サブマリンの行方「日本沈没」小松左京の有名な小説だ。
読んだことはないが大まかなストーリーは知っている。映画にもなっていて確かテレビで1度ながら見をしたと思う。主人公が潜水艦の操縦をして日本を救ったのはおぼろげに覚えているた。
東海林はふと本屋で見つけたその本を手に取り、春子が読んでいたことを思い出す。
そして無意識にその本を抱えてレジへと向かった。
「日本沈没、面白かったわ。さすが長年語り継がれる名作だな」
会社近くの居酒屋で里中と飲んでいた東海林は、ふと映画の話になり「日本沈没」を読んだ感想を話し出した。
「そうなんだ、僕も読んでみようかな」
「でも賢ちゃん、今忙しいんだろ?資格取ったり…」
「まぁそうだけどね、やっぱり合間に休息は取らないと」
里中は会社を辞めて企業に向けての勉強を行っていた、通信教育で開業のノウハウを学び、週に1回料理教室へ通っている。
「東海林さんが小説読むなんて珍しいね、大前さんの影響?」
東海林は図星すぎて素直に応えられず
「違うよ、たまたま本屋で見つけて気になっただけだよ。とっくりがいなくなってもう半年だぞ。どうせ次はあと12年半後にひょろっとやってくるんだよ」
ウイスキーのグラスを鳴らしながら愚痴をこぼした。
家に帰り、再び「日本沈没」を手に取りペラペラとめくる。2年以内に地殻変動で日本が沈没すると判明してからの下りが特に盛り上がっていて東海林は好きだった。日本を救うためにと奮闘する男たちの姿が熱くて、働く男として何か共通するものを感じる。
そしてふと思う、春子も小野寺たちのように、会社を救うために現れてくれたのかもしれない。
実際春子が会社を去ったあと、会社の業績は上がってきていた。それは社員食堂のカレーや黒豆ビスコッティ、コンビニのアジフライが要因になっている。
結果的にクビにしてしまったが会社は春子に恩賜を受けているはずだ、まるで恩を仇で返したように感じる。
「もし12年半後に現れたら…フグでも奢ってやるか」
東海林はもう一度日本沈没の最初のページをめくり最後まで一気読みしてしまった。
翌日、会社に行くと部長が血相を変えて駆けてきた。その様子からただならぬ事があったのだと想像した。
「おい東海林、今度の日曜に予定してる天王洲でのフルーツアートに出演してもらう古津さんが怪我で出られなくなったらしい」
「ええ!?どうするんですか…」
「それはこっちのセリフだよ、お前の部下が企画したんだからお前が責任とって代わりを見つけてこい!」
そう言うと部長は打ち合わせがあるとさっさとその場を離れてしまった。
企画を出してきた部下は頭を抱えている、周りも深刻そうな顔をして目線を集中させていた。
するとある場面がフラッシュバックする、昔マグロの解体ショーでツネさんが怪我して出られなかった時の場面だ。
あの時、自分が里中や春子に助けられ首が繋がったことを思い出す。
もしこの場に春子がいれば、きっと無関心なふりをして助け舟をだしてくれるのだろう。
でも、今は春子はいないー。
「おい、何落ち込んでるんだ。そんな暇があったら代わりを探せ!俺も知り合い当たってみるから」
落ち込む部下の肩を叩き、東海林は急いでパソコンを立ち上げて得意先の名刺ファイルを取り出した。
知り合いや思いつく人に片っ端から連絡してアポをとり交渉する。昔に比べて顔は広くなったもののフルーツアートの需要はまだ小さい。見つかったとしても急だからと断られてばかりだった。
でも、東海林は諦めなかった。きっと春子も最後の最後までどうにかしようと足掻いていただろう。
前日になってもギリギリまで悪あがきしている姿を部長や一部の同僚は哀れみの目で見ていたが気にせずに駆けずり回っていた。
すると、偶然見つけた青果店にスイカのバラの花を象ったオブジェを見つけ、その作者に連絡をするとぜひお願いしますと返事をもらえた。
無名の人だが才能はあると感じた東海林は、当日司会をして盛り上げ、観客にはフルーツの試食を配りながらフルーツアートを盛り上げた。
予想以上に好評でアンケートでも高評価を頂いた。
イベント終了後、フルーツアートを引き受けてくれた橘さんという女性にお礼を伝えた。
「本当にありがとうございました、とても素晴らしいショーになりました」
「いえいえ、私こそこんな素晴らしい場を提供いただき感謝しています」
橘さんは横浜に住む専業主婦だがフルーツアートの教室で腕を磨き、最近はインスタにも投稿しているらしい。
「でも本当にお上手ですね、元から手先が器用なんですか?」
東海林が橘さんに尋ねると
「いいえ、私ってすごく不器用なんですよ。教室でも劣等生で…でもある人に出会って、自信が持てたんです」
「そうですか、そうやって変わるきっかけを与えてくれた人がいたんですね」
「そうなんです、私お守りがわりにスマホの待受けにしていて」
橘さんはバッグからスマホを取り出して東海林に見せた。
その画面を見て、おもわず目を疑った。
「橘さん、この人って…」
「はい、大前さんという方です」
画面には橘さんと一緒に笑顔で写る大前春子がいた。
「え?え?何で…とっくりが…!!この人今どこにいるんですか?」
「すみません、一緒の教室に通っていたのですが3ヶ月で辞めてしまったので…」
「そうなんですか…」
「東海林さん、大前さんご存知なんですか?」
「はい、以前うちでハケンとして働いてまして」
「そうなんですね、偶然ですね〜」
橘さんは笑顔でスマホをバッグに戻した。春子は一体フルーツアート教室に通っていて何をしていたのか、東海林は気になって仕方なかったが、結局聞くことはないまま橘さんは会場を後にした。
「あいつ…またどこかで誰かを助けてるのか…」
東海林はモノレールに乗りながら、外の景色を見ていた。奥に見える東京湾は夕焼けが海を染めている。
あのオレンジの海の底に潜った潜水艦はどこへ向かっているのか、きっと誰も知らない。