イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    先輩とエース 三年生が卒業した後の体育館は、どこか閑散として物寂しい。
     それは単に一時的に部員の数が少なくなっているからだけではないのだろう。体育館全体をぼんやりと眺めながら、中村はそう思った。
    「やっぱ、笠松センパイ達がいないと寂しいっスね」
     くるくると指の上でボールを回しながら、エースの黄瀬が話しかけてくる。
     中村は、この後輩と二人きりで話すのが少し苦手だった。
    「だか(ら)って、黄瀬は昨日か(ら)た(る)み過ぎだぞ!」
     新キャプテンの早川が、黄瀬に活を入れた。
     相変わらずラ行が言えていないので、言葉が非常に聞き取りづらい。彼が主将で大丈夫なんだろうか、と中村は今更ながら不安に思う。
    「だって、気合が入んないんスもん」
     黄瀬が言い訳した。「やっぱ、笠松センパイにびしっと活入れてもらわないと。――それに今日はひな祭りだから、ちょっと憂鬱なんス」そう言って、口を尖らせた。
    「ああ。世間じゃ、今日はひな祭りか。つっても、オレらには関係なくないか」
    「うちは姉ちゃん二人いるんで、母親が祝いたがるんスよ。中村センパイは女キョーダイいないんスか?」
    「うちはいないな。早川もそうだろ?」
     中村が訊くと、早川は「そうだ!」と大声で答えた。
     何もそんなに大きな声でなくてもいいのに、と中村は思う。
    「なんだー。この中で女キョーダイいるのってオレだけっスか?」
    「みたいだな。黄瀬んちでは、今晩はちらし寿司か?」
    「そうっスね。みんなでちらし寿司食べて、その後、女の子の日を理由にした姉ちゃん達にパシられる予定っス」
     黄瀬がまた口を尖らせる。
    「それは……ご愁傷様」
     と、中村は苦笑しつつ応えた。
     モデルをやっている黄瀬の姉ならきっと美人なのだろうが、その姉が二人もいる、となると末っ子の長男としてはなかなか大変なのかもしれない。
    「まー、パシられてるのは普段からなんスけどね」
     黄瀬がどこか吹っ切れたように言う。「今日はこの後、姉ちゃん達に桃のスイーツ買ってかなきゃなんないんスよ。モデル仲間の女の子に教えてもらった店に寄ってから帰る予定なんス」
    「ひな祭(り)の菓子っていった(ら)、ひなあ(ら)(れ)じゃないのか?」早川が訊く。
     途中、何を言ってるのか聞き取れなかったが、文脈からして『ひなあられ』と言いたかったのだろう、と中村は察する。
    「それは母親が買ってくるんで。
     そうそう。ひなあられって言えば、うちで食べるのはいつも三色じゃなくて四色のやつなんスよ。それだと、黄瀬の黄色が入ってるんで」
    「へー。ひなあられって、どれも三色なのかと思ってた」
    「実は黄色が入ってるものもあるんスよー。
     ちなみに、その場合、黄色は秋を表してるんス」
     黄瀬が得意げに知識をひけらかす。
     黄瀬曰く、四色のひなあられはそれぞれの色が四季を表しているのだそうだ。あまり頭は良くない後輩に物を教えられて、中村は不思議なような新鮮なような気持ちになる。
    「……う~ん」
     黄瀬の説明を聞くのに飽きていた早川が、突然唸り出した。
    「どうした、早川」と中村が訊くと、早川は「いや」と首を傾げる。
    「ひな祭(り)っていうと何かあったような気がす(る)んだけど……、それが何か思い出せなくてだな……」
    「何か? 何かってなんスか?」
     黄瀬も関心を持って耳を傾ける。
    「そうだ!」
     と早川が突然大声を出した。
    「ひな祭(り)といえば、監督の誕生日だよ! 今日、監督の誕生日だ!」
    「ええっ! マジっスか!?」
    「あのオッサン、今日が誕生日なのか!」
     中村は驚いて目を見開く。
     それから、三人全員で目を見合った。そうしているうちに、誰からともなく笑いが溢れてくる。
    「あ、あのオッサンが……肥満体型のオッサンがひな祭り生まれ……!」
    「全然似合わねえよな!」
    「独身で娘さんどころか奥さんもいないし、今日は一人寂しく夜を過ごすんだろうな……」
    「ちょっ。そんなこと言ったら可哀想っスよ、中村センパイ~。
     監督にも、誰か誕生日祝ってくれる友達いるかもしれないじゃないスか。昔のチームメイトとか」
    「そのチームメイトのうち、監督と同じ独身で奥さんも娘さんもいないのって、確か桐皇のイケメン監督だけだぞ。あとはみんな娘さんがいるって監督が言ってたし」
    「じゃあじゃあ、陽泉の美人監督さん……は」
    「ム(リ)だな」
    「無理だ」
    「無理っスね」
     全員の見解が一致したことで、また誰からともなく笑い出す。
     笑いながら、中村は黄瀬との距離が少し縮まったように感じた。普段お世話になっている監督を笑いものにするなど褒められたことではないが、こうして同じ話題で後輩と笑い合えること自体は悪い気がしない。
    「しょうがないっスね~。じゃあ、今年はオレらがお祝いしてあげましょっか」
    「でも、オレ何の準備もしてないけど」
    「オ(レ)も!」
    「いいんスよ。こういうのは気持ちが大事なんで!」
     黄瀬がモデルらしく、パチンとウインクする。
     途端、どこからともなく黄色い歓声が沸き上がった。黄瀬の練習を見に来ていた女子生徒達の声だ。
    「あのコ達も今日はおうちでひな祭りっスかねー」と言いながら、黄瀬が笑顔で女子達に手を振り返す。
     にこやかにファンサービスする黄瀬を間近で眺めながら、
    (やっぱ、この後輩は苦手かも)
     と中村は思い直した。
    雪花氷 Link Message Mute
    2021/04/30 11:08:17

    先輩とエース

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    OK
    クレジット非表示
    OK
    商用利用
    NG
    改変
    OK
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    OK
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    OK
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品