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     ずっしりと重い段ボールを配達人から受け取り、走は竹青荘の玄関でしばし呆然とした。
     貼られたラベルの名前を確認し、「神童さーん」と二階に声を掛ける。ぱたぱたと降りてきた神童に「荷物が届きました」と言うと、「あ、みかんだね!」と神童はうれしそうにした。
    「お、今年も神童のみかんが届いたのか」
     ハイジを筆頭に、ばらばらと住人たちが段ボールのまわりに集まってきた。
    「神童さんのおうちのみかんはとてもおいしいです」
    「みんな、どんどん食べてね。冬のビタミン補給はみかんが一番」
    「ありがとう、神童」
    「やったー!」
     みんなうれしそうだ。双子はさっそくみかんを食べて「うまい!」と歓声を上げている。
     走は少しずつあとずさりして、自分の部屋に引っ込んだ。

     走の部屋のドアがノックされると同時に、いたずらっぽい顔をしたハイジがのぞいた。
    (ノックの意味がまるでない)
     走は言えない抗議を飲み込んで、ハイジに座布団をすすめた。ハイジはドテラの中からみかんを出すと、走の前に置いた。
    「走、みかん嫌いか?」
    「……嫌いじゃないですけど」
    「けど?」
     ハイジの瞳がじっとこちらを見つめてくる。逃げられない、と走は小さく息を吐いた。
    「面倒くさいんです。まず皮をむくのがだるいし、白いすじみたいなやつは取るのか取らないのかとか、食べたあと爪の間が黄色くなるのも、ちょっと……」
    「なるほどね」
    「それに、果物っておやつっていうか、ほとんどお菓子じゃないですか」
    「ほう!」
     ハイジがぐっと身を乗り出し、「感心だな。本能的にカロリー管理を意識している」と言った。走は急に自分自身が恥ずかしくなった。一介の学生が、まるでプロ選手気取りだ。
    「でも心配はいらない。果物の糖類は構造が複雑だからお菓子よりずっと体に優しいし、そもそも、みかんひとつ程度のカロリーならたとえ寝る前に食べてもさほど問題はない」
    (そんなことまで詳しいのかよ)
     走があきれていると、ハイジはさっさとみかんをむきはじめた。房のひとつを自分の口に入れると、次のひとつをつまんで走の口元に差し出してきた。
    「え?」
     ん、とあごをしゃくって、ハイジは走をうながす。
    「あ……」
     走が小さく口を開けると、みかんがぽいと放り込まれた。ひんやりした冷たさとともに、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。
    「な、おいしいだろう?」
     ハイジは自分の口に次のみかんを入れ、また走のぶんを走の口元に持ってくる。
    (ハイジさん?)
     走が戸惑って見つめると、ハイジは声を出さずに「あーん」と口の動きだけで言ってのけた。
    (あーん……)
     口を開けると、また押し込まれる。ハイジの指が、みかんとハイジの口と走の口を規則的に往復した。
    (ハイジさん、俺、自分で食べます)
     そう思いながらも、走はハイジのすんなりした指先でみずみずしい果実が唇に押し込まれるのを拒めなかった。
     たった今自分の唇に触れそうだった指が、今はハイジの口元にあり、またすぐ走のもとにやってくる。胸がどきどきして苦しくなった。
    「はい、ごちそうさま……」
     ハイジはそう言いながら、最後のひとつを走の口に入れた。少し奥の方まで押し込むようにしたので、一瞬だけハイジの指先が走の口の中に入り、走はかっと頰を熱くした。

     このままこの指を吸ってやったら、この人はどうするだろうか。
     俺とこの人の関係は、めちゃめちゃになってしまうんだろうか。
     指を噛んだら、痛いと言って怒るだろうか。
     ハイジさんを食べたら、甘いだろうか、酸っぱいだろうか、それとも……?

    「ふたりで分けたら、みかんひとつなんてあっという間だな」
     ハイジは皮を小さくまとめて立ち上がった。
    (帰らないで)
     胸の内で叫ぶ。
    「ハイジさんっ……!」
    「なんだ。まだ食べさせてほしいのか?」
     走は今度こそ本当に真っ赤になった。
    「俺のこと、からかわないでください……!」
    「走をからかうと面白いから」
    (ひどい!)
     走はなんと言ってやったらいいか分からなくて、ただただ鼻息を荒くしてハイジと向き合うことしかできなかった。
    (悔しい。こんなとき、しっかり言葉が出てくれば)
    「走だって、俺をからかっていいんだぞ?」
     ハイジが口角を上げる。一体誰がこの鬼をからかう勇気を持っているというのか。
    「結構なスキと時間を与えてやったと思うんだけどなあ」
     走の頬を、ハイジの人差し指がつんと突いた。みかんの良い香りがした。
    「ハイジさんっ!」
     走はハイジの両腕をつかみ、壁に体ごとドンと押し付けた。ハイジは動揺するそぶりも見せず、走をまっすぐ見返してくる。
    「みかん食べましょう。これから、毎日」
    「いいよ。まだまだ箱いっぱいにある」
    「ねえ、ハイジさんが言ったんですからね。からかってくれって」
    「ああ、言ったよ」
    「待っててください。俺だって、すぐに……」
     いや、すぐには無理か、と口をつぐむ。こういうところがダメなんだと自分でも思う。
    「走。俺はね、粘り強い性格なんだよ」
    (知ってます)
     ハイジはにっこり笑い、「待ってるぞ」とささやいた。
    [遊] Link Message Mute
    2019/12/08 17:00:00

    走灰テーマ「冬に必要なもの」走が少し恋心を意識し始めるお話 #二次創作 #風強 #風つよ #小説

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