キセキ 座卓の中央に置かれた漆塗りの重箱に、赤司が手を伸ばす。
「さあ、みんな。好きなだけ食べてくれ」
赤司が四段重ねのお重を開いていくと、中からおせち料理が現れた。
黄瀬が座卓に身を乗り出して中を覗き込み、「おおー!」と歓声を上げる。
「さすが、赤司っちの家のおせち! なんかお上品っスね!」
「黄瀬はもっと現代風のもののほうが良かったかな?」
「いやいや、せっかく赤司っちの別荘にいるんだから、やっぱこういうのが良いっスよ」
ね、黒子っち。と、黄瀬が黒子に同意を求める。
正月二日目の今日、元日をそれぞれの実家で過ごした青峰達は、中学時代のチームメイトと共に京都にある赤司の別荘を訪れていた。
青峰も身を乗り出し、お重の中を覗き込む。
一番上の段にあったお重の中には、黒豆と数の子とゴボウ、二段目には紅白なますなどの酢の物と伊達巻や栗きんとん、三段目には焼かれた鯛や海老、一番下の段には、里芋や煮しめなどが詰められていた。
「肉はねえのかよ」
青峰はぼやく。
「こっちにあるよ」
と、赤司が別のお重を出してきた。
「伝統的なおせちには肉が入ってないんだ。
けど、それではお前達には物足りないだろうと思って、別に用意させた」
赤司が二つ目のお重も開く。
中には、ローストビーフをはじめとした高級そうな肉がたっぷりと詰め込まれていた。
「おお! さすが、赤司。分かってんじゃねえか」
青峰は目を輝かせ、早速、肉を箸で摘まもうとする。すると、横から手を伸ばしてきた黒子に箸を持った手を制止された。
「お行儀が悪いですよ、青峰君。おせちは目上の人から順に、一の段から食べていくものです。それと、取る時は取り箸を使ってください」
「そんなことも知らないのか、馬鹿め」緑間が溜め息を吐く。
「この場合は、やっぱ赤ちんが目上の人~?」
と、紫原がゆるい口調で訊いた。
「同級生なんだから、目上も何もないだろう」赤司が微笑して答える。「もうオレはお前達のキャプテンではないしね。取り箸さえ使ってくれたら、好きに食べてもらって構わないよ」
「ほら、みろ。赤司が言うんだからいいじゃねえか」
青峰は取り箸を掴み、肉を自分の皿に取り分ける。
「みんなの分もあるんだから、一人で取りすぎないでよ」と、茶を用意していたさつきに注意された。
湯呑みを配り終えたさつきが、青峰と黒子の間に座る。
青峰は、まず分厚く焼かれた牛肉に噛り付いた。おせちだから温かくはないが、さすがに高級そうな肉を使ってるだけあって旨い。
さつきと黒子、赤司、緑間は、律儀に一段目のお重から食べ始めた。黄瀬と紫原は、青峰同様、最初から自由に食べ始める。
「栗きんとん、うま~い」
「甘いものばかり食べちゃダメだよ、ムッ君。みんなの分がなくなっちゃうでしょ?」
「えー。さっちん厳しー」
「オレの分は食べていいっスよ、紫原っち。モデルは甘いもの制限しなきゃなんで☆」
「モデルうるせえ」
「モデルうるさいです」
「星を飛ばすんじゃないのだよ」
「ひどっ! みんなもっと優しくしてほしいっス~!」
黄瀬が涙声で訴える。
「泣くな、黄瀬。お前にはオレの分の昆布巻きをやろう」赤司が昆布巻きが入ったお重を黄瀬のほうに寄せた。「海藻はダイエットに適しているから、モデルにはぴったりだろう?」
「そうっスけど、赤司っち、自分が食べたくないだけじゃ……」
「何か言ったか?」
「なんでもないっス」
アリガタクイタダキマース。と片言で言って、黄瀬は昆布巻きに箸を伸ばす。その間も、赤司は笑顔で黄瀬に圧力を送っていた。
「相変わらずだな、赤司。高校でも、いまだに独裁政治してんのか?」
青峰は訊く。
「そんなことはないよ。今は副主将をはじめとしたチームメイトの意見にも、ちゃんと耳を傾けている」
赤司は笑って答えた。「しかし、先輩方がいなくなってしまうと、どうしてもまたオレがワンマンでやっていかざるを得なくなるだろうな。うちのチームで一年生の時からレギュラーだったのはオレだけだから」
「うちも一年からレギュラーなのはオレだけっスわ」黄瀬が同調する。
「うちもオレだけだし~。
室ちんが引退しちゃったら、オレが主将か副主将やんなきゃいけないのかなー。やだなー、誰かやってくんねーかなー」
ぼやきながら、紫原は机に突っ伏した。
「そっか。そういえば、洛山と海常と陽泉には、みんなが一年生の時からレギュラーだった人っていないね」
記憶を探るようにして、さつきは天井を見上げる。「誠凛にはかがみん、秀徳には高尾君、うちには桜井君がいるけど……。ねえ、青峰君。うちの次期主将って、やっぱり桜井君になるのかな」
そう言って、青峰の顔を覗き込んできた。
「ああ? 知らねーよ」
青峰はぞんざいに答える。「つか、良に主将とか務まんのか?」
おどおどとした態度の桜井に主将が務まるとは、青峰には思えなかった。
「私もちょっと厳しいかなーって感じがする」
さつきが苦笑する。「ていうか、せめて青峰君がもっと協力してあげればいいのに。一年の時より試合とか練習とか出るようになったけど、なんかまだ協調性が足りないんだよねえ」そう言って、怒った顔をつくってみせた。
「試合遅刻しなくなっただけいいだろが」
青峰は眉をひそめる。
「そんなことは出来て当然なのだよ」と、緑間が口を挟んできた。
「あまり桐皇の皆さんに迷惑をかけてはいけませんよ、青峰君」
「そうっスよ、青峰っち!」
と、黒子と黄瀬までさつきに加勢する。
「んだよ。ここにはさつきの味方しかいねーのかよ」
青峰はふてくされて応える。
「そう言うな、青峰。誰もお前の味方でなければ、こうして注意してくることもないさ」
赤司が物知り顔で諭してきた。「お前もオレと同じで、暴君なところがあるからね。注意してくれる存在は貴重だと思うよ」
「お前……、自覚あったんだな」
「まあ、オレの場合は、『オレ』というよりも『アイツ』だけどね」
そう言って、赤司は煮しめの中の焼き豆腐を取る。
緑間が、眼鏡の奥の目で赤司の横顔を見た。
「……結局、アイツって消えちまったのか?」青峰は訊く。
「ここにいるよ」
と、赤司は自分の心臓を指して答えた。「人格としては消えたけれど、アイツもオレの一部だからね。アイツの特性は、今もオレの中に残っている。実際、先月の大会では、アイツの能力をオレが行使しただろう?」そう言って、ほんのりと笑ってみせた。
「ああ、確かに凄かったな。あんなん、ナッシュどころか、誰も敵わねーわ」
「おや。お前にしては弱気な発言だね」
「そうですよ、青峰君。オレに勝てるのはオレだけじゃなかったんですか」黒子がツッコミを入れてくる。
「バーカ。オレ以外は、って話だよ」
不敵に笑って応え、青峰はローストビーフを口に運んだ。