すぴんおふ甘水は手に持った封筒の差出人を見た。
ごくりと喉が鳴る。差し出し主はとある機関のものでこの封筒の中には甘水の個性で作られた水を調べてもらった結果が入っている。
ゆっくりと封を切っていく。1割期待する気持ちと、やっぱりなと諦める気持ちが9割。開けたいような開けたくないようなどっちつかずの気持ちを奮い立たせるように彼を思い出す。
「こんな優しい味を作り出せる君は優しい人なんだね。凄い個性だよ!」
初めて、この個性を褒めてもらった。何の役にも立たないと言われた個性が。笑われ続けた個性が。初めて愛しく思えた。
自虐以外の意味でこの個性を披露したことはなかった。何だか煽てられるまま普段冷静な自分にしてはふわふわした気分で彼の言うまま成分分析の依頼をかけたその結果がこの封筒の中に入っている。
ゆっくりそれを開いて。
「うそ、だろ……」
予想していたのは父のパティシエの個性の糖分が水分に溶け出す。そんな程度の物だと思っていた。
けれど、結果は違っていた。
「これは、母の個性はこっちに出ていたのか」
これは味だけでは分からないはずだ。浄化する個性はここに出ていたのだ。
成分表を見て笑い出したくなる。 ダイエット効果、美肌、デトックス、リラックス、疲労回復に効果あり。つまり飲んだ人間の体内を浄化する作用を持っていたのだ。
水を甘くするだけの個性だと思い込んでいた。そもそも個性の強弱で生きざまが決まってしまうような世の中でつまらない、役に立たない、無駄な個性だと定義付けられてしまった者は己の個性を恥としてそれ以上踏み込んだりしない。それがこんな形で覆るなんて。
「緑谷……」
書類を読み切って深い息をつく。表情は晴れやかだ。
「お前は本当に凄い奴だ」
雄英高校に入学して数ヵ月。彼をずっと傍で見て来た。
彼には個性がない。そのせいか、彼は個性というものをとても大事にしている。こんなものはいらないと丸めた紙屑のように投げ捨ててしまったそれを、大切に掌に握りしめて、まるで世界で一つだけの宝石のように褒めたたえてくれるのだ。
あの気持ちよさはどう表現していいか分からない。特に自分のように自分の個性が嫌いな人間ならなおさら。
成分表を見ながら国が運営している特許サイトへ登録を開始する。
このサイトは個人の個性を企業がスポンサーとなって商品化するための足掛かりのサイトである。
国が運営しているだけあって審査は厳しいがその分安全と保証がしっかりしている。
「この個性は緑谷がくれたものだ。この個性で得たものは全て緑谷に還元しよう。それが俺の精一杯の恩返しだ」
戦闘の役には立たなくても、強い個性じゃなくてもやれることはある。
緑谷と一緒にいて充分身に染みたことだ。
「この先、一生緑谷の傍に居続けたい」
彼の傍は気持ちがいい。彼が望んで手を伸ばす先に自分が居たい。
「まぁ、一番傍に居続けるのは爆豪だろうけど。俺は友人として一番傍に居続けたい」
彼が困ったとき、彼が手を伸ばしたいとき、いつだって手を伸ばしたい。
「緑谷……」
もう一度書類を見直して、そっとそれを抱きしめる。
「……ありがとう」
静かに流れた涙は多分一番綺麗な涙であった。