寒い日には「あっ!」
弾むような声。
少しだけ前を歩いていた少女――否、もう少女などという歳は過ぎて成人していたなと彼は自嘲した――へと視線をむければ、視界を何か白いものが舞うのが見えた。
「雪だ!」
振り返った拍子に、片方の高い位置で結われた髪が跳ねる。
「見て!雪、降ってきた!」
「ええ、そうですね」
幼い頃から変わらない屈託のない笑顔に、中島敦は笑みを浮かべ頷いた。
成人して何年かが過ぎたというのに、この子は出会った頃から変わらない。…………変わらず、敦を慕い笑顔を向けてくる。
「寒さで体が冷えきってしまう前に帰りましょう」
買い出しの荷物を抱え直し告げれば、はぁいと素直な応えが返ってくる。
「雪、積もるかなぁ」
天を見上げポツリと呟く言葉。
この辺りでは、雪自体が珍しくて……積もることなんてほとんどない。
「華奈さん、ちゃんと前を向いて歩かないと危ないですよ」
そう敦が注意したのも束の間。キャア!という悲鳴と共に、前に見えていた頭の位置が傾く。
完全に地面へ倒れ込んでしまう前に、華奈の体はしっかりと支えられていた。
「だから危ないと言っただろう」
「ごめんなさい」
先ほどまでと同じ声が、先ほどまでと違う鋭い口調で華奈を叱る。
咄嗟のところで、もう1人の中島敦が華奈を支えたのだ。
「さっさと帰るぞ」
しっかりと腕をつかまれて、華奈は先に立って歩き始めた敦に引きずられるようについていく。
あとは頼んだと、彼らの図書館の先代特務司書は全てを残るものに託して他界した。
娘であった華奈には特務司書の任を、敦には華奈のめんどうを、他の文豪には図書館の運営を、彼は託していった。
「帰ったら一緒におやつ食べましょ!」
「俺はいらん。奴と食え」
あの角を曲がれば彼らの図書館がある。
いつ終わるとも知れぬ日々を過ごす箱庭がある。
「じゃあ、また今度」
少し残念そうに言った華奈に、敦は何答えなかった。
「あたたかいココアが冷えた体に染みますね」
あたたかい司書室。
窓の外は、まだ少し雪の欠片がチラついていて、風が少し強くなってきたのか風の音がする。
猫舌同士、ふうふうと冷ましながらカップを傾ける華奈と一緒に敦も少しずつ冷ましながらホットココアを傾ける。
テーブルの上には、ふわふわのパンケーキ。
お仕事は、カップとお皿が空になってから。