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    茨路~決意~



    もえに宛てがわれた楽屋前に三人は並んで待機していた。
    俄に周囲が騒がしい。
    …が、我関せずの彼等はまるでマネキンのように無言でそこに佇んでいる。
    徐にドアが開いて本日彼女の担当のスタイリストが顔を出した。



    「あ、あの…皆さんお待たせしました…。」


    本来は彼女の従兄である純の予定だったはずなのだが、何故か手違いで違うスタイリストになってしまったらしい。


    タイミングがタイミングなだけに三人は三人とも警戒心を顕にしていた。
    神が集めた仲間達やスタッフの中にはそんな不届きな輩は居ないと信じたいが…彼女が傷付く可能性が僅かにでもあるのならばそれも疑ってかからなければならないのかもしれない。

    …そんな風に思う。

    「ああ、ご苦労であったな。」
    「は、はいっ!光栄で御座いますっ!」
    「下がって良いぞ。」
    「はいっ!では失礼致しますっ!」

    ガチガチに緊張したスタイリストはそそくさとその場を後にし代わって彼らが楽屋の中に足を踏み入れた。



    「姫〜、おつか………わぁお…!」



    鏡の前に座った彼女に声をかけながらそちらを見たスマイルが思わず声を上げた。
    彼女はまるで花嫁の様な衣装を身に纏っている。

    「そ、ソレって今日の衣装!?」
    「はい。」
    「うわぁぁぁ…!」


    どこからともなく携帯を取り出してシャッターをきりまくる。
    果ては『視線チョウダイっ!コッチ!今度はコッチ!!』などと…
    さながらオタクカメラマンの様である。


    「めっちゃカワイー!!
    カワイーよ、姫!!!
    ユーリ、ホラ並んでヨ!
    折角なんだし絶対撮っとかないと!!!」

    「……お前は一体何をしに来たのだ…。」

    「イイじゃん!
    もうどうせなら今は愉しもうヨ!!
    ヒヒヒ♪」


    「……。」



    満更でも無い様子のユーリはスマイルに背を押され彼女の隣に立つとその耳元に『大変よく似合っているよ。』と囁き、彼女はユーリのそんな言葉に思い切り顔を赤くして俯いていた。

    「…モーーー…
    コッチが照れるってーーの〜…」
    「……違ぇねぇっス…。」




    そこへドアがノックされアッシュが扉を開くとそこにいたスタッフが驚いた顔をして後退った。

    「…どうかしましたか?」
    「い…いえ…!
    え、あれ!?
    もえさんの楽屋…では!?」
    「ええ、そうですよ。」

    アッシュはにこやかにそう告げるもスタッフは混乱するばかりである。

    「ネェ?何か用事じゃないのカイ?」
    「え!?スマイルさんもっ!?」

    スマイルまでも顔を出して更に混乱している様子だ。

    「……それが何?
    てか…ユーリもいるヨ…。」
    「な、何でDeuilそろい踏みなんですかっ!?
    確か今日は出演されませんよねっ!?」
    「そーだケド……悪い?」
    「いえ、あの、悪いとかではなくっ!!」


    スマイルは面倒そうに大袈裟な溜息を吐いてみせる。
    そしてどこか冷たい態度だ。


    「…んなことよかサァ…
    キミ、何か用事じゃナイの?」
    「あ、はい!移動をお願いしますっ!
    …とお伝えしに…」
    「チョット ソレ、早く言ってヨ。
    リョーカイ、直ぐ行くカラ。」


    そう残してスマイルは一度扉を閉めた。

    扉を閉めて振り返るとでは参ろうか。とユーリが彼女を抱き上げる。


    「あ、あの…ユーリさん……
    自分で歩けます。」

    彼女は頬を赤らめて控えめにそう告げるが
    ユーリは聞く耳を持たないようだ。

    「確かに今は熱も引いているようだが
    体力が落ちているのは否めぬ故、無駄に消費してはならぬ。」


    ユーリは最もらしい理由を並べて語ってはいるが、彼のその行動は周囲への牽制の意味も込めているのだろうと二人は推測する。

    いくら神に集められた者たちの集う職場であろうと、この様な公の場でこの様な行動に出ればまだ二人の関係を知らない仲間達だけでなく、スタッフや関係者にまで広く知れ渡ることとなるだろう。

    ただでさえ最近の二人にはまことしやかに囁かれる熱愛疑惑があったのだから確定情報として一気に広がって行くはずだ。
    何よりもこう言った『他人の色恋沙汰情報』は人伝に広まり易い。

    利用を考えれば最も手っ取り早く、楽な手段だ。

    尾鰭の着いた根も葉もない噂が付きまとうと言うリスクもあるが、ユーリはそれさえも最大限に利用するつもりなのだろう。

    「…勿論、嫌とは言わぬであろう?」
    「その質問のしかたは少し卑怯じゃないですか?」
    「左様か。では良いな、姫君?」
    「…もうっ!
    それ、聞く意味あるんですか?」
    「ふふふ。私はその愛らしい反応が見たくてな。」


    腕に抱いた彼女が怒って拗ねたように顔を背けているがユーリはそんな姿すらも愛おしげだ。

    「…はいはい。
    いい感じのところすみませんね。
    ちょっといいですか?」
    「何か?」

    やや呆れた様子でアッシュが声をかけるとその手に持ったブランケットを広げた。

    「身体は冷やさないようにしておいて下さい。
    心因性から風邪に転じても困るでしょう?」


    そう言ってアッシュが彼女にそれを纏わせるとでは行きますか。と荷物を手に現場へと移動を始めるのだった。





    周囲のスタッフがそわそわと落ち着かない。
    何故なら、このメルヘン王国でその名を知らぬ者はいないという程の大物且つ重鎮である『Deuil』がメンバー揃ってこの現場に詰めているからだ。


    しかも今日の彼らは出演者としての立場では無く『付き人』の立場であると言うのだから驚きだ。

    先程現場の責任者が挨拶に出向き丁重に椅子を勧めたが気遣い無用ときっぱり断られている。
    故に彼らはスタジオの隅に控えているのだが…スタッフだけでなく出演者達もそんな状況に気を張っている様子だ。




    「…えー……
    MCのミミさんとニャミさんですが
    前の現場が少々押しているとの事で10分から15分遅れるそうです。
    出演者の皆さん、出来ればこのままこの場所での待機をお願いしま〜す。」


    業務連絡の後、出演者達がもえの周囲に集まり出した。

    今日は同期のアゲハ、シャーク、ポールを初めジュディ、マリィ、ショルキー、純真の二人にワッキー、ヒグラシ、紫、キララ…となかなかの人数が揃っている。

    アイドル仲間であるアゲハとキララはプライベートでも仲が良い様で彼女の話題の中に度々登場するが二人はどうやらもえを心配している様子だ。

    そして紫。
    彼女はもえがこちらに来る以前からあちらの世界でも親しくしていたと聞いている。
    どうも放っておけないタイプだからか妹の様に可愛がっているのだ…と本人が話してくれたことがあった。
    もえ自身もそんな彼女に心を許し、慕っている様子がある。

    もえを取り囲み、時折ちらちらとメンバー達がこちらへ視線を寄越す。

    「……コレは……多分アレネ。」
    「何だ?」
    「完全に質問攻めっスね。」
    「ホラ見てよ、姫の顔が赤くなってる。
    揶揄ってるんデショ、アレ。」
    「…でもまぁ…そうなりますよね。」




    ユーリは無言のままもえの方を見つめている。




    「…ダヨネ。
    アレだけ堂々と見せつけたんだしサ。」
    「わざとですからね。」
    「ネ。流石ヤリ手ダヨ、リーダー。」
    「厭らしい言い方をするな。」
    「ホントのコトデショ。」



    不意にもえがこちらに視線を向け、そして自然にユーリと目が合う。
    すると、彼女は一気に頬を薔薇色に染めて
    はにかむようなとてもとても愛らしい恋する乙女の笑顔を咲かせた。

    「「……………。」」

    ……それもそのはず。
    何故ならユーリが彼女に向かって軽く右手を上げ人前では見せない美しくも優しい微笑を向けていたからだ。、

    「………ナ〜〜ニコレ…
    あっっっまぁぁあっっ…」

    「……流石に胸焼けしますねぇ……」

    恐らくこの場にいる者達の殆どがそう思ったに違いない。

    そして二人が『恋人関係にある』と確信したに違いない。




    やがて遅れていたミミとニャミの二人が合流すると直ぐに本番さながらの流れで通しのリハーサルが始まり二時間後滞りなく終了して休憩時間となった。





    休憩は昼食と化粧直しの時間を取り
    それが済むと本番の収録に入った。

    そして収録が折り返した頃…


    「…これはまずいな…」


    腕を組み壁に身を預けてじっと見守っていたユーリが小さく口を開いた。

    「ええ。姫、しんどそうです…」
    「…かなり、ネ…」

    ユーリの言葉に二人が相槌を打つ。
    体力が落ちている事が大きく影響しているのだろう。
    彼女は変わらず笑顔で取り繕いつつトークをしているが…その顔色までは誤魔化しきれない。


    「ストップかけようか…」
    「んな事したら姫に叱られますよ。」
    「じゃあどうすんの?」
    「もうしばらく様子を見るべきだろう。」


    そう簡単にどうにかなることでもなく
    上手く制御出来る保証もないということは充分理解した上で今日の仕事に臨んだはずだ。
    彼女のそんな意志をこちらが勝手に動き台無しにする訳には行かない。

    スマイルは…わかった…と答えて大人しく壁に寄りかかるがその表情は歯痒そうに歪んでいる。






    本番収録は途中ミミとニャミの暴走無茶振りも多々あったが無事に終了となった。

    しかし終了の声がかかった途端、もえは疲労困憊によりその場に崩れ近くにいた紫が咄嗟にもえの身体を支える。


    出演者やスタッフが騒然となる中、ユーリはすぐさま大きく羽を広げそれらを飛び越えるようにしてもえ達の前に降り立ち二人は混乱の最中を掻き分けて駆けつけた。

    「…アンタら…
    これは一体どう言う事なのさ…」

    余りのもえの様子に紫は冷静さを欠いており、目に付いたユーリの胸倉を掴んで詰め寄る。

    「まさかろくに回復してもいないのに連れて来たんじゃないだろうねっ!?」

    「…左様。
    それが、彼女の選択故。」

    「アンタは馬鹿なのかっ!!!
    この子が人より弱いのは知ってるだろうっ!?」

    「勿論だとも。
    だからこそ我々が付いてきたのだ。
    …それよりも…
    この手を離しては頂けぬかご婦人。
    彼女を城へ連れ帰りたい。」

    紫がもえを甚く可愛がっている事は彼女の様子を見ればよく分かる。
    それ故に怒りの矛先がこちらに向くことも当然と言える。
    ユーリはただ黙ってそれを受け止めるしかないが…それは目の前の彼女にとってただ『冷酷』に見えたのだろう。
    胸倉を掴んだその手に更なる力を込めて鋭く睨みつける。



    「……アンタ、やっぱり人の心なんざ持ち合わせてない物怪だね…
    …この子は…
    『あんな事』があった直後だってのに…
    なんでそんなに平然としてられるんだい!!

    それだってアンタと、そこの二人のせいだろうっ!?」


    慣れていたはずの憎悪の視線。
    それがこの短期間で随分と胸に刺さる。


    「言い訳もないってのかい!?
    …この薄情者がっ!!」


    いくらもえ自身の意志とは言え、彼女を…そして彼女を愛する者を思うのであればやはり止めるべきであったかと脳裏に過ぎる。
    …しかしそれこそ今更言い訳にもならない。


    「………やめ……て……
    ねえさん、やめて……」


    小さなその声に固唾を呑むばかりの周囲の視線は紫とユーリからもえに移り、圧倒され動けなくなっていたアッシュが我に返ってもえを抱き起こしにかかった。

    紫はユーリの胸倉から手を離し身を翻してしゃがみ込むと今度はもえの手を握る。

    「もえ…!」
    「…あのね…?本当は、止められたの。
    すごくすごく心配してくれて…。
    だけどわたしが我儘言って、お願いしたの。

    …自分で決めた事だから…。
    だから、ユーリさん達は何も悪くないの。
    …お願い、そんな風に言わないで…。

    …でも軽率だった…
    こんな大きな騒ぎになっちゃって…
    皆さん本当にごめんなさい。」

    身体が辛くて意識を保っているのもやっとであろうに…彼女の表情は信じられぬほど穏やかで満ち足りている。

    その言葉は偽ざる真実なのであろう。
    そして完全に言葉を失った。

    それを見てしまっては…これ以上彼女の眼前で彼らを責め立てることなどどうして出来ようか。


    「もえ、アンタって子は……本当に…っ」

    こんな表情を見せられては…彼らがもえを甚く大切にしていると言う事実を認めざるを得ないでは無いか。

    「……紫ねえさん…」
    「……分かった、分かったよ。
    …アタシが悪かったんだね…。
    ユーリ達にもちゃんと詫びておくからさ。
    だから安心おしよ。
    さあ…お休み、よく頑張ったね。」
    「………うん…。」

    彼女は安心した様子でゆっくりと瞼を閉じた。
    程なく眠るようにして意識が離れると、アッシュはそのままもえを抱えて立ち上がりユーリの前に進んだ。
    ユーリの腕にもえを託してそっと額に触れる。

    ユーリもアッシュもスマイルも一様に心配そうな様子で彼女に視線を落としていた。



    紫は徐に立ち上がり、一つ息を吐く。
    冷静さは幾分取り戻したが大事な妹分に無理を強いた事はやはり解せない。

    それでも今までにないもえの幸せそうな表情を見せつけられては責めるにも責められず…酷く複雑な心境である事だけは確かだ。
    しかしもえとの約束は果たさねばなるまい。

    「…………ユーリ。」

    静かに名を呼べばユーリはこちらに顔を向けた。
    その赤い瞳はただただ彼女を憂いて揺れている。

    「謝罪ならば不要だ。
    …貴女がモエを大切にしている事は良く存じている。
    故に我々は責められて当然であろう。
    そして理解されるとは思っておらぬ。
    …私とて…迷っていたのだから。


    だが、我々は他ならぬ彼女の意志を最優先したいと思っている。


    ……申し訳なかった……。」


    ユーリはもえを腕に抱いたまま頭を垂れた。
    そしてアッシュとスマイルもそれに倣い黙って頭を下げる。



    彼らの『Deuil』らしからぬその振る舞いは仲間たちやスタッフの動揺を生んだ。


    やがて頭を上げたユーリはもえに視線を落とした。


    「ムラサキ。
    …何時でもモエに会いに来るといい。
    我々は歓迎するぞ。」



    そう言って顔を上げたユーリはまたいつものようにカリスマ性に溢れた鋭い視線を携え『では我々は失礼する。』と残し二人を連れ立ってスタジオを後にした。





    柔らかな布団の感触と
    彼の纏う華やかで優しい薔薇の香りに包まれているのを感じてもえは瞼を押し上げた。

    うっすらと瞼を開けばすぐ隣…
    目の前に愛しいひとの寝顔があった。

    彼の腕はしっかりと自分を抱き込んでおりびくとも動かない。


    「……ユーリさん……」


    そっと手を伸ばして美しいその寝顔にかかる美しい銀糸の髪を指先でそっとかきあげる。

    「…!!」

    彼は驚いた様子で目を覚まして手を掴むと名を呼ぶ。
    必死の様相に思わず呆気に取られた。

    「す、すみません…
    起こして、しまって…」
    「いや。
    …ああ、良かった…」
    「あの…?」
    「昨夜から昏睡状態に陥っていたのだ。
    熱が下がらず体力も極端に落ちていたからであろう。
    すまない、ついうたた寝をしてしまったようだ。」

    しっかりと腕に抱きしめて安堵の溜息を零す。

    「…しかし、まだ危険が回避出来たと言う訳ではないな。」


    彼らしくない弱々しい声。
    余程心配をしてくれていた様子が見える。
    もえはユーリの頬を包む様に触れた。

    「ユーリさん…お疲れなのでしょう?
    なのにゆっくり休めませんよね。
    …わたしのせいで…」

    彼らの制止を押し切って我儘を強行した。
    その結果、彼らに多大な手間や心配をかけたはずで。
    それなのに変わらずに寄せてくれる彼らの信頼や与えてくれる愛情が今はただ…酷く申し訳なく思える。

    決心したはずの想いも容易く揺らぎそうだった。


    「…ごめんなさい…
    本当に、ごめんなさい。

    ……それでも…
    それでもわたしは…」





    彼女のその意志は既に理解した。
    そしてその意志を尊重すると三人で決めたのだ。
    彼女が茨の道を進むのならば、共に往くと。

    「……ありがとう、モエ。」
    「…え…?」
    「自分の身体が辛い最中、何よりも私を…
    そして二人を気遣ってくれているだろう?
    …私達はとても幸せだ。

    モエが我々にこうしていつも『幸せ』与えてくれているのだよ。」

    思いもよらない一言に思わず固まってしまったものの、次の瞬間湧いたように零れ落ちる涙に思い切り狼狽えてしまった。

    「わっ、わたし…は……そんな…っ…」

    彼は変わらず優しく美しい笑みを湛えて
    その頬に添えたままの自分の手にその手を重ねそっと撫でる。

    「…モエ。
    何度伝えても伝えきれないほどに愛しているよ。
    故に何も心配せず
    その心が望むままに…進めば良い。」


    彼がぎゅっと抱き竦め、そして背中や髪に優しく手を滑らせた。

    子供のように泣きじゃくる自分をあやすようにして涙が止まるまでいつまでも…彼はそうしてくれていた。







    「……どういう事なのか説明なさい。」


    背筋も凍り付くような激しい怒りの覇気に
    向かいのソファーに腰を据えたアッシュとスマイルは身を縮めた。

    「……ロティ。
    そう感情を露わにするものでない。
    それでは話せるものも話せまい。」

    ロティの隣でソファーに腰かけ、華やかに香る紅茶で満たされたティーカップを口に運んだルークがそう宥めるが…ロティの怒りは留まることを知らない。
    関係の無いはずのロストですらすっかり萎縮している。


    彼らは旅行帰りのその足で土産を届けがてら城に立ち寄った訳だが…アポ無し訪問で取り繕う暇もなかったアッシュとスマイルは容易くボロを出しこの数日間に何があったのかを説明させられる羽目になった訳だ。


    「……それで、今もえはどうしてるの?」
    「…ユーリが…部屋に連れ込んでて
    ずっと一緒にいるヨ。」
    「精神面がかなり不安定で
    それに比例する様に熱も上がったり下がったりと…安定しません。」

    「…………念の為に聞くわね。
    確か昨日は仕事に行く予定になってたと思ったけど…
    まさか行かせたりしてないわね?」

    「「……え……えーっと……。」」

    二人は揃って視線を泳がせていた。
    しかしこれでは答えを示したも同義である。

    「答えなさいよ。ちゃんと。」

    変わらず鋭い視線でロティに睨みつけられ…二人はあっさりと白状する。

    「…すっ、すみません!」
    「ゴメンナサイ…!」

    「「申し訳ありせんでしたぁッ!!」」


    「つまり、仕事に行かせた訳だな。」
    「…は、ハイ…」
    「ひ、姫が…どうしても行くって…
    そいで、ユーリがついて行くって…
    そう言うカラ、その、三人でついてって…」

    「「………。」」

    手にしたカップを置いてルークは静かに立ち上がる。

    「ユーリの部屋と言ったか?」
    「は、ハイ!ご案内します!」
    「…ロティは行かぬか?」
    「………もう少し、落ち着いてから行くわ。」
    「そうか。
    ではスマイルにロスト。ロティを頼むぞ。」



    ユーリの部屋へ向かいながらルークはアッシュに問う。

    「他に何か変わった事は?」

    アッシュは気まずそうに視線を泳がせるも、意を決したように口を開いた。

    「…実は…
    昨夜から姫がその…
    昏睡状態に陥ってまして…。
    無茶をして仕事に行ったのが原因だと思います。
    申し訳ありません…。」

    「……阻止しなかったのか?」

    「止めなかった訳ではないんですが…
    結局の所、出来なかったんです。」

    そう零す彼もらしくなく顔色が悪い。
    看病疲れであろうか。

    「…浅はかな…。
    それが彼女の身体にどれ程大きな負担となるか考えなかったのか?」

    「…誰が見たって無茶だって事は解っていました。
    ……返す言葉もありません…」

    「こちらに連絡を入れなかったのは
    彼女に止められたからだな?」

    「……ハイ…」

    ルークは呆れて口を閉ざした。
    程なくユーリの部屋にたどり着くとルークはノックもせずに扉を開け放つ。
    些か苛立っている様子だ。


    「あの…ルークさん…!」


    つかつかと真っ直ぐにベッドに向かう。

    唯ならぬそのオーラにもえを抱き込んで隣でうたた寝していたユーリが目を覚ました。

    「……ルーク、か……」
    「……そこを退け、ユーリ。
    そして出て行け。」
    「…ここは私の部屋なのだが?」
    「これから診察を始める。
    …お前は邪魔だ。」
    「珍しいこともあるな。
    …何をそんなに苛立っている?」
    「黙れ。
    お前に答える義理はない。
    …私の患者を殺されてはかなわぬからな。」
    「…ほう。
    ……それは聞き捨てならぬ。
    誰が、誰を殺すだと…?」

    両者睨み合ったまま激しい覇気をぶつけ合っている。
    とは言え、やはり混血のルークは純血のユーリには敵わない様であるが…。

    「…ち…ちょっ…!!」

    恐ろしい程の二つの覇気に、アッシュは文字通り尻尾を巻いて逃げ出したい衝動に駆られるが…まさかこんな二人の元にもえを放り出して逃げる訳には行かない。

    せめてもえを連れて行かねば…!

    そんな風に思うが声を上げるだけで精一杯だ。

    「や……やめてくださいよっっ!!!
    姫が悲しむでしょうっっ!!!」

    牽制し合っていた二人がその一言で同時に覇気を収め
    アッシュはあからさまに脱力した。


    「「………。」」


    しかし二人は変わらず睨み合ったまま
    一触即発の大変険悪な雰囲気だった。







    「……話、聞いたわ。
    大変だったみたいね。」

    「………いえ、大変だったのは…
    皆さんの方だと思います。
    …わたし、我儘を通しただけですし…」

    「そんな事ないでしょ。
    それよりも今の体調…自覚症状は?」

    「特にどこが辛いとかはないのですが…
    強いて言えば体が凄く重いくらいです。」

    「頭痛もない?」

    「今はないです。大丈夫。」

    「そう…なら問題はその高熱だけね。
    身体が重いのはその熱のせいよ。」

    凄まじい覇気を感じて駆けつけてみれば
    ユーリとルークは睨み合ったまま
    アッシュは狼狽えるばかりで。
    ロティは思い切り盛大な溜息を吐いて二人を部屋の外に追い出した。


    「…あの…何かありましたか?」

    場の空気を読んだのであろうもえがそんな事を口にする。

    ユーリとルーク、それからアッシュにスマイルそしてロスト。
    男性陣を部屋から追い出すのに少々手こずっている間にもえが目を覚ましてしまったのだが…先程の二人の覇気にあてられ危機感を刺激された結果の可能性も充分にある。
    昨夜、昏睡状態に陥った事もつい先程スマイルから聞いており…状況からも彼女の体力は相当落ちていると思われる。

    「…まぁ…ちょっとね。

    それよりも…いい?
    自力で動いちゃダメよ。
    昏睡状態になるくらい体力が落ちてるんだから放っておいたら死ぬわよ。」

    「…流石に…大袈裟では…」

    もえは苦笑してそう告げるがロティは一切表情を変えなかった。

    「主治医のあたしが言ってるの。
    言うことを聞きなさい。」

    そんなロティの様子にもえは押されるようにして頷く。

    「……は、はい…わかりました…。」
    「よろしい。」

    彼女には少し大袈裟に言って聞かせる方が効果的だ。
    でなければ無茶を重ねて本当に命が危険に晒されることにもなり兼ねないのだから。







    一方、リビングには冷たい空気と重い沈黙が流れていた。
    向かい合わせのソファーに深く腰掛けたユーリとルークは頑なに目と口を閉ざしたままじっとしている。

    …流石は血縁と言うだけありその容姿は髪色と服装が違うと言うだけで仕草まで瓜二つだ。

    ピリリとしたリビングの空気に透明人間と赤髪の人狼はダイニングから覗いて竦み上がる。
    下手に触れようものなら鋭い刃のような覇気にあっさりと刻まれてしまいそうである。




    「……アンタら、邪魔っスよ。」
    ドアに張り付いた二人に声をかけたアッシュは何食わぬ顔で用意した紅茶を持ってリビングへと向かった。

    「「………」」

    肝が据わってるのかそれとも先程の強力な
    覇気で麻痺してしまったのか。
    …何れにせよ末恐ろしい…などと思いながら二人はその場から見守る。



    「……ところでルークさん。
    旅行はいかがでしたか?」

    ルークとユーリに紅茶を差し出しながらアッシュが問う。

    「……それなりだ。」
    「そうですか。なら良かったです。」
    「……。」
    「あ。折角なんで夕飯も召し上がって行かれませんか?
    ロストにも手伝わせれば
    結構いいもの作れると思いますから。」

    その一言にユーリは思わず声を上げた。

    「アッシュ、何を勝手な…っ!!」
    「…姫のためですよ、ユーリ。」
    「……っ…。」

    「……きっとね。
    姫は心細かったと思うんですよ。

    本当はもっと早くに連絡出来て…
    直ぐにロティに頼れたなら
    こんなにも追い詰められずに済んだんじゃないかって…オレは思うんです。」

    「…ならば、何故連絡を寄越さなかったのだ…。」

    「……そんなの、お分かりになってるんでしょ?
    毎年恒例年に一度のご旅行ですよ。
    姫が気にしない訳ないじゃねぇっスか。
    ただでさえ自分を後回しにすることに抵抗が無いんですから。

    …旅行、楽しめて良かったっス。
    ホントそれだけが救いですよね。
    少なくともオレはそう思います。
    じゃなきゃ姫が報われなさ過ぎる。
    …姫に…そう伝えてあげてください。
    何よりも喜びますから。」

    アッシュはそう結んで疲れた顔に笑顔を浮かべていた。



    ルーク、ロティ、ロストと共に夕飯を済ませた後彼らは土産を置いて帰って行った。
    明日また様子を見に来ると残して。


    彼らの旅行先はメルヘン王国で屈指の宝石採掘地だった様だ。
    古くから素晴らしい加工品も多くそれらは王室御用達に認定されている。

    ルークからもえへの土産はそんな質の高い宝石があしらわれたブローチだった。
    なんでもロティと色違いのお揃いのようでもえは甚く喜んで笑顔を綻ばせており、ルークもそんなもえに満更でも無い様子だった。

    ロティからは仄かに薔薇の香る甘い香りの練り香水。
    ケースには美しい装飾が施されており、こちらも目を引く。

    ロストからは天然石のブレスレット。
    白やピンク、パープルなど
    淡い色味の女の子らしいデザインだ。

    『…まぁ、結局最終的に選んだのは
    全部ロティだけどな…』

    そんなロストの呟きにアッシュとスマイルはでしょうね。と揃って頷いていた。

    それでももえは大変嬉しそうでこんなにも買ってきて良かったと思ったことは無い。と彼らは口を揃えていた。
    ついでに、と菓子類の土産も置いて行ったがどれもこれも『姫君』が喜びそうな品ばかりであった。








    『発端』



    それに辿り着くのは容易な事だ。
    全てはここ妖怪屋敷に住まう事となってから始まっていた。
    そしてそれは危惧し続けてきた。


    いつなんどき
    どんなことが起こったとしても
    いざとなればここを出てまた独りになれば良い。

    大丈夫。


    …そんな風に考えていたが状況は呆気なく変化した。

    彼らが変わったと多くの仲間達が口を揃えるが、自分自身も例外ではなく大きく変化している。


    今、目の前にあるこの『幸せ』はきっと脆く儚い。
    掴みにかかれば容易く壊れる様な気さえする。

    …だからこそ守りたかった。
    何よりも初めて望んだ『己の我儘の為』に。

    だからと言って多くを望む訳でもない。
    ただこの場所で彼らと『家族でいたい』

    少なくとも自分は家族であると信じているし、そして彼らもそう言ってくれる。


    だからこれからも信じ続ける。


    例えこの先己の身を切る事になるとしても
    決して譲りたくないし、手離したくない。

    それが弱い自分なりに導き出した答えである。



    ぬいぐるみクッションを抱き込んで考え込んでいた自分の頬を隣からふにっと摘まれた。
    どきりとして顔を向ければいつの間にか隣に座っていたスマイルが顔を覗き込む。

    「難しい顔しちゃって。」

    そう言った彼もまた…いつものような笑顔ではなく憂いを湛えた笑顔だった。

    「…ロティには怒られなかった?」
    「大丈夫でしたよ。
    ただ、心配はお掛けしてしまった様ですけれど…」
    「ロティも姫に甘いからネェ。
    …まぁ、ボクらはしっかり怒られたヨネ〜。」
    「…怒られたんですか?そんなに?」
    「ウン。
    そりゃもう…寿命縮むかと思った…。」
    「…そう…でしたか…。
    …あの…」
    「いーの!!
    だって、姫が悪いんじゃないカラ。
    お兄チャンが『妹』守るのはアタリマエ。
    それが出来なくて怒られるのもアタリマエ!」

    「…そっ……か………。
    わかり………わかっ…た…。」

    そう答えてクッションに顔を埋めた彼女の姿が大変いじらしく、スマイルは彼女の頭をこれでもかと言うほど撫で回した。

    「すっ…スマイルさんっ…ちょっと…!」
    「…ソコは『お兄チャン』デショ〜?」
    「わ、わかっ…わかったから、やめっ…!
    んあぁ、もうっっ!!
    これっ!頭、ぐっちゃぐちゃじゃないですかぁ〜!!!」
    「ヒ〜ッヒッヒッヒッヒッ♪」
    「もぉ…ひどいっ!!」
    「姫は怒った顔もカワイイネ〜♪」
    「………わたし、そう言う軽薄な人は嫌いですっ。」

    ぷっくりと愛らしく頬を膨らませて、ぷいっと顔を背けたもえにスマイルは酷く動揺する。

    「…きっ…キライ…っ!?
    え、え、えぇぇぇぇ…!?
    そ、そんなこと言わないでヨ、姫ェェエ!!!」

    そんな二人の様子には微笑ましさも安堵も
    そして…スマイルに対する呆れもある。
    ユーリとアッシュは穏やかに笑った。

    「スマ。姫はまだ本調子では無いんスから
    あんまり揶揄うんじゃねぇっスよ。」
    「嫌われたのも自業自得であろうな。」
    「え!?追い討ちかけられたっ!?
    てっ…撤回!!姫、撤回してっ!?」
    「……嫌です。」
    「そんなァァァ…姫ェェェ…!!」

    余りの落胆ぶりに些か不憫になってくる。
    そこが甘いと言われればそれまでなのだが…。
    もえは苦笑してしょうがないですね…と零すとスマイルの両頬をぎゅっと摘んだ。

    「ひ……ひめぇ…?」
    「お返しです!…それと…」

    正面から彼に抱きついてみれば彼は珍しく狼狽えていた。

    「!?」

    「……これで…仲直りしましょう。
    スマイルお兄ちゃん。」


    上目遣いに見上げる彼女は少女のように無垢で愛らしい笑顔を湛えている。

    その裏にあるはずであろう大きな心配や不安を思うと…なんだかとても苦しくなり、スマイルは彼女を抱き込んで小さくウン。と答えるばかりである。



    月瀬 櫻姫 Link Message Mute
    2023/08/15 18:46:38

    茨路~決意~

    Webサイトにて連載中だったシリーズです。
    2022/05/30
    Webサイトup
    #ポップン #Deuil #もえ(ポップン)
    #ムラサキ #黒ユーリ #赤アッシュ
    #赤もえ
    ##ユリもえ

    more...
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