休憩時間の一コマ「センさんって、タバコ吸わないんスね」
「いきなりなんだ」
めちゃくちゃ吸ってそうな面してんのに。ふと思いついたように言われた言葉に怪訝に返す。眉間に皺寄せ、思わず鋭い眼差しでみたところで、目元を和ませた青年にひるんだ様子は見られなかった。
いやだって、事実そうじゃないですかぁ。なんて間延びした声で言いながら、青年はテーブルの向こう側で頬杖を崩す。低い位置から見つめる眼差しには、やっぱりこちらの視線に気圧された様子は見られない。
ただいつもの調子でわざとらしく尖らせたくちびるの内側から、カロッと飴玉が歯に触れる音が小さく聞こえてくるだけ。
けれどその言い分には、確かに頷けた。なにぶん己の面の凶悪さには、悲しいけども自覚がある。
なんなら吸ったところを見せたわけでもないのに煙を吹かしにいくかと言われた試しは、身に有り余るほど。毎度断りをいれる都度に意外そうな顔をされるのにも、あの頃は随分と慣れ切っていた。
一度断ったはずの相手ですら、次に会った時にはまた誘いをかけてくる始末なのだ。
まったく、何を考えているのか。はたまた何も考えてすらいなかったのか。
――それとも、覚えている価値すらなかったのか。
思い出して、嘲笑が鼻を鳴らす。
そうだ。きっと、あの頃の自分の価値なんてその程度のものだった。
自分が固執していた以上に己を求めてくれるモノなどおらず。ただ、背後に在る血筋ばかりが、自分をあの場に押し上げた。それだけのコト。
だから、少し考えればわかることでも他者は気に留めることなく。ゴマを擦りに寄ってくるくせに、些末なことだと言わんばかりに嗜好すら覚えられたりもせず。すべては見た目に重きを置いては勝手な判断を下していく。
有難迷惑も良いところだ。否、ありがたいとすら、思えたもんじゃなかった。
「センさん?」
「あぁ、悪い。なんでもない」
よほど険悪な顔でも浮かべていたのだろう。こちらを見つめる眼差しに珍しい困惑が薄く光る。
小さく首を振り応え、喉元まで込み上げた溜息を飲み込みついでに冷め切ったコーヒーを煽った。安っぽい豆の苦味と酸味が舌にまとわりつく。思わず眉間に深く皺を寄せれば、癖になるからやめなさい。貴方のその顔だと余計に客が寄り付かなくなるわ。なんて、心底呆れた様子でぐりぐりと陶磁の指先を皺に押し付けながら言われた台詞を思い出した。
そんなことを言ったって、もう随分と前にクセづいてしまっているのだ。いまさら、容易く治せるはずもない。
「苦手ならのまなきゃいいのに」
「うるせぇ」
どこか楽しげに言いながら、対面に行儀悪く姿勢を崩した青年が指先で飴玉の小袋をはじく。
コロリ、コロ。左程勢いを持たぬまま。それでもきちんとこちら側へ届いた薄桃色のソレを摘まんだ。ありがたい気遣いだ。それが、たとい小腹がすいた時に丁度いい、だの。口が寂しい時に舐めるのがいい、だの。眼前に居る青年が山ほど言い分を並び立ててこの休憩室に置かれるようになったものであっても。
ただそのまま素直に口に頬張ってしまうのはなんだか癪で、淡い色をした包みのソレを握りこぶしの中に閉じ込めてから席を立つ。
伸ばした影の中で、もう行くんですかと青年が首を傾いだ。短く嘆息を吹き、その額を指先ではじく。
小さくあがる悲鳴とともにうっすら双眸に浮かぶ膜には、素知らぬフリを決め込んだ。踵を返し、握った拳をそのまま衣装のポケットへ差し込む。
いまだ渋り声をあげる青年にあと一押し。そろそろ行かねぇとアイツが怒り出すぞ。なんて、容易く浮かぶ情景を浮かべ言ってしまえば、後はいつも通り。あわただしく立ち上がる青年の焦り声を背に聞きながら、にわかに騒がしくなりはじめた扉の向こうへ向けた口元が僅かに持ち上がった。