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    誰にも、あげない・10 向かい合って、しばらくお互い黙ったままだったのだが、一期が意を決したように顔を上げる。
    「三日月殿は、かつて私の妻であった方なのでしょうか」
    「どうしてそう思うんだい?僕は大坂城にいたわけではないから、当時の話はわからないんだけどな?」
    「あ…ああ…そうでしたか。ならば三日月殿は……。あの、鶴丸殿から言われたのですが、三日月殿はもう幸せになっていい、と。それはどういう意味なのでしょう」
     光忠はにっこりと笑う。
    「三日月は幸せだよ?今は。だってさっき自分で言っていたから。三日月は幸せだって。今剣くんや小夜ちゃん達の前で、三日月は幸せだって言ってたからね。後で二人に訊いてくれてもかまわないよ」
     事実だから曲げようがない。三日月が自らそう言ったのだし。
    「左様ですか…。では、燭台切殿と恋仲になられるまでは、幸せではなかったということでしょうか」
    「そういうことかもしれないね。あの人は、想い想われる幸せを長らく忘れていたから。けれど今は僕がいるし、僕があの人を幸せにしてるしね。問題はないでしょ?」
     確かに今は問題ないのかもしれない。だが、うまく逸らされているとも感じた。
    「私の夢の話をさせてください。…随分と豪華な花見の宴席でした。恐らくは再刃前の私と、妻と呼んでいた髪の長い人が並んでおりました。瑠璃紺の狩衣、艶やかな宵闇色の髪、その横顔はまごうことなき三日月宗近殿です。そして再刃前の私を、おまえさまと呼んでいた。私は私で、我が妻、私の月、と。…醍醐の花見の記憶であろうと思います。ですが、それが醍醐の花見であったことの見当がついただけで、私自身の感情には何も訴えて来なかったのです。これは記憶が蘇ったのとは違うと、考えています」
    「それで?」
    「… 燃えた記憶は、戻りません。恐らく、思い出せはしないのだろうと思うのです。ですが、この胸が、痛みを訴えてならんのです。痛くて、辛くて、泣きたい程切ない。それは三日月殿を見ている時、声が聞こえた時に感じていたのですが、ここ最近では三日月殿のことを考えている時でさえ感じてしまう。あの方は…私にとって、どんな方なのですか…」
    「そこまでわかっていて、それでも誰かの言葉がないと先に進めないの?一期くん。それとも本当にわかっていないの?」
     呆れ返った声で言われ、一期は憮然とする。
    「僕の話をしようか。…季節をいくつもほど遡った、春の宵だ。天下五剣にして最も美しい刀がこの本丸に顕現した。僕はあの夜近侍であったことをどれほど感謝したか知れない。一目惚れだった。言い逃れのしようもないくらいの一目惚れだ。ただただ世話を焼いて、いつも傍で面倒をみて、話を聞いた。たくさん話してくれた。過去のこと、今のこと、長い長い時をたったひとり残って生きてきた話を。幾千の出会いと別れを経て、その中でのほんの数年をただ一度きりの刀生の春と言っていた。その話を聞くたび、僕の胸は痛んだ。寂しげな横顔に心がちぎれそうだった。僕なら、こんな想いはさせないのにって。僕を見てって。思い続けたある日、尊い方の御蔵にいた刀が顕現した。けれどその刀は大事なことを忘れていた。だから僕は言った。僕なら泣かせない、ひとりにしないからって。僕は、最初で最後の恋をした。いや、今もしてるね。三日月宗近に」
    「大事なことを忘れた刀とは…私…なのですか…」
    「一期くん。僕は三日月宗近に恋をして、そして彼に想いを返してもらっている。身も心も繋げた。今更、引っ掻き回してほしくないんだよね」
     厚は意外な思いで光忠を見つめていた。こんな風に追い詰めるような物言いをする刀であったろうか、と。
    「君がもしこの先、記憶を取り戻したところで、僕は三日月を手放すつもりはない。そのことは三日月にも告げてある。そして彼もちゃんと理解してくれている。けれど、心は縛れるものではないよね。ままならないものだ。だから、三日月には絶対余計なことはしないで。光忠に心を預けているのに、一期に記憶が戻って、もし少しでもこの心が揺れたなら壊れてしまうって泣かれたから。僕の大事な、最愛のあの人が君のことで泣くようなことになったら、僕は全力で君を折りにかかるよ」
    「そんなことしたら、三日月だってただじゃすまねえだろ。何てこと言うんだよ燭台切の旦那!」
    「何言ってるの、厚くん」
     向けられた瞳は、氷よりも冷たかった。
    「それで三日月が壊れたら、もう誰も僕と三日月のことを邪魔しないだろう?何か問題あるのかい?」
    「ちょ…」
    「なんてね。冗談だよ。もちろん壊れてしまっても、僕は三日月を抱えて生きていく覚悟はあるけど。君にはないだろう?一期くん。壊れたのは君のせいだから、責任取って面倒みろなんて言われたって、できやしないだろう?」
    「それは…」
     廊下に気配を感じて、光忠はゆるりと鋭い視線を収めた。部屋の前で止まった気配に、立ち上がる。
    「光忠」
    「あ、歌仙くん?」
     今日の夕餉は歌仙に任せていたはずだ。光忠は障子を開けた。
    「今日の夕餉なんだが、三日月さんは丼ものは食べれるだろうか?」
    「あー…量的には厳しいから、僕が別で作るよ。材料だけ置いててもらえる?少しおかずを足したらいいと思うから」
    「わかった。それじゃあ頼むよ」
     やってきたのが三日月でなくてホッとした。あまり外には漏れない程度の大きさで話してはいたが、聞かれてあまり気分のいい話ではない。聞く方も、聞かれる方も。
    「ねえ、一期くん。どうして三日月が、君に忘れろって言うのかわかってるかい?どうして厚くん達に口止めをしているのか…」
     障子を閉めて振り返りながら光忠が言えば、一期はもう投げやりな表情だった。
    「燭台切殿とお付き合いをなさっているからでしょう?私が思い出したら都合の悪いことにでもなられるのでは?」
    「いちにい!言っていいことと悪いことが…!!」
     機動の差と言えばいいのだろうか…。到底我慢できなかった厚が先に一期の胸倉を掴む。
    「三日月が!!どんな思いで600年待ってたと思ってんだ!!!それでもいちにいが辛い思いをするくらいなら忘れたまんまでいいなんて…ただの友人がそんなこと言うかよ!!!」
    「厚くん、いいじゃないか。そう勝手に思っていればいい。かつては妻と呼んだ刀をそうやって侮辱できるんだ。そういう刀だと思ったらどうかな。…僕の話を聞いて、三日月が誰を待っていたのか、もうわかったでしょう?ここまで種明かしされて、自分の夢の話が云々言ってるようじゃ仕方ないよ」
    「燭台切殿…」
    「一期くんが見た夢は、かつての出来事だよ。我が妻、私の月。一期くんは髪の長い三日月をそう呼んでいた。夢の中では睦まじかったでしょう?僕にしてくれる想い出話でも、そうだった。君が思い出して都合の悪い話など、ありはしない。けれど、それでもどうしても三日月には堪えられないことがあるんだよ。君がそれを余計なことと言うのなら、三日月の600年を否定するのも同じことだ。僕は許さないよ。きっと厚くんや、薬研くん達もね」
     そこまで話して、掴んだままの厚の手をゆっくりと引き剥がしてやる。
    「みんなが三日月はもう幸せになっていいってどうして言うと思う?」
     障子を開けて、話は終わりとばかりに出ることを促す。
    「僅か数年の幸せな想い出をたったひとりで600年抱えて、誰にも嘆かず、涙も見せず、忘れているかもしれない相手を健やかなればそれでよいと微笑むような刀だからだよ。もう、いいんじゃないかな」
     厚が先に出て、一期が続く。光忠の傍を通り過ぎようとしたところで、呟く。
    「三日月の右手は、もう、君のものじゃないから」

     光忠の部屋を出て、粟田口の棟へと戻る。一期は厚を振り返った。
    「厚。薬研と平野は、今どこかな。出陣してるかい?」
    「…いや、二人とも今日は非番だ。呼んできたほうがいいか?」
    「そうしてくれると助かるよ。燭台切殿があそこまで話してくれたなら、お前達からも聞けることだってあるだろうから」
     厚の返事は待たずに一期は自室に入った。障子を閉めた途端、崩れ落ちる。
    「私と三日月殿は、まこと夫婦であったのか。妻と呼んで、あんなに睦まじくしていたと。私は忘れて、三日月殿はずっと覚えていて…。そうか…。忘れていても、こんなに胸が痛いのは、記憶ではない何かが、あの方を覚えていたからなのか…」
     自分だけが600年覚えていて、そして想い続けた相手は忘れている。傷つかないはずはない。
     だが、思い出せないのだ。何一つ。三日月の笑顔を見ても、琴線に触れるものはなく。ただ、胸が締め付けられる。もどかしい。この先もずっとこんな感情を持て余していかなければならないというのだろうか。
    「いちにい、薬研と平野連れてきたぜ」
     厚が戻ってきたらしい。一期はどうぞと応えて、弟達に座布団を用意した。どうやら厚からある程度のことは聞いたのだろう。薬研も平野も、心配そうに一期を見遣っている。
    「先ほど、燭台切殿と話ができた。私がみた夢の話と、そして燭台切殿が三日月殿と想い合われるまでの話を。私と三日月殿はかつて夫婦で、大坂城で睦まじく過ごしていたのだね。それが事実とわかったよ」
    「だけど、思い出せない。そういうことなんだな、いちにい。そこでやめといたらどうだい、過去のことを思い悩むのは」
     かけていた眼鏡をはずして、白衣のポケットに差し込みながら薬研が言う。
    「そうできたら、どんなにいいだろうね。だが、このもやもやとした気持ちや、胸の痛みは、どうしたらいいと言うんだ…」
    「いちにいは…三日月様のことを、どのように思っておられるのですか?」
    「どのように、とは?」
    「簡単に言えば、好き、嫌い、尊敬するとか蔑むとか、そういった感情で表すと、どのような?まず三日月様のことはどのような方だと思っておられますか?」
     平野の助け舟で空気が少し軽くなった。一期と三日月がまた共に歩めればという気持ちがどうしても捨てきれない平野としては、このままで終わらせたくはなかったのである。
    「私がここに来てから、三日月殿と出陣したことはないから戦いぶりはわからないが…。それに私が顕現してからというもの寝込んでおられたり、あまりお話をする機会もなかったので…。だが、とても美しい方だと思ってる。恐らくは心根も美しい方なのだろう。そうでなければこれほどの数の刀剣に好かれることはないだろうし。お前達からもどれだけ素晴らしい方であるのかは聞いているから、悪い印象はないよ。だが…」
    「だが?」
    「あの方がどうしてあれほど頑なに、私が記憶を取り戻すことを避けたがっておられるのか、それがどうしてもわからない。だって、私がもし三日月殿の立場なら、思い出してほしいと願わずにはいられないからね。夫婦として過ごした日々を何故忘れたのかと…。想い合ったというのなら、尚更だ。取り戻すことで、何か不都合があるのではないかと思ってしまうのは、当然とは思わないか?」
     不都合なんじゃない、それが三日月の優しさなのだと、3人は言いたくてたまらない。今からでも三日月に許しを得たいとさえ思う。
    「もやもやとか、胸の痛みとかは、多分記憶が戻らなくても答えは出るんじゃねえかと俺っちは思うんだがな。三日月の旦那と、少しでも過ごしてみたらいいと思う。俺っちからも旦那には頼んでおくから、いちにいはこの間みたいに強引な真似はしないことだけ約束してくれ。旦那の手首を掴んだと聞いた時は肝が冷えたぜ。よくまあ燭台切の旦那が黙ってたもんだ。あの人は相当なヤキモチ妬きだから、気をつけた方がいいぜ、いちにい」
     かつては薬研も三日月に対して、もやもやとして、胸の痛みと戦っていた。微笑みかけられれば胸が高鳴り、一期と睦まじく過ごしているのを見れば張り裂けそうに痛かった。けれど、三日月が幸せそうに一期とのことを話してくれて、そこで自分の片恋は終わった。姫さんが幸せなら、俺っちはそれでいい。そう思えたから。
     兄のその胸の痛みは、三日月を想っているからなのだろうに。たとえその身を焼かれ、記憶まで焼かれても、想いだけが残ったのだろう。それほど深く想っていたのだろうと思う。けれどそこまで考えが及ばない。心を持つ人の身に慣れていないこともあるのかもしれないが。
    「記憶が戻る戻らないは別にして、俺っち達は三日月の旦那とこれまで通り仲良くしたいんだ。いちにいにも、仲良くしてもらえると有り難いんだがな」
     そこまで言われては無碍にもできないだろう。さすが懐に入る短刀、言い包めるのが上手い。
    「わかったよ、薬研。少し私も焦りすぎていたようだ。せっかくこうして顕現できて人の身を得たんだ。ゆっくり慣れていくようにする。三日月殿ともな」
    「よろしく頼んだぜ。じゃあこの話はこれで終わりだ」
     これ以上ここで話をしていたら、きっと余計なことまで口走ってしまう。一期のことはもちろん大事だが、これ以上三日月を悲しませることもしたくない。
     まずは三日月に一期のことを避けないでくれと頼まなければ。三日月には光忠がいるのだし、一期も何か気付いたところで暴挙に出ることはないだろう。
     恐らくは…なのだが。

    「姫さん、ちょいといいかい」
     夕餉前のひととき。昼寝から覚めた三日月は、蛍丸が持ってきてくれた洗濯物をのんびりと畳んでいた。その中には光忠のものもある。この部屋に泊まっていくことも多いから、少し私物を置いているのだろう。
    「あ、じゃあ俺、国俊と国行にも配ってくるね」
    「ああ、わざわざすまなんだ。ありがとうな、蛍」
     畳みながらおしゃべりをしていた蛍丸は、薬研が来たのを合図に離れていく。元々寄り道しておしゃべりしている場合ではなかったのだろう。まだ大量の洗濯物を抱えていた。
    「どうしたのだ?薬研。こちらに来るなど珍しい」
     避けていたのはそっちじゃないか、と言いたい気持ちはあったが、それを招いたのは自分達の兄である。薬研は苦笑しつつ三日月の傍らに腰をおろした。
    「姫さん。いちにいが無茶なことして、悪かったな。俺っちからも詫びさしてくれ」
     軽く頭を下げれば、三日月は慌てて手を振った。
    「よしてくれ、薬研。…俺がお前達に口止めしたせいで、一期は焦れているのだろ?わかっておる。なれど…なあ…」
    「うん。俺っちも、厚や平野もわかってるんだよ。姫さんの心遣いは。ただ…ただな?姫さんが隠すことが優しさだとわかるのは…多分、いちにいが思い出した時だと思う。だから、先に教えてやっても構わないんじゃないかって…」
     三日月は眉を下げる。哀しそうに、切なそうに。
    「…俺は、怖いんだ、薬研」
    「怖い?」
     畳み終えた洗濯物を箪笥に収めて戻ってくると、三日月はほう、と溜息をついた。
    「燃えた夜のことを思い出して、一期が苦しむ様を見るのも怖い。だがもうひとつ…。一期が、もし、大坂城でのことを欠片でも思い出したとする」
    「ああ」
    「…言葉を尽くして、口説いてくるのであろうな、俺を」
    「そうなるだろうな…」
     大坂城で毎日毎晩口説いていたのを思い出す。花を携え、茶菓子を抱え、手を変え品を変えただただ三日月恋しさに通い倒して口説き尽くしていた。
    「俺にはもう、光忠という心に決めた恋刀がおる。なれど…一期を、今は想うておらぬと言えば嘘になる。そこにつけ込んで、口説かれて、もし、もし、俺の心が僅かでも揺れたなら…俺は壊れてしまう…」
    「姫さん…」
    「やっと…やっと、一期のことを思い切って、光忠に心を預けたのに。ようやっと前を向けたのに。愛してくれる光忠がいて、幸せだと、そう思えるようになったのに…」
     三日月は俯き、ぽろぽろと涙を零す。薬研が初めて見る、三日月の無防備ないとけない姿だった。
    「すまんな、薬研。俺はこんなに弱くなってしもうた…。一期にはじめましてと言われたことが、あまりに酷でな…。600年も抱えてきた自分が、惨めでならぬ」
    「無理もねえよ。…俺っち達だって、驚いたし惨いとも思ったさ。だから、姫さんが燭台切の旦那の手を取ったことを、俺っち達は責めるつもりなんて毛頭ないんだ。姫さんには幸せになってもらいたい。もう十分だ、姫さん。いちにいのこと、想ってくれてありがとう」
    「薬研…」
     顔をあげた三日月の頬に触れようとしたが、薬研は思いとどまった。もう、気安く触れていい相手ではない。三日月宗近は、燭台切光忠の恋刀だ。いずれ祝言も挙げるつもりかもしれない。そんな刀に、触れてはいけない。
     薬研の手が止まった理由に思い至った三日月は、自分で頬の涙を拭った。ごしごしと、少し乱暴に。きっとこんな拭い方をしたら光忠は怒るだろうけれど。
    「… 本当は、いちにいを避けないでやってほしいって、言いに来たんだ。いちにいには姫さんに過去のことを問いただしたりせず、まずは人柄を知ってゆっくりと慣れていってほしいって言いおいて来たんだが…。もし、姫さんがどうしてもいちにいと関わりたくないと言うんなら、それも仕方ねえのかなって思っちまっ た。…どうかな、姫さん」
     ふるふると、三日月は首を横に振る。
    「関わりたくないと…いうわけではない。まだ、俺の心が追いつかぬだけで…どこかで区切りをつけねばならぬということは、わかっておる。…条件をつけてもよいか?薬研」
    「もちろんいいぜ?」
    「一期と二人きりには、してくれるな。誰か一緒にいてくれるなら、一期と過ごして構わぬ。つるとか、鶯とか、もちろん粟田口の子らでもよい」
     本当は光忠がいてくれるのが一番なのだが。それではいつまで経っても先には進めないだろう。三条の兄刀達はきっと一期にきつく当たるだろうから頼めない。
    「わかった。いちにいと二人きりになったりしないように、内番とかも調整するよう大将には頼んどくから。またいつもの平和な本丸になるように、姫さんも協力してくれや」
     わざと明るく言う薬研に、三日月は微笑む。薬研は昔からこういうことには聡い子だった。ほんの少し、光忠のようだと思ったことは自分だけの秘密にしておく。口にしようものならきっと光忠から口にするのも憚られるようなお仕置きが待っているだろうから…。

     それからは、何事も起こらない平和な日々が続いた。手合わせをしたり、歌仙主催の茶会に出たり、三日月と一期の距離はゆっくりと縮まっていった。出陣するとなれば味方同士、反目し合っていてはとても勝ち目はない。
     けれどそうやって三日月と過ごすたび、彼の笑顔を見るたびに、一期の胸は疼いた。甘えた声で光忠を呼ぶ三日月を見れば胸が痛み、一期、と手招きされれば舞い上がりそうだった。
    「それは恋だよ!いちにい!!」
     びしっと音がしそうな勢いで指を立てて、乱藤四郎が力強く断言する。
    「恋?」
    「そう!笑顔を見て胸が疼いて、他の人と仲良くしているところを見れば胸が痛くて…もうそれは、恋!!」
     相手が三日月とは言ってはいないが、ついつい弟に零してしまえばそんな回答である。
     これが恋なのか。なるほど人の子がよく歌に詠んだ気持ちに似ている。何と甘く、切ないものであろうか。そのうえ想う相手はとうによその男のもので、自分に勝ち目はないのである。
     一期が思い悩んでいる間にも、乱は乙女全開で桜を舞わせながら恋っていいよねぇとうっとりしている。近くにいた薬研と厚は頭を抱えた。
     案の定、一期は三日月に恋をした。記憶を取り戻すこともなく、欠片を思い出すこともなく。それでも、三日月に恋をした。きっとこれは誰にも避けることはできなかっただろう。恐らく光忠も、予想はしていたと思う。
    「薬研、ちょっといいかい」
     一期に手招きされて、薬研は少し困惑気味に近づく。一期の部屋へと連れ込まれ、応えたことを後悔する。
    「どうしたらいいんだろうか…薬研…。私は三日月殿に…」
    「いちにい、そこまでだぜ。三日月の旦那に懸想してる刀は、いちにいだけじゃねえ。けど、みんな胸に閉まってんだ」
    「…燭台切殿に、遠慮してるってことかい?」
     どうやら一期はあの日以来、光忠のことを微妙に敵視しているように思えてならない。煽ったのは確かに光忠ではあるのだが。
    「それもある。だがな、三日月の旦那が幸せそうにしているのが一番の理由だ。何人かいたんだぜ?旦那を口説いた刀は。けどまあ、旦那は誰の手も取らず、この間ついに燭台切の旦那が口説き落としたってわけだ。あんなに幸せそうにされちゃ、誰も横槍は入れにくいだろうよ」
     薬研に言われて考え込む。確かに三日月は今幸せそうだ。光忠の隣でその美貌にも磨きがかかっていると加州がからかい半分で嫉妬するほどである。『それだけ光忠さんのこと好きなんだね、三日月さんは』と大和守安定と話していたけれど。
    「…薬研。もし、私が記憶を失っていなければ…三日月殿は、私を見てくださっただろうか」
    「いちにい、何言って…」
    「だって、そうだろう?私が顕現してから、三日月殿と燭台切殿は結ばれた。私がはじめましてなど言わなければ…三日月殿は、きっと私をおまえさまと呼んでくださっただろうに。そうすれば、あの夢のように今頃私の隣で笑っていてくださったはずじゃないか」
     そこに気付いてしまったか。薬研は考え込む。確かに、光忠が三日月に想いを告げたのは一期が顕現した日。そして何も覚えていないことが引き金にもなって、三日月は光忠の手を取った。一期が記憶を失ってさえいなければ、顕現した日に三日月のことを私の月と呼んでいれば、今頃は平野の願い通り、大坂城の光景が 再現されていたかもしれない。
    「けどな、いちにい。それはあくまでもし、の話だ。それにいちにいは思い出したわけでもねえ。そこをはき違えちゃいけねえぜ?」
    「…誰かを想うということが、これほどに切なく辛いものとは…」
     それを600年、三日月は堪えていたんだぜ、とは言わずにいた。三日月は自らの意志で一期を想い続けていたのだ。ただただ、一期との想い出を大切に抱きかかえて。
    「それになあ、いちにい。いちにいがあの時はじめましてと言わなかったとしても、三日月の旦那がいちにいの手を取ったかどうかはわからねえ」
    「どういうことだい?」
    「考えてもみろよ。いちにいがいない間、この本丸で生活をしていたんだ。いろんな刀と過ごして、いろんな刀から想いを告げられて。そして取ったのが燭台切の旦那の手だったわけだ。だから、必ずしもいちにいの手を取ったとは限らないんじゃねえかな」
    「そうだろうか…。だって600年、私を待っておられたんだろう?思い出せずとも、もっと早く、ちゃんと三日月殿と向き合っていれば…」
     話を逸らしたかったが、それはできなかった。このままいけば一期は多分三日月を口説き始めるだろう。欠片さえも持たないまま、恋に落ちたと。逆に言えば、それだけ昔、想っていたということ。その身と記憶を燃やされても、想いだけが残ったのだといえる。
    「三日月殿を困らせようとは、思ってはいないのだが…だが、やはり、欲しいと思う…」
     これはまずい。大坂城にいた頃、三日月を口説こうとしていた一期と同じことを言っている。あの時はよかった。三日月は誰のものでもなかったのだから。だが今の三日月には光忠がいる。
    『姫さんにはそれとなく言っておいた方がいいかね…』
     不安しかない。だが光忠には中立と伝えてあるし、余計なことはしない方がいいのだろうか。波乱はまだ続きそうだった。

    「遠征…俺は一緒には行けぬのか…」
     そんなある日、光忠が長期の遠征に出るという。普段なら半日か丸一日程度で帰って来れるのだが、新しい遠征先が期間限定で発表されてそこに光忠が行くことになったのだと。光忠の他には大倶利伽羅や太鼓鐘貞宗、鶴丸も一緒である。
    「行き先が仙台っていうのもあって、伊達家にゆかりの刀で行くことになってね。少し空けちゃうけど、大丈夫?三条のお兄さん達にはもちろんちゃんと頼んで行くけど…」
    「俺も行きたい…置いていかれるのは嫌だ…」
     目に見えてしょんぼりと俯いてしまった三日月に光忠は慌てる。いつもなら力なくも微笑んでくれるというのに、すっかりしょげてしまっている。
    「ねえ、三日月」
    「…なんだ?」
     頬を両手で包んで顔を上げさせれば、夜空の瞳はすっかり潤んで雨が降りそうである。光忠は目の端にそっと口づけて、微笑む。
    「この遠征が終わったら、主に頼もうと思ってることがあって」
    「何を頼むのだ?」
    「三日月と、祝言を挙げたいと」
    「し…祝言…?」
     ずっと考えていたことだ。三日月を娶りたいと。ただ恋仲だというだけでなく、名実ともに妻にしたいと。終わりの見えない戦いの中、巡り会えた縁を確かなものにしたいのだ。
    「僕のこと、何て呼ぶか決めてくれた?」
     ぽふん、と胸に身体を預けてきたのを抱きとめて問う。
    「んん…やはり旦那さまだろうか…」
    「旦那さまかあ…ふふ。何だか照れちゃうね。でも、祝言を挙げたらいよいよ三日月は僕のお嫁さんだなあ。楽しみ」
    「光忠はそれでよいのか?旦那さまで…」
    「もちろん。三日月が僕を呼んでくれてるっていうのがわかるし。あなたの旦那さまは僕だけでしょ?」
     優しく笑うとくすぐったそうに抱きついてきた。こういう仕草が愛らしいのだとわかっているのだろうか、この年上の嫁は。
    「2~3日で戻れると思うから、待っててね。帰還報告と合わせて、主には言うつもりだから。それまでは内緒にしててくれるかい?」
    「あいわかった」
     光忠がそこまで考えていたとは思わなかった三日月は、心がとても温かくなったことに気付いた。光忠は自分を置き去りにはしない。自分をひとりにはしない。そう約束してくれた。その約束を更に確かなものにしてくれるというのだ。嬉しくないはずがない。
    「光忠、なあ、おとなしく待っておるゆえ、はよう戻っておくれ?」
    「いいこにしてて。お土産たくさん買ってくるよ」
    「土産などよい。光忠が帰ってきてくれたら、他には何もいらぬ」
     抱きついて縋ればしっかりと抱きしめ返してくれる。ああ、この力強い腕がこれからも自分を包んで守ってくれるのだ。そう思うだけで不安は消えていった。
    「明日は早いけど、三日月を充電してから行かせてね」
     何を求められているかわからぬほど鈍くはない。三日月は光忠の頬に口づけて、自分から帯を解いた。

     夜明けから間もない時間に、光忠達は出発することになっていた。三日月が腕によりをかけて作った刀装を光忠に渡す。
    「それから、これをな…」
     三日月は飾り紐を引っぱって解くと、光忠の左手首に巻き付けた。
    「必ず俺のところへ戻れるように…」
    「ありがとう。これで途中敵襲があっても大丈夫だね。この本丸で一番強い三日月の加護があるんだから」
     光忠のネクタイをそっと直してやり、そのまま胸に顔を埋める。いつまでもそうしてはいられないことはわかってはいるのだが、やはり寂しい、心細い。
    「光忠…待っておる」
    「あなたのところに一番に帰ってくるよ。いってきます」
    「いってらっしゃい」
     さっきから太鼓鐘が急かしている声と、宥めている鶴丸の声が聞こえる。もうさすがに待たせられないだろう。
    「いってきます」
     光忠は最後にそう言って、三日月の額にキスした。門から見えなくなるまで三日月は手を振っていたのだが、そんな自分をじっと見つめる視線には気付けずにいた。

     これは好機だ。一期はそう思った。光忠は遠征、いつも邪魔をしてくる鶴丸も一緒に遠征。三日月と二人きりにはさせないと約束をしているからといつも釘を刺してくる薬研も今日は出陣である。
     光忠がいなければ恐らく三条の兄刀達のところに行くのだろうが、一期はその前に声をかけるつもりでいる。最近は三日月もようやく警戒を解いて穏やかに話をしてくれるようにもなった。決して嫌われてはいないこともわかっている。それは恐らく、かつて想い合った仲だったからだろうということも。
    「三日月殿。こちらにおられましたか。五虎退と秋田が初めて二人で万屋に行きましてな。三日月様と食べてくれと土産をくれまして。如何ですか、落雁なのですが」
    「ほう…あの子達が。いつも脇差の引率で行っていると思うておったが、成長したのだな。ん、落雁か。いただこう」
    「お茶も持って参りますので、どうかこちらでお待ちください」
     大広間の近くで声をかけられたので三日月も油断している。誰かが必ず通るので、不埒な真似も出来はしないだろうと。
    「どれも花の形をしておるのだなあ、愛らしいことだ」
    「ええ。どうぞお好きなものをお取りください」
     差し出された器から、桜の形をした落雁を取った。
    「三日月殿は…」
    「うん?」
    「燭台切殿の、どこに惹かれたのですかな」
     落雁を小さな口ではむ、と一口齧ったところでいきなり問われて三日月は瞠目した。今何を訊かれたのかと数秒考える。
    「けほっ…なんだいきなり…」
    「ああ、すみません。いきなりの質問で驚かれましたかな。…お茶こちらです」
     背中を擦られて、湯のみを受け取る。詰まりかけたものを流し込んだところでようやく一息ついた。
    「どこ…とな。細かいところは難しいな。気がついたら心を傾けておったゆえ…。誰にでも優しいが俺に一等優しいところも、料理がうまいところも、見目を常に気をつけて凛としているところも、出陣すれば実戦向きというのがよくわかる動きで敵を的確に屠るところも、まあいろいろ要素はあるな。だがまあ決定的だったのは…」
     いきなり派手に惚気が始まり、一期は尋ねたことを少しだけ悔いた。
    「だったのは…?」
    「俺をひとりにせぬと、泣かせぬと、一番最初に誓ってくれた。過去の俺ごと愛するからと。そこまで言われて、心が動かぬわけもあるまい。もともと俺も光忠のことは好ましく思うておったようで…まあ、言われてから自覚したのだがな」
    「過去の…あなたごと…」
     三日月は頷く。
    「長い長い時を生きてきた。出会いと別れを何度も繰り返して、ここに降り立った。その過去を光忠に話したが、そんな過去の出来事も全てまとめて、俺を愛してくれると」
     その過去には、自分のことも入っているということだろう。光忠は三日月から想い出話をたくさん聞いたと言っていた。僅かな期間を刀生の春と呼んで大切に話していたと。
    「…お幸せそうですな」
    「ああ。俺は幸せだ」
     はにかんだ横顔はまるで花が綻ぶようで。見ているこちらも笑みが溢れてしまうほど。だが自分を拒絶した刀と同一の刀なのである。
    「三日月殿。私はこの本丸に顕現した時、あなたにはじめましてと申しました。焼かれて、記憶を失った私には、再刃前の出会いは全てが初対面になります。あなただけではありません」
     三日月は湯のみを置いた。いつでもここから去れるようにしているのだろうと一期は思う。だが、やっと二人きりで話す機会を得たのだ。伝えきってしまわなければ。
    「けれど私は最も忘れてはならぬ方を忘れたのだと、思い知りました。あなたを見かけるたびに胸が高鳴り、燭台切殿と睦まじく過ごしておられるのを見ると胸が痛み、あなたから名を呼ばれれば舞い上がる程嬉しい…。きっと過去の私も、そうやってあなたに…」
    「一期一振吉光。そこまでにせよ」
     低い声が一期を止めた。ほんの少し、震えた声。
    「三日月殿…」
    「…もう、俺は過去を引きずることはやめたのだ。だってそうだろう?心を重ねて契ったはずの縁は、焼かれたことで消えてしまった。所詮その程度の儚いものであったのだ。ならばもう引きずるまい。そう決めた。…俺は燭台切光忠の妻になる。諦めろ」
     立ち上がった三日月の右手を一期は掴んだ。見上げた三日月の青ざめた顔、震える唇。必死で振り切ろうとしているのが手に取るようにわかった。
    「俺の右手は、光忠のものだ。離せ。…五虎退と秋田に礼を伝えてくれ。ではな」
     それでも心根の優しさが、ただ一期を拒絶するだけで終わらないあたりに見え隠れする。三条の棟に駆け戻っていく背中を追いかけることもできず、一期は見送った。

    「え。今日一期くん非番なの?」
     光忠お手製の弁当を全員で頬張っていると、鶴丸が爆弾を落としてきた。
    「本当は出陣だったはずなんだが、主の采配ミスで獅子王が行くことになったって言ってたな。だから一期は今日は非番のはずだ」
     最近は三日月から一期のことで不安なことは聞いてはいないが、油断しないにこしたことはない。それに、一期と光忠が話をしてからは初めてなのだ、光忠が三日月と数日も離れるなんて。
    「どうしよう、心配だなあ…。三条のお兄さん達には頼んではきたんだけど…多分全員は揃わないって言われててね?大丈夫かなあ…。ねえ鶴さん、三日月大丈夫かなあ…」
    「どうだろうなあ…。ここのところ、一期は三日月に無茶はしてないみたいだったし、三日月からも訴えはなかったが…。でも俺も光坊もいないとなると…」
    「…今すぐ帰りたい…」
     そうはできないことはわかっているが、呟かずにいられない。一期に口説き落とされるということはないだろう。だが、ほんの少しでも心が揺らいだら、三日月は自分で折れてしまいかねない。彼が如何に一途なのか、光忠が一番知っている。
    「…光忠、とりあえず早く済ませてしまおう。それさえ終わったら、お前だけでも先に帰れ」
    「伽羅ちゃん…」
     慣れ合わないと公言して憚らない大倶利伽羅が、心配そうな顔で見てきていた。それだけ光忠が不安そうにしているということなのだろう。
    「なあ、みっちゃん。お月さまも連れて来たかったな」
    「貞ちゃん…」
    「今度仙台来ることがあったら、お月さまも誘おうぜ。お月さまにも、仙台見てもらいたいだろ?江戸と京都とかしか知らないみたいだしな」
    「うん。三日月はずっと…箱入りさんだったからね。もっといろんなところ、見せてあげれたらいいなあ…」
     いろんなところに連れて行ってあげたい。出陣先で見る荒れ地とかではなく、どこまでも広がる青い海だとか、お祭りに盛り上がる城下町だとか。きっと三日月は宵の瞳を輝かせて喜んでくれるだろう。
    「さ、そうと決まれば先を急ごう。三日月と光坊のためにな!」
     弁当を片付けて鶴丸が立ち上がる。先は長い。だが急いで。なるだけ急いで。三日月のためにも、光忠のためにも。

     三条の棟で小狐丸や石切丸と過ごしていたが、心細さが頂点になってしまった三日月は、以前胸の内を明かした左文字兄弟のところに来ていた。宗三は内番でいなかったが、江雪と小夜が相手をしてくれた。
    「…一期殿が、そのようなことを…」
     俯いてぽつぽつと語ると、江雪は溜息をつくように相づちをうつ。心配そうな小夜が三日月に横から抱きついてきた。
    「みかにいさま、今夜はここで一緒に寝よう?光忠さん帰って来るまで、左文字の棟にいたらいいよ」
    「そこまで甘えるわけにもいくまい。…俺が、しっかりすればよいのだ」
    「三日月殿。無理はおよしなさい。…小夜の言うように、今宵はこちらで過ごされませんか。宗三はやかましく言いますが、あれもあなたのことが大好きだからああなのですよ。粟田口は今夜夜戦に行くはず。薬研殿や厚殿も出陣でしょう。その間に一期殿がまたあなたを訪ねないとも限りませんからね」
     飾り紐のない三日月の頭を、江雪はそっと撫でた。長兄であるがゆえか、彼もつい三日月を甘やかしてしまう。そして三日月も末っ子のため江雪に甘えてしまうのである。
    「江雪…いいのだろうか…こんなに甘えて…」
    「何言ってるんです、こっちに自分から逃げてきておいて。ここまできたらどんと構えなさい。もうこうなったら匿いますよ、ええ」
     内番を終えて戻ってきた宗三が呆れ返った口調で三日月を見下ろす。
    「宗三、三日月殿を構えて嬉しいのはわかりましたから、もう少し優しく言いなさい。和睦の道は遠いですよ…」
    「もうっ。そんなこと言ってたら三日月さんが傷つくのを指くわえて見てるだけになっちゃうでしょう?」
     襷を解きながら宗三は三日月の前に座った。
    「あなたはお城にいた頃から、僕がいないとだめなんですから」
    「はは…違いない…。いつも宗三が傍におってくれたな…」
     力なく笑う三日月に、宗三はますます苛立った。
    「どうして額面通り取るんですかもうっ。お小夜、千代紙を持っていらっしゃい。三日月さんは折り紙とってもうまいですから、いろいろ作ってもらいましょう」
    「ほんと?ぼく取ってくる!」
     なんだかんだ言って、結局宗三が一番三日月に甘くて、構いたいのだ。江雪はうっすらと微笑んで見守った。

     左文字兄弟と夕餉をとり、風呂へ行くために支度をしようと部屋にひとりで戻ったのがまずかった。待ち構えていた一期に畳に縫い付けられてしまったのである。
    「何を…しておる…。離せ、一期」
    「離しません」
    「血迷うたか!一期一振!!」
     大坂城にいた頃、何度かこうして押し倒され、動けないように押さえつけられたことがあった。どう暴れてもびくともしないのだ。今はあの頃と違って身長もこちらの方があるというのに、一期の身体は全く動かない。
    「いっそ血迷ってしまえたらいいかもしれませんな。ですが私は正気ですよ、三日月殿。あなたに想いを伝えるには、今宵しかありませんから」
    「想い…だと…?」
    「…醍醐の花見の夢をみました。あなたのことを我が妻、私の月と呼んで幸せそうに笑っている私がそこにいました。あなたも、幸せそうでした。…この身も、記憶も焼かれて過去を失ったと思うておりました。ですが、私はあなたをこうしてお慕いしている。…600年、私を想ってくださっていたのでしょう?やり直させてくださいませんか。そしてまた我が妻と、呼ばせてくださいませんか?私もあなたからおまえさまと呼ばれたいのです」
     抵抗していた力が抜けていく。今、一期は何を言った?
    「…600年、一期一振を想うておったことは認めよう。ずっと堪えてきた。それも本当のことだ。たとえ記憶が焼かれても、伴侶となった俺のことだけは、欠片なりとも覚えておるだろうと、そう思うて、そうでも思わなければ堪えられなかった。なのにお前は、はじめましてと宣った。記憶は焼かれたとあっさりと」
    「三日月殿…」
     一期の押さえつける手の力が緩んだのを逃すことなく三日月は刀掛けに走り、本体を掴んだ。
    「どうして欠片だけでも覚えていてくれなかったのか、何故俺ははじめましてと言われなければならなかったのか。絶望した。この俺が大事に抱えてきた600年は、何だったのか。なれど…俺にはどうしても、それをお前に言えなんだ。思い出してほしいとも、言えなんだ。薬研や平野達にも、決して思い出せと言うなと…」
    「何故なのですか。どうして、そこまで…」
     もはやこれまでか…。三日月は本体を掴み直して鞘から抜き、刀身に左手を添えて構えた。もう、伝えるしかないのだろう。どんな結果になろうとも、己の矜持だけは曲げまい。
    「三日月殿…」
     その悲壮な姿から漂ってくる不穏な空気に一期は近寄ろうとするが、三日月が切っ先をこちらに向けてくるので寄ることができない。
    「お前が過去を思い出すということは、大坂城が燃えたあの夜のことを思い出すということ。誰が好き好んで一番辛いことを…炎に巻かれた記憶を思い出せなどと言うだろうか。それも夫と思い定めた相手に。…これ以上、辛い思いをしてほしくなかったのだ」
     瞳の三日月が揺れる。つ、と一筋涙が零れ落ちた。
    「それが…燭台切殿や薬研達が言っていた、あなたの優しさですか…。私をそこまで想うてくださって…。ならば尚更、私の妻に戻ってください。あなたの抱える想い出を、少しずつでも私に注いでください。身を焼かれてもあなたへの想いだけは焼けなかった。これほどまでに慕っておるのですよ。燭台切殿へは私が如何様にも詫びます。ですからどうか、この一期一振のもとへ来てくださいませんか、三日月殿」
     膝をついて懇願する。もう土下座に近かった。それでも、どうしても三日月がほしかった。そしてきっとこの刀は今でも自分を愛してくれているのだと期待もしていた。
    「…600年の片恋を思い切るのに、俺がどれだけ泣いたと思う。どれほど胸を痛めたと思う。いっそ折ってくれと何度思うたことか…。それでも、こんな俺でも愛してくれると光忠が言うてくれるから、何とか生き長らえたのだ。…如何様にも詫びるだと…?どこまで傲慢なのだ、おまえさまよ」
    「三日月殿…今、なんと…」
    「…これ以上は、堪えきれぬ…」
     構えた三日月宗近に、溢れた涙が落ちた。
    「もう…嫌だ…」
     柄を握りしめたまま、三日月は畳に崩れ落ちた。左手で刃を握りしめ、血が流れるのも構わずそのまま本体を抱きしめて力を入れようとする。
    「三日月殿!」
     まるで金縛りにあったように身体が竦んで動けない。三日月の気迫に一期は完全に飲まれていた。
    「光忠、すまぬ…待てそうに…な…」
     出血の酷さからか意識が薄れていく。この程度のことで本体が折れることはないとは思っても、自らを折ってしまおうとする衝動を抑えることはできなかった。
    「三日月!!!」
     障子がはずれるような勢いで開いた。遠のく意識を何とか奮い立たせて目を開けば、今朝見送ったはずの光忠が薄汚れた姿で立っているではないか。
    「ああ…そうか…これは夢か…。死ぬ前にこんな幸せな夢が見れるとはなあ…」
    「三日月!夢なんかじゃない、僕だよ!!」
     光忠は駆け寄って三日月から本体を取り上げ、追ってきた鶴丸に渡した。血の気の失せた頬に触れれば、すり寄るような甘えた仕草を見せる。
    「ふふ…旦那さま…」
    「手入れ部屋へ行くよ、三日月」
    「俺はもう…よい…」
    「いいわけないだろう!僕を置いて逝かないでくれ!!」
     そこでようやく、三日月はこれが夢でないと気付いた。抱えられた視線の先に、光忠のひとつきりの望月。
    「みつ…ただ…?」
    「ずっと一緒に生きていくって約束しただろう!僕が遠征から戻ったら祝言を挙げたいとも言ったよね?…僕をひとりにしないでよ…三日月…」
     血だらけの左手を光忠に伸ばす。光忠はそれを優しく握って、そのまま口元に持っていった。
    「ただいま、三日月」
    「…おかえりなさいませ、旦那さま…」
     安心したように気を失った三日月を抱きかかえていると、大倶利伽羅がどたどたと駆け寄ってくる。
    「主には起きてもらった。手入れ部屋へ急げ。国永、本体」
    「ありがとう、伽羅ちゃん」
    「ああ、これだ。伽羅坊、頼んだぜ」
     鶴丸には一仕事残っている。血塗れの三日月宗近を鞘と一緒に大倶利伽羅に渡すと、茫然自失の一期一振の前にどっかりと座った。
    「諦めろ、一期。光忠の勝ちだ」

     わざと手伝い札は使わなかった。今夜はゆっくりふたりきりで過ごしたかったから。包帯の巻かれた左手は胸にそっと置いて、眠る三日月の髪を撫でた。
    「光忠、お前風呂に入って着替えてこい。埃っぽいまんまじゃこいつの傷にも障る」
     先に風呂を済ませてきた大倶利伽羅が障子を開けた。
    「でも…」
    「こいつの傷の治りが悪くなってもいいのか」
    「よくない。…すぐ戻るから、何かあったら教えてよ、伽羅ちゃん」
    「心配しなくても、俺は廊下にいる。寝顔を見る趣味はない」
     大倶利伽羅にそこまで言われて、ようやく光忠は腰をあげた。そうだ、清潔に保たなければ。自分の火傷のような傷が残るわけではないだろうが、少しでも傷が残って、三日月が辛い思いをするのはだめだ。
     しばらくは起きないと審神者に言われていたこともあって、光忠はまずはと部屋に戻って風呂に向かった。やっと行ったなと見送れば、同じく風呂を済ませた太鼓鐘貞宗が合流してきた。
    「みっちゃんがすんごい勢いで風呂行ってた。キリってしてた」
    「三日月宗近のためだからな」
    「だね」
     あまり部屋に近いと起きなくていいのに起こしてしまうかもしれないので、障子側ではなく反対側に並んで座ることにする。
    「ねえ伽羅ちゃん。みっちゃん、一期さんのこと叩き折りに行ったりしないよね?」
    「…しないだろう。三日月が、それを望まない限りは」
    「そうだよな」
     静かな静かな夜だ。騒ぎが起きたのが三条の棟だったこともあって、知らずに寝入っている者も多い。聞きつけた宗三左文字が大暴れしようとしていたが、光忠に抱きかかえられた三日月を見て大人しくなった。
    『心は燭台切のものだって言ってたのは、ほんとだったんですね。全くいつまでも手のかかる刀なんだから…』
     そう、言って。
    「お月さまってみんなに愛されてるんだね。すごいなあ。あの長谷部さえもお月さまがご飯食べてるのをなんかほんわかして見てるでしょ」
    「…ここはな、最初の頃に三日月が来て、ほとんどの刀が三日月に面倒見てもらってるんだ。あいつのこと嫌いな奴なんていないだろうな。あの大包平だって食って掛かっても嫌ってはいないっていうから」
    「慣れ合わない伽羅ちゃんもお月さまのことになるとすっごい協力的だよね」
    「…フン」
     大倶利伽羅が顕現した時、近侍をしていたのは三日月だった。光忠が『三日月さん、伽羅ちゃん呼んでくれてありがとう!!』と大喜びしていたのを思い出す。 光忠と三日月が二人がかりで世話をしてくれた。鷹揚に構えて常に微笑んでいる三日月はこの本丸の守り手だと大倶利伽羅は思っている。誰も三日月を嫌っていないし、邪険に扱いもしない。時々口うるさく言う三条の兄刀達や宗三、長谷部あたりだって、三日月のことが好きだから口やかましくもなるのだ。
    「鶴さん一人で一期さんと話すって言ってたけど、大丈夫かな」
    「国永も、三日月が悲しむようなことはしない。大事な兄貴分だと言っていたし」
    「そっか。じゃああとは、お月さまだけだね、心配なのは」
    「……ああ」
      目が覚めた時、三日月がどんな反応をするかによっては、光忠は一期に容赦しないかもしれない。留守番させている三日月が心配で、あと半日は帰還できないだろうところを無理矢理終わらせて帰ってきたのだ。手入れをしてもらっている間に、審神者には遠征の報告も済ませてある。決して途中で帰ってきたわけではないとの証明のためにも。
    「お月さま、もう泣かないといいね」
    「そうだな…」
     空に浮かんだ三日月は、雲のせいでぼやけていた。

    「三日月殿は…私を恨んでおられるでしょうか…」
     光忠が三日月を連れ去り、静けさが戻った頃、ずっと蹲っていた一期がようやく顔を上げた。
    「君の知っている三日月は、他人を恨むような奴かい?」
    「いいえ…」
    「だったら恨んじゃいないだろうさ。…他者にはどこまでも寛容だ、あの刀は。…まあ、君はこの本丸に来てからの三日月しか知らないだろうけどな」
     砂埃にまみれた上着を脱ぎ捨てながら言う。
    「三日月殿は、私のことをずっと想ったまま、600年堪えていてくださったんですな。改めて当人から聞いて、嬉しくて、つい、余計なことを申しました」
    「余計なこと…?」
    「…燭台切殿には如何様にも詫びるので、私の妻に戻ってほしいと」
     鶴丸は思わず一期の胸倉を掴みかけたが、一期の悲痛な表情に動きを止めた。
    「結局欠片ひとつ思い出せず、でも三日月殿を慕う気持ちは日に日に膨らむばかり。燭台切殿が今朝遠征に出られた後、お茶を飲みながら想いを告げようとしたので すが、三日月殿に遮られまして。自分は燭台切光忠の妻になるから諦めろ、と。けれど、そうやって拒絶されても、どこかに私を想ってくださっているようなところが見受けられて…。どうしても、諦めきれずに、ひとりでおられるところを狙って、懇願しました」
    「懇願した結果、三日月は自分で折れようとしたじゃないか」
    「そうですね…。どこまで傲慢なのか、おまえさまよ、と。600年想い続けてくださったことも、私が炎に巻かれた記憶まで思い出してほしくないからと心を砕いてくださったことも、全ては私への愛情からだと、決してそれは今なくなっているものではないと、そう思って…。それで、どうか妻に戻ってほしいと願ったのです。記憶を焼かれても、それでも私はあの方に惹かれた。それは想いだけは焼けずに残ったからでしょう?それだけ私があの方を想って焼かれたからでしょう?…それならって思うのは、当然ではないですか…」
     鶴丸は、一期をこれ以上責めても仕方がない気がしていた。光忠に言われ、薬研達に諭され、鶴丸からも諌められ、それでもここまでの暴挙に出たのだ。冷静で、面倒見のいい粟田口の長兄と言われる程度には本丸での評価も高い一期一振が。
    「恋しいと想う心は、なんと厄介なのでしょうか…」
    「だがなあ、一期。こうして人の身と心を得たからこそ、俺達は付喪神のままであったなら経験できなかったことや理解できなかったことが出来るようになったんじゃないか。せっかく顕現できたんだから、三日月への恋情は親愛にでも育て直して、光坊との仲を祝福してやったらどうだい。三日月にあそこまでさせておいて、それでも妻にと願うほど、君も愚かではないだろう?」
     愚かになれるなら、なりたい。そうも思うけれど。だが、これ以上三日月を苦しめるのは本意ではない。600年、知らなかったとはいえ何も出来なかったのは自分だ。縛り付けていたのも、自分。
    「…そうですな。三日月殿は、もう、幸せにならなくては…」
     ぼろぼろと涙を零して畳に突っ伏した一期の頭を、鶴丸はしばらく撫でていた。

     額にひんやりとした感触。三日月はそれに誘われるようにゆるりと瞼を開けた。ぼんやりとした視界の向こうに眼帯が見えて、光忠が帰ってきたのは夢ではなかったのだと実感する。
    「おはよう、三日月」
    「お…はよう…」
    「声が掠れてるね。喉が渇いただろう?少し水を飲もうか」
     じっと光忠の口元を見つめると、三日月の望みを察したらしい。光忠は湯のみから一口水を口に含んで、小さく口を開けて待っている三日月の喉を潤してやった。
    「もっと…」
    「お姫さまの仰せのままに」
     二度ほど繰り返したところで、三日月はもういい、と首を横に振った。
    「傷はもう治ってるよ。熱も下がったし、よかった。起きられそうかい?」
    「膝にだっこしておくれ」
    「もちろん」
     光忠は望むままに抱き起こし、そのまま膝に抱きかかえた。三日月が光忠に甘える時のいつもの体勢だ。
    「…っ…ふ…うぅ…」
     光忠の温かい胸に触れると、もう駄目だった。昨日光忠を見送ってからのことが全部蘇ってきて、涙が止まらない。
    「三日月、もう大丈夫。僕がいるだろう?」
    「怖かった…自分の心が、むき出しにされて、音をたててヒビが入っていくようだった。一期にまた妻になってくれと言われて、心がすうっと冷えていくのを感じて…。光忠には如何様にも詫びるからとまで言われて、もう、己を制御できなんだ…。光忠はいないし、きっともう一晩は帰って来ないと思っていたから、そのまま一期に閉じ込められたら、跳ね返せる自信がなかった…」
     時々光忠が優しく涙を拭ってくれる。その体温がたまらなく心地いい。
    「それは、一期くんの気持ちを容れてしまうかもしれないってこと?」
    「ちがう。…堕ちてしまいそうだったのだ」
    「ああ…」
     なるほど、心が病めば、堕ちると言われている。俗にいう『闇堕ち』だ。
    「そんなこと心配しなくていいよ。あなたが堕ちても、僕のあなたへの愛情はなくなりはしない。堕ちたなら堕ちたあなたを愛し続ける」
    「そのようなこと…出来るはず…」
    「僕の愛を舐めてもらっちゃ困るよ?」
     すっかり止まった涙の痕を指で撫で、光忠は微笑む。その口から溢れる言葉は冗談めいていたけれど。瞳は決して笑ってはいなかった。
     ああ、この刀は本気だ。
     震えるほど嬉しかった。これほどの激情に包まれて、幸せでないはずがない。
    「おかえり、光忠。俺の旦那さまよ」
    「ただいま、三日月。僕の最愛の奥さん」
     こつん、と額を合わせて笑い合う。やっと、三日月が笑った。

    「わあ!三日月さん綺麗!!」
     乱がそうはしゃいで抱きつこうとするのを加州と次郎太刀が必死で止める。ここまで支度するのに一刻はかかったというのに、崩されてはかなわない。
    「ほんと、腹が立つくらい肌理の細かい綺麗な肌だね」
    「これで何もしてないって言うんだから。爪紅はそれでいいの?」
     加州から言われて手元を見た三日月は微笑む。
    「ああ、これでよい」
     黒く塗った上から、三日月を描いた爪。早朝から加州が押し掛けて一心不乱に作り上げた傑作だ。
    「光忠といえば黒だろう。そこに俺の三日月だ。この場にはぴったりではないか?」
    「ああもういいよ、わかった。三日月が光忠のことどれだけ好きかよくわかったから、もう行こう?そろそろ時間でしょ」
     いつも纏っている瑠璃紺の狩衣ではなく、今日の三日月が着ているのは純白の狩衣。審神者が三日月のためにと用意してくれた特注品である。白無垢と同じ素材にしたと鼻息が荒かった。花嫁衣装でもいいのに~と女子力の高い面々から不満が出たが、『僕は三日月を女として扱ってるわけじゃないから』という光忠の一言でこれに決まった。その後、あまりにも男前な光忠の発言に三日月が惚れ直したといちゃつき始めて場がげんなりしたのも、今ではまあいい思い出だろう。
    「三日月、はいりますよ」
     今剣の声が聞こえて、障子が開けられる。三条の兄刀達が笑っていた。
    「あにさま方…」
     微笑む三日月に歩み寄り、今剣が手を差し出す。
    「よくにあいますよ、三日月」
    「まさか弟を嫁に出す日が来るとはなあ!」
    「今日はいつも以上に気合いを入れて祝詞をあげるよ」
    「幸せそうで何よりじゃ」
     口々に末っ子の幸せを祝ってくる。三日月は嬉しそうにはにかんで、今剣の手を取った。
    「三日月、ひだりてでいいですよ。みぎては光忠のものでしょう?」
    「あにさま…」
    「しあわせになりなさい。おまえがそうやってわらっているすがたがみれて、ぼくたちはこころからよろこんでいるんです」
     うっかり涙がこぼれそうになるが、小狐丸が拭ってくれた。
    「今から泣いてなんとする。せっかくの晴れの日だ、笑え、三日月」
    「あい…」
     大広間に辿り着けば、光忠が既に座っていた。入り口に三日月が立ったのを見て迎えに来る。今日の光忠はいつもの洋装とは違って紋付袴である。三日月は思わず見惚れた。
    「綺麗だ、三日月」
    「光忠こそ、凛々しいぞ」
     右手をひかれ、用意された席へと座る。座を見渡せばみんなが笑顔でこっちを見ていた。光忠と三日月の祝言は、本丸あげての慶事となった。そうやってみんなから祝われることが嬉しい。
    『…一期…』
     粟田口が固まっているところに、一期一振の姿があった。きちんと正装を纏い、こちらを見ている。三日月の視線に気付くと、軽く会釈をして口の動きだけで知らせてきた。
    『お幸せに』
     繋いだままだった光忠の手を思わず握りしめる。三日月がなんでそんな反応をしたのかわかった光忠は、やんわりと握り返してやった。
    「幸せにするよ」
    「もう十分、幸せだ」
    「もっともっと。一緒に幸せになろうね」
    「あいわかった」
     繋いだ手をそのまま口元に寄せた光忠は、そっと甲に口づけた。
    「おーいお二人さん、幸せなのは十分わかった。そろそろ始めても構わねぇかい?」
     ふたりだけの世界を作り始めた光忠達に、薬研が突っ込んで笑いが起きた。
     
     これから、長い旅路の門出を祝う宴が始まる。
    きりはら Link Message Mute
    2022/07/03 10:15:58

    誰にも、あげない・10

    こんにちは、きりはらです。
    ついにこの話も最終回。展開的にはそこそこ衝撃的かとは思います。不穏な空気から始まりますが、そこからどんな展開になるか。是非ともハラハラしながら読んでいただけたらと。

    先に言っておくと、私はハピエン派です。きりはらといえばハピエンと言われてるくらいの光のふじょしであることをご承知おきいただければと…w

    実はこの話続くんですよwwww

    #燭三日 #燭台切光忠 #三日月宗近

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    • 誰にも、あげない・9こんばんは、きりはらです。
      そろそろクライマックスに向けて動き始めます。光忠が結構黒いって思われてるかもしれないなとか思いつつ。でも光忠としては二度と三日月を傷つけたくない、泣かせたくない、そんな思いで動いているのですよ。
      光忠の想い、粟田口の短刀達の思い、三条の思い、いろんな思いが交錯して、次回が最終回です。
      #燭三日 #燭台切光忠 #三日月宗近
      きりはら
    • 誰にも、あげない・1こちらでは初めまして。きりはらといいます。
      今は刀剣乱舞界隈で燭三日最推しで暴れています。三日月宗近は右です。固定です。ここ譲れませんのでよろしくお願いします。
      燭三日ってなんだって思うでしょ。燭台切光忠と三日月宗近で燭三日です(わかりやすい)。この世で一番カッコいい世話好きと、この世で一番美しい世話され好きという需要と供給がマッチしたあまりにもポテンシャルの高いCPです。刀剣乱舞無双で公式かな?みたいな絆会話もたっぷり頂いたのでもう間違いないです(何が)。
      今回ちょっとメインで上げてるところから移動するかどうかで迷っていまして、一度こちらを使ってみようかとアップしています。私が初めて書いたとうらぶ二次です。シリーズの投稿ができるのか、見え方がどうなのかを確認したいこともあってこちらを上げさせてもらいました。そのうち続きも上げます。
      これからどうぞよろしくお願いします。
      #燭三日  #燭台切光忠  #三日月宗近
      きりはら
    • 誰にも、あげない・3こんばんは、きりはらです。
      続きをアップしておこうと思います。段々と話が進んできて、三日月がちょっと女々しい感じになってきます。私は三日月宗近の立ち絵を初めて見た時に「このひとは未亡人だ」という天啓を得てからずっと未亡人だと思っていました…wうちの燭三日がいちみかからの燭三日なのはおそらくそのためです。
      ここからまだしばらくはもだもだした感じが続きますが、話は進みますのでよろしくお付き合いください。

      #燭三日 #燭台切光忠 #三日月宗近
      きりはら
    • 誰にも、あげない・6こんにちは、きりはらです。
      前回まあまあ気になるところで止めてしまったのに間が開いて申し訳ないw仕事忙しかったのとちょっとした家庭の事情でなかなかオンラインにもなれなくてですね…。やっと週末になったのでアップしようと思います。
      ここから光忠のちょっとした狡い部分とかも出てきますが、それはタイトルが回収していくものかなってね。全ては光忠の独占欲から始まったお話でもあるので。
      ゆっくりとふたりの関係が深まっていきます。そこも見てもらえたらなと思います。
      #燭三日 #燭台切光忠 #三日月宗近
      きりはら
    • 誰にも、あげない・7こんばんは、きりはらです。
      7話目です。いやあ、とうとう光忠が三日月に手を出しましたね(言い方)。三日月がやっと気持ちに折り合いがついて、光忠に手を伸ばしたからこその展開ではあるのですが。
      これからは結ばれた後、粟田口やら伊達やら三条やらの色んな立場からの思いが交錯していきます。お付き合いください。

      #燭三日 #燭台切光忠 #三日月宗近
      きりはら
    • 誰にも、あげない・2おはようございます、きりはらです。
      先日試しにあげた1ですが、思った以上に見ていただけたみたいでありがとうございます☺️
      今回は前回よりグッと短いのですが話の区切りがいいのと、元々この区切り方で他所でもあげているのでそのまま出すことにしました。ちょいちょい誤字とか見つかるのでそれを修正もしながらやってます。それでも見落とす…。
      残りもぼちぼち追加していきますのでよろしくお願いします。
      #燭三日 #燭台切光忠 #三日月宗近
      きりはら
    • 誰にも、あげない・8こんばんは、きりはらです。
      ちょっと間が開きましたが今日は8話目です。これから甘ったるい時間が始まると思いきや、そういうわけにはいかないんだこの話w光忠が結構好戦的なのも珍しいかもしれないなあ…。
      あと2話です。よろしくお付き合いください。
      #燭三日 #燭台切光忠 #三日月宗近
      きりはら
    • 誰にも、あげない・5こんばんは、きりはらです。
      さて5話目です。甘さが増します。ええ、増します。ちなみに増していくばかりで減ることがないのが燭三日です。特に私の書く燭三日は。もう胸を張るよね、これはw
      多少の不穏はあっても不穏だけにはしません。私だからwww
      支部でも見ていただいてましたが、こちらもコンスタントに見ていただけてるみたいで嬉しいです。もっと増えろ燭三日。
      #燭三日 #燭台切光忠 #三日月宗近
      きりはら
    • 誰にも、あげない・4こんばんは、きりはらです。
      ちょっと開きましたが4話目を投稿します。少し話が動きます。少しじゃないか、結構大きいかな。必死で心を整理している三日月と、寄り添う光忠。見守る周り。もうこれ以上三日月が傷つくのを見たくない光忠が全力で三日月を愛しています。やっぱ燭三日はこの甘さがいいのよ(ひとりごちる)。
      なんか結構閲覧上がってて嬉しいです。もっと!広がっていいのよ!燭三日!!

      #燭三日 #燭台切光忠 #三日月宗近
      きりはら
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