エースとマネージャー 桜井良は同じバスケ部のエースである青峰の家の前に立っていた。
桜井が呼び鈴を鳴らすと、青峰ではなく、マネージャーの桃井が出迎える。
「いらっしゃい、桜井君。入って入って」
まるで自分の家のように、桃井は桜井を招き入れた。
(幼馴染だとは聞いてたけど、ここまで遠慮がないとは……)
と思いながら、桜井は「お邪魔します、すいません」と玄関に足を踏み入れる。
「今お茶持ってくるから、先に青峰君の部屋に行ってて」
桃井が台所のほうに向かう。
その背中に「は、はい」と答えて、桜井は青峰の部屋に向かった。ドアの前で立ち止まり、コンコンとドアを叩く。
「青峰さーん。桜井です」
「勝手に入れ」
部屋の主が気だるげに応える。
「し、失礼しまーす」と言ってドアを開くと、ベッドの上でだらしなく寝転んで雑誌を読む青峰が目に入った。
「何を読んでるんですか?」
桜井は青峰のほうに寄っていって尋ねる。
「マイちゃんが出てる雑誌」
答えながら、青峰はグラビア雑誌を開いてみせた。
桃井のような可愛い女子が家にいるというのに、青峰の行動はいつも通りブレない。
「お茶持ってきたよー! 青峰くーん! 開けてー!」
ドアの向こうから桃井の声がする。
「良、開けろ」
と青峰が言うので、桜井は青峰に代わって部屋のドアを開けに行った。
ドアの向こうから顔を出した桃井が、
「わ。ありがとう、桜井君。てか、青峰君が開けなよ!」
と青峰に憤慨する。
「うるせーな。誰が開けようと一緒だろ」
「ここは青峰君の部屋なんだから、青峰君が開けるのが当然でしょー?
ほら、桜井君。座って座って」
「は、はい」
桃井に促され、桜井は小さなテーブルの前に座る。
「だったら、お前もオレの部屋で偉そうにしてんじゃねえよ」
と、青峰が桃井に文句を言った。
「青峰君がしっかりしないからでしょー? ほら、青峰君もこっち座って」
桃井がぽんぽんと空席を叩く。
「へー、へー」と面倒くさそうに応えながら、青峰がその場所に座った。
桃井がコップに入った冷たいお茶を、桜井と青峰の前に置いてくれる。
「良。例の物持ってきたか」
と青峰が言うので、桜井は「はい!」と答えて持参してきた包みをテーブルの上で開いた。
「おお! さすが、良!」
「すごーい! お店のものみたい!」
青峰と桃井が歓声を上げる。
桜井が持参した漆箱の中には、各種の餡を包んだ柏餅と粽を詰めてあった。
「こっちがこし餡で、こっちが粒餡。それと、これが草餅でこれはイチゴ大福風です」
各種の柏餅を手で示しながら、桜井は説明する。「あと、粽は青峰さんに言われた通り、お肉いっぱいにしておきました!」と、張り切って伝えた。
「でかした、良!」
青峰が手放しで褒めてくれる。
自分が作ったもので喜んでもらえるのは、料理好きとしては嬉しい。
「いやぁ。やっぱり良も誘ってよかったわ。さつきと二人だったら、何食わされるか分かんねえからな」
「ちょっとぉ。それ、どういう意味よ」
「あ、すいません。それと、もう一つ」
エースとマネージャーの痴話喧嘩を聞き流しつつ、桜井はもう一つ、持参した荷物に手を伸ばす。
「青峰さんから、昨日が桃井さんの誕生日だって聞いてたので……。勝手ながら、さくらんぼのスイーツも作ってきました」
そう言って、百均で買ったケーキボックスを開いてみせた。中には、さくらんぼのタルトレットを数個詰めてある。
「すごーい! 桜井君、本当になんでも作れちゃうんだねえ!」
桃井が口元で手を合わせて目を輝かせる。「まさか祝ってもらえるなんて思ってなかったから嬉しいよ~。ありがとう、桜井君!」と、笑顔でお礼を言ってくれた。
「んだよ、その喜びよう。オレだって、昨日一日祝ってやっただろうが」青峰が口を尖らす。
「ただ買い物に付き合ってくれただけでしょー? そんなのいつものことじゃない」と、桃井が反論した。
(いつも一緒に買い物してるんだ……)
桜井は心の中でツッコミを入れる。
青峰も桃井も互いに付き合っているわけではないと言うが、桜井からすれば、やっていることは完全にデートだ。
「どうして、これで付き合ってないのかな」
桜井は小声で呟く。
耳聡く聞き取った青峰が、「ああ!?」と凄んできた。
「おい。なんか言ったか、良」
「ひえっ! い、言ってません! 何も言ってません! スイマセン!」
「なんも言ってねえなら、なんで謝んだよ!」
「ス、スイマセン!」
「ちょっと、青峰君。桜井君が怖がってるじゃない!」
「うっせーな、さつきは黙ってろ!」
「何よ、その言い草ー!」
桃井が青峰の腕に掴みかかる。
「スイマセン! 喧嘩しないでください、スイマセン!」
二人を止めようと、桜井は何度も頭を下げて謝った。それを無視して、青峰と桃井は密接な距離で言い合いを続ける。
そんな二人の様子を見て、桜井は心の中でひっそりと思った。
この二人は最早、カップルというより夫婦なのかもしれないな……と。