スパイス&ファミリー「食育の一環として近くの丸の内保育園の園児たちと一緒にカレー作り体験を行うことになった」
会議室で営業企画部の社員が集まりミーティングが行われていた。
東海林からその話を聞き、男ばかりの社員たちは苦笑いを浮かべる。
「それで俺たちが駆り出されるんですか?」
「子供たち嫌がりませんかね?」
「女性の多い部署にまかせませんか?」
そんな不満の声を吹き飛ばすように東海林は声を張り上げる。
「何言ってんだお前ら、老若男女問わず食の素晴らしさを伝えるのがわがS&Fとしての使命だろ!」
「東海林部長、子供が生まれてから変わったよなぁ…」
浅野が隣の三田に耳打ちする。
「そうですね、子供向けのイベントも増えましたし」
「田植え体験とかね、うちの子も参加したけどさ」
浅野の言う通り、東海林は3歳の子供を持つ父親になっていた。
子供が生まれてからというもの、飲み会も残業も減り子供との時間を優先するいわゆる子煩悩へと一気に様変わりしていた。そして子供が女の子というのが東海林をますます夢中にさせているようだ。
そしてミーティングは終了し、結果的に野菜のかぶりものをしながらどうやって野菜ができるかを説明しながら自社のカレールーを使いカレーを一緒に作っていくということになった。そして、かぶりものといえばやはりこの女の出番だった。
「というわけで、とっくりも参加してくれよな」
「なぜ私がジャガイモのかぶりものなんですか?」
春子は不機嫌そうに答えた、春子のデスクは東海林部長の横に配置されていた。職権乱用ですと春子は抗議したものの部長命令には逆らえなかった。
「じゃあ俺のにんじんと変わるか?」
「あなたのもじゃもじゃはにんじんの葉っぱによく似ているのでぴったりですね」
「そうだろ、俺もそう思う…じゃねーよ!!」
東海林は企画書を机に叩きつけて突っ込んだ。
「とにかく、今週の金曜日に丸の内保育園のさくら組とすみれ組の園児と行うって決めたんだから、参加してもらうよ…東海林さん」
「わざわざ名字で呼ばないでください!!」
当日、丸の内保育園へ営業企画部の社員とハケン数人で向かった。
外にテントを立てて、大きいコンロとガスボンベを用意して巨大な鍋を乗せる。そして荷台で運んできたダンボールの中にはジャガイモ、にんじん、玉ねぎが入っていた。そして発泡スチロールの中には挽肉が大量に詰め込まれていた。もちろん保冷剤も入れて。米は炊飯器で炊くため園内の調理室を借りて持ってきた業務用炊飯器三台をフル活用する。何せ保育園の園児全員と職員の分をまとめて作るからだ。
そして園の講堂では東海林たちによる小芝居が行われていた。
「みんな、元気かな〜僕はにんじんだよ!!」
陽気な声と笑顔で東海林が言うと園児たちは無邪気な声で「こんににはー!!」と叫ぶ。
ところが1人だけ違うことを言う園児がいた。
「パパー!!ママーーーーっ!!」
東海林と春子の娘のさくらだった。
さくらは丸の内保育園に通っていたのだった。
それを知った営業企画部の面々は
「職権乱用だよな…」
そう呟いていた。
野菜の芝居は園児たちに好評で、東海林はご満悦の様子だった。しかし春子は相変わらず仏頂面で他の園児から怖がられていた。
「さくらちゃんママこわーい」
さくらの隣に座っていた女の子が大きな声で言うと、東海林はすかさず
「みんな、ジャガイモさんはね〜ずっと土の中にいたから笑い方を知らないんだよ〜みんなのスマイルをジャガイモさんに見せてくれるかな?そしたらジャガイモさんも笑ってくれるよ!」
アドリブでフォローを入れる。すると保育士も察してくれたのか一緒に笑って声をかけましょうと園児たちを促してくれた。
「ジャガイモさーーーーーーん」
屈託のない純粋な笑顔が咲き誇る中、春子は満面の笑みで
「みんなーーっありがとうーーー!!」
両手を振りレスポンスをしていた。
そして園庭に出てカレー作りを始めようと東海林たちが外に出ると、何やら社員たちが固まり揉めているように見えた。
「何かあったのか?」
東海林は駆け寄り問いかける。
「それが…届いたカレールーが辛口だったんです」
「ええ!?」
東海林は慌ててダンボールの中のルーを見る、すると左下に「辛口」と書かれていた。
「子供たちに、辛口は無理だろ…」
そう呟く東海林の横で、社員たちは責任をなすりつけあっていた。
「誰が注文したんだよ」
「俺じゃねえよ、お前だろ」
「俺のせいにするなよ、受け取ったのはあんたじゃないか!!」
「こんなところで騒ぐな、とにかく本社に連絡して甘口のカレールー20箱在庫があるか確認してもらって…」
「その必要はありません!!」
東海林の後ろで春子が大声で叫んだ。
「どういうことだ、とっくり」
「こんなこともあろうかとカレー粉とスパイスをブレンドしたものとリンゴを持ってきています」
「え!?本当かとっくり!」
「もちろんカレー粉はS&Fの業務用カレー粉です」
そう言って春子はかぶりものを入れていた箱の中に忍ばせていたスパイスやリンゴを取り出した。
「でかした、とっくり!!」
東海林は感激しながら右手の親指を立てた。
「本当の食育とは何か、教える時間が来たようですね」
春子はかぶりものを脱いで、今度はエプロンを身にまといテントの中へと潜りんだ。
春子のオリジナルスパイスにリンゴをすり下ろしたものを混ぜて、飴色玉ねぎと肉と野菜を炒め1時間煮込んだカレーは絶品で、子供たちにも好評だった。
「ジャガイモのおばちゃん、にんじんのおじちゃん、ありがとう!!」
曇りのない笑顔で言われるとやはり素直にうれしい。そしてやはりピンチになると春子は自分を助けてくれるのだと再確認するのだった。
園庭にはカレーを美味しそうに頬張る人たちで幸せな空気に包まれていた。
「パパとママきょうさくらのとこきたねー」
「そうだな、ちゃんと賢く話を聞けてたじゃないか」
東海林は娘の頭を撫で撫でする、自分によく似た天然パーマが可愛らしくて、将来アニーのオーディションを受けさせたいと密かに野望をいだいている。
「さくらはあなたと違って落ち着いていますから、性格も髪も」
すかさず春子からツッコミが入ると
「うるせー!俺だって落ち着いてるわ!」
「それよりも、しばらくはカレーが続きますから覚悟してください」
そう言って春子はお盆に乗せたカレーをさくらと東海林の前に置いた。結局あの辛口カレーは東海林が買い取ったからだ。
もちろんさくらには家にあった甘口カレーで作っている。
「まぁいっか…じゃあ3人で食べよう、いただきます」
「いただきまーーす!」
「…いただきます」
幸せなスパイスの匂いに包まれて、東海林家の食卓は賑やかなひと時を過ごしていた。