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    人間辞めました2夢小説
    続き


    【獪岳】

    出会って数年経ったが、鈴は変わらず変な奴だった。

    最初は寺で会ったあいつらを思い出して不愉快だった。あいつの声を聞くたびにあいつらの顔が浮かんできて、何で俺が生きているのだと責められたような気分になった。

    ――お前のせいだ!
    誰かに言われた訳でもないのに、あの日以来夢に見て俺を責め立てる。どうしてお前だけが生きているんだと血まみれの姿で俺の足を掴んで離さない。毎日毎日そんな夢を見た。
    後悔はしてないはずだった。あいつらを売らなければ俺が死んでいた。仕方がない。――それなのにずっと俺を罰するような悪夢は続いた。
    そんなある日だった。鈴と出会ったのは。その日は盗みをしたのを運悪く見つかってしまい、店主から叱責を受けたあと、後を付けてくる子供が居た。それが鈴だ。

    鈴は親から捨てられたというのに馬鹿みたいに明るいやつだった。鬼も知らず呑気に生きて来た子供。そう思っていたが、動物になるという不思議な体質を持っていた。目の前で見ていなかったら信じてなかったし、俺も先生も鬼の血鬼術ではないかと疑った。毎日変わる動物の姿は不思議で、本でしか見たことのない外の国の動物にも姿を変えた。
    鈴は何も恨んだり呪ったりしなかった。
    俺なら許せないと思うことを簡単に受け入れて飲み込んで、妙にそれが苛立たせた。俺が妙に汚い物に思えて眩しくて遠かった。だから近くに居たくなくて酷いこともしたし酷いことも言った。
    それなのに、鈴は俺の傍にいることを止めなかった。
    馬鹿だとその時に確信した。
    鈴は馬鹿だ。
    勝てないと分かりながらも俺に喧嘩を売るし、殴ってくるし、言い合いをする。その度に先生が喧嘩両成敗で俺諸共に拳骨を加えられた。先生の拳骨も説教も二度とごめんだと思うのに懲りずに何度も喧嘩を繰り返した。怒って泣いて笑って、アイツの表情はコロコロと変わる。鈴は俺達を家族みたいだね!と口にした。その言葉が妙にしっくり来たけれど、その言葉を反芻するたびに過去の俺の行いが妙に引っかかった。

    鬼殺隊へ入る為の修行は死ぬほど過酷を極めていた。何度死を覚悟したか分からない。厳しすぎて食べ物が受け付けなくなったときもあった。あの日の鬼を倒せば強くなれば俺が生きていたのが正しかったのだと証明が出来る気がして、ただ貪欲に強さを求めた。話を聞けば先生は鬼殺隊の柱まで上り詰めた凄い人だった。そんな人に指南してもらえれるならば、俺もきっと強くなれるのだと信じて疑わなかった。
    あんなことをした俺だけど、鬼を倒せるくらいに強くなればきっとこのモヤモヤも晴れて悪夢を見なくなるはずだと信じた。先生のように柱として、特別な存在になれば全部報われるはずだと信じた。
    動物に変わった鈴を撫でるとやはり温かくて心地が良かった。
    鈴は日中時々だが鍛練に加わるようになった。夜は動物の姿になるのだから鬼とも戦えないが、逆に鬼に襲われる心配は無い。無意味なのではないかと思ったが、先生は身を守るために必要だと主張した。鈴は部屋から出ることすら少ない為体力が全くなかった。それこそ走り込みですらすぐに息を切らせていた。なるほど、先生が多少の体力が必要だと言ったのも頷ける。そんな鈴を放って自分の鍛錬に集中していると、ニコニコと笑みを浮かべながら俺の鍛練の様子を眺めていることが多かった。何が楽しいのか分からないがそれが妙にくすぐったくて落ち着かなかった。

    「獪岳は鬼が居なくなったら何がしたい?」

    鈴は雑談の一つで何も考えずに言ったのだろうが俺には衝撃的な質問だった。
    鬼が居なくなったら今目指す鬼殺隊の道も無くなるし、俺は何をするべきか不意に消えたような気がした。鬼を殺せば俺の存在意義があるように思っていたのにそれがなくなる…?先生も俺を必要としないそんな未来…。鬼が居ない未来は良いことのはずなのに必要とされない未来を考えただけでゾッとした。急に不安になってそれを隠すように舌打ちをするが、鈴はそんな俺を気にせずに話を続けた。

    「獪岳なら色々出来そうだよね。手先器用だしさ、私の動物の姿の絵も上手いし、剣も上手いし才能の塊だしさぁ…ずるくない?」

    ブツブツと俺の文句へと話は変わったが鈴が指折り数える俺への言葉に目から鱗が落ちた。
    鈴は勝手に俺の未来を描いていた。俺が想像出来なかった鬼のいない平和な世界で過ごす日々を。勝手なことを言うなと苛々した。鈴の思い描く俺の未来は反吐が出るほど平和で優しくてありきたりなんだろう。腹が立つ。そんなの望んでなんていない。
    それなのに、心の片隅でそうでありたいと思う俺も確かにそこにはあった。

    「獪岳?どうしたの?体調悪い?」

    俺が黙っていたせいか鈴が目に見えて狼狽え始めた。返事をしない俺を心配して水持って来るねと言って洗濯物の途中だった物を放置し、家の中へと戻って行った。俺はその後ろ姿をただ眺めていた。干されたばかりの洗濯物がパタパタと風に靡いていた。その音を聞きながら目を瞑り考える。
    アイツの近くは居心地が良かった。だからこそ居心地が悪かった。求めていない優しさを与えられて、温もりを分けられて…嫌なはずなのにその温かさをどうしても手放せなかった。
    鈴はアホでポンコツで、すぐ馬鹿なことをするくせに誤魔化しも苦手で言い訳も下手くそ。嘘がそもそも上手くない。俺と先生が手を貸すのが大体の流れて、そのひとつひとつに鈴は笑顔でお礼を言う。そうして流されて世話をしてやるのが癖になって。動物の姿の時には飼っているのだと思ったら気が楽になった。情が湧いたんだろうなというのはこの辺で察した。
    出会った頃から差のあった身長差は縮まることはなく、むしろ段々と広がった。少しは体力が付いたみたいだけどやっと常人くらいである。
    先生も面倒見てやれと言うからと仕方なく。手間のかかる妹分が出来たと思うと世話の一つくらい焼いてやっても良かった。
    そんな存在。
    鈴の家族と云うには遠く、知り合いにしては近い。友達とも違う名前のない関係だった。

    ある日、鈴よりもっとムカつく愚図がやって来た。
    先生から指導を受けながら鍛練を重ねていって、体力も剣術も上がったし雷の呼吸も使えるようになった。けれど、基本の型でもある壱ノ型がどうしても上手く出来なかった。
    新しい弟子という存在に、背中に冷や汗が伝う気分になった。俺だけだと思っていたのに他にも弟子を取った。当たり前のことな筈だったのに見放された気がして目の前が真っ暗になった。それと共にじわりと胸の奥から湧き上がるような苛立ちが占めていった。
    愚図は泣き喚くしうるさいし鍛練はすぐ逃げ出す。先生はそれのせいで捕まえる時間を費やした。鈴も何かと愚図に構うようになった。

    「すまんな…」
    「ううん、流石にこればかりは仕方ないと思うよ」

    鍛練の途中に草履の鼻緒が切れたため、修繕しようと家に戻って来た時だった。
    鈴と先生が話をしているのを偶然聞いてしまった。鈴はこの家を出て行くとのことだった。あの愚図が鈴に構うので鍛練に影響が出始めたのを懸念して鈴がこの家から離れて行くということだった。
    あいつのせいで何もかもが駄目になっていく。
    泣き喚く声は鬱陶しく、出来損ないのくせにすぐに逃げ出すせいで先生は愚図の方にばかり気をかける。
    そんなあいつのせいで全部台無しになっていく。
    全部全部あの愚図のせいだ。

    「獪岳、聞いておったのか」

    先生に声をかけられてハッとする。顔を上げると鈴も先生の後ろにいた。
    聞いていたなら獪岳も聞きなさいと家の中に促される。先生が言うには鈴が鬼殺隊の隠の見習いとして雇ってもらうことになったとのことだった。そういえば服の才能だけはあったな…。今着ている服も鈴が仕立てたものだった。成長期が重なり、採寸がすぐあわなくなる!成長期止めよう?と文句は言われたが鈴が縫物をしているときは楽しそうに縫っているのが印象的だった。喧嘩をした時には〝先生愛〟の文字が背中に刺繍されていた。なんでこいつはこういう無駄なことに労力を使っているのかと不思議に思うがとりあえず殴ったら喧嘩に発展した。用意周到に他の服は水に濡らされており、嫌がらせだけは完璧だった。
    別に鈴が隠として働く事の心配はしていない…いや、鈴の事なら色々やってくれるだろうと逆の期待はあるが、まぁなんとかなるだろう。ただ、俺の前から勝手に居なくなるのが無性に嫌だった。アイツの…!愚図のせいで…!

    「獪岳が鬼殺隊に入ったら私が隊服作りたいな」
    「何でお前の方が出て行くんだよ…!あいつが後から来たんだろ!?」
    「獪岳…」

    鈴が驚いたように目を大きくさせて俺を見ていた。
    認めなくなかった。
    仕方がないと言いたくなかった。
    鈴は首を傾げて考えるような仕草をする。

    「うーん、そうなんだけどさ。私、おじいちゃんも獪岳も善逸も大好きなんだよね」

    鈴が俺の目を見て微笑む。その表情で大真面目に恥ずかしいことを言っているのが分かった。

    「一緒に居れるのが理想だけど、善逸が鍛練に集中出来ないのは問題だし…二人とも頑張ってるの見たら私も頑張りたいなって」

    先生の弟子なふたりがずっと羨ましかったの。鈴はそう言って、照れくさそうに笑った。

    「鬼殺隊で待ってるね」

    愚図が鈴が居なくなったと気づく前に出立ということで鈴は簡単に荷物を持って出て行った。どうしようもない気持ちがグルグルと頭を占めて何も言えずに見送ってしまった。
    俺の後ろをついて来たはずの鈴はいつの間にか俺の前を歩いて行ってしまった。
    それが妙に苛立たしく虚しかった。

    「獪岳、鬼殺隊になり鈴を迎えに行ってやりなさい」

    そろそろ音を上げる頃だからと先生は愚図を迎えに行ってしまった。
    なんで俺が迎えに行かないといけないだとむしゃくしゃしたけれど、鈴は馬鹿だから「待っている」と言ったからにはずっと待っているだろう。前に先に鈴を置いて帰ったらずっと同じ場所で座り込んで待っていたような馬鹿だ。置いて行った俺に怒るでもなく遅いよぉと眉を下げて落ち込んでいた。本当は置いて帰ったと言ったら流石に怒ったが。
    隊服に変な刺繍をされては敵わないので早めに鬼殺隊に入って鈴を迎えに行かなければ。
    アイツのことなので迎えに行ったら、へへへと笑いながら遅くない?って軽口を叩きながら嬉しそうに笑うはずだ。愚図のせいで居ない期間の鈴の動物の様子を観察出来ないのが心残りだが、俺が早く鬼殺隊に入ってしまえばいい。
    草履を直し、剣を携えて鍛練に向かう。
    愚図はボロボロの姿で泣きながら先生に連れられてきた。鈴が居ないことに気づき、おつかい?と聞いて来たが、先生がこの家を出て行ったと言うと顔を真っ青にさせて俯いた。先生は愚図のせいではないと擁護していたが俺はそうは思っていない。愚図のことは絶対許すつもりはないし今後認めるつもりもない。

    当分会わないと思っていたが、夜に鍛練していると見かけない動物が来ていたので拍子抜けした。撫でると変わらず鈴の体温は温かい。愚図が泣きながら俺ちゃんと鍛練頑張ってるからねええええ!と抱き着いていた時の嫌そうな顔は面白かったので放置した。先生も笑っていた。

    ――予想はしていた。
    善逸くん改め善逸がこの家に来てからというもの、私に構っては鍛錬をサボるようになった。何度鍛練へと促してもめげずに私に会いに来る。その度に針が指に刺さってしまうのでここ数週間は私の指が傷だらけだ。百歩譲ってそこはまぁ良い。
    いやね?好意を向けられるのは悪い気はしなんだけど、めっちゃグイグイ来るんだよぉ…。陽キャこわぁ…。私は陰キャという訳ではないと思うけれど、善逸の押しが強すぎる。
    善逸が泣き喚く度に獪岳の舌打ちが聞こえてくるもんだから、まぁ大変。善逸泣き止むのだよ…。おー、よちよち。獪岳の怒りのオーラがやばいから…心の底からヤバイから…。善逸も気づいては顔を青ざめさせてオロロンと泣いていた。無限ループって怖くね?おじいちゃんに相談してみたもののおじいちゃんも頭を抱えていた。二人とも仲良くしようよ。

    「…鈴、ちょっと良いか」

    おつかいと言われて向かった先は藤の家の屋敷というところだった。表札の名前違うんですけど…。え、本当にここでいいの?藤の絵が門に描いてあるからって言っていたけど、そういうことだったの?おっしゃれー…。藤さんって苗字の人だと思っていたよ。門をノックして声を掛けると中から人が出て来た。

    「あ、もしかして桑島様のところの子ですか?」
    「はい。鈴と申します」

    桑島様…!おじいちゃんは元偉い人というのは聞いていたけど、こういう風に畏まった感じにおじいちゃんを呼んでいる姿は初めてだった。改めて実感すると自分のことではないのに思わず嬉しくなる。うちのおじいちゃんは凄い。流石に表立って大喜びをすると変人になってしまうので我慢をする。屋敷の中に案内されたが、とても大きな屋敷すぎて迷子になりそうだなぁとぼんやり考えて後ろを歩いて行った。というか、なにも聞かされずにおつかいとして来たのに何も言われずに屋敷の中を歩いてるんだけど良いのかな?獪岳と善逸の修行に必要なものとか…?全くもって検討も付かない。ここですよと言われて戸を開けると繕い物や機織りをしている人達が居た。服のデザイン画のようなものも散らばっている。

    「ここは隠の隊服担当の屋敷なんです」

    あっ(察し)
    おじいちゃん、私は察せる子に成長したよ…。そういうことならば私は全力で頑張ろうじゃないですか!元々食い扶持を探していたのもあったし、棚からぼた餅くらいの勢いだ。おじいちゃん伝手をありがとう。私、精一杯頑張るね。とは言ってもおじいちゃんと獪岳の服を仕立てた程度の知識しかないので色々教わることが多そうで気が遠くなりそうだった。
    その日は仕事の説明だけをされた。そして鬼殺隊の説明も。おじいちゃんから聞く話とはまた違ったのでなるほどなぁと思った(分かったとは言っていない)隠の人達は外部に行く時には真っ黒の服装に顔も隠す。え、その服装で外に出るの?そう…なの…。逆に目立たないのかと思ったけど夜に行動するので問題ないとのことだった。夜は私は家に帰るので着るタイミングはなさそうだと思っていたが、隊士の人達と会う時や仕事として外に出るときには着るぞと言われた。…隠の制服脱ぎにくそうなので出来ることならば避けたいというのが本音だけど、そんなことを言えるはずがないので笑って誤魔化した。
    一通り説明を受け、良い返事をお待ちしてますねと言って送り返された。

    「あー!!鈴ちゃん!!帰って来たんだね!!おかえり!!」

    心配したんだよぉと真剣な表情で言われるものだから善逸は憎めない。獪岳もおじいちゃんも続いておかえりと言う。それを聞いてやっぱり大好きだなぁと実感する。ただいまと言って家に入ると今日は善逸がご飯の準備をしてくれたらしい。私が作ったご飯より美味しいんだけど…え、嘘でしょ…これから善逸ご飯作ろう?獪岳にも前に同じことを言った気がする…。獪岳は食べれない訳じゃないと言って炊事も押し付けて来たのだが、あれ、そういえば獪岳大分私に対して失礼なのでは?
    ご飯を食べ終わった頃には日が沈み、動物の姿へと変わる。
    今日はハリネズミだった。可愛かろう!善逸は可愛いすぎる!と言ってくるくると持ち上げたが目が回る。獪岳は獪岳で私を善逸から掻っ攫うとお前は鍛錬でもしてろと外に追い出していた。ううん…この動物になると人気者になる感じ…良いんだけどね?俺も鍛練して来ますって言ってるけど獪岳いい加減私を降ろそうか?頭の上に乗せたまま鍛練ってどういうこと?獪岳ネジ取れた?鳴いて訴えてみるが伝わることはなかった。おじいちゃんもおじいちゃんでまぁ良いかと判断して善逸の鍛錬の元へと行ってしまった。全然良くない。全くもって良くない。
    獪岳に乗ったままの鍛錬は無茶苦茶怖かった。間近で剣を振るうわ、走り回るわで、小さい手で獪岳の髪の毛にしがみ付いていた。落ちたら死ぬんだからね!?もっと小動物は大切に扱おう!?無駄に体力と気力を使った気がした。ぜーはーと息を整えているとわしゃわしゃと優しく両手で包み込むように撫でられる。針は尖らせずにいてやろう。本当は文句を言いたいんだからね!今日の私は攻撃方法があるんだからね!しかし、獪岳に怪我をさせるのは不本意ではない。針は流石に痛いだろうし、私もこの姿の状態で獪岳に投げられでもしたら簡単に死ぬのは分かっている。命は惜しい。命大切に。
    獪岳は懐から手拭いを取り出すとその上に私を乗せた。

    「寝てろ」

    こんな早い時間に寝れるかと言いたいけれど、獪岳の手拭いは懐に入っていたせいか温かく心地が良かった。今日はおつかいに行って体力も使って疲れていた。説明を聞くのも、新しい人達とも出会うのも気力を使う。獪岳の鍛錬は見ていて目を惹く。最初の全然出来なかった頃を知っているせいか獪岳がどれだけ頑張って来たのかが分かってしまう。雷の呼吸の名前は難しくて全然覚えられないが、それを幾つも獪岳は会得していっている。
    ――獪岳は鬼殺隊に入ったら遠くへ行ってしまう。善逸も。
    育手であるおじいちゃんの元を離れ、それぞれ任務地へ赴き鬼を倒していく。帰って来ることはほぼなくなってしまう。鬼は強く、生きて帰って来ることすら厳しい。
    その前の鬼殺隊に入るための最終選別でも生きて帰って来れるものは多くないと聞く。
    平和に生きて来た私としては、何で死ぬかもしれないのに戦いに行くのか?と聞きたいけど、戦わなければ大勢死ぬと言われてしまえば何も言えない。
    最初こそなにも考えてなかったから、頑張って?とぼんやりと思っていたのに、いざ獪岳が死ぬかもしれないと思うと心が締め付けられる気持ちになった。死んでほしくない。生きてて欲しい。
    ツンッと鼻の奥が痛くなる。
    力になりたい。けど、私が出来ることなんて殆どない。
    そう思っていたのに、鬼殺隊の隠という道が切り開かれた。おじいちゃんは私に「上手く生きなさい」と言った。おじいちゃんは獪岳や善逸には弟子だからああしろこうしろと指示をするけれど、私にはこれでもかというほどに甘い。私がこのままこの家で過ごしたいと言えば、全くお前は!と怒るけれどきっと許してくれるだろう。おじいちゃんはそういう人だ。
    おじいちゃんは口癖のように「諦めるな」と言う。生きることを、戦うことを…真っ直ぐに見据えるおじいちゃんの生き方は素直にかっこいい。そんなおじいちゃんの身内として認められているならば私も今のままではいられない。
    空を見上げると星がきれいに輝いている。
    私が隠としてやっていけるかなんて不安ばかりだし、善逸のことを考えるときっと私はこの家を出て行くのが最善策だ。
    改めて考えれば、前世と合わせたら二十歳は越えているので子供のように駄々を捏ねるわけにはいかない。ひとり暮らしやっていけるかなぁ…という気持ちもあるけれど、夜の間は動物になってしまう体質がバレないようにするためにも色々考えないといけないことが多そうだ。ここみたいに森の中に家がありますってところじゃないと厳しい。大きな動物の時にはどうしたって家の中には入れない。

    (…まぁ、なんとかなるかな?)

    思考は眠気によって霧散していき。夢の中へと沈んでいく。
    獪岳の素振りの音が心地よく響く。声をかけられた気がしたが、瞼は重く上がってくれはしなかった。

    私が家を出て行く日はあっという間に決まった。
    いつでも帰って来なさいという言質は取ったので、夜に出歩いて問題のない動物になったら絶対帰って来るね!と宣言した。おじいちゃんは仕方ないなぁという顔をしていたけれど無視だ無視。
    獪岳が珍しく声を荒げて何で私の方が出て行くんだよ!と言っていた。本当に善逸が嫌いなのだなぁと思うと、善逸の今後が不安になってしまう。善逸が良い子で空気を読む子だから心配だ。獪岳の苛立ちに居たたまれないような顔をしているのを何度も見ている。うんうん、慣れてないうちはきついよね、あれ。獪岳、思春期の反抗期真っ只中だもんなぁ…うちの弟が懐かしい。私がそんな反抗期がなかったせいかうちの両親は喜んでたよ。お赤飯炊くしかないわ~!とお母さんがマジで夕飯に出した時には弟の脱力した姿を見たよね。そこでふざけんな!とキレないところがうちの弟の可愛いところよ…。私も全力で愛でました。
    前世に思いを馳せてみたものの、今の問題は獪岳と善逸である。おじいちゃん頑張って…全力で頑張って…。獪岳が鬼殺隊に入れば獪岳も落ち着くでしょうと願いたい。獪岳は拗らせてるので落ち着くと言い切れないのが辛いところだ。
    まぁ、善逸と相性合わなくておじいちゃんの家に帰りにくいなら、私の家(予定)で一緒に住めば良いだろう。獪岳のことだから鬼殺隊に入って友達出来ても心配…。ツンデレならぬツンツンだもんなぁ。もっと言うなら、連れ合わうなんざかっこ悪いみたいな一匹狼だもんなぁ。
    私としては鬼が居なくなったらそれこそまた皆で過ごしたい。弟子という肩書さえなければ獪岳も善逸も相性は悪くないと思う。
    平和な世の中でそれぞれ働いて、おじいちゃんの家に帰る。で、結婚して家族が増えて、沢山人であふれるような家にするのが夢だ。

    「よし、行きますか」

    帰る気満々なので荷物を色々残すと持っていく物は結構少なかった。
    妙に寂しい気持ちを抱えながらおじいちゃんの家を出て行った。
    菓月 Link Message Mute
    2020/05/11 21:12:47

    人間辞めました2

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