「断片」少女の世界のその前の -08-「ほんとに激近じゃん……」
川沿いのレストランでターリスが予約していた部屋は個室だった。
「窓から僕らがいたさっきの小川が見えるね!」
「えあれこの国では“小”川なの?スケールの違いやべーな」
背の低いリトとセルジアが窓際の席、背の高いアディとターリスが扉側の席に座った。はしゃぐちびっこ(というかアディに比べたらほぼ全人類ちびっこだが)に頬を緩めながら、アディが言った。
「ターリス、こんないい部屋、予約ありがとね」
「おう。周期的に花流しの日と被ることわかってたからな、早めに予約したんだよ」
「周期って、そんな定期的に会ってるんです?」
メニューを広げながらリトが尋ねた。
「おう、大体週一でな。アディの仕事の翌日だ」
「ターリス、ちょっと……」
リトに仕事の話をしていないから、とアディが止めようとすると、ターリスがわかってると笑いかけた。
「なに食べる?みんな違うの頼んでね」
「なんでよセルジア」
「いろんなの食べたい!」
「……じゃあ私のも決めていいよ。どんな料理かよくわかんないし」
「ほんとに⁈やった‼」
アディとターリスのやり取りを気にしないセルジアと気にしないことにしているリトはワイワイと話す。アディとターリスは顔を見合わせ少し笑って会話に加わった。
「え、セルジア本当に王子なの?」
「四番目だけどね」
食後のデザートを食べながら、セルジアのことについて話していた。兵士であり今はセルジアのお世話役のようなものだというターリスが答える。
「そう、今日はお忍びだ。だから殿下の名前を外では言ってなかったんだ。気づいたか?」
「いや全く」
だってセルジアは普通に名前教えてくれたし、とリトが言うと、ターリスによるセルジアへのお小言が始まった。セルジアはむくれている。むくれついでにターリスのデザートの皿からイチゴを盗む。ターリスのお小言がさらに伸びた。
そんな二人の様子にアディは、リトが出会ってからは一番表情が緩んでいた。リトだけでなくアディ自身も自覚できるほど。
「でもアディさん、なんで王子様とお友達になれたんですか?」
そんなアディを見上げ、リトが訊いた。
「それは……治安のよくないところに身なりのいい子がいたら、気になるでしょ?」
「つまり、私に対してと同じ状況?アディさんしょっちゅうそんなことしてるんですか?」
「そんなないよ……セルジアとリトの二人だけだし……」
「ほんとですか~?」
リトが疑いの目を向ける。表情はほとんど変わっていないが。
「あのねリト、人は二人だけかもだけど、捨て猫にご飯あげたりあっためたりはしてるとこ見たよ」
「ほー……やさしさの塊か?」
セルジアのタレコミをうけ、リトがからかう。アディは紅茶の飲むふりをして二人から顔を隠した。
「っていうか私王子に対してタメじゃん。敬語にした方がいいです?」
リトがふと気が付き、セルジアとターリスに尋ねる。セルジアは少し固まり、眉を下げた。
「……やだ……」
フォークをぎゅっと握り、涙目になる。ターリスはそんな様子を柔らかい表情で見ている。
「アディも最初すごく敬語だったのをやだやだ言ってやめてもらったのに……ターリスも敬語なのいやなのに……」
「いや……泣かれるくらいならタメにするから」
セルジアの大きな目から涙が零れ落ちる前に、リトが急いで答える。見る見るうちにセルジアの顔が明るくなった。
「ほんと?!」
「まあ、私もその方が楽だし」
「やったぁ!!」
セルジアが嬉しそうに椅子をガタガタさせる。ターリスがその椅子を抑えつつ言った。
「リトはそのうち俺とかアディにも敬語外しそうだな」
「わかる~」
ふざけた調子で言いながらリトはフォークをターリスに向ける。ターリスは、人に食器を向けない、と叱った。どうやらターリスの中でリトも庇護対象認定されたようだ。
そっぽを向いていたアディも、いつの間にかリトやセルジアのほうを向いていた。アディにとっても、小さいリトやセルジアは守る対象だ。
しかしアディは、リトやセルジアよりも、その向こうの景色に目を奪われた。
「川が…」
つられて、リトとセルジアも窓の方を向く。
「え、どうしたの……うわぁすごい!!」
「おお、これは綺麗ね」
そこには、リトとセルジアが話していたそばの小川がある。店に入ったときには何の変哲もないただ人が多い川であったが、今はその様子が様変わりしていた。
暗く光ひとつない空の下、くらい川の上に、明かりがいくつのも浮かんでいる。明かりは様々な色に彩られており、まるで花畑のようだった。
「花流しの日、だからな。川沿いの店は予約が殺到するんだ。その理由が分かったろ?」
「………うん…」
三人とも、花流しの日にしか見れないその幻想的な景色に目を奪われていた。
「……花流しの日って、何か意味のあるお祭りなの?」
リトが尋ねた。この場でそれを知っていそうなのはターリスだけだ。
「ああ、簡単に言えば弔いだな。先祖や身近な人が死んだあとに残った魂が、正しく生まれ変われるようにさ。花の形をした船に光の目印を乗せて、水にうかべて輪廻を司る神に祈るんだと」
「輪廻を司る神……」
リトが復唱する。いつも通りの無表情で、いつも以上に心情の読めない顔をしていた。
ターリスは、まあ今は形骸化してただみんなが騒ぐだけの祭りになってるけどな、と笑いながらビールを呷った。
「………弔いか……」
アディが呟く。
ターリスは、そんなアディの横顔をちらりと様子を見る。この場で唯一、アディの事情を知っている者として。
アディは無意識のうちに、手を組み額を乗せていた。まるで祈るような形になっている。
そうして四人は、しばらくその光景を見つめていた。