先輩と後輩 バスケ部が使用している体育館の中を、高尾は相棒の緑間と共に必死で走り回っていた。
「ねえ、真ちゃん。豆まきってどういう行事だっけ!?」
「疫病や災害を鬼に例えていた時代に、無病息災を祈って煎った大豆を撒いたのが始まりなのだよ。ちなみに、豆を使うのはマメという音が“魔を滅する”という言葉に通じるからだ」
「へえ! 真ちゃん、博識! んで、今オレらが宮地さんにパイナップル投げつけられてるのはなんで!?」
「それはオレにも分からないのだよ……!」
「あっ、てめ、緑間!」
答えるなり、走る速度を上げた緑間の後を高尾は必死で追う。
後方からは先輩の宮地が迫っていた。宮地は手に小さなパイナップルのマスコットをいくつも抱えていて、それらを高尾と緑間に向かって投げつけてくる。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぞ、一年! オラ、鬼は外! 福は内!」
「痛い痛い! 地味に痛い! つか、宮地さん、そんなんどこで見っけたんすか!?」
「中野に行った時、ガチャで見つけた」
「マジかw オレも今度探してみようww」
笑いながら走る高尾の背中に、パイナップルのマスコットがいくつも当たる。
足が長い分、高尾より速く走っていた緑間の背中にも、的がでかい分、結構な数のパイナップルがぶつかっていた。
「つか、これいつ終わんの!?」
「知るか! 恐らく、ストックが切れるまでなのだよ……!」
なんとか緑間に追いついた高尾は、息も切れ切れに後方を振り返る。
いつの間にか、宮地兄(三年生)だけでなく宮地弟(二年生)まで参戦していて、高尾は内心で悲鳴を上げた。
「いやー、投げた投げた。あとは、うち帰って裕也と恵方巻食うだけだな」
散々、高尾と緑間にパイナップルのマスコットを投げつけた宮地(兄)は、体育館の片づけを高尾と緑間に押し付けて、満足そうに笑った。
高尾は床に散らばった小さなパイナップルを拾いながら、
「ご満足頂けたようで何よりデース」
と片言で返す。
すぐ近くで、緑間も黙々とパイナップルを拾っていた。
「てか、宮地さん、なんでこんなことしようと思ったんすか」高尾は訊く。
「いやー、何度も『パイナップル投げんぞ』とか『軽トラで轢くぞ』とか言っておきながら、一度も実践できてなかったなーと思って――」
「軽トラで轢かれたら、さすがにヤバイっすよ!」
高尾は思わず、宮地の言葉を遮って突っ込みを入れる。
「おう。だから、節分にかこつけてパイナップルの模型投げるに留めてやろうと思ってな」
にっと口角を上げて宮地は笑った。
高尾は「なんすか、それー」と唇を尖らせながら、拾い終わったパイナップルのマスコットを手に宮地のもとへ向かう。同じタイミングで、緑間も宮地のところへ拾った分を持ってきた。
「終わりました」
「オレも終わりましたー、っと」
「おう、お疲れ。その辺に置いといてくれていいぞ」
宮地が自分の座り込んでいた場所の隣を指す。
高尾と緑間が拾ったものをそこにまとめると、弟のほうの宮地がそれらを袋にまとめた。
「終わったのか?」
宮地(兄)と同じ最上級生の大坪と木村が、高尾達のいる場所に歩いてくる。
「ああ。生意気な一年レギュラー共にパイナップルぶつけられて、清々した」
と、宮地が笑顔で答えた。
「はは、そうか」
「これでもう思い残すこともないな」
「おう!」
木村の言葉に、宮地が明るく応える。
引退した先輩達の会話を聞きながら、高尾は鼻の奥がツンとするのを感じた。
「先輩達、やっぱ卒業しちゃうんすかぁ?」
「はあ? 何言ってんだ、高尾。当たり前だろ……って、なんで涙目!?」
宮地が驚いて目を瞠る。
宮地の後ろで、大坪と木村も驚いた顔をしていた。
「だって、先輩達、引退しても時々こうして部活見に来てくれてたけど、卒業したらそれもなくなっちゃうんでしょ? そんなん寂しいじゃないっすかー。オレもっと先輩達とバスケしてたかったっすよぉ」
高尾は両手で顔を覆い、大袈裟に泣き真似をしてみせる。といっても、冗談めかしているだけで、心の中では本当に少し泣いていた。
「みっともない真似をするんじゃないのだよ」
空気など読んでくれない堅物の緑間が、厳しい口調で高尾を責める。
「そんなこと言って、真ちゃんだって寂しいくせにー」
「だからといって、オレはお前のように泣いたりしないのだよ」
「……え? マジかよ真ちゃん」
寂しいのは否定しないの? と高尾が訊くと、緑間は顔を背け、片手で目を覆うようにして眼鏡の位置を直す。
「うるさいのだよ、高尾」
と、漸く小さな声が返ってきた。
素直ではない緑間の態度に、高尾は笑いが込み上げてくる。
「なんだよ、もーw お前もオレと同じじゃんか、このツンデレーww」
「うるさい、黙れ」
「なんだ、緑間も寂しかったのか?」大坪が朗らかに笑う。
「そんなことはありません」
と、緑間は固い声で答えた。
「別に遠くに行っちまうわけじゃねえし、裕也のことも気になるから、オレは時々見に来るぜ?」宮地が言う。
「オレも。今度入学する弟のことが気になるしな」
「それを言うならオレも、妹が入学するからなあ」
木村と大坪が同調した。
「マジっすかー! なんかオレら俄然元気出てきたっす!」
高尾は緑間の片手を掴み、思い切り万歳する。
「おい」と緑間が眉をひそめ、「現金な奴」と宮地が笑った。