」
     ザクリと木片を地面へと突きさし、霊力で抑え込む。
     刀が押し返されそうになるのをなんとか耐えながら「カンッ!」と一言叫べば、ボッと青い炎を巻き上げてその木片は灰へと変わっていった。
    「やったか」
    「なんとか終わったみたいだけど……これ、怨霊の一部って感じだね」
     燃えカスになった木片の一部を観察しながら春がうーんと唸り声を上げる。
    「そう簡単に、日本三大怨霊は倒せない、か」
    「明らかに、誰かほかの人間の意図を感じるな」
    「そうだねえ。この木片を依り代に、藤原道真の怨霊を呼び寄せた者がいるみたい」
     厄介な仕事がまた増えたことは間違いない。
    「うぅ。始……それよりお腹減ったからこのお団子食べても良いかな」
     聞きながらも、すでに一番上の団子を手に取りもぐもぐと食べ始めている春の姿に始はあきれ顔を向ける。
    「あ、この豆大福美味しい~~~♪ この栗きんとんもしっかりした硬さと甘さで。疲れた体に染みるねえ」
     そうとう美味しかったのか、悶えながら次から次へと団子たちが春の腹へと消えていく。
    「始も、ほら食べよ? お月様も綺麗だよ?」
    「お前、ちゃんと月、見てたんだな」
    「お月見だって言ったじゃない」
    「月より団子かと思うだろ、今のお前の姿を見てれば」
    「えー。酷いなーそんなこと言う始にはお団子分けてあげません!」
     ぷくりと膨らむ春の頬は、まるで月見団子のようだと思ったが、言わぬが仏と始は口を閉ざした。
    「芋名月に、栗名月、か」
    「お腹空く名前だよね」
    「お前そればっかりだな」
    「始といるとなんでも美味しく感じるんだよねえ。ふふ、幸せ」
    「……、ほら、帰るぞ」
    「はあい」
     そんな二人を、十三夜の月が優しく見守っていた。

    ohinarisann Link Message Mute
    2021/06/12 23:03:40

    【始春】月より団子【ハジハル】

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    #二次創作 #始春

    鴎さんとの二時間バトル
    お題は『月』でした

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