高鳴る病モアナが村人たちと収穫したココナッツの中身を確認していたときのこと。ふと山のほうに見覚えのある巨大な影に気づいた。モアナはココナッツの中身が全て適度に熟していたことを確認し終えると、村人に声をかけて巨大な影の方へ向かった。
「マウイ?」
モアナが声をかけると、その影の主が飛び退いた。モアナも驚いてその動きにつられて肩を強張らせた。
「お、おう。元気か?」
「驚かせちゃってごめんなさい。何かあった?」
モアナは約束より何日か早い彼の訪れに驚いた。一体どうしたのだろう。
「まぁ、実は、その……風邪ひいたみたいで治す方法を相談しに来た」
影の主──マウイが歯切れが悪そうに答える。
「風邪?あなたが?」
神の体が病と無縁だと思っていただけにモアナは彼の言葉に驚いた。
「風邪をひくのは初めてでよくわからなくてさ。風邪をひいたら何すればいい?」
彼自身も病と無縁だと思っていたのだろう。歯切れも悪くなるはずだ。
「そうね……」
モアナは医者が風邪をひいた患者に何をしているかを思い返す。せっかくマウイが頼ってきてくれたのだ。できることはしたい。
「風邪と言ってもいろいろあるわ。咳だけや鼻水だけとか。なにか症状出てる?」
マウイは頭を横に振る。数千年前に人間が体調を崩すところは見たことがあったが、自分がそうなったことは一度もなかった。
「それ訊く必要あるか?」
「お医者さんは症状を聞いてから、それに効く薬草を調合するの。よかったらお願いして薬を調合してもらうけど……」
「なるほどな。頼んだ」
「うん。あと、熱はあるかしら?」
「ああ、それだ。風邪ひいたと思ったのは」
モアナの言葉でマウイは熱という言葉を思い出す。
「そうだったのね。額の熱さでわかるんだけど、屈んでもらっていい?」
マウイはモアナの背に合わせて少し屈んだ。モアナはマウイと額を合わせようとした。しかしマウイの大きな手がモアナの頭を押さえた。
「あの、これじゃ熱が測れないわ……」
頭が動かせずにモアナは困惑する。彼の手が火傷しそうなほど熱いが、さすがに手では熱が測れそうにない。
「あー、手で額を触るのは駄目か?風邪ってうつるんだろ?」
マウイの言葉にモアナは数回瞬きし、納得したように頷いた。幼い頃、熱を出した時に医者からそう言われたことがあったのを思い出した。モアナが頷いたあとマウイは彼女の頭から手を離した。彼女は自分の額とマウイの額に手を当てる。彼の額は自分の額よりかなり熱かった。
「確かに熱い……」
モアナは彼とハグをしたときを思い出す。もともと彼は自分よりかなり温かった気がする。風邪と言っても神と人間では少し異なるかもしれない。もしかしたら人間と治し方も異なる可能性もあるかもしれない。
「やっぱりな」
モアナが額から手を離してからマウイは姿勢を正した。彼は苦い顔をした。
「少しこの島で療養するのはどう?休めるのに丁度いい場所があるの」
モアナは少し考えて提案した。せっかく彼が頼ってくれたのに「よくわからない」と言うのは気が引けた。まずは熱に効く薬を調合してもらってから考えよう。
「いや。もしかしたらついさっき暑いところに行ったせいかもしれない」
マウイの予想外の言葉にモアナは口が半開きになった。
「えっ?」
「ほら、火を盗んだ場所だよ。あそこに行ってたんだ。風邪じゃないかもしれない」
マウイが大げさな身振り手振りを交えて話す。ミニ・マウイは何度も瞬きしてマウイを見上げている。
「そ、そう?」
「心配かけさせたな。じゃあな!」
マウイはまくし立てたあと鷹になって飛んで行ってしまった。
「……大丈夫かな?」
モアナはマウイの飛んで行った方向を見つめた。後日、彼が風邪を引きずっていた場合を考えて、彼女は医者に薬の調合について相談しに行くことにした。
──もし、彼が再び風邪をひくことがあれば、約束してない日でも今回のように会いに来てくれるだろうか?
彼にまた風邪をひいてほしいと思うなんて、なんて自分は嫌な奴なんだろう。モアナは初めて内なる声に耳を塞ぎたくなった。
「しばらくあいつに会わないほうがいいかもしれないな」
適当な島にたどり着いて、マウイはミニ・マウイに話しかけた。モアナに会ってから風邪が悪化した気がする。これだと自分の風邪を彼女にうつしてしまうかもしれない。ミニ・マウイはマウイに同意するように深く頷いた。
火を盗んだ場所に行ったと嘘をついてとりあえず彼女と別れたが、彼女から薬を貰っておくべきだったかもしれない。
「せめて熱と動悸が酷くなるときに効く薬草でも聞けばよかったな」
マウイ、そしてミニ・マウイも熱と動悸が酷くなる原因がさっきまで会っていた彼女にあるということには気づかなかった。