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    しおり
    茨路~我侭~
    取り急ぎ帰宅したユーリは城の前に降り立った。
    腕に抱いた彼女はカフェを出た時よりもその身体が熱い気がする。


    「…ユーリさん。」
    「如何した?どこか痛むか?」
    そう声をかけると彼女は小さく首を横に振った。
    「一先ずは急ぎロティに連絡を…」
    そう告げた所で彼女はユーリのシャツの胸元をきゅっと掴む。
    「…モエ?」
    「……連絡、しないで…
    しちゃ、だめです…」
    「何故?」
    「明日からご旅行なんですよ。
    だからだめです。
    わたし、大丈夫ですから。」
    彼女の懇願にユーリは躊躇っていた。
    とても大丈夫には見えないのだが…

    「……しかし……」

    そう口を衝いた所で玄関扉が勢いよく開いた。
    「ナニやってんのサ、ユーリっ!!!」
    「いつまでんなとこ突っ立ってんスか!?
    マジで姫に風邪引かせる気ですか!!!」

    相当立腹した二人の怒号の洗礼を受けたユーリは苦笑するより他がない。




    リビングへ移動したが彼女のショックは大きい様子が窺える。
    ソファーに座らせたもえの前にアッシュが膝をついて額や頬に触れ
    心配そうに声をかけているのを横目にスマイルはユーリの隣からこそこそと問いかけた。


    「…ネ、ロティ呼ばないの…?」
    「そのつもりだったのだがな…」
    先程もえに拒否されてしまった故にどうしたものかと頭を悩ませる。
    「だったらスグ呼ぼうヨ…」
    「否。モエに止められている。」
    「えぇ…ナンデ!?」
    「明日から旅行なのだから知らせてくれるな。…とな。」
    「……そんなの、バレた時がコワイヨ…!?」
    「…バレなければ問題無かろう。
    決して漏洩するでないぞ。」
    「……えぇぇぇ……。」


    そんな風に零すスマイルを置き去りにしてユーリも傍らまで歩み寄った。


    「…あの…ごめんなさい。
    お部屋に戻らせて頂いても構いませんか…?」

    青ざめ俯いたままそう告げるもえを見てユーリとアッシュは思わず視線を交わした。

    「そ…そうっスね!部屋に戻ってゆっくり身体休めたらいいと思うっス!」
    「ネェ姫、ボクも一緒にいちゃダメ?」

    背後に回り込んでもえを抱き込むスマイルが甘える様にそう問いかける。


    「………ごめんなさい。
    考え事をしたいので一人になりたいんです。
    …ごめんなさい…。」


    この状況で彼女を一人にする事はデメリットしかない。
    しかし彼女の精神状態を考えると望むようにしてやるのが最適か…。




    「「「………。」」」



    三人は答えに詰まり口を閉ざす。
    彼女はそんな三人の心中を読んだのかもう一度ごめんなさい。と零して深く頭を下げた。

    「ひ、姫…!!
    わっ…分かりました、分かりましたからっ!」
    「いっ…良いんだヨ!謝んなくてっ!!」

    慌てふためく二人に顔を上げて!と懇願されてもえは徐に頭を上げた。

    「…ただ…定期的に様子を見に行くことだけは許可して下さい。」

    アッシュがそっともえの手を包み込んで顔を覗き込み『お願いします』と告げる。
    もえはそれに小さく頷いたが、それだけで得られた安堵は彼らにとってとても大きかった。





    もえが部屋に戻った後、残った三人はソファーに腰を据える。
    ユーリが部屋まで送り届けると申し出たが彼女は必要ないと頑なに譲らず…結局一人部屋へと戻って行ったのである。



    「…ところで…一体何があったのサ。
    どーゆーコト?」
    「神から一報があったのだろう?
    その通りだ。」



    神が寄越した報せは正直年明け間も無いのに一体何の冗談なのか…と疑いたくなる様な内容だった。



    「あれって、マジなの?」
    「ああ。」
    「本当にそんな事するヤツいるんスか?」
    「居たからこそこの様な結果が出ている訳だが?」
    「でも何で…
    こんな事デメリットにしかならないのに…」
    「さぁな。理解に苦しいのは確かだが、あちらにはここまでする『理由』があったと言うことだろう?」



    ユーリの言葉に二人は黙り込む。

    自分達とて非常識な存在の部類ではあるが、少なくとも思考や行動に関しては常識的だと自負している。
    しかし、この様な非常識極まりない行動を実際にして退けるとは…なんと恐ろしいのか。
    こう言った類の相手にはとても話が通じるとは思えず、自衛するにも限度がある。
    そしてこんな『悪意』をどうやって感知すれば良いというのか…。
    三人は各々頭を抱えるばかりだ。



    「…姫はずっと不安抱えてたんスよね?
    今朝だって凄く不安そうだったし…。
    …なんか今更だけど…
    姫がこんな風に傷つく前に
    オレらもっと出来たことがあったんじゃないか…って思うっスよ。」



    アッシュの言葉はユーリ自身も強く感じていた。
    もえはずっと不安や不信感を抱えていたはずだ。
    明確ではないとしても、何かあるかもしれないと言う漠然とした予測くらいはしていただろう。
    何よりも不安のない仕事なのであればそれこそ気遣って昨夜のうちに知らせていてくれていた様に思う。
    年末から今日まで自身の忙しい仕事の合間や貴重な休みを全て自分達のサポートに使ってくれていた。
    時に自分の仕事を削ってまで献身的に…だ。
    気を張り続けて無理もあっただろう。
    それが、この様な形で肉体的にも精神的にも追い詰められることになるなど…ただただ不憫であり、そして酷く申し訳ないと思う。



    三人はそのまま緊急会議と相成った最終的にその流れのまま寝落ちてしまい翌朝を迎えた。

    僅かな物音に目を覚ましたアッシュは寝ぼけ眼を擦り周囲を見渡しつつ昨夜の事を思い起こす。

    昨夜の会議はDeuilとしての仕事の会議ではなかった為かその内容に詰まって考え込んだまま…年末年始の仕事疲れも相まっていつの間にか三者共に眠り込んでしまったらしい。
    しかしよくよく見れば寝落ちしたはずのユーリにもスマイルにもそして自分にも毛布がしっかりとかけられている事に気付く。
    その意味を解したアッシュは慌ててダイニングへと駆け込んだ。




    「姫っ…!?」


    勢いよくガラス戸を開いて踏み込むと、エプロンを身につけキッチンに立つもえの姿を見つけてアッシュは駆け寄った。

    「姫、起きて来て大丈夫なんスか!?」

    アッシュの問いかけに振り向いた彼女はいつもと何ら変わらない愛らしい笑顔を浮かべた。

    「…おはようございます、アッシュさん。
    ちゃんと眠れましたか?
    皆さんぐっすりお休みだったものですから声を掛けなかったんですが…」

    どうやら朝食の支度をしていた様で彼女は手にしていた包丁を安全な場所に置いて手を洗うとアッシュに向き直った。
    アッシュはもえの頬を両手で包むように添えて彼女の目を覗き込む。

    「そんな事より、まだ熱いじゃないっスか!
    寝てないとダメっスよ!!」
    「…大丈夫ですよ…。
    体はどこも辛くないです。」
    「身体に自覚症状がないからって大丈夫にはなりませんて!
    それに寧ろそっちのが危険っス!!
    ましてキッチンなんて寒いってのに…」

    もう〜!と零しながら抱き上げると一先ずダイニングの椅子に座らせ
    更に屈んで視線を合わせて様子を伺う。

    「身体が辛くなくてもこっちは大分辛いでしょ。」

    トントンと自分の胸元を叩いて示して見せたあと、彼女の頬や額に触れればいつもよりも熱く感じ目は充血している上…瞼はやや腫れぼったい。

    「…アッシュさん。」
    「はい?」


    彼女の呼び掛けに視線を合わせればその瞳が不安を写して揺れていた。
    彼女は徐に腰の辺りに腕を回し腹の辺りに顔を埋める。


    「……アッシュ、お兄ちゃん……」


    小さく震える身体と声。
    無理をして取り繕っていたのだろう。
    それは酷く脆弱で…更に滅多に口にしない『お兄ちゃん』と言う呼び掛けには妙な不安を煽られた。


    「どうしたんスか、姫?」

    抱きしめ返して背中を摩る。

    「頭痛い?
    それとも…怖い夢見たとか?」


    彼女は黙ったまま首を振っていた。
    しかし顔は埋めたまま…。

    アッシュは僅か逡巡すると敢えて明るく取り繕って見せた。


    「今日の姫はなんだか…めっちゃ甘えん坊さんで
    コレは朝からテンションアゲアゲっスねっ!
    甘やかしていいっスかね?
    当然いいっスよね!?」

    再びひょいと抱き上げて小さな子供にする様にその小さな身体を腕に収めた。

    「姫は相変わらず軽すぎますねぇ。
    もーっとしっかり食べないとダメっスよ。」


    幼子をあやすように彼女をしっかり自分の方へ寄りかからせると
    頭や背中を撫でていた。







    「………ねぇ、姫…。



    姫は他人に甘える事を嫌う上に
    オレ達がずっと忙しかったから
    余計な負担になると思って何も言わなかったんですよね?
    それは姫の優しさと気遣いなんだってちゃんと分かってるっスよ。


    …だけど、本当はずっと不安だったんでしょう?

    それに昨日はきっとすんごく辛かったし
    悲しかったっスよね。

    そして今もそうでしょ?


    我慢して、我慢して…
    無理を重ねてるんですよね。

    だって姫はいつだってそうっスもん。



    だからもう全部、ぜーーんぶやめましょうよ。
    『辛かった。』って口に出して
    わんわん泣いて良いんですよ。




    人間の『17歳』は大人と子供の間だし…
    姫には気恥しいって思いもあるのかもしれないけれど…。


    でもね。


    姫は本来『子供』と呼ばれるはずの時期から
    ずーっと『大人』でいなきゃいけなくて
    実際すっごく頑張り続けてきたんだから

    辛くてしんどい今
    『子供』に戻ったっていいじゃないですか。



    オレたち兄貴の前でくらい。
    そして恋人であるユーリの前でくらい。

    子供みたいに沢山泣いて
    当たり散らして
    我儘言って存分に甘えましょ。」



    ほら。と抱き締めて背中をぽんぽんと叩くと
    もえはしがみつくようにして首に腕を回す。


    それは彼女からの答えだとアッシュは思った。



    「誰も咎めたり笑ったりしないですよ。
    そして誰にもそんな事させない。


    ……今まで独りでずっと…
    よく我慢して、すごく頑張りましたね。


    不安にも悲しみにも独りでじっと耐えて…
    偉かったですよ、姫。

    本当に、偉かったです。」




    小さな子供をあやす様にして頭や背中をやさしく撫でる。

    アッシュに身を預けた彼女はその小さな身体を震わせて静かに涙を零している様だった。







    翌日の昼前、神がミミとニャミ、そしてポエットを伴って城を訪れた。
    珍しく玄関の呼び鈴を鳴らして。




    「どんな様子が…気になってな。」




    アッシュが玄関に出向くと顔を見るなり神がそう告げる。
    ミミ、ニャミ、ポエットの三人は余程心配を寄せているのかそわそわと落ち着かない様子を見せていた。

    そんな姿を前にしてアッシュは思わず溜息を吐いた。


    「…申し訳ありませんけど…
    今は姫に会わせられませんよ。」
    「「「…なっなんで…!?」」」



    なんで!?…と問われても…。とアッシュは呆れる。
    神は分かっていたからこそ玄関からわざわざ呼び鈴を鳴らして来たのだろうに…。と。

    「…MZDさんは、分かってますよね。」
    「いやー…あわよくば…と
    思ったんだがなァ……」
    「何が『あわよくば』ですか。
    ダメです。」

    ピシャリと言い切られて神はバツが悪そうに言葉を詰める。

    「そっか…うん、まァ…そうだよな…。
    悪かったよ。
    コイツらをダシにしようとしたのも。
    でも言い訳するなら、コイツらも自分の意思だぜ。」

    「そのくらいは分かります。
    でも、ダメなものはダメです。


    ……姫本人は大丈夫って言うかもしれませんけど
    今の姫の精神面に大きな負担が予想されるので
    今回ばかりはオレ達が安請け合いする訳には行かねぇんス。


    本当に姫の心配をしてくれるのであれば
    せめてもう少しそっとして
    待っててあげてくれませんか。」





    「「「…………。」」」





    いつも賑やかな彼女たちが揃いも揃って黙りこくっている。
    ポエットは今にも泣き出しそうだ。
    しかし…そんなことで揺らいでいては本当の意味で彼女を守ることなど出来はしない。


    「……わ、わかったの……!
    でもアッシュ、伝言はいいよね!?
    お見舞い持ってきたの!!
    もえちゃんに渡して欲しいのっ!!」

    ポエットはこちらの意志を汲み顔を上げて捲し立てた。
    アッシュはしゃがみこんでポエットの頭にぽんと手を置くと穏やかに微笑んだ。


    「…ありがとうございます。
    姫、喜びますよ。
    皆さんがお見舞いにいらした事はちゃんと伝えます。勿論、伝言もね。
    姫の様子を見てまたご連絡差し上げるので…少し時間をくれますか?」
    「…うん!!ポエ、待ってるっ!!」
    「お二人もそれでいいですか?」
    「「…うん。分かった。」」
    「ご理解とご協力に感謝します。」

    どうやら円滑に切り抜けられたようで安堵した。
    アッシュは彼女達から見舞いの品や伝言を受け取り彼女達を見送った。

    「…今回のは大分卑怯でしたよ。」
    「…悪かったって。反省してる。」


    玄関に残った神を一瞥してアッシュは苦言を呈した。
    神は言葉通り反省の色を見せている。
    …見せかけでは無い様子だ。
    アッシュは気を取り直して中へどうぞ。とリビングへと促した。

    「…え?俺いいのか?」
    「…話があるんでしょう?
    心配せずとも姫は今、ユーリの部屋なので。」


    神をソファーに促してアッシュも向かい側に腰を据える。

    「…そっか…ユーリは付き添ってるとして
    スマイルはどうした?」

    「二人ともずっと張り付いてます。
    ……今回の件、相当ショックが大きかった様で
    姫自身まだ戸惑っている上に感情の処理が上手く出来ていないみたいです。
    急にボロボロ泣き出してしまったり
    苦しそうに呼吸が乱れたり…と。

    まぁ…他にも色々
    熱もずっと引きませんし。


    …ただ…弱音だけは一切吐いてくれないんです。


    あとはもう口癖みたいに
    『ごめんなさい』ばっかり口にしてて。
    それがとにかく心配っスね…。」

    「…飯は?ちゃんと食ってるのか?」

    「辛うじて食べてくれてますけど…
    かなり細いです。」

    「主治医に連絡は?」

    「いえ。……姫の許可が降りません。」

    「許可とか言ってる場合かよ。」

    「そりゃ…オレらだって何度も姫を説得しましたよ。
    だけどこれ以上、姫を追い詰めたくないんです。
    …それに…
    『心因性なんだから医者も薬も必要ない』って突っぱねられました。」

    「…そういうとこ頑固なだよなァ…。
    主治医はいつ帰ってくる予定だ?」

    「確か明後日だったかと。」

    「…まだ日があるな…。
    とりあえず、ゆっくり休むように言っておいてくれ。



    …あ、いや
    やっぱいい。」



    「…いいんです?」

    「言ったら他の仕事の事気にすんだろ?
    そんなのは今思い出さなくていいからな。
    とりあえず全部キャンセルしとく。
    調子が戻ったら連絡くれればいいさ。

    ………戻れば……だけどな。」


    「そう言う…縁起でもねぇことサラッと言わないで貰えます?」

    「いや、悪ぃ…。
    しかし何だ、お前らは大丈夫なのか?」

    「…何がです?」

    「大分参ってんだろ。
    共倒れなんてすんなよな。」

    「解ってます。オレらは大丈夫ですよ。
    一番しんどいのは姫ですから…
    オレらが先に音を上げる訳には行きません。」

    「……そか。なら良いが。」



    「他には何か?
    肝心の件のその後を聞いてませんが。」

    「…そ、それがな…
    …実は先方に連絡が付かなくなった…。」

    「…は?」

    「いやー…どうやら初めからアイツをターゲットにした偽企画だった様だ。
    しかも巧妙に仕組まれててな…
    件の編集社、部署、そして雑誌が日本に実在するのは間違いないが
    俺やもえに連絡を寄越していた担当者はその会社に在籍していなかったし、あの電話番号も該当がない。
    問い合せてみたら全く心当たりがないと言ってた。」


    「それじゃあ、やっぱり姫は狙われたんスか…。」

    「残念だがそうなる。」

    「ユーリの、そしてオレらのせいなんですね。」

    「いや、それは…」



    「そんな取り繕ったって…
    もう答えハッキリ出てるじゃねぇっスか!」


    「落ち着けって。
    ……仕方ねぇんだよ。

    Deuilの人気を考えれば予想出来なかった事じゃねぇ。
    それに関しちゃもえ本人が一番解ってる。


    多分、俺らなんかよりずっとずっと危惧してたはずだ。
    だが、流石に『仕事』を装って来るのは
    想定の範囲を超えていたんだろう。

    そらそうさ俺様だってそんな事考えもしなかった。


    …だから今回の件、全部俺の責任だ。
    きっちり償うよ。


    ……だから、すまんがお前らはもえを支えてやってくれ。」



    「…………。
    そんな事、頼まれるまでもねぇっスよ。
    当たり前です。」

    「そうか、よかった…。


    ああ、それとな。
    今の話だが…ユーリとスマイルにはまだ言うな。
    アイツら何しでかすか分からんからな。



    正直アッシュだけで助かったぜ…。
    お前が一番理性的で安心だからよ。」

    「……買い被らないで下さいよ。
    オレだって…!」

    「お前は何よりお姫さんの為に理性的で居られるだろう。
    あの二人はお姫さんの為に容易く理性を手放しやがる。
    …その違いは歴然だ。



    それにそうなった時
    お姫さんが傷付くのは目に見えてるだろう?」



    「………。」



    「今日の所はこのくらいだな。
    …また来る。」

    「…姫に…会わなくて良いんですか?」

    「今、俺様だけ会ったらアイツらにシバかれっからな。
    隠そうにもすぐバレそうだし、今日の所は遠慮しとく。
    またこっそり来るからよ。」


    「……そうですか。了解しました。」





    十五分ほどの会話の後神は帰って行きアッシュは預かった見舞いの品を手にユーリの部屋へと足を向けた。
    朝食を済ませたあともえの体調が悪化したのだが…
    『レディの部屋に男共が押しかけて居座るなんて!!』
    …と…ロティに叱られ兼ねないと、ユーリの判断で彼の自室に連れてきた。
    ドアをノックして僅かな間の後静かにゆっくりと開く。
    広いベッドの上でユーリとスマイルはもえを挟んで座っていた。



    「お客は?」
    「お帰りになりました。
    姫は?」
    「変わりナシ。」



    そんな短いやり取りをしてアッシュはユーリ側に回る。


    彼女の手をしっかりと握って寄り添うユーリの姿を捉えアッシュは静かに呼びかけた。
    ユーリは徐に視線をこちらへ移すとどうしたのかと言いたげな表情をした。

    「MZDさんがレディ達といらっしゃって姫に預かり物をしました。
    お見舞いだそうです。」
    「…そうか。
    神は何と?」
    「姫の件はまだ調査中だそうで…
    詳しくは…何も。」
    「………そうか。」
    「姫はどうです?」


    手荷物を一度置いてベッドに登り傍らに寄ったアッシュがもえに手を伸ばしてそっと額に触れた。


    「…さっきより上がってますね…」
    「変わらず精神が不安定故、その影響が濃く出ていのだろう。」
    「意識はどうです?」
    「浮いたり沈んだり、カナ。
    殆ど夢現で二言、三言会話できるくらいダヨ。」
    「…芳しくないっスね…」


    苦しそうな息遣い、青ざめた顔色
    幾度も見てきた姿だがそうそう慣れる訳がない。
    毎度不安を駆られ、心配を寄せ。
    それが当たり前になった。


    出来ればこの様な事は何度も経験したくない。
    しかし今後どう回避したらいいのか答えは見つけられずに…
    妖怪たちは途方に暮れるばかりであった。



    昨晩夕食を済ませたもえはユーリに付き添われて早々に自室へ戻って行ったが、それから程なくしてユーリが戻って来た。



    どうしたのかと二人が問えば彼女はどうしてもやらなければならないことがあるから一人にして欲しい…と言っていたらしく。
    とどのつまり、部屋から追い出されてしまったのだと言う。


    彼女は変わらず思い詰めている様子だった故、ユーリは『何かあれば必ず呼ぶように。』と残して来たようだが…結局その夜のお呼びはかからず終いだった。


    そして今朝。
    もえはいつもよりもやや遅い時間に着替えを済ませてダイニングへと降りてきたのである。


    今朝も珍しく面々は早起きをして勢揃いしていたのだが、やってきたもえのその姿を目にして彼女が仕事に出向くつもりであるのだと解した瞬間血相を変えて詰め寄る。

    そして三人は衝撃的な話を彼女から聞く運びとなった。





    「……本気なのか?」

    「…はい。」

    「ちょ…ちょ、待ってヨ、姫!!!」

    「流石に無茶が過ぎますよ!!
    まだ熱だって下がってないってのに!!」


    「でも、お仕事ですから。」


    「けど!MZDさんは落ち着くまで休んでいいって仰ってましたよ!?
    それに、キャンセルしておくって…!」

    「それでしたら何の問題もありません。
    昨夜のうちにご連絡差し上げて確認しておきましたので。」



    「「んな…っ!?」」



    「確かに昨夜お電話した時に
    MZDさんにもしばらく休むように言い含められましたが…
    そんな甘えた事言っていられないです。
    方々にご迷惑をおかけする事になる訳ですから。」


    「だっ…だけど、カラダ辛いデショ!?」



    「……それは………はい…。」


    スマイルの問いかけにもえは意外にも正直な答え返した。
    それには三人共に思わず固まる。


    「だ、だったら…っ!!」


    取り繕い言い募るスマイルの言葉をもえは静かに遮った。

    「…例え今お休みした所で…現状に変化は得られません。
    それならわたしがこの状況に慣れるしかないんです。」

    「…モエ。その発想は些か極端だろう。
    今無理を重ねる事にメリットはないと思うが?」



    「…わたしは、自分が許せないんです。
    ずっとずっと足を引いてばかりの自分が。
    ほとほとうんざりしているんです。

    結果、それで再起不能にでもなればあちらは喜ぶでしょうし
    わたし自身も諦めが着きます。」



    「…それ…
    …本気で言ってるんですか…?」


    アッシュの声のトーンが下がった事でユーリとスマイルは彼の怒りを察知してその身を強ばらせた。


    「………はい。
    わたしは本気です。」

    彼女もそれに気づいていながら臆する事はない。



    「…そんなの、また繰り返すだけじゃねぇっスか。
    大体、姫はいつもいつもそうやって自分を追い詰めてばっかでっ…!!」

    アッシュが思わず声を荒らげる。
    それは彼が彼女を思い、心配を寄せるからこそなのだが…こうなっては止められないと二人は口を閉ざしてただ見守るのみだ。


    「…わたしにはっ…!!」


    しかしそんなアッシュを彼女の大きな声が遮る。
    苛立ちを含んだような彼女の声にユーリ、スマイルは当然だが
    声を荒らげていたはずのアッシュでさえ驚き口を噤んだ。

    「わたしには、これしかないんですっ!!!
    …例え、それが相手の狙いなのだとしても…
    …これしか抗う術がないんです…!

    ……負けたく、ないんですっ…!」


    俯いていた顔を上げた彼女はその目に涙を溜めつつも強い意志を映した眼差しを携えている。



    「…どんなに皆さんから大切にして貰っていたとしても…
    傍から見れば分不相応にしか見えないのかもしれない。

    …正直そう思われても仕方がないって…
    わたしが誰より思ってるのっ!」


    彼女は服の上から右手で左腕を強く掴んでいる。
    それはまるで震える身体を押さえ付けているかの様だ。



    「……でも…それでもっ…わたしが…
    わたし自身がユーリさんとお兄ちゃん達を諦めたくない…!!!

    ……絶対に……諦めたくないの……」


    「ひ…め…」


    「だから、逃げるわけにいかないんです!
    今逃げたら…
    わたしは二度と胸を張って『家族』って言えなくなるから…!

    ……これはわたしの『我儘』なんです…


    『家族』で、いたいの…
    これからも、ずっと…!」


    零れる涙を拭いもせずに…彼女は真っ直ぐにアッシュを見つめ返していた。
    その気迫にアッシュは完全に言葉を失っていた。




    彼女をここに住まわせると決めた事で。
    自分達が周囲の目も気にせずに彼女を溺愛した事で。
    そしてユーリと恋人関係に進展した事で。
    幸せの代償の様に彼女のその小さな身体には余るほどの重圧を負う事になった。
    勿論神も、彼女自身も言っていた様に『仕方がない』事なのかも知れない。
    それでもその原因となっている自分達がいとも容易く『仕方がない』と割り切ってしまうことは許される訳が無いのだ。
    だからこそ今まで以上に彼女を守るつもりでいたのに。


    彼女は敢えて最も過酷な茨の道を進む決意をまた独りで固めてしまった様子だ。



    彼女が自身で『守ると決めた者の為』のその強固な意志や決意は彼女自身の為のものではない故に…それほど厄介なものは無い。




    『家族』でいたい。


    彼女の明確なその意志と言葉は嬉しさの反面
    自分達にも腹をくくれとの宣告の様に感じた。

    勿論、その答えは迷いようも無い『是』であるのだが、彼女が無理や無茶を重ね続ける事になると言う『明らかな結果』が既に垣間見えるだけにただただ気が重くなるばかりだ。



    「……。」


    ユーリは黙り込んだアッシュの肩にぽんと手を置き、もえの前に歩み出て彼女が強く握っている右手に手を添えると共に頬を伝う涙を指先で拭う。

    「姫君の意志はよくよく理解した。
    …なれば、我々はこれより全力で姫君のサポートに回らせて頂くことにする。」

    「……え……?」

    「お前達、異存はなかろうな?」
    「勿論ダヨ。」
    「確認するまでもねぇっス。」
    「では決定だ。
    Deuilの仕事として最優先で行う故、そのつもりでいるように。」

    「…ま……まって、まって!
    それはだめですっ!」

    「否。今正にメンバー全員の意志で可決した事だ。」

    「……だけど、でも…っ」

    戸惑いを隠せないもえを差し置いてユーリは話を進めていく。

    「姫君、本日の仕事は何時からか?」
    「えと、じ…10時…です。」
    「して場所は?」
    「……ポップンシティ第1スタジオ…」
    「ふむ。音楽番組収録か。終了予定は?」
    「…現時点で未定ですが…
    おそらく夕方までかかるかと…」
    「成程承知した。なればその様に支度を。
    お前たちは共に行くか?それとも留守番か?」
    「ワザワザ聞かないでヨ!わかってんでショ!」
    「念の為だ。意思確認は重要であろう。」
    「わざとらしいんダヨ!!」
    「…聞かずして文句を言われるのは仕方がないが
    聞いて文句を言われるの解せぬな。
    …スマイル。お前は城で留守番をしている様に。」
    「はぁっ!?ナンデそうなるのサ!!
    行くってばー!!!」


    もえはぽかんと呆気に取られたままユーリとスマイルのやり取りを眺めておりアッシュはそんなもえを見て小さく息を吐く。

    「…姫。」
    「は…っ…はい…!」

    戸惑った様子のまま、彼女は自分の服の胸元を強く握っていた。
    アッシュはもえを抱き寄せて腕の中にすっぽりと収める。


    「…『家族』でいたい…って
    言ってくれて、嬉しかったですよ。

    めっちゃ嬉しくって
    …オレ……また泣きそうです…。」

    腕の中に収めたもえに目を細めてアッシュは恥ずかしそうにそう言った。

    「でも姫がそれを『我儘』と言い切るのななら
    オレ達もオレ達の『我儘』を通させて下さい。」
    「…え…『我儘』…?」
    「ハイ。
    …オレ達は『姫の為に』出来る限りの事を尽くします。
    それがオレ達の『我儘』です。」


    アッシュはそう言って頼れる兄の顔で笑った。
    月瀬 櫻姫 Link Message Mute
    2023/08/15 15:54:54

    茨路~我侭~

    Webサイトにて連載中だったシリーズです。
    2022/05/29
    Webサイトup
    #ポップン #Deuil #もえ(ポップン)
    ##ユリもえ

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