或る弓兵の話 2※※ご注意※※
・オリキャラとオリジナル設定の嵐
・キャラ崩壊
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
カミラに教えてもらいながらルカは正しい紅茶の淹れ方を学んだが、いきなり実践して上手くなる筈も無く、三回目でクジャを呆れさせ、遂にお茶自体を断られてしまった。「お茶の一つも淹れられないのかい?」と嫌味を言われたのは言うまでもない。次までに何とか飲んでもらえるような物にしておこうと、彼女は心に留めておくことにし、次の仕事へ気持ちを切り替える。
次に命じられたのは部屋の掃除だった。掃除自体は既に一度メイドがした筈だが、細かいところの掃除が主でカミラに教わりながら丁寧に埃や汚れを取っていく。この作業は特に問題なく終わり、その間クジャは机に束にして置いてある書類を確認したり、新しく書き込んだりと仕事に集中しているようだった。
掃除が終われば、今日の彼のスケジュールを確認し、時に秘書として侍女として、或いは兵士として常に彼の傍にいることが主な仕事らしい。
「今日はこの後、会議。その後は女王陛下と昼食を摂る予定だから、その間私達は出入り口の見張りをするの。……言っておくけど、長いわよ」
待機部屋でカミラと共に今日の予定を確認し合っている中、三、四時間程度は覚悟しておいた方が良いと彼女に言われ、ルカは一瞬表情が曇った。が、カミラにそこを指摘されて慌てて引っ込める。その時、あのベルが神経質そうな音を立てて、けたたましく鳴った。時間を確認すると、もうすぐ昼食の時間だ。カミラとルカは慌ただしく賓客の間へ向かう。
部屋に入ると、鏡の前で髪を梳かしていたクジャに「遅いよ」と苛立った調子で小言をもらい、二人は謝りながらも彼の支度をする。と言っても身だしなみの確認ではなく、持ち物の確認だ。必要書類が全て揃っているか確認し、全て封筒に入れて給仕係に渡せば見張りに専念していいことになっている。ちゃんと全て揃っていることを確認し、封筒に収めるとルカはクジャの傍に歩み寄る。丁度彼の支度も整ったようで、鏡で自分の顔をうっとりと眺めていたが、背後に彼女の姿が映ると途端に無表情になり、振り返った。
「なんだい? 邪魔しないでくれないか」
「……えっ? あ、あの、書類を……」
一瞬、不愉快そうに眉を顰めて彼女を睨むクジャ。その手元にある封筒に目を留めて、ぱっと彼女の手から奪い取った。突然、手元から書類が消えてしまったことに「へ?」と頓狂な声を上げて、ルカは部屋の出口へ向かうクジャを見やる。彼は見せびらかすように封筒を掲げて言った。
「君に任せていたら、汚したり、無くしたりされそうだからねえ」
「なっ……!?」
まるでこちらを信用していないクジャの一言に、ルカは思わずむっとしてしまう。しかし、カミラに無言で注意され、慌ててその顔を引っ込ませた。誤魔化す意味で一つ咳払いをして頭を下げる。
「も、申し訳ございません。ですが、書類を返していただけませんか?」
「ほら、何を突っ立っているんだい? 置いて行くよ」
取り付く島も無い。正にそんな態度で、さっさと部屋を出ようとするクジャの後にルカは続く。カミラは透かさず、クジャが扉の取っ手に手を掛ける前に、左腕と半身を使って扉を押し開ける。その様を見たクジャが、再度ルカに目配せをして嫌味を放つ。
「ほぉら、君の先輩は僕が言わなくてもやるべきことをやっているよ」
彼の正論にルカは何も言い返すことができず、ただ彼の傍まで行き、謝ることしかできない。それすら、殆ど無視されるような形でクジャは、彼女に付いて来るよう命じる。沈んだ表情で歩くルカの肩をぽんぽんとカミラが軽く叩いて励ました。
「まだ初日だから、仕方ないわよ。あなたもそのうちできるようになるから」
クジャを女王の間へ送り出した後。見張りに徹する中、カミラはそう言ってくれたが、ルカは悔しかった。今日は特についていない。初日から躓いてしまったことに彼女は正直泣きたかったが、まさか本当に泣く訳にもいかない。今は仕事中だ。滲みそうになる涙を無理矢理引っ込めてルカは頭を振って、カミラに微笑みかける。
「大丈夫です。早く仕事を覚えてカミラ先輩の負担を軽くできたらって思ってました。これ以上、迷惑かけたくないですし……」
自分は上手く笑えているだろうか。そんなことを胸中で思うルカだが、それを知ってか知らずか、カミラは安心させるように小さく微笑んでルカに近づき、その頭を撫でる。
「焦っても何も良いこと無いわよ、ルカ。あなたはあなたのペースで頑張りなさい」
「早く覚えてもらうことに越したことは無いけどね」と苦笑するカミラの顔を見て、ルカは押し殺していた感情が一気に溢れ出し、じわりと視界が滲んだ。ほろりと伝った一筋の涙に、はっと我に返って慌てて拭う。
「す……すみませ……っ」
泣くつもりなんて無かったところに、優しい言葉を掛けられて気が緩んでしまったらしい。ルカはこぼれる涙を拭い、カミラに礼を言って見張りに戻る。しっかりしなくてはと両手で頬を叩いて気合いを入れ直す。ばちばちと通路に響く音に、誰かがふっと息を吹き出した笑い声が聞こえた。まさかカミラ以外の誰かに見られていたとは思わず、音のした方へルカが目を向けると、王女の間の扉に隙間ができていた。今、ルカ達がいる通路は中央を女王の間、右に王女の間、左の間に続く扉がある構造だ。その扉の隙間から黒髪の少女が顔を覗かせてくすくすと笑っていた。その少女の姿にルカとカミラに緊張が走る。
「ガーネット様!?」
「も、申し訳ありません。お邪魔をしてしまって……」
「いいのですよ。ルカ、先程は何をしていたんです?」
思いがけない王女ガーネットからの質問にルカは面食らい、しどろもどろになってしまう。それを見たカミラが慌てて遮った。
「ガーネット様、私達のことはどうか、お気になさらず」
「……教えてくれないのですか? わたくしはルカに訊いているのです」
一瞬見えた寂しげな瞳に気付いたルカは、言おうかどうしようか逡巡したが、彼女の退屈を持て余す気持ちは分かっていたので、傍らに立つカミラに断り、周囲に誰もいないことを確かめてからそっと王女の間へ入って行った。
「失礼致します」
礼儀を欠かないよう一礼してからルカは入室し、きちんと扉を閉める。ガーネット姫は彼女が入って来ると嬉しそうに駆け寄り、自らが使っている小さなテーブルに就くよう手を取って引っ張った。突然の彼女の行動に驚いたルカは、非常に恐縮する。
「が、ガーネット様っ。私は一兵士ですっ。姫様と同席する訳には……!」
「いけませんか? わたくしはルカのことをもっと知りたいのです。教えてください」
可愛らしく小首を傾げて言われてしまえば、ルカには逆らえる術がある訳が無かった。記憶を無くして途方に暮れていた自分を拾い、ここに置いてくれた姫の為ならいくらでも従うし、何でも教えるつもりだ。姫の可愛さにすっかりやられてしまったルカは、もう何も言わずに促されるまま、席に座った。ガーネット姫もルカが教えてくれると分かってからは何やらわくわくした様子で向かい合う形で着席した。
「あの、姫様。私が教えるというのは……これのことですか?」
ルカが自分の両頬を手で軽くぺちぺちと叩くと、ガーネット姫は興味津々という表情で頷いた。
「ええ、それです。ルカ、その動作にはどういった意味があるのですか?」
「意味、ですか。う?ん……何と言いますか。これは自分に気合いを入れたり、気持ちを引き締める時に『しっかりしなきゃ』っていう気持ちを込めて、軽く叩くんです」
「こう……でしょうか?」
見様見真似で自分の頬を両手で叩くガーネット姫。柔らかく、吸い付きそうな白い肌を指先で叩くというよりは押すようにしてむにむにと押し付けている。それを見てルカが「違いますよ、姫様」ともう一度やって見せてから丁寧に教えようとした時、誰かが扉をノックする音がした。