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    「恋のショック療法」九能帯刀と早乙女乱馬の腐向け小説早乙女乱馬を組み敷いている。
    さらに詳しく言えば、僕の家で二人とも上半身裸になり、僕が早乙女乱馬の唇に僕の唇を押し当てている。

    「こういう場合、お前が僕を組み敷きたがると思っていたぞ、早乙女乱馬」

    僕は僕で、はやる気持ちを抑えきれず、早乙女乱馬の腰を抱いて、胸に顔を埋めたが、当の早乙女乱馬は気持ちがついていかないらしく、「やっぱり先輩、ちょっと待って」と小声で呟いていた。

    話は数時間前に遡る。

    「家出に付き合ってくれて、ありがとうね。九能センパイ」
    「九時までだぞ、おさげの女。僕は夜十時には寝るのだからな」

    とある喫茶店で、僕はおさげの女と逢引していた。逢引と言い切れるのは、おさげの女が部活帰りの僕を待ち伏せして、「先輩、あたし行くところがないの」と言い放った後、小さく「腹減った」と呟き、僕を喫茶店へと誘惑してきたからだ。
    女の子の方から誘ってきたのだから、逢引と言ってもバチはあたるまい。チョコレートパフェを、べたべたと汚い食べ方をしながら、おさげの女は、探るように聞きだした。

    「……あかねちゃんとの交換日記は続けてるの?」
    「返事につまっているのだ」

    最近の僕は、天使のように愛らしく修羅よりも猛々しい天道あかねくんと、交換日記をしている。あかねくんの姉の天道なびきが、乱馬くんよりも九能ちゃんの方がハンサムだしお金持ちだし、あかねも幸せになれると思うの、一万円でどう?などと言ってあかねくんとの交換日記を持ちかけてきたのだ。

    「……交換日記の返事に……ねえ?」

    おさげの女は引きつった表情をしながらも、なおも僕の言葉を聞き逃すまいとする。大きく、少しつり上がった目、つつましいあかねくんのバストとは対照的にボロンとこぼれ落ちそうなバスト、そして、ざっくりと編み込まれたおさげ髮。天道あかねくんが納得したのかしていないのかわからないような、ポッと出の許婚、早乙女乱馬と同じ髪型なのだ。

    「交換日記の続きを考えてくれたら、褒美にデートしてやるぞ、おさげの女」
    「なんで、おめえとのデートがご褒美なんだよっ」
    「君は家出しているのだぞ、おさげの女。僕に気に入られたら、衣食住の保証はしてやるのになー」
    「これだから、金持ちはっ」

    ぐぬぬと唸ったおさげの女は手にしているフォークを握りつぶした。

    「昨日から飯も食べてないのだろう、おさげの女」

    もとい、早乙女乱馬。どんな経緯があったかは知らないが、目の前の愛らしいおさげの女は、湯をかぶると男の姿になるのを、僕は知っているのだ。

    「なんでそれを知ってんだよ」

    天道あかねくんとの交換日記に、早乙女乱馬とケンカして以来、一緒に食事を取っていないと書いてあったからだ。

    「おかわり、いるか?」
    心の中身は早乙女乱馬である、おさげの女の腹がぐうっと鳴った。

    行くあてがなく、食べるものがなく。僕が認めた格闘家である、早乙女乱馬こと、おさげの女も金の力には勝てない。変なことしたら、ぶっ殺すからなと言いながらも、僕の家についてきた。

    「君のこぶしなんて、投げキッスにも等しいくらいに甘美だぞ」
    「死ねよ」

    可愛い見た目に反して、おさげの女は口が悪い。

    「照れなくてもいいのだ、おさげの女。僕の部屋だ、存分にくつろぎたまえ」
    「……おめーの親御さんにバレたら、悪(わり)いかななんて思ってたけどよ。その心配いらねえくらいに、おめーの家ってデカイのな」
    「僕の部屋にはシャワーもあるぞ」

    おさげの女は、僕が出したお茶を飲み込み損ねて咽せこんだ。

    「な、何する気だよっ」
    「カラダを綺麗にする以外、なんの用途があるというのだ」

    僕に聞き返されると、おさげの女は顔を真っ赤にしてうつむいた。

    「安心したまえ。僕は女の子を無理やりどうこうする趣味はない。ただ、可愛い女の子がキャッキャと笑ったり、まゆを釣り上げて怒ったり、悲しみをそっと堪える様を近くで見ておきたいだけなのだよ」
    「筋金入りだな、てめえ」
    「褒め言葉として、受け取っておく」

    くつろげと僕が命令したものの、おさげの女は、所在無さげに、ソファの端に足を揃えて座っている。テレビでもつけようか?と声をかけても、気が散るからいいと返された。

    「暇だろう?」
    「おめーもだろ?普段は、あかねくーんだの、おさげのおんなーだの、好き放題喚き散らすくせに、二人っきりになると手も出しやがらねえ。あの時も確かそうだったよな」
    「おさげの女。君は覚えていてくれたのだな。浜辺をデートしてた時の話だろう?明日の朝、あの時みたいに一緒にランニングしようではないか」
    「……誰がおめえとするかよ」
    「やっぱり、あかねくんと走る方がいいか」
    「誰があんなヤキモチ焼きとっ」
    「許婚とは言え、あかねくんが早乙女乱馬のものになったって言いきれないだろう?逆も同じだ」

    僕は、あかねくんとの交換日記を、おさげの女に見せつけた。おさげの女は食い入るように、それを見つめる。

    「見るかい?あかねくんは君が思うよりも、ずっと繊細で、優しく賢いぞ」
    「……気に入らねえ。あかねがおめえを信用して、交換日記してんだろ。それをなんだよ。返事に詰まったから、先を考えてくれだの、挙げ句の果てに、オレに交換日記を見るかだの、何を勝手なこと言ってんだ」
    「好きなんだな、あかねくんのこと」
    「悪いか」
    「そうか。あかねくんは、やはりモテる。女の子の君でも夢中になるくらいだからな」
    「あっ!」

    僕の口車に乗って、あかねくんへの思いの丈を呟いてしまったおさげの女は、自分が男の姿でもなければ、早乙女乱馬の姿でもない、女子の姿であることに、ようやく気づいたようだった。

    「ばれちゃあ、しょうがねえや。先輩、実はオレ……」
    「君は女の子が好きなのだな」
    「はあ?」
    「あかねくんが君をおぶったり、何かことがあると、君に湯を沸かしたヤカンを持っていく姿を見ていたのだよ。信頼しあっている女の子どうしの姿を見て、なんと麗しいと思っていたのだ」
    「……いや、先輩、それ違う……」
    「可愛い女の子どうしが仲良くしている姿を見るだけで、僕はうれしい。だから、あかねくんと仲直りするのだ、おさげの女よ」
    「だから、オレは!」

    ソファから、おさげの女がいきり立ったが、ふと冷静な表情をして、論より証拠か、とおさげの女は呟いた。

    「シャワー、借りるわ」
    「僕と、性交渉をする気なのか?」
    「うるせえ!」

    おさげの女は、僕の部屋のシャワールームの扉を開けると、これだから金持ちはと、ぶつくさ呟きながら、かなり乱暴に扉を閉めた。

    「おいおい。僕の部屋だが、僕の親の家でもあるわけだからな。手荒くしないでくれよ」

    どうせ、言っても聞くまい。早乙女乱馬は、良くも悪くも無頓着なやつだ。あかねくんの真心や感情をどれほどわかっているのか。手にした交換日記を見て、僕は軽くため息をついた。

    早乙女乱馬はモテる。非常にモテる。健康的で愛らしい天道あかねくんと許婚の関係かと思いきや、同じクラスの男装の麗人、久遠寺右京とも許婚継続中てあるらしいし、はるばる海を渡ってきた、蠱惑的で破壊的なシャンプーという中国娘とは夫婦の関係であるらしい。

    「三人、か。月曜木曜、火曜金曜、水曜土曜とローテーションを組めば、僕なら身が保つな」

    おっと、うちの愚妹、九能小太刀も早乙女乱馬に夢中だったか。これで四人。愚妹とはいえ、お兄さまにとっては可愛い妹だ。健気に早乙女乱馬を思う妹を見て、少し哀れにも思うのだ。少しだが。
    もっとも哀れなのは、あかねくんだ。彼女はあの通りの、優しく明るい子だ。僕と嫌々ながらに始めた交換日記も、最初は当たり障りない内容とそっけない文体で、ノートの半ページにも満たなかったが、そのうち、お互いの日々の思う事から趣味のことまで語り合うようになり、ページを跨ぐこともあった。その中での彼女は、学校一の美少女でもなく、男勝りのスポーツウーマンでもなく、一つ物事を語れば、二つ三つ返ってくる、感受性豊かな女の子だった。
    ゆえに早乙女乱馬を見て、ヤキモキする。早乙女乱馬を奪わんとする女子たちを見て、悩みつつも彼女たちのことを、嫌いにはなりきれずにいる。交換日記のノートが終わり間近になると、早乙女乱馬の一番近くに居ておきながら、自分は彼にふさわしくないのではと、彼女はようやく内面を吐露し出してきた。
    早乙女乱馬を恋する彼女たちに複雑な感情を抱く反面、反発してばかりの自分に疲れてきたと、空元気にも等しい明るい文体で書かれていたのだ。末尾に、水か、透明な何かの液体で滲んだインクの痕跡を見つけた時、純情かつ清廉潔白な僕でも、早乙女乱馬と何かあったと気づいた。

    「そういうところが好きなのだ、あかねくん」

    お人好しで、恋敵を嫌いになりきれない。自身へのコンプレックスに振り回される。けれど、少しでも前向きになれるよう、笑顔と努力は絶やさない。これが、可憐と言わずして、何が可憐か。そんなあかねくんに思いの丈を伝えても、可憐に成長する花を手折る趣味はない。おさげの女とあかねくんの掛け合いを見守るごとく、彼女をそばで見届けたいだけだったが。

    「さすがの僕も悩む」

    交換日記の最後のページに、「一緒に、次の交換日記のノートを買いに行きませんか?」と、あかねくんの文字で締めくくられていたのだ。僕は僕で、軽々しく交際しようという自分をはじめて反省した。関係を続けるということは、こういうことなのだ。


    「起きろよ、センパイ!」

    いつの間にか、僕はソファの上で眠りこけていた。

    「はっ!お前は早乙女乱馬」

    目の前には、シャワーで湯を浴びたおさげの女、早乙女乱馬が立っていた。

    「おのれ、おさげの女を何処に隠した?」
    「しらじらしいっつの。ほんとは、あんた、俺の正体分かってるんだろーよ」

    早乙女乱馬は、どかりと、僕の隣に座った。シャワーから上がりたてだからか、バスタオル一枚を雑に腰に巻き、上半身はむき出しの胸板と肩で、格闘家らしく、硬い曲線を描いている。

    「おっぱいはどうした?ぺったんこじゃあないかっ」
    「男に乳があってたまるかっ」

    僕は半泣きの体で、早乙女乱馬の胸をペタペタと触ると、早乙女乱馬は少し顔を赤らめた。

    「あんまり、触らねえでくれねえか?女の体と違って、その……、あんたもわかるだろ?男の体ってちょっとしたことで反応するからさ」
    「あー、……腰に巻いたバスタオルの中のことか?」
    「ぶん殴るぞ、てめえ」

    それならば、とっとと、ぶん殴れば良いのだ。一宿一飯の恩義を感じているのか、早乙女乱馬は、いつものように、僕に手荒に返さない。

    「困るな、僕はおさげの女が好きなのだ」
    「だから、それも俺だよ」
    「知っているが、女の体をしたお前が好きなのだ」
    「おめえ、女を中身で好きにならないのかよっ」
    「正直どうでもいい」
    「サイッテーだ」
    「お前よりマシだ、早乙女乱馬」

    普段ならパンチの一発、早乙女乱馬は僕にお見舞いするはずだ。だが、今日はそれをしない。一宿一飯の恩義か?それ以上に堪えているのは。

    「あかねくんを、泣かしたな?」
    「はあーっ。もうやだよぉ、センパイ……」

    僕の隣で、早乙女乱馬が肩を落としている。

    若き格闘家として名を馳せ、学校一のスポーツマンで並ぶものは僕以外にいない、おさげの女の愛らしい顔立ちをそのまま残した華のある風貌の男だ。
    ここまで確立するものがあると、この男でなくとも誰しも有頂天になるものだ。しかし、この男は天井知らずの態度はとっても、他の誰も貶めない品の良さと気の良さがある。

    「オレは、あかねが好きなのっ」
    「知っている」
    「可愛くなくて、素直じゃなくて、色気がない、あいつじゃなきゃダメなんだよお」

    それをそのまま言えば、あかねくんの涙の理由は解決するのだ。

    「お前は贅沢なのだ、早乙女乱馬。あかねくんとて、いつもお前に寄り添うとは限らんぞ。格闘といい、他の女子のいざこざといい、お前は余所見が多いのだ」
    「おめえなんか、心が余所見しまくってんじゃねーかよ」
    うまいことを言う。
    「そんな九能ちゃんが可愛いわと言ってくれる女子ならいるぞ」
    「誰だ、それ」
    「天道なびきだ」
    「おめえ、鴨にされてんだ。それはよ」

    やはりそうか。一万円で天道あかねくんと交換日記を持ちかけられたあたりもそれだ。あかねくんに、「天道なびきから、何かお返しはなかったか」とそれとなく訊いてみたが、「なんのことですか?」と返事が来たのだ。
    だが。好意的に天道なびきを見るならば、可愛い妹の為に、僕はあかねくんの気晴らしに利用されたのだ。あかねくんも、早乙女乱馬への恋とも友情とも判別しづらい献身的な感情が、以前よりも出せなくなったのだろう。早乙女乱馬と行動を共にしなくなった頃に、天道なびきから、天道あかねくんへの交換日記を持ちかけられたのだ。

    「可愛い女の子になら、いくら利用されても、僕はかまわん。例え天道なびきでも、おさげの女であっても同様だな」
    「……それな」

    早乙女乱馬は、コツンと僕の肩に頭を載せた。見た目はおさげの女と似た顔立ちとはいえ、首筋から背骨のゴツゴツした曲線と、僕よりはやや小さいものの、節くれだって骨太の指や手の甲を見ると、やはり男なのだ。

    「最初は俺、有頂天だったよ。あかねは見ての通り、人気者だし……誰よりも可愛いしよ。こんなステキな子が許婚なんて、さすが俺って思っちゃったんだよなぁ」

    早乙女乱馬が、ゴシゴシと、両目を僕の肩に擦り付ける。僕の肩は、早乙女乱馬の目から出てくる体液で、少し濡れ出した。

    「シャンプーやウッちゃんも可愛いんだけど。あ、もちろん、おめえの、いや、あんたの妹……さんの小太刀も可愛いんだけど、俺にとって、一番可愛いのは、あかねなんだわ」
    「他の三人にそれを言ったのか?」
    「言えねえ」

    だろうな。言えたら、あかねくんもここまで悩まない。言えたら、早乙女乱馬も、申し訳の無さであかねくんと一緒の食卓を遠慮して、結局、自責に耐えかねて家出などしなかっただろう。

    「俺の打ち明け話に反論せずに、黙ってきいてくれねえか」
    「語るのか?めんどくさい奴だな、お前も」

    二人揃って、めんどくさい。

    「頼む。サイッテーと言ってくれていいから」
    「サイッテーだな」

    早乙女乱馬は、腰に巻いているバスタオル以外は裸だ。心も裸に近くなったのだろう。僕は、肩のみならず上半身ごと体重を預けてくる早乙女乱馬の肩を抱いていた。早乙女乱馬は僕のその仕草に、人心地を感じたのかはわからないが、ポツリポツリと胸の内を明かしていった。

    「なるほどな、久遠寺右京くんも、中国娘のシャンプー女史も、お前から見て、いいところはある、と」

    許婚になったものどうしは似るだろうか。あかねくんといい、早乙女乱馬といい、人を切り捨てられないところがある。

    「あ、その……小太刀さんも良い子ですよ?」
    「取ってつけたように気を使うな」
    「あんな可愛い女の子たちに、好意を寄せられて悪い気はしなかったさ。……弄て遊ぶ気は無かったけど、良い気にならなかったと言えば嘘になっちまう。あ、ごめんな?おめえ、小太刀の兄ちゃんだから、気を悪くするよな」
    「構わん。小太刀はお前に選ばれなかっただけだ。続けろ」
    「怖くなってきたんだよ。自意識過剰かもしれないけど、オレが好きなのはあかねだけだと言ってしまったら、ウッちゃんもシャンプーも、傷つくだろ?それだけじゃねえや。あの二人、故郷を捨ててまで、オレに人生賭けてるんだよ。……二人が、いや小太刀もだけど、それぞれ良いところあるから、余計に傷つけるのが怖いんだ」

    若き格闘家で、可愛い女子たちに言い寄られている早乙女乱馬も、中身は十六歳だ。人の好意の重さや彼女たちの人生賭けた求愛に耐えきれなくなってしまったのだ。

    「サイッテーだな、お前」

    お望みどおりの相槌を、早乙女乱馬に打ってやった。

    「わかってる。……あかねの心も傷つけてるってわかってる。あいつは育ちがいいからさ、人を嫌いになりきれないのな。だからだよ」

    女の体なら泣けるのにな、と早乙女乱馬はポツリと言って、ため息をついた。

    「オレが本当に女で、好きだって言ってくるのが、ウッちゃんやシャンプーじゃなくて、右太郎やシャン太郎だったら、今日、おめえにチョコレートパフェを奢らせたみたいに出来たのによ」

    小太郎は、早乙女乱馬の口から出なかった。

    「もう話は終わったか?寝るぞっ」
    「ちょ、待てよっ。これからだぞっ」
    「どうせ、お前は三人に何も切り出さないし、あかねくんにはプライドが邪魔して謝らないのだろう?これ以上話しても時間の無駄だ。僕は美容と健康のために十時に寝るのだ!」
    「おめえ、そんなんだから、友達いねえんだよ」
    「じゃあ剣道部に入部してくれるのか?」

    とっておきの殺し文句を早乙女乱馬に返すと、奴は僕から目線をそらした。

    「か……考えとく」
    「なんだ、せっかく友達が出来ると思ったのにな」

    僕はため息をついて、自分のベッドに潜り込み、部屋の明かりを消した。

    「うわっ!なんだっ。急に電気が消えたぞ、センパイ」
    「リモコンで消したのだ。お前はソファで寝ろ」


    「なあ、センパイ……」

    暗闇の中、まどろみに身を任せていると、早乙女乱馬が声をかけてきた。

    「なんだ?」

    答えなきゃ良かった、めんどくさい。

    「おめえんち、静かだな?」
    「そうか?」

    考えたこともなかった。小さい頃から一人で寝て一人で起きて一人で飯を食い、後は時間ごとに家庭教師がやってきたり、習い事をしているのだ。食事の時間は定められていて、その時間だけ、家族の団らんというやつがあるが、最近それも白々しく思うようになってきた。楽しいと思ったのは、剣道で、学校で剣道部を作り、可愛い女の子たちを眺めていると、天道なびきが声をかけ、あかねくんを知り、早乙女乱馬に遭遇し、今に至る。

    「俺んち……、いや、あかねんちは、いつも誰かが何かやってるから騒がしくてさ、人の声や音の中で寝てたんだよね。寝るときはいつも親父が一緒でさ」

    僕の寝床のそばに気配を感じる。

    「だから?」
    「……静かすぎて、眠れねえ。一緒に寝てくれねえか?」
    「いいぞ」

    声の位置、息遣い、そして、熱。早乙女乱馬はすぐそばにいる。僕は、掛け布団の片側を開けた。

    「………どうした?入らんのか?」
    「いや、俺、男の姿だし」

    僕の快諾が、早乙女乱馬にとって予想外だったのか、今度は早乙女乱馬が僕の寝床に入るのを躊躇い出した。

    「どーせなら、女の姿の方がいいんじゃねえの?」
    「ああ……」

    察した。
    一宿一飯をからだで返そうという腹づもりだ、こいつは。

    「いやだ。僕は結婚するまで、清いからだでいるのだ」
    「へ?」
    「性に関する興味は僕もあるぞ。早乙女乱馬、僕も男だからな」

    僕は、そう告げると、おもむろに早乙女乱馬を寝所に引き入れた。

    「ちょ……センパイ、待って!」
    「それに、女の子を無理やりどうこうする趣味はないのだ。女の子を大事にしてこそ、真の女好きだろう?」
    「おめえ、筋が通ってんだか、通ってねえんだか、わかんねえよっ」

    声は荒げるが、早乙女乱馬は抵抗しない。僕は、早乙女乱馬のシャツの下に手を入れ、胸板をまさぐりだした。

    「あ、センパイ……、やっぱごめん。下の方がおかしくなるっ」

    なにが、ごめんだ。僕は早乙女乱馬の首筋やうなじに軽く口づけをして、奴の胸板の上で震えているであろう、赤い粒を指の腹でつねった。

    「ひゃっ」

    そのまま軽く指の応酬をし、空いている片方の手で、早乙女乱馬のシャツをはだけていった。

    「電気をつけようか?おさげの女の時も、お前は美しい鎖骨をしていた。男のお前だと、僧帽筋も胸筋も三角筋も絶妙な影を作って、さぞや美しい鎖骨なのだろうな」
    「言ってる意味がわからねえ」

    ノーとは言わなかった。ベッドのそばのライトを仄暗くつけると、早乙女乱馬は僕の手で鎖骨も胸板も露わになっていた。僕は異性愛者なのだが、同性であっても、美しいからだは好きだ。早乙女乱馬の盛り上がった筋肉を滑らかに覆う皮膚を見て、軽くため息をつき、僕は思わず頬ずりをした。

    「……綺麗だ」
    「なあ、おめえ。もしかして、ホモなの?」
    「特に気にしたことはない。だが、お前の体は男であっても、僕の好みだ」
    「オレのことが、好きなの?」
    「さあな。性格なんてどうでもいいと、僕はさっきお前に言ったはずだ」

    内面などいらない。あの可憐なあかねくんも、心があるから悩み出す。
    早乙女乱馬も、心を持つから、好意を寄せる女の子たちを邪険に出来ない。
    天道なびきも、妹が可愛いあまり、九能ちゃんとあかねがくっついた方がいいと思ってと、妙な気を回す。……僕のことを、あの女は選ばないのだな。あいつと僕はそこそこ仲がいいと思っていたのに。

    「ここが弱いのか、お前は」

    さっき、僕がいじめた、早乙女乱馬の赤い粒を僕は口づけた。早乙女乱馬は蕩けそうな吐息をはく。

    「……オレ、あかねを裏切ってる?悪い奴だろ?」
    「言っとくが、お前の自傷趣味に付き合う気はないぞ。僕も、相応に楽しませてもらくからな」

    僕は服を脱ぎ、上半身裸になった。僕の寝床の上には上半身裸の早乙女乱馬と僕がいる。

    「綺麗な体だな、センパイも。……オレには劣るけどさ」
    「天道なびきに何枚か写真を撮らせたことがあるぞ。何に使うのか、知らんがな」
    「おめえ、もう少し疑うということを覚えた方がいいぜ」
    「なあ、早乙女乱馬。この際だ。あかねくんへの貞淑などという野暮は言わん。なぜ、抱かれたがった?」

    聞いた自分にびっくりした。僕はもともと他人への興味が薄い。あかねくんの力にもなりたいと思う反面、交換日記で彼女の心に踏み込み過ぎた、自分を後悔している。
    偶像は偶像のままで良かったのだ。久遠寺右京くんもシャンプー女史も、そして僕の可愛い妹も、早乙女乱馬の心が欲しいと、寂しく暗く凶暴な感情に身をまかせるさまなど、想像するだけで、彼女たちへの侮辱にしか思えなかったのに。

    「おめえ、女の裸、間近で見たことがあるか?」
    「さっきも言った。僕は結婚まで清いからだでいるのだ」
    「男とヤるのはいいのかよっ」
    「好奇心が勝った。それに男同士なんて、ジェネリックみたいなもんだろう?」
    「それ、ぜったいに使い方間違っているからな」

    早乙女乱馬が言わんとすることはこうだ。
    女の体を得るまで、ふつうに男性としての欲求を持っていたが、女の体を得たが故に、女体に対する興味が少しずつなくなってしまった。何より、早乙女乱馬を慕う久遠寺右京くんやシャンプー女史の求愛行動に対する、彼女たちへの愛に応えられない罪悪感で、女の子への性的欲求を持てなくなったというのだ。

    「つまり、あかねくんは清いままか」
    「あかねに手を出す輩はぶっ殺すからな」

    ……屈折しているな、こいつは。ただ言えるのは、早乙女乱馬が愛しているのはあかねくんで、彼女のことを、肉欲抜きで心底好ましいと思っていることだった。そんなもんで湧くか、性欲が。

    「オレがおめえに触られた時、反応したんだよね。オレも……この歳でそういう悦びを無くすのは嫌でさ……女のからだでも良かったんだけど……」
    「意外とお前は受け身なのだな。こういう時は、お前が僕を組み敷きたがると思っていた」

    僕は、早乙女乱馬に口づけた。奴の目尻になにか雫のようなものが光ったが、もう、そんなものは知るか。僕は、早乙女乱馬の胸から腰へと唇を這わし、僕の体の下でビクビクと跳ねる早乙女乱馬の長くて筋肉質の美しい脚を、僕自身を迎え入れやすいように広げてやった。

    セックスの後は気だるいということを初めて知った。あれから、早乙女乱馬は吹っ切れたのか、自分の方からも僕の精を求め、最後あたりは涙ながらの嗚咽を繰り返していた。女の子をいじめるのは大嫌いな僕も、自分の手や指や舌の応酬で、若くて美しい男が、身をよじらせ汗まみれになりながら、快楽に抗う様は見ていて楽しかった。

    「声を出していいぞ、早乙女乱馬。僕のうちは広いし、防音も聞いている」
    「………これだから、金持ちは……」

    僕の言葉に、何かが堪え切れなくなったのか、早乙女乱馬は、ああっと小さく叫んで果てた。
    早乙女乱馬は今、僕の隣でグースカと寝ている。裸で寝ていると風邪をひくので、僕のガウンをそっと着せてやった。鍛えているはずの僕も、普段使わない筋肉を使ったせいか気だるい。この男と交わったのかと、早乙女乱馬を見て、髪の毛を撫でて、もう一度頬ずりをしたくなる気持ちに襲われた。言っておくが、これは恋なんかじゃない。

    「セックスは害悪だな。こんな行為があるから、みんな狂おしくさせられるんだ」

    僕は楽しく、可愛い女の子と言葉を交わしたいだけなのに。誰かが誰かをつなぎとめたいなんて、涙の元でしかないのに。天道なびきが、お金持ちの九能ちゃんと一緒になってほしいとあかねくんの交換日記を進めてきた時、なんでお前が僕を選ばなかったんだと、本当は問い詰めたかったのに。金持ちじゃなかったら、天道なびきは僕のことを可愛いと言ってくれないかもしれないと、思いつめもしたのにな。

    「続きはお前が書け、早乙女乱馬」

    僕は、天道あかねくんとの交換日記をそっと、早乙女乱馬の横に置いた。「一緒に続きのノートを買いに行きませんか?」という文字は消しておいた。早乙女乱馬が僕と身体の関係を持ったなら、あかねくんは、僕と心の関係を持ったことになるのだろうか。いくら許婚といえど、早乙女乱馬には、あかねくんが僕との交換日記を友情と言い張るのなら、それを止める手立てはあるまい。けれどもう、僕は、彼女の心を散り散りにしたくなかった。早乙女乱馬も、天道あかねも、僕を選んだのは、一時の気の迷いなのだ。

    「もやもやするなら、スポーツだなっ」

    夜も明けていないのに、僕はジャージに着替え、ランニングに出かける。剣道部の入部を、考えておくと言って、お茶を濁した早乙女乱馬に、今後どうやって入部を迫ろうか?僕のベッドに残した早乙女乱馬の寝顔を頭に浮かべながら、僕は靴紐を結んだ。
    こまつ Link Message Mute
    2019/07/17 0:39:30

    「恋のショック療法」九能帯刀と早乙女乱馬の腐向け小説

    #らんま1/2 #九能帯刀 #早乙女乱馬 #腐向け

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