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    茨路~憂鬱~




    前日にあったDeuilの緊急会見を観た仲間達が朝からカフェに詰めかけていた。
    話題は件の会見内容についてや、もえの様子についてが殆どを占めている。





    「…え?昨日もえちゃん来てたの!?」
    「うん。会見の間はここに居たよ。
    終わってからDeuilと神が迎えに来たの。」
    「そっか、会いたかったな…」
    「あんまり調子良くなさそうだったけどね。」
    「顔色よくなかったもんね。」
    「うん、いつもと違って全然元気なかったし。」
    「あ、だから…
    Deuil揃って出払ってるとこ
    あの城に独りで留守番は心配だったのかな?」
    「ああ、そうかもね。」
    「…最近めっちゃ過保護だもんね。三人共。」
    「ほんとにねぇ。」
    「でも過保護になる気持ちもなんか分かるな。」
    「……うん、分かるね。しょうがない。」


    カウンター席の最奥で遠巻きに周囲の話を聴きながら素知らぬ顔で珈琲を口に運ぶ紫の横にMr.KKが立った。

    「紫さんよ。」
    「…なんだい、Mr.KK?」
    「あんた、昨日嬢ちゃんに会ったか?」
    「…ああ、会ったよ。」
    「そうか。…俺も会いたかったなァ…」

    「………。」

    「随分会ってねぇ気がするな。
    嬢ちゃんカフェにはよく出てくれてたしよ。
    …ここに来りゃ…何となくいつでも会える気がしてたかんなァ。」
    「…そうやって周囲があの子をいいように使うから、あの子は余計に無理するんだろう?」
    「…それ言われると…
    何も言い返せねぇけどよ…。」
    「…あの子が笑顔も作れない程に追い詰められてるなんて、アタシゃ初めて見たよ。
    あれは相当だ。
    …奴らが過保護になるのも無理からぬ事さね。」
    「…そんなにか…。」

    「可哀想で見ていられないくらいさ。

    …だけどね…。
    あの子の本当に恐ろしいところはここからなんだよ。」
    「は?」
    「見ていてごらん…
    これからあの子は身の毛もよだつ様な無茶をして退けるだろうさ。」

    頬杖を付いてなんとも言えない妖しい笑顔を浮かべた紫の表情。
    それには背筋に冷たいものが流れた。

    「オイオイ…紫さんよ。
    ぶ、物騒なことを言ってくれるじゃねーか…」
    「大切なものを守る為に開き直ったあの子を止める術なんざありゃしないんだ。
    …あの眼は…そんな眼だった。」
    「…いやいやいや。
    マジでやめてくれ。
    ……既に身の毛がよだってる。」
    「そうだろうねぇ。ふふ。
    コレがどれだけ恐ろしい事か理解してくれて、アタシゃ嬉しいよ。」
    「…戯言言ってんなって…!」
    「戯言…戯言ね…ふふ。
    まぁ、戯言かどうか…
    見ていてごらんよ、Mr.KK。」

    彼女のその言葉はやたら現実味を帯びていて…『まさか』と疑う反面『もしや』とも思わせる。
    思わず表情が引つるのを感じたKKだった。







    そんなことがあった翌々日。
    もえがカフェのシフトに復活するという一報が届いた。
    とは言え、体力も精神的も回復は未だ不十分の為リハビリを兼ねての事らしい。

    『少し手間をかけるが見守ってやってくれ…』と、神直々の通達だった。
    その神本人も苦虫を噛み潰したような表情で現れ、そう残していったのだが。

    紫の言葉がいよいよ現実になろうとしている。KKはそう感じた。

    「KKさん。こんにちは。」
    「…おお、マコ兄ちゃんか。」
    「それやめてくださいってば。」
    「いやァ、つい…な。
    …何だ?元気ないんじゃねぇか?」
    「……ええ、まぁ…色々と。」
    「さては嬢ちゃん絡みだな?」
    「…………。」
    黙り込んで視線を泳がせる姿に分かりやすいな…とKKは思う。
    「まァ、隣り座れよ。
    …明日からカフェ復活だって?」
    「……ええ。」

    カフェオレをオーダーし、隣に腰掛けるのを見て疲れているのだろうなとKKは察する。

    「身体は大丈夫なのかよ。」
    「…いえ、ルークさんもロティも猛反対でしたよ。勿論Deuilも、俺もね。
    誰一人賛成なんてしてません。」
    「……ほほぅ。
    そりゃ随分強行突破したもんだ。」
    「………昔っから…
    子供の頃からああなんですよ。
    ホントにもう…誰に似たんだ、あの頑固さ…!!」

    隣で頭を抱え込む姿は滑稽だが…彼のその心配も分からないでもない。

    「……お前さんもなかなか頑固だけどな?
    流石よく似てんぜ。」
    「でも俺、もえとは血の繋がり無いですからね。」
    「そういやそうだったな。」
    「そうなんですよ。
    だから時々…
    あんまり出しゃばるのはどうかって考えたりもするんです。」
    「…サイバーとは腹違いで
    お前ら兄弟は嬢ちゃんの母方親戚だったか?」
    「よくご存知で。」
    「まーな。
    …だけどよ…血の繋がりなんて二の次だろ?
    実際、スマイルやアッシュなんて今やすっかり兄貴面じゃねぇか。
    嬢ちゃんの方もそうやって懐いて甘えてる。
    お前さんこそ嬢ちゃんにとっては大事な兄貴なんだしよ。
    …それでいーじゃねぇの?」

    珈琲を手にそんなことをぼそりと零すKKに純は…ありがとうございます…と返した。

    「それよか、嬢ちゃんだぜ。
    まーた…無茶苦茶しやがるなァ…。
    その様子じゃそれ以外にも何か問題あんだろ。」
    「………。」

    全くこの男はどこまで鋭いのだろう。
    純はそんな風に思う。
    そしてそれは表情に現われていたようだ。
    彼の先を促す様な視線に大きく溜息を零して純は苦々しく口を開く。

    「…護衛も要らないとか言い出しましてね。」
    「そりゃまた難儀な…。
    そいで、どうしたよ?」
    「流石にそれは駄目だって随分強く反発されてはいましたけど本人全く納得してなかったので単独で動いてしまう可能性の方が大きくて。
    今後彼らともえがどう話し合うかにも寄りますけれど…」
    「成程。
    本当に洒落にならん無茶しやがる気なんだな…。
    …そーか、わかった。」
    「え…?」
    「明日、俺も嬢ちゃんと時間被るからよ。
    一先ず様子見とくぜ。」

    静かにカップを口に運んでKKはそう告げた。

    「「………。」」

    正直、意外だな。と純は思う。
    KKに倣って届けられたカフェオレを口に運びながら彼の様子を窺った。

    「……何だよ。」
    「いえ、何でも…」
    「嘘つけ、なんか言いたいなら言え。」
    「………いや…意外、だったから。」
    「…らしくねぇってハナシか?」
    「平たく言えばそうですね。
    そんなに他人と関わるようなタイプじゃないと思ってたんで。
    って言うか、うちのもえにそんな深入りしていいんですか?」
    「…何だよ、今度は牽制か?」
    「違いますよ。ただ純粋に。」
    「……。
    まァ…俺はこっちじゃ大っぴらには出来ねぇ『掃除』もしてるしな。
    マスターにも釘刺されてんだけどよ。」
    「…ヴァンデーンさんと仲いいんですね。」
    「あの人、あんな物腰だけどよ。
    なかなかどうして裏に顔が効くんだぜ。
    おっかねぇだろ。」

    その一言に純が興味なさげにへぇ…。と相槌を打てばKKはちぇっと小さく零した。

    「顔が効くってのはマジだかんな。」
    「はいはい。それで?」
    「……いやまァ…
    放って置けねぇんだよ、危なっかしくて。
    …ただ、そんだけだ。」

    彼の言葉は本当の様だ。
    やや気まずそうにそっぽを向いたKKを見て純は思う。

    「……そうですか。
    ありがとうございます。

    こんなにも沢山の人に可愛がって貰えてて…妹は幸せ者です。」

    そう言った純の表情は大変穏やかで優しい『兄』の顔だ。
    少し羨ましいとさえ思わせるような。
    そんな風にKKは感じてどういたしまして。と返したのだった。







    「姫、ここ…開けて貰えませんか!?
    ちゃんと話しましょう!
    こ、今度はっ…
    頭ごなしに反対なんてしないんで…!
    それにちゃんとごはん食べないと、身体が保てないっス!
    今日は朝も昼も食べてないじゃないっスか。
    午後のおやつと夕飯は姫の好きな物揃えますんで…必ず食べに来てくださいっ!!」

    もえの部屋の前でドアをノックしながら
    アッシュはひたすら声をかける。

    彼女がここへやってきて二年余り。
    今までに一度だって自室に鍵などかけたことがなかった彼女が、いよいよ臍を曲げて部屋に籠城してしまった。


    『…………。』

    彼女の気配はあるが返事は一切無い。

    「…姫…」

    以前にも彼女の逆鱗に触れたことがあったが…その時は何とか事なきを得ていた。
    しかし今回は彼女にも譲れないものがあるらしい。




    「アッシュ。」

    静かな呼び声に振り向けばユーリがこちらへやってくるのが見える。

    「……ユーリ…」
    「その様子では手強い様だな。」
    「……はい…」

    アッシュはすっかり意気消沈して耳を垂れ下げている。
    ユーリはふむ。と一呼吸置いて
    『ここは預けてくれるか?』
    と問うた。
    アッシュは小さく頷くととぼとぼと重い足取りで下へ降りて行った。






    先の緊急会見の前後、彼女酷く思い詰めたように暗い表情をしていた。


    そしてその翌日、会見後の会議にやってきた神とDeuil面々の前で
    神妙な面持ちのもえはある提案をした。

    それは彼女にとって過酷を極める提案であり、神も面々も誰一人として彼女の意見を受け入れることは出来なかった。
    双方平行線のまま埒が明かずに…急遽主治医と彼女の従兄を呼び話し合いを進めたものの誰一人として彼女の提案を呑むことは出来ないという判断を下したが…最後は彼女の押し切りだった。


    『申し訳ありませんが
    誰に何を言われても
    どんなに反対されたとしても
    わたしはこの決断を覆すつもりはありません。
    ですので、どうかそのつもりでお願いします。』


    主治医達と従兄、そして神は各々もえの出してしまった答えを胸に城を後にしたが…
    やはり黙っていないのはすっかり過保護が板についた二人の兄である。







    一晩明けた今朝一番。
    リビングに降りてきたもえの顔を見るなり二人がかりで説得し始まり、兎にも角にも絶対ダメ!の一点張りで彼女の言葉にも耳を貸さず。
    遂に堪忍袋の緒が切れてしまった彼女はそのままダイニングを飛び出して自室に籠城した。



    これがここまでの一連の流れである。








    「……モエ、聴こえているな?
    そのままで良い、今から私の言うことを聴いてくれ。」

    そっとドアに手を添えてユーリは目を伏せた。

    「…二人の非礼は詫びよう。
    本当に申し訳なかった。
    だが、二人とて心から憂いての事であるのは聡いモエならば察してくれているのであろう?
    二人が強い言葉になってしまったのも、モエを大切に想い愛情を持っているからだ。
    この事実には偽りなどない。
    だが…だからと言って許せという訳ではない。
    許せぬのならば許さなくて良いのだ。
    ただ、どうかいま一度…
    膝を交え話し合いの機会をくれぬか?」

    『……………。』

    彼女からの返答は何も無い。
    ユーリは思わず小さな溜息を零した。


    彼女がこんな風に臍を曲げて部屋に閉じこもってしまうなど一体誰が想像しただろうか。
    これまでは常に遠慮がちで、更には努めて『良い子』で居るように気を回してきたのだろう。
    それは恐らく自分達に対する気遣いとそして何より『外側』であるという意識のせいだ。
    しかし彼女は自分と恋人関係になったことで、『家族』と云う強い意識を持ったことで …彼女なりに出来る限りの力でもって『家族』を守らんとする強固な意思が生まれた。
    その為にはどうしても曲げられないこともあるのだろう。
    …それは理解出来る。
    そしてそれほどまでに『愛情』を持ってくれているのだ。と嬉しくも思う。

    だが、彼女がしようとしている無茶は看過できないものがあるのも事実で…
    だからこそ過保護が過ぎる自称兄の二人はもえの話をろくに聞きもせず、頭ごなしにただただ否定の言葉を重ねる事になった訳だ。


    これはもう少し冷却期間を置かねばならぬだろうか。

    そんな風に過ったその時、かちゃりと鍵が解かれる音がした。
    そのまましばらく待ってみたがドアが開くことはなく、つまりは入っても構わないと言う意志の現れだろうと解したユーリは『モエ、入るぞ。』と声をかけて部屋に踏み込む。




    入って直ぐの正面。
    テラスに面した大きな窓の前に膝を抱え込んで座る彼女の姿を捉えた。
    彼女は完全に顔を伏せている。
    ユーリは部屋の鍵をかけた上で徐に歩を進め、もえの前まで来ると膝をついた。


    「……モエ、体調が悪いのか?」


    何よりもそれが気がかりだった。
    ずっと気落ちしていた上に気を張ってばかりで…更には二人との諍いにまで発展してしまったからだ。

    「…………なんともありません…」

    静かに問いかけると彼女は小さくそう答えた。
    答えてくれたことにはほっと安堵する。

    「そうか…ならば良かった。」

    心からのそんな一言が零れ落ち頭にそっと手を置いた。

    「鍵をあけてくれてありがとう。」

    「………当然です。
    ここはユーリさんのお屋敷じゃないですか。」


    相変わらず顔を伏せたまま彼女はくぐもった小さな声でそう答える。
    どうも『悪い子』にはなりきれない。
    そんな様子が逆に微笑ましく思えた。

    「そうだな。……ふふっ。」
    「…なんで笑うの…」
    「いや、済まない。
    拗ねている姿が非常に新鮮でな。
    大変愛らしく微笑ましいと思ったのだ。」
    「………わたし…
    これでも怒ってるんですけど!」

    もえは少しだけ顔を上げて上目遣いに恨めしそうな眼差しをユーリに向けたが、ユーリは変わらず穏やかに微笑んでもえを見つめた。



    「ああ。そうであったな。
    これは申し訳ない。」

    胸元に手を当てて微笑むと優雅に頭を下げる。
    そんなユーリにもえは少しむっとした様子で手を伸ばすと降りている方の手の袖口を摘んで引っ張る。

    「……だからそれ…ずるい…」

    「モエとて充分狡いであろう?
    その様に愛らしい事をされては…
    私は困ってしまう。」


    そう告げたユーリはもえに両手を差し出し、ハグ待ちのポーズを取る。


    「…おいで。我が愛しい姫君よ。」
    「〜〜〜っ!!!」

    悔しそうに表情を歪めつつもしっかりと彼の腕に飛び込んだもえは拳を握りしめて彼の胸を叩いた。

    「…もう…ずるい、ずるい…っ!」

    そんな彼女の姿にユーリは愛おしそうに抱きしめて背中を撫でるのだった。




    「……モエ。」

    「無駄ですよ。
    説得なんて聴かないんだから。」

    「説得などするつもりは無いさ。
    ただ、問いたいことがある。」

    「………なんですか……」

    「何故そこまでする必要があるのだ?」

    「……それは……わたしが……
    不釣り合いだからです。」

    「不釣り合い?」

    「妖怪と人間
    大物アーティストと駆け出し新人
    どちらも酷く不釣り合いでしょう?
    大半の方がそう思っているはずです。」



    ユーリの腕の中に完全に身を預けてもえは小さく呟いた。
    その声色がとても物悲しい。



    「…それでもわたし、手離したくないんですよ。
    ……これだけは我儘するって決めたの…。

    その為には身を切らなきゃいけないから。
    だって生半可な覚悟じゃ…
    誰も納得なんてさせられないもの…。」

    「…左様か…
    しかしそれでも二人が駄目だと言うなら
    その時はどうするつもりか?」

    「…その時は…もう出ていきます。
    …ここにいなければ
    ある程度の問題と心配事が解決出来るはずなので。」




    嫌な予感という物は大抵当たるものだ。
    ユーリは腕に抱いたもえの華奢な身体を更に強く抱き竦めた。




    「…否。
    それだけは何があってもこの私が許さぬ。
    …絶対にだ。」




    静かだが強い言葉でユーリはそう告げた。
    それには素直に嬉しくて。
    もえは頬が熱くなるのを感じた。



    「…本当は…最初にその答えに辿り着いたんです。
    だけど、わたしがそれをしたくなくて。
    …欲張りに…なったみたい…。」

    「…随分と欲のない欲張りではないか。」

    「そんな事無いです。
    充分欲張りですよ。」



    彼女は腕の中からまだ上目遣いに見上げてようやっと笑顔を見せた。



    「…わたし…大好きなんですよ。
    ユーリさんもお兄ちゃん達も、だいすき。」



    彼女の笑顔につられて頬を緩め、彼女の言葉に一つ頷くと彼女は真剣な表情に戻り胸に顔を埋めた。



    「…だからね…守るって決めたの。

    私に出来ることなんていくらもないってこと。
    それは痛いほど分かってるんです。

    でも…どんなに少なくても。
    たとえ無駄に終わっても…
    わたし自身がどんなに危険でも。

    何より大切な『家族』に何か起きた時
    『何もしなかった』ことを後悔したくないんです。

    …また、心が壊れそうなんだもの…。
    だからこれは自分のためでもあるんです。」


    我儘を言って困らせて…ごめんなさい…。

    彼女はそう結んで甘える様に腕を背に回してきゅっと抱きついた。

    「…否。
    我が愛しい恋人の頼みならば
    私は決して無碍にはせぬよ。」

    「……でも…それは…その…
    ユーリさんがこちらにつくのは
    フェアじゃないと思うんですよ。
    …だから…中立でいて下さい。」

    「……やれやれ全く。
    我が姫君はどこまで自分に厳しく真面目なのか…。」

    困ったものだ。と苦笑すれば彼女はどこか嬉しそうに微笑んだ。

    それは考えを理解して且つ味方でいてくれると分かり安堵したからこその笑顔なのだろう。
    その笑顔にユーリは堪らなく感情を揺さぶられたような気がした。


    「モエ。」

    「はい。」

    「こんな難問を私に投げて寄越すとは…
    全く脱帽だよ。
    私の目に狂いは無かった。」

    「……それは褒めてるんですか?」

    「勿論だとも。」

    「……全然そう聞こえないですけど?」

    「私は、モエの全てが愛しい。
    その頑な過ぎる意志も
    己に厳しく甘え下手で
    直ぐに自分を犠牲にしようと無茶をする姿も
    欲のなさも
    …全てだ。」

    「……本当に褒めてるつもりですか…?」

    「欠点すら愛しいという意味だよ。」

    「…や、やっぱり褒めてないじゃないですかっ…!」

    「ふふ、そう拗ねるな。
    益々意地悪をしたくなる。」

    「翔みたいなことしないで下さいっ。」

    「ふむ、そうさな。
    彼奴のそんな気持ちが
    ここ最近はよくよく分かるぞ?」

    「…わ、わからなくていいです、そんなのっ!」


    くすくすと笑う彼はまるで少年のように無邪気で。
    不覚にも見とれてしまう。

    それと同時に胸を締め付けられるようなえも言われぬ不安に襲われる。

    幸せと感じれば感じる程に
    失いたくないと願えば願う程に
    それは大きく強く己に返って来る。


    「…モエ。」

    沈んだ思考を読み憂いを携えたその紅玉の瞳に射抜かれる。

    壊れ物を丁寧にそっと扱うが如く頬に添えられたやや体温の低い白い手にゆっくりと瞼を降ろせば…待ってましたとばかりにその唇を塞がれた。









    「「……………。」」


    ダイニングテーブルに突っ伏して黙り込んだまま項垂れるスマイルと、ただ黙々と作業に精を出すアッシュ。
    会話は一切なく、ただただ作業する音だけがダイニングに響いている。
    普段の彼らからすればこの状態は明らかに異常だ。

    朝食にも午前のティータイムにも昼食にも…姫君は顔を出さなかった。
    あの優しく甘い彼女がここまでするなんて余程腹に据えかねたのだろうと察する。
    そしてこんな事ならばもう少し彼女の言葉に耳を貸せばよかった…と。
    今更ながら彼らは溺愛する姫君の逆鱗に触れてしまったことを酷く後悔している様だ。


    「「………はぁ………」」


    奇しくも同時に溜息を零した二人だが、別の音を捉えたのも同時だった。

    それは二つの足音。

    二つ。
    その意味を解し弾かれたように顔を上げてドアを開くと揃って階段下まで駆け出した。

    ユーリと…彼に肩を支えられるようにしてゆっくりと降りてくる姫君の姿を捉えて同時に声を上げる。



    「「姫ッッ!!」」



    二人の呼び掛けにもえは歩みを止めた。
    ユーリはそんなもえに一つ頷いてみせると
    彼女を隠すように頭を抱き込んで二人を見据える。
    それには二人共に青ざめて言葉を失った。
    一人は元々青い訳だが。

    「…お前達、モエの話をちきんと聴く気はあるか?」

    「は…ハイっ!!」
    「ち、ちゃんと聴くヨ!
    最後まで聴くカラ…!!」

    「…では、参ろうか。」

    「お、オレっ!
    お茶入れてきますねっっ!」
    「ボ、ボクも…ボクも手伝う!!」

    二人がドタバタと慌ただしくダイニングへ戻って行ったのを見届けてもえはユーリと顔を見合わせ揃って苦笑した。











    リビングに全員が揃うとユーリは口を開く。

    「……モエと話し合いをしたのだが…」

    二人は固唾を飲んで続きを待つ。

    「モエはここを出て行きたいと言っている。」
    「「…な……っ!?」」

    二人の顔色が明らかに変わった。
    まさかこんな事にまで発展しようとは…と
    まるでこの世の終わりの様な姿である。

    「…そっ、それは…どうして…」
    「ユーリは…それでいいのっ!?」

    「………。」

    「「ユーリっ!!」」


    これは二人への報復である。
    散々言いたいことを言ってくれたのだから
    少しくらい灸を据えてやれば良い。
    …とユーリが提案したのだが、正に効果は絶大である。


    「…仕方あるまい?
    お前達がここまでモエを追い込んだのだぞ。」

    「「…そ、そんな……」」


    余りの様子にもえは不憫にさえ思ってしまう。

    「…それは…その、
    もう決めてしまったんスか…?」

    「どうしても、ナノ…?」


    すっかりしょぼくれた二人を見てユーリはもえの顔を覗いた。
    それにもえはこくりと頷いて答える。

    「…否、決定ではない。」

    ユーリの言葉に顔を上げた二人の表情に分かりやすく安堵が滲む。

    「だが、排除された訳でもないという事を肝に銘じておくが良いぞ。」

    「わ、わかったヨ…」
    「了解っス…!」


    二人の返事を聞いたユーリは先程もえと二人でした会話の内容を掻い摘んで二人に打ち明けた。
    もえはユーリの隣で黙ったまま成り行きを見守る。


    「…姫の…想いはよく分かりました。
    …でも…でも、やっぱりオレ…
    姫に無茶して欲しくねぇっス!」
    「ボクもダヨ。
    姫が危険に晒される可能性の方が明らかに大きいのに…
    わざわざターゲットになりに行くようなものじゃナイ。
    そんなのダメだよ!」

    予想通り二人の拒絶反応は大きい。
    これは予想済みだ。
    すんなり認められるとは思ってもいない。
    しかし…今朝までとは意味合いがかなり異なる。
    彼女の意志や想いを知った上での反対は同じ反対でも重みが違うのだ。
    彼女も、それをよく解っている。

    「………ありがとうございます。
    心配して下さって。」

    ようやっと口を開いた彼女の第一声はやはり『感謝』だった。

    「…でもね、わたしだって…心配してるんですよ。
    大好きなお兄ちゃん達のこと。
    そしてユーリさんのこと。
    お二人がそう思ってくれているように
    わたしだって出来ることしたいんです。
    わたしに出来る事が少ないからこそ
    出来る手は全て打ちたいんです。

    敢えてターゲットに躍り出ていれば
    皆さんに危害が及ぶ確率は低い。

    皆さんがわたしを匿えば…
    その分、相手も過激になるでしょうから。

    …それが駄目だと言うのなら…
    ここを出て行くしかない。
    わたしはそう思っています。」


    「「…………。」」


    「いつだって味方でいてくれたじゃないですか。
    我儘言っていいって…
    言ってくれたじゃないですか。

    だから…我儘言わせてください。」


    「…姫は…分かってナイ!
    …死んじゃったら…どーすんのっ!?
    相手はそう言う相手かも知れないんダヨ!!」

    「…わたしね、考えたんです。
    相手がそれを本気で望んだのなら…
    とっくに命は取られているはずです。

    でもそうじゃない。
    勿論、これからエスカレートすることも視野に入れていますが現時点としてはそうでは無いから。

    それに…恋愛感情を他人に操作出来るはず無いでしょう?
    仮にわたしが身を引いたとして…
    ユーリさんが大人しく引くと思いますか?

    …わたしはそう思いません。

    それはクリスマスの日に…思い知った事なので。」

    「ふふ、流石よくお分かりで。」

    仲睦まじく互いの手を取り合って二人は穏やかに微笑んでいる。

    「……進むのは茨の路です。
    無傷で通過出来るなんてそんな甘いことを考えてはいません。

    これが…わたしの戦い方だから。」




    ああ、何を言っても変えられないんだ。

    言葉を無くした自称兄の二人はそう悟る。
    それはどこか諦めにも似た『理解』だ。


    しかし彼女がここから出て行くくらいなら
    手元から離れてしまうぐらいなら
    この条件を呑んでこっそり動けばいいじゃないか。

    二人の脳裏にはそんな物騒な思考が過ぎっていた。



    「……解ったヨ…。」

    「姫に出ていかれるのは絶対嫌です。
    …だから…わかりました。」

    「だけど!!ボクも諦めないヨ。
    それに、甘やかしまくるカラネ!!」

    「オレもです。
    今後一切の容赦はしないんで。
    そのつもりで。」


    二人の見せた鬼気迫る表情や声色は今までのそれとは違っていた。
    二人も何か覚悟を決めたのだろう。

    もえはそう察したのだった。





    その日の夜。
    家族勢揃いしての夕飯を済ませた後、もえはユーリに付き添われて彼女の部屋へ戻って行った。

    彼女は明日からカフェのシフトに復活する手筈になっている。
    その為、今夜は早く休むようにと三人から言い含められたのだ。



    「…………はぁ……憂鬱っ……」
    「……っスね……」
    「…なんで姫がここまでしなきゃなんないワケ…?
    ホント納得行かないんだケド…!」
    「……オレに言われてもね…」

    「…チッ…
    邪魔すんなよ…マジで…
    首と胴体切り離してやろうか…」

    「……アンタ、実はそれが素なんスか?
    あんまり物騒な事呟かないで貰えます?」

    「…うっさい!ボク怒ってるんだカラ!」
    「そんなの見りゃわかるっス。
    アンタの怒気にピリピリと逆立ってますよ。」
    「ふんっ、わんこ!」
    「犬じゃねぇし。
    八つ当たりすんなし。
    …けどまぁ…
    オレはアンタよりユーリの方が心配っスけどね。」
    「……何だ。
    キミも気付いてたの。」
    「そりゃまぁ…短くない期間
    寝食共にしてますしね。
    姫の手前何食わぬ顔してますけど
    あれは相当怒ってるっスね。
    だからアンタもあれ以上下手なこと言えなかったんでしょう?」
    「そう言うトコはマジで聡いヨネェ、キミ。
    …野生の勘?」
    「当たらずとも遠からず。」
    「…ふぅん。」
    「ユーリが本気でキレて大暴れしたら間違いなく天災級ですよ。
    オレらには止められない。」
    「…デスネ。」
    「…ホントに…
    姫の事も、ユーリの事も心配だらけっスね。」


    アッシュは冷蔵庫の中を漁りながらうーん…と零す。

    「……スポーツドリンクは買い足しとかないとなんねぇっスかねぇ…」

    ぽそりとそんな事を呟いた。

    「……ちょっと!?
    フラグ立てないでヨ!?」
    「そん時なかったらそれこそ困るでしょうよ。」
    「だからってサー!!」
    「明日、姫送るついでに買ってくるっスかね。」

    喚くスマイルをスルーしてアッシュはまた呟く。

    「………は?え?
    送りに行く気満々なワケ!?」
    「当たり前じゃないっスか。
    初日っスよ?
    体調安定してもいないのに独りで行かせるわけねぇっスよ。」
    「いや、だけどサ、姫が…」
    「後悔先に立たずですよ。
    何かあってからじゃ遅い。
    オレだって譲りませんよ。
    それに行き先が同じなら一緒に行ったって別に良いじゃねぇっスか。」
    「……ネェ、アッ君。
    それ、ヘリクツっていうの知ってる?
    それに、そーゆーのはボクの専売特許なんだケド。」
    「じゃあ、ジャンケンで勝負しましょうよ。
    買った方が買い出しに行くってことで。」
    「ヒッヒッヒッ…望むところダヨッ★」



    まるで悪ガキのようにニヤリと笑った二人の大変子供じみた勝負は白熱を極め、およそ30分にも渡り…
    その間にもえの部屋から戻ったユーリが呆れて言葉にもならなかったのは最早語るまでもない。





    月瀬 櫻姫 Link Message Mute
    2023/08/17 5:17:16

    茨路~憂鬱~

    Webサイトにて連載中だったシリーズです。
    2022/08/07
    Webサイトup

    ここまでがWebサイト公開分でした。
    以降は新作となります。

    #ポップン #Deuil #もえ(ポップン)
    #ムラサキ(ポップン) #マコト(ポップン)
    #Mr.KK
    ##ユリもえ

    more...
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