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    茨路~会議~



    重い空気の立ち込めるリビングに笑顔もなくソファーに腰掛けた神とユーリ。
    アッシュとスマイルがお茶を運び席に着いたところで神は重い口を開く。




    神は今朝九時にレディ達を引き連れ城へやってきて現在もえとレディ達はポップンカフェに出かけている。
    主治医からの外出許可は昨日のうちに神が取ったようでもえは躊躇いつつもレディ達に押されるようにして出かけて行った。


    神が転移魔法でカフェまで送り届けたためもえへの負担は少ないはずだ。


    少女達を外へ出したのは他でもない先日の一件に関する話し合いをする為。
    彼女にとっても久方振りの外出が少しばかりの息抜きになるならば一石二鳥だろう。
    と神は考えたようである。











    「早速だが…
    この間、俺ともえをだまくらかした奴等を見つけ出してな。」



    「「…!!」」
    「…ほう…?」



    「もえの情報を得る為
    一時は人間に擬態して件の会社に紛れ込んでいやがったらしい。
    あらかたの情報を集めた後はこっちにアジトを構えた様だ。」

    「それってつまり人間ではないってコト?」

    「ああ。非人間族だな。」

    「その者達の種族は?」

    「悪魔族だ。」

    「…性別は?」

    「奴等は男だが…雇われただけの様だな。
    まァ、きっちりと神の鉄槌を喰らわせてやったぜ。」



    「「「………。」」」



    「…まさかとは思うが
    貴様はそれで矛を収めろ
    …とでも言うつもりか?」

    「察しがいいな。その通りだ。」

    「…キミ、本当にそれでボクらが納得するとでも思ってるのカイ?」

    「…正直、思ってねぇ。
    思ってねぇが…納得してくれ、頼む。」

    「拝み倒しっスか…。
    流石に虫が良すぎませんか。」

    「解ってる。
    だが…まだ聞き出さにゃならんこともあってな。」

    「なれば我らが直々に聞き出してやろうぞ。」

    「駄目だ。
    お前ら…血腥い事になり兼ねんだろ。」

    「そんなの当然、デショ。
    …吐かないなら吐かせるまで、ダヨネ。」

    「だから駄目なんだよ!

    …もえはその辺敏感だからな…
    それに気付いたら絶対傷付くだろ。
    あんな奴等の為に…俺はアイツを傷付けたくねぇ。
    だから、駄目だ。」

    「……最もらしい、狡い言い訳だな…」

    「狡くてもなんでも良いさ。
    アイツの為に、ここはひとつ頼む。
    今後得られた情報は全てお前らに伝えると誓おう。」



    「「………。」」



    「…やむなしだな。
    良かろう。」

    「ナンデサ!?どんな冗談!?
    笑えナイヨ!!」

    「スマイル、落ち着くっスよ。」

    「アッシュはそれでいいワケ!?
    姫はまだ全然落ち着けてないのに!!」

    「そりゃ…オレだって納得なんてしてねぇっス。
    でも…MZDさんの言うことも分かるっスよ。
    …だから複雑なんス。」

    「キミは甘ちゃんダカラ、そんな悠長なコト言えるんダヨ!!」

    「…スマイル、お黙り。」

    「ボクは…ッ!
    ……絶対納得なんて出来ナイ。」


    スマイルの駄々を捏ねる子供の様な強い反応を得て
    ユーリは深い溜息を吐き思案した。



    「………神よ。
    この二人を納得させるだけの情報を
    貴様が得られなかったその時には…
    其奴等の身柄貰い受けるが構わぬな。
    これは譲らぬぞ。」

    「…とんでもねぇ譲歩案出しやがるな…」

    「納得させられるだけの情報を得ればいいだけの話だ。


    スマイル、アッシュ。
    一先ずこれで収めよ。良いな。」


    「…ハイ。」
    「…………わかったヨ……」



    「おい、勝手に決めんな!
    身柄は何があっても渡せねぇぞ!? 」

    「……貴様が始末せぬのなら
    身柄を解放した後に好きにさせて頂くまでの事。
    私とてそのくらいの事は出来ると知っているはずだろう?」

    「…………。」

    「…それに私が手を出さずともスマイルが手を下すさ。
    …此奴を止める手だてを知っているのなら是非とも教示願いたい。」

    「止める気なんざハナからねぇ癖によく言うぜ…」

    「ふっ…良く解っているではないか。
    長い付き合いなだけはあるな。」



    相変わらず重い空気の立ちこめる中に、やや不穏な空気も混じっていた。
    神は小さく舌打ちして頭を掻きむしる。


    この話をすればこんな反応を寄越すであろうことも視野に入れていた神だが…それは予想を遥かに超えて強い反応だった。

    結論としてスマイルやアッシュのもえに対する思いの強さは既に厄介の域である。



    「……『厄介だ』と、顔に書いてあるな。」


    ティーカップを手に視線を流したユーリが微笑んでいた。
    その笑顔は恐ろしい程に美しく、そして冷たい。
    もえには決して向けない笑顔であることは間違いない。

    ユーリとて、内に秘めた苛立ちや憤りは大きい。
    こうして神である自分に八つ当たりするくらいには。
    しかし彼らが何か行動を起こしてしまえば
    もえが更に苦しむこととなるのは想像に難くない。

    「…アイツ自身が守ると決めたものの為になら自分を疎かにするのも厭わねぇ事は解ってるだろう?

    『糸』の一件以降…特にココ最近のもえは精神も肉体も脆い状態にあるんだ。

    …いつ、もえが死んでも良いんだな?
    その覚悟がお前らにはあるんだな?」


    放たれた神のその一言で沈黙が降りた。
    常に危うさを感じていたからなのか他でもない神からの明確なその一言にアッシュとスマイルは言葉を失っている様子だ。


    「覚悟があるのならお前らが勝手に動いて手を下すのも俺は吝かじゃねぇよ。
    ……好きにしな。」


    まるで開き直ったかのような神を見てユーリは独りくくくっと喉を鳴らして笑い出す。


    「…何が可笑しい…?」

    それには苛立ちを込めて神が問うた。

    「漸く腹を割ったようだな。
    神の癖に言葉にするのを躊躇っていたか?」

    「………。」



    「…これは私の予想に過ぎぬが…
    今のモエはお前の集めた者達の中で最も『死』に近い。
    それも『寿命』の枠をはみ出た形の人為的且つ極めて作為的な『死』だ。
    モエは確実に追い詰められているからな。

    だが…それを本人には勿論、周囲にも安易に漏らす訳に行かぬ。
    それ故にお前は焦っているのだろう。

    その事実に私が狼狽えるとでも思ったか?
    生命力の弱い人間は元より我々吸血鬼の『餌』。
    …その様な事、とうに察しはついているさ。」


    「…お前に解っても
    コイツらは言わにゃ分からねぇだろ。」


    「…だから隠すつもりでいた…と?
    浅はかだな、中途半端にも程がある。
    なればもう少しまともな言い訳を考えてくるが良い。」



    ユーリの指摘は殆ど正解だ。
    明確な言葉を躊躇ったのも中途半端な事になったのも。

    「………。」

    「貴様もこの数十年で大きく変わったな。
    馴れ合いに染まりすぎた証拠だ。
    しかしそれに関して、私は決して悪い変化だとは思わぬよ。

    …だが、それでも貴様は『神』だ。
    『神』とは時に冷酷非情にならざるを得ない事もあろう。

    貴様にとってモエの事は言わば大事の前の小事。
    例え彼女を失う結果となったとてその後に続くやもしれぬ大勢を守るためには切り捨てれば良いでは無いか。
    本人とてその決断をするであろうよ。
    何を躊躇うことがある。
    仕方がないのであろう?」

    「テメェは…っ
    微塵にも思ってねぇ癖にいけしゃあしゃあと…っ!!」

    「左様。
    これはあくまで神目線での見解であり私には全く関係がないこと。

    …だが、それこそが『神としての真理』のはずでは?」


    ユーリは淡々と、しかし的確に手痛い所を突いてくる。
    それもこれも己の甘さが原因なのだが、今は『神として』よりも『個人として』誰一人失いたくない。
    ユーリはそんな自分の心すら見透かして居るように思えて酷くバツが悪い。




    「貴様は『神』と言うには自由過ぎる。
    …しかし、そのお陰で我々にも得られたものが多いのだ。
    今更なのだから…好きにすれば良かろうに。」


    まるで子供を見守るような優しい瞳をしたユーリに神は居心地の悪さを覚えた。

    しかし優雅にティーカップを傾けて落としたその視線には彼のもえに対する憂いの色が濃く滲んでおり、神はそれを目にするとやはりこのままではいけないと強く思う。


    『翡澄もえ』という少女が与えた影響は
    振り返ってみればとても深い物だ。
    余りにも緩やかな変化でそれを変化とも思わない者も多い。
    しかしそれは確実な変化をもたらしていて現在違う形へと辿り着いている。
    まるでエウレカ効果のように。

    今の変化し終えた状態でその変化をもたらした本人が居なくなればどんな悪影響を及ぼすことになるか…それは未知数だ。

    そしてこのまま手を拱いていたならば後悔する事になるのは明らかでその後悔が自分だけに留まらず…彼らDeuilを始めミミやニャミやポエット、そして他の仲間たちにも必ずや悪影響を及ぼすだろう。


    「……俺は…
    切り捨てたりなんかしねぇ…」


    誰に言うわけでもなく零したその一言に
    ユーリは優雅ティーカップを傾けたまま
    『そうか…。』と相槌を打つのだった。








    「ああ、皆さんおかえりなさい。」

    神がカフェまで迎えに来て転移魔法で城へ帰るとアッシュの笑顔に出迎えられたが、何やら異様な雰囲気があった。


    「「「たっだいま〜〜♪」」」


    レディ達は特に気付いた様子はないのか至っていつも通りだ。

    「ただいま帰りました……あの…」
    「はい?」

    もえはアッシュの傍に歩み寄り顔を見上げる。
    アッシュは彼女の様子に少しかがみ込むと彼女は懸命に背伸びをしてアッシュの耳元に囁いた。

    「…何か、あったのですか…?」

    不安そうなその表情にアッシュはぽんと頭を撫でて困ったような表情を浮かべた。

    「……やっぱ姫は鋭いっスねぇ…」

    アッシュのその言葉には肯定の意が含まれている事を察しもえは益々不安そうにする。



    「もえ。」
    「は、はい…。」
    「それからお前らも。ちょっとその辺座れ。」
    「はーい!」
    「「なになにー??」」


    神に促されてレディ達は床に腰を降ろす。


    「モエはこちらに。」


    もえはユーリに呼ばれてその隣に腰を降ろすと何やら物々しい空気が満ちた。


    「さて、揃ったな。
    …Deuilと話し合った結果
    緊急会見を開く事にした。」

    神は全員を見渡して簡潔に告げた。

    「緊急会見??」
    「え?何の??」
    畏まった神の言葉にミミとニャミ、ポエットは不思議そうにしている。
    「内容は二つ。
    ひとつ、もえがユーリの城に身を寄せていること。
    ひとつ、ユーリともえが恋人関係にあること。
    これらを正式発表する緊急会見だ。」
    「「…あ…なるほど……。」」
    「隠していた訳でもねぇが…
    もえがここに身を寄せていることは今まで大っぴらにはして来なかった。
    だが『悪意のある手紙』の件もある。
    牽制の意味も込めて会見で発表する事になった。」
    「うん。それがいいね。」
    「そうだよね。」
    「ポエもそれは賛成なの。」

    レディ達も手紙の件はよく知っている様子だ。
    特にミミとニャミは神と共に仲間達を率いる側でもある。
    そういった事に関しては神も二人には隠す事など無いだろう。

    「そんで、もうひとつ。
    ユーリともえの関係についてだが…
    先ず俺はメンバーに『恋愛禁止』を掲げたことは無い。
    そしてDeuil内規定としても禁止はしていない。…そうだな?」
    神がDeuil面々にそう問いかけると三人は各々頷く。
    「そんな訳でだ。
    つまるところ二人が何かルール違反をしている訳では無い。

    そもそもルール違反をした者を裁くのは俺様の仕事であって無関係の奴のすることではないしな。

    以上から現在のもえに降り掛かっているこの状況は明らかにおかしいという結論に至る。

    確かにDeuilの人気はずば抜けていて熱狂的な奴も多い。
    だがそれとこれは話が違うし…俺は断じて赦さん。」

    語気を強めて締めくくった神に一同は沈黙した。

    「………ニャミちゃんとタイマーの事も
    結構アレだったけどさぁ…」
    「…いやぁ……あたし達の時はこんなに酷くなかったよ。
    どっちかに集中してもなくて
    どっちもどっちだったから。」
    「んー、でもさでもさ?
    それ以前にやっぱおかしな話だよね。
    ラブラブアピールで開き直ったら
    今度は大半が掌返しするしさ。
    だったら最初からそうしてればいいのに。」
    「いやー…まぁ…
    それは仕方ないんじゃないかな?
    多少の反発は、さ。」
    「そんなもんかなぁ…
    てか、アレって多少だった!?」
    「あ、あはは…そういう事にしといてよ。
    まぁ、でも確かに当時は結構キツかった…。」
    「過去形に出来ることがまず凄いよ…。
    ね、ポエポエ?」
    「うん。ニャミちゃんすごいの…。」
    「いや〜…
    そんなに褒められたら照れるしぃ〜」
    「そーゆとこだよ、ニャミちゃん。」
    「そうなの…。」

    レディ達の絶妙な会話は重苦しい空気をやや軽やかにする。
    神の表情も幾許か緩んでいた。

    しかし…タイマーとニャミの二人に関しては同等の人気があった事もあり二人のその後の行く末に関心が高まったファンが多かった…という事も比較的早い収束となった一因でもあるように思う。

    対してユーリともえ場合、立場の違いは余りにも大きい。

    「コレはさ…
    ユーリがちゃんとしなきゃダメ、なんだと思うんダヨ。」
    「そうっスね。
    ユーリが直々にキッチリとケジメ付けるべきです。」
    「それは俺様も同意見だ。
    リーダー自ら語らにゃ誰も納得させられねぇだろう。」
    「無論、私もそのつもりだ。

    …モエはどう思う?」

    ユーリがそう振れば一同の視線がもえに集まった。
    もえは俯き膝の上に乗せていた手を強く握り締めていた。


    「………わたしは…」


    「しっかりしろよ?
    お前自身の事でもあるんだぞ。」

    「それは……重々承知しています…」


    青ざめて声も身体も震わせる彼女を見ていると…現時点でこれ以上問い詰めるのは酷であると思えた。
    彼女とて決して『放棄』している訳では無い。
    寧ろこの場の誰よりも深くこの答えを探しているはずだ…と。
    それが判るからだ。


    「…モエ?
    嫌ならば嫌だと言って良いのだよ。」

    「…違う…違うんです…。
    嫌な訳じゃないの…。

    確かに、そうやって明確にする方が何かと良いのかもしれない。
    それは理解しているんです。

    …でも…

    それでもその後のリスクは未知数ですし…
    小波をわざわざ荒波にするような事をすべきでは無いような気もしていて…。」

    「…事ココに及んでも…
    まだ『そんなコト』心配してるの?」

    「……だって…っ!!」

    「『だって』じゃナイ。
    他人のコトなんてイイから…自分のコト考えないと!」

    「…他人、なんかじゃないよ…!
    わたしの…
    わたしの大切なお兄ちゃんたちだもの!!

    大切な家族だもの…っ!!!」

    彼女はらしくなく声を荒げる。
    それにはレディ達が驚くと共に、やや狼狽えていた。

    「…それとも…そう思ってたのは…
    そう思ってるのは…わたしだけなの…?」

    これでもかと言うほど強く拳を握りしめて
    その身を震わせている。
    ユーリはそっとその背中に手を添えた。


    「………アッシュ。」
    「は、はい!?」
    改まって声をかけられアッシュは身構える。
    「…すっかり昼を過ぎている。
    昼食の支度を。」
    「あ…了解っス。」
    何とも拍子抜けな一言にアッシュは苦笑を浮かべた。
    「ミミにニャミ、それからポエット。
    アッシュを手伝ってやってくれまいか?」
    「勿論、お手伝いするの!」
    「う、うん。…いいけど…」
    「あたし達もごはん食べさせてくれるの!?」
    「当然だろう。
    昼食後に再開する。一先ず休憩としよう。」
    ユーリは神に良いだろう?と問いかける。
    神はただ黙って頷いた。
    「アッシュ、ついでにティータイム用の菓子もレディ達と作っておいてくれ。
    私は…その間にモエと話をする。」
    アッシュはユーリの意図を汲み、分かりました。と頷く。


    「では、解散。」


    ユーリがそう告げるとアッシュはレディ達と共にダイニングへ移動した。


    「…ではモエ。少し二人きりで話をしようか。」
    おいで。とユーリがもえの手を取りソファーから立ち上がるともえはそれに従いユーリについて行った。





    二人が移動した先は一階の客間。
    ユーリはもえをソファーに座るよう促す。
    もえが腰を降ろしたのを見届けて、もえの前に膝を付いた。

    「順序が逆であったな。
    先にモエと話をすべきだった。」
    そっと包み込むようにして彼女手を取り、その顔を覗き込む。
    辛苦に耐えるその表情が痛々しい。
    「私も随分と気が急いていたようだ。
    申し訳ない。」
    その言葉に何も言わずもえは首を横に振った。

    「…モエ。」

    努めて優しく名を呼びその頬に触れる。
    「もう、良いのだよ。よく耐えていたな。
    …苦しいだろうに。
    今は二人きり故、その涙を無理に押さえ込まずとも良い。」
    抱き寄せて頭や背中を撫でてやれば彼女はその身を震わせながら涙を零した。

    「……ごめんなさい…ごめんなさい…!
    わたしがこんなんじゃ何も進まないのに…!」

    どれ程の不安や苦痛をこの華奢な身に抱えているのかと考えれば考える程ただただ居た堪れない思いがする。

    「そんな事は無い。
    大切な存在の為に保守的になるのは自然な事だろう?
    だから謝る必要はない。」

    今回の話もそんな彼女の負担を極力減らしたいが為のものだったはずなのに。

    「皆さんが大切にしてくださってること…
    良く分かっているんです。
    嬉しいんです…ほんとうに…。

    だけどっ…!

    …だけど、やっぱりこわいの…
    あの子みたいにわたしの前から居なくなってしまったら…って…!

    …どうしてもこわい…!!」



    両親に始まり
    生まれ育った家
    両親の形見
    自分の大切にしていた品々
    そして…弟。

    何もかもを失ってばかりだった彼女が、ここへ来て唐突に得た信じられぬ程の『幸せ』の数々。
    ぎこちなかったが、それにもようやっと慣れを見せ始めたところでこの様な騒動に発展し…また失うことの不安を抱いてしまうのはごく自然で仕方ないと理解出来る。
    ……否、理解出来るようになった。

    「…私も同じ事を思っているのだ。
    我々Deuilと神はモエを大切に思っている。
    喪うかもしれぬと、そんな事を考えれば
    とても不安になる。
    …それ故今回の決断をした。

    勿論危険を誘発する事になるやもしれぬ。
    残念ながらその可能性は否めぬ。
    だが、モエが痛い程に心配を寄せてくれている…
    その気持ちは私にも二人にもしっかりと伝わっているよ。
    とても幸せな事だと感じている。」

    頬に手を添え彼女の涙に潤む瞳を覗いた。
    こんな時でも彼女のその瞳の中にある意思は真っ直ぐで固い。
    それは彼女の心がそうあるから。

    彼女の『大切なもの』のひとつになれたことを誇りに思う。
    ユーリは優しく微笑んで穏やかに続けた。


    「…しかしながら…
    結果としてモエを苦しめる事になってしまっていて本当にすまない。

    それでも我々はこれが絶対に必要だと認識しているのだ。
    我々の心配をしているのなら、其れは無用だよ。
    我々は寧ろモエ方が心配だ。
    モエは直ぐに身の丈に合わぬ無茶をするからな。」

    今の様に。と付け加えてモエを抱き竦めると彼女は縋るようにして背に腕を回し、酷く苦しそう声を漏らしながら泣いた。


    彼女は自分達の決断に異を唱えている訳ではない。
    ただただ自分達の身を案じてくれている。
    自身の身の危険も顧みずに…。


    それをしっかりと理解した今もう迷うことはない。






    緊急会見は三日後の午前十時。
    場所はポップンシティメインオフィス。
    会見は神とDeuilが行い…もえはミミ、ニャミ、ポエットと共にポップンカフェにて待機。

    午前九時半にDeuilがもえを神がポエットをカフェまで送り届けその日当番のミミ、ニャミと共にその場で待機する。
    会見が終了次第、神とDeuilが二人を迎えに行くことと相成った。


    再開した会議の間中、彼女は青ざめた顔で黙しており、その胸に抱える不安の大きさを誰しもがひしひしと感じていた。

    いつもは絶やすことの無い笑顔が完全に消えてしまった事に加え一切言葉を発しなかった事…。
    それらにはレディ達も相当心を痛めていたようである。




    『ミミ、ニャミ、ポエット。』

    『『んー?』』
    『ユーリ、なぁに?』

    『この後は何か予定はあるか?』

    『特に何もないけど?』
    『ね。』
    『ねー。』

    『…そうか。
    ならば夕飯まで居てやってくれまいか。
    アッシュには伝えておく。』

    『え…?』
    『それは構わないけどさ…』
    『そんな急にじゃアッシュも困るんじゃない?』

    『食材はある筈だ、特に問題はなかろう。
    仮になかったとて買い出しに行けば良いだけのこと。

    その様な事よりも今はモエの方が心配だ。

    …部屋で休ませてやりたいのだが…
    独りにさせるのはどうかとも思う。

    しかし私やスマイルがいたのでは落ち着けぬだろう?』

    『…それは確かに。』

    『いいよ、ユーリ!
    ポエ、もえちゃんと一緒にいるっ!』

    『…そうか。ありがとう、ポエット。』

    『えへへ。』

    『…御二方は?』

    『……居てあげたいけど…
    無理しないかな?』
    『返って辛くなったりしないかな?』

    『それは心配ないだろう。
    良くも悪くも今のもえにそんな余裕があるとは思えぬ。

    最大限に甘やかせるチャンスなのは間違いないが勿論無理強いをするつもりは…』

    『居ます。…居させて頂きますっっ!!』


    会議が終わった後、神は仕事があると帰って行ったが…ユーリはレディ達を引き止めた。
    そして現在レディ達はもえと共に彼女の部屋にいる。
    先程アッシュがお茶や茶菓子を届けに行った際、レディ達はしっかりともえをベッドに寝かせていたと報告があった。
    発熱は無い様子だが極度に疲れを滲ませていたため正しい判断と言える。



    ソファーに深く身を沈めると溜息を零した。
    先が見えない不安よりも…いつ何時、彼女の精神力や体力が切れてしまうか…。
    そちらの方が余程気掛かりで恐ろしい。
    彼女は気を張り通しで限界などもうとうに越しているだろう。

    本当に息のつく暇もない程次から次へと。
    一体いつになったら彼女は落ち着くことが出来るのか…

    その一因が自分達にあるなど酷く憤るばかりなのにこれといった手立ては無いに等しく…それには悔しくて堪らない。

    彼女の性格を考えれば『身を引く』という選択肢も当然視野に入れていたはずだ。

    しかし彼女がそれを口にすることはなく…心底安堵している。
    もしもその言葉を聞いてしまえば自分はいよいよ平静を装えなかったかもしれない。

    …それが分かるからだ…。





    『力』でもって示すのが手っ取り早い。
    神が捉えたという件の犯人を見せしめに吊るせば大きな抑止力になるはずだ。
    しかし彼女がそれを望むことは無い。
    返って悲しませる結果になるだけなのは火を見るより明らか。

    …彼女を悲しませるのだけは…本意ではない。
    故に手を拱く事態になっているのも事実なのだが。


    「…もどかしきことこの上ないな…。」


    この一件の真犯人はおそらく『人間』ではないだろう。
    メルヘン王国の貴族は大半を非人間族が占めている。
    人間の貴族は子爵、男爵程度の下流階級層で更にはこちらの人間が非人間族を使役するとは思えない。
    …最も有力なのは上流魔貴族だ。
    彼等は人間を見下している傾向が強い。
    かつての、自分の様に。

    「ユーリ、お茶どうぞ。」

    思考の深みに嵌った自分を呼び戻すアッシュの穏やかな声。
    ユーリが顔を上げて声のした方を向けばアッシュが笑みを浮かべていた。

    「あんまり思い詰め過ぎないで下さいよ?
    オレ、姫だけで手一杯なんですからね。」
    「…ふふ、解っているさ。心配ない。」

    微笑みを浮かべたユーリを見て『ならいいですけど。』とアッシュは安堵混じりに告げた。

    「…スマイルも。
    そうやっていつまでも不貞腐れてねぇで
    座ったらどうっスか?」
    人数分のカップをテーブルの上に並べながらアッシュがそう声を上げるとぺったんぺったんとスリッパを鳴らす音がしてドスンと向かい側のソファーが軋んだ。

    透明なのは表情を見られたくないからなのかただ単に透明でいたいからなのか。
    何れにせよ余程不機嫌なのは間違いない。

    「…スマイル。
    一先ず収めよと言ったはずだな。
    そして『わかった』と返事をしていた様に記憶しているが?」

    深くソファーに身を沈めたまま向かい側の空席を見つめるユーリは静かにそう問いかける。

    「……………。」

    アッシュも静かにスツールに腰を降ろして成り行きを見守った。

    「スマイル?」

    「……わかってるよ。」

    「それが、『わかっている』という態度なのか?
    お前はモエ前でもそうするつもりなのか?」

    「……わかってるってばっ!!!

    大人気ナイってコトもわかってるヨ。
    だけど…どうしようもなくイライラするんだ、仕方ないデショ!!!
    二人にくらい八つ当たりさせてヨ!!」

    「………随分な物言いだ。
    当たられる方はたまったものでは無い。」

    ユーリ少しばかり表情を緩めてティーカップを手にする。

    「……それから。
    お前から『大人げない』等という言葉を聞くとは思わなんだ。」

    くすくすと笑うその表情はつい先程までとは別人の様に穏やかだ。

    「ここ最近は目まぐるしい変化を感じている。
    私自身にも、お前達にもだ。

    ……存外長生きも悪くはないものだな…
    本当に。」

    「「……………。」」

    「お前達がいてくれて良かったよ。
    感謝している。
    ……ありがとう。」


    余りにも穏やかにそんな事を口にしたユーリを前に二人は揃って面食らってしまったのだった。
    月瀬 櫻姫 Link Message Mute
    2023/08/16 20:30:42

    茨路~会議~

    Webサイトにて連載中だったシリーズです。
    2022/08/01
    Webサイトup
    #ポップン #Deuil #もえ(ポップン)
    #MZD #ミミ&ニャミ #ポエット(ポップン)
    ##ユリもえ

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