「絶対に勝つで!」
胸を締め付けるような感覚が紅葉を襲う
響を見送った紅葉は悲しそうに呟いた
「僕はまだ決心が出来てないみたいだ」
「if-episode H- 崩壊」
「良いの?」
突然、紅葉の後ろで声がした
紅葉が驚き振り向いたそこには一人の少女がいた
「黒雪さん…」
「…」
「…見てたのですか?」
「ええ」
黒雪と呼ばれたその少女は紅葉と響の共通の友人である
共通の友人だからこそ
響と紅葉の気持ちの違いを黒雪は知っていた
「まだ、椎道響に伝えていないのね」
黒雪の言葉に紅葉は表情を曇らせた
そして悲しそうに笑い、紅葉は口を開いた
「言える訳がないじゃないですか。『人間界に帰るのが怖い』だなんて」
紅葉は「人間界」に帰ることに対してある恐怖を抱いていた
それは孤独への恐怖である
両親が離婚
そのうえ身体が弱く入院の回数が増えてきた母はきっと…
そんな紅葉が今「人間界」に帰った時、はたして彼に居場所はあるのか?
「それに僕が響さんに協力したいという気持ちは本当なんです。だから僕は…このままで大丈夫なんです」
その声は震えていた
紅葉の言葉に、響への気持ちに嘘はなかった
だからこそどうしたら良いのかと紅葉は苦しんできたのだ
そんな紅葉をじっと見つめた黒雪は紅葉に背を向けて去っていった
「このままだと崩壊するわよ。貴方も、彼女もね」
「紅葉ーっ!もーみーじーっ!」
次の日、響は紅葉の部屋のベランダにいた
作戦会議がしたい時はいつも響が男子寮に忍び込み、紅葉を誘いにくる。それが三年たった彼等の決まり事のようになっていた。
「なんや…おらんやん」
紅葉が部屋にいないことを理解した響は
靴を脱ぎ
ベランダの扉を開け
紅葉の部屋に入った
紅葉がいない場合は探して回るより待つのが一番効率が良い
扉の鍵が開けられているのも
猫のようにふらっとやってくる響を外で待たせるのは悪いからという紅葉の配慮である
響は、いつも通り紅葉を呼びにやってきて
いつも通り部屋にあがらせてもらい
いつも通り机の前に座り紅葉を待つ予定だった
しかし、いつも通り机の前に来た時
響はある物に気付いた
「…写真?」
机の上には響の見たことのない写真が置かれていた
写真には三人の人物が写っていて
真ん中には嬉しそうに笑う幼い紅葉の姿、両脇には紅葉に雰囲気のよく似た男性と女性の姿が…
「紅葉…と紅葉のおとんとおかん…か?」
その写真は本来紅葉が引き出しの中にしまっていたものだ
人間界での事を響には知られたくない
紅葉にとってその写真は大切な思い出の写真でもあり、響に一番見せたくない写真であった
そんな写真を響は手に取って見てしまったのだ
写真を手に取りまじまじとそれを見る響
そんな響の背後から扉の開く音がした
そう、紅葉が帰ってきたのだ
何も知らない響は嬉しそうに紅葉を出迎えた
「おかえり、待ってたんやで!」
「響さん、すみませ…」
紅葉の言葉が止まった
響が手に写真を持っていることに気付いたのだ
写真を見られた
「響さん…それ…」
「あぁ、勝手に見てごめんな。これ、紅葉のおとんとおかん?」
「…っ!」
それが引金となったのか、紅葉の中では三年間押し殺してきた気持ちは一気に爆発した
「返してください!」
紅葉は声を荒げ響から写真を取り上げようとした
驚いた響が体勢を崩し、そのまま紅葉に押し倒される
事情の飲み込めない響は目を丸くして紅葉を見る
「紅…葉…?」
「…」
「紅葉…どしたん?」
「僕の両親は…」
「…え?」
そこには響が今までに見たことのないくらい、苦しげな表情を浮かべる紅葉がいた
紅葉は感情を押さえながら今まで響に言えなかったことを話し出した
「僕の両親はですね…離婚して離ればなれになってしまったんですよ…。だから…っ!怖いんです…!両親が離ればなれになってしまった…『人間界』に…、自分の居場所があるかどうかも分からない人間界に帰るのが…!ずっと…ずっと怖かったんです…!」
「!!!!」
紅葉から聞かされた真実、それは響にとっても重く苦しいものだった
「なんや…それ…」
「…」
響の頬がぽつりと濡れる
それは紅葉が流した涙であった
紅葉は泣いていた
そんな紅葉の姿を見た響は全てを理解した
大切なパートナーの為にもと頑張ってきたことが
自分のやってきた今までのことが
何よりも彼を傷つけていたということを
響は紅葉を押しのけ起き上がり、自分の頬を濡らした紅葉の涙を拭いた
「ごめんな」
そして響は力無く部屋を出ていった
「このままだと崩壊するわよ。貴方も、彼女もね」
紅葉の耳にはそんな友人の言葉が聞こえた気がした
二人の間にあった「何か」が崩れた瞬間であった