「断片」少女の世界のその前の -09- しばらく後、四人は帰り支度をしていた。リトはセルジアに、必ず来週もまた遊ぼうとせびられ、故郷に帰ることが目的のリトははぐらかしたりしていた。
その隙にアディはターリスにだけ聞こえる声で、リトのことを話した。
「僕がずっと引き取るべきじゃないと思う。迷子の保護をしてるところとか知らない?」
「知ってるけどよ……」
ターリスがちらりとリトを見る。
「本人が望んでないんだろ?なんて言ってた?」
「自分のことを根掘り葉掘り聞かれたら面倒くさいからいやだ、って」
「それはその通りになりそうだ」
ターリスは軽く笑って、本人が望まないと基本的に受け入れられないと説明した。
「それに、あいつお前のことを知っても動じないような気がするぜ。とりあえず軽く話してみたらどうだ?」
そんな軽々しく話せるようなことじゃないことを知っているくせに無責任なことを言う、とアディはサングラス越しにターリスをにらんだ。
ただ同時に、ターリスの言う通りかもしれない、ともアディ少し考えていた。
それから、リトがアディの家に来てから一週間が経った。
リトは徐々にアディのいる世界を学んでいった。アディも、リトが家にいることに慣れていった。
リトはまだ家に帰ることを諦めていなかった。いまだにいろんな所を散歩しており、そのおかげでリトはあまり遊び歩かないアディよりも周囲のことに詳しくなっていた。買い物もできるようになったがたまにぼられているようで、その度にアディに適正値段を教てもらい、リトは値切り方を覚えていった。リトは家事もできるようになった。手の届かないところも簡単な作業であれば、椅子の上に立ったりしてこなすか、時々アディに頼んで任せた。いつの間にかリトはアディに敬称を付けるのをやめ、敬語も取れた。
アディは、リトにこの世界のことを教えた。リトが魚や貝などの海の幸が好きだということを知り、いつもはあまり買わないそれらを買ってリトの知らない料理を作り教えた。リトが一番いい反応をした紅茶を覚え、それを多めに買った。リトの体に合わせて椅子や踏み台を買い、リトに似合いそうと思ったものを買って帰った。家に帰ってリトの姿が見えないと、リトの無事を心配した。
アディとリトは互いに互いがいる生活に馴染んでいった。
けれどアディはいまだ、リトに自分の“仕事”のことを話せていなかった。
やがて、アディの一週間ぶりの仕事を行う夜が来た。
「わあ」
あたりが真っ赤に染まった頃、一週間貯まった衝動を開放し終えて呆けているアディの後ろから、最近聞きなれてきた声が聞こえた。
途端に我に返り、ばっとふりむく。
すっかり夜も更け、暗くなった裏路地。その曲がり角の向こうのまだ街灯の光のあたる位置に、リトがいた。リトがいて、こちらを見ていた。
「……あ、リト……!その……」
リトのいる場所に比べてこちらは暗い。暗がりで赤色は見えにくい。もしかしたらリトには理解できるほど見えていないかもしれない。普通に挨拶すべきかごまかすべきか、とアディは迷っていると。
「なんていうか……ずいぶん派手にやるね」
見られていた。
アディの殺し方というのはとても派手なものだった。生きていたものの原形はもはや無く、あたりはまさしく血の海であった。一週間分の衝動を一つの命で解消しようとした結果である。
リトに、見られていた。リトに正しく状況を理解されていた。
アディはリトの様子を改めて確認する。
リトは、いつも通りだった。普通に過ごしていたら絶対に立ち会わないような状況を目の前にしてもなお、いつも通りの落ち着いた様子だった。
そう、見せているだけかもしれない、とアディはリトと会ってからなんと初めてその落ち着きぶりに対する疑いを抱いた。
「あの、リト……」
どちらにしろ、口止めをすべきだろう。そう思ってアディが口を開くと同時に、リトが言った。
「うーん、一緒に帰ろうかと思ったけど、その様子じゃ無理そうね。後片付けとか大変そうだし、素人じゃ手伝えなさそう」
……本気で言ってるのか……?
一応聞きますけど手伝えそうなことある?とリトに聞かれ、アディはぼうっとしながら、無い、とかろうじて答えた。
「じゃぁ先に家行ってるねー」
そういってリトは曲がり角の向こうに姿を消した。
と思ったら、再び顔を出した。
「……いろいろ話したいことあるんだろうけど、とりあえず帰って落ち着いてから聞くからね」
そう言い残し、今度こそ本当にリトは立ち去った。
残されたアディは、自分の焦りや混乱がすべてリトに気づかれていたことを理解しながら、帰ってリトに話す内容を考え始めた。