今はこのままで……「8月です!8月ですよー!」
カレンダーを捲り、沙弥がニコニコしながら振り返った。
「うるさいなぁ。それで、なに騒いでるの?」
「あっ、徳田さん!8月になりましたよ!」
「そうだね」
それで?という顔で問うてみれば、ばしん!と8月下旬辺りに手を叩きつけた沙弥がドヤ顔をした。
「今年も来ますよ!」
「なにが?」
「わたしの誕生日に決まってるじゃないですか!」
「あー……」
そう言えばそうだったなと思い出して徳田は頭を掻いた。
「そういや、下旬に誕生日が固まってたよね」
「……まあ、そうなんですけどね」
苦笑を浮かべて、沙弥は肩を竦めた。
「ん?にぎやかだな。どうかしたのか?」
「司書さんの声、外まで聞こえてましたよ」
と、そこへやってきたのは、本や書類、地図を丸めたものなどを抱えた柳田と折口だった。
不意に、沙弥が挙動不審になる。
ぴたりと動きを止め、油を差していない機械のようにギシギシと音が鳴りそうな不自然な動きで、沙弥は柳田たちの方へと背を向けた。
「司書さん?」
どうかしたのだろうかと徳田は訝しげに沙弥と柳田を交互に見てみる。
「え、えっと、何でしょうか?」
どことなくぎこちない話し方で問う沙弥。
徳田と折口は目を瞬かせたが、柳田は気づいていないのか楽しそうな口調で話し始めた。
「皆の協力で例の河童の資料がかなり集まったんで、君の意見も聞きたくてな」
「河童…………って、あぁ、あの緑色の……」
知っているようでよくわからないアレを思い出して、徳田は眉間の皺を深くした。
机に広げられた資料。
聞き取りや現地(と言っても図書館の中庭ではあるが)調査で集めた情報が、細かく書き連ねられている。
「司書さん、昨日からあんな感じやけど……どうしはったんか何か心当たりありませんやろか?」
こそりと折口が徳田へ問うけれど、検討もつかない。
「さっきまでは、いつも通り大騒ぎしていたんだけどね」
誕生日のことで。と徳田が答えれば、それが耳に入ったのか、沙弥がびくりと肩を跳ねさせた。
「誕生日、ですか?」
「うん。8月下旬は誕生日が固まってるけど、その中に司書さんの誕生日も入ってるんだ。それでさっき……」
「なんだ。司書の誕生日は8月なのか?」
徳田の声が聞こえたのか、資料に夢中になっていた柳田が顔を上げた。
「それなら、ちゃんと祝わないといけないな」
「そそそそそんな、わざわざ、気にしないで大丈夫です!」
突然、沙弥が声を上げ、徳田は目を丸くした。
さっきまで、己の誕生日を自己主張していたというのに、どういうことだ。
「司書さんは分かりやすいなぁ」
同じく目を丸くしていた折口がクスクスと笑う。
「ええやないですか。祝おてもろたら」
「遠慮する司書さんとか気持ち悪いんだけど」
折口は面白そうに、徳田は奇妙なものを見る目でそう告げれば、沙弥が目を瞬かせた。
「ちょっ!徳田さん!?気持ち悪いってなんですか!」
頬を膨らませ普段の勢いに戻って突っかかる沙弥を見て、柳田が肩を震わせて笑っていた。
「司書さんは、そうやっていつも通りでいてはる方がええよ」
「う……」
あぁきっと気付かれたのだろう。と沙弥は折口の顔を見て思った。
「ほら、司書さん。いい加減こっち来て座ったら?」
徳田に手招きされ、資料が広がる机へと向かう沙弥。
「あれから何か新しい話は聞けたのか?」
今は河童のことしか頭にないのだろう、好奇心に目を輝かせた柳田が沙弥を見た。
鼓動はうるさい。
けれど今は……
この敬愛する先生の好奇心に満ちた瞳を、もっとたくさん見ていたい。
「実はですね!島田さんから話を聞けたんですよ」
「え?それって、島田くんの考えた話のやつじゃないの?」
「いや、派生して作られていく物語というのも、収集しておいて損はないぞ」
「そうやね。それで、どういうお話やの?」
わいわいと賑やかないつも通りの時間。
この時間が楽しいから。
今は、このままで……