或る弓兵の話 4※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・世界観について捏造過多
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
どんどん顔色が悪くなるルカの体をカミラは必死に抱えて通路を出た。不幸なことに、この辺りは人気が無いと言っていい。女王が何故か人を寄せ付けないよう命令しているからだ。そのことを知っている彼女はすぐ隣にあるルカの部屋に入り、ベッドへ彼女を寝かせた。
「ごめんね、ルカ。ここで少し待っていて。将軍を呼んで来るから!」
汗ばむルカの額を拭ってカミラは、ベアトリクス将軍を捜しに行ってしまった。一人残されてしまったルカは、依然として体を蝕む痛みと熱さを少しでも和らげようと、ベッドの上で身動ぎする。冷たいと感じる場所に手足を付けてみるも、それもすぐに熱を持ち始めて無意味に終わった。まるで全身燃えているかのような熱さと苦しみに喘ぐことしかできない。関節の節々が痛み、悲鳴を上げていた。
必死に目をつぶって耐えていると、ぎし、とベッドが軋む。ルカは一瞬、カミラが戻って来たのかと思ったが、ドアが開く音を聞かなかったことに思い至り、弾かれたように目を開けてそちらを見た。そこには愉快そうな笑みを湛えて彼女の顔を覗き込んでいるクジャがいた。
「ひっ……!?」
一瞬、痛みも熱も忘れ、恐怖から逃げようとしたルカだったが、弱った体では大した抵抗もできずにあっさり捕まってしまう。髪を掴み、乱暴にベッドへ放り投げた彼はそのまま彼女に馬乗りになって首を絞める。腹の上に乗られているせいで、退かすこともできず、ぎりぎりと締め付けられる感覚に彼女は殺されると確信した。
「怖いかい? 死ぬのは。…………フフ」
苦しさと恐怖に涙を流すルカの顔をクジャは嬉々としてじっと見つめていた。優越感と単純に他人を痛めつけることに悦楽を感じている顔だ。ルカは毒とクジャの手に抵抗しようと、彼の腕を掴んで振り払おうとしたが、彼女の手に力が入っていないのか、クジャの方が力が強いのか、何の意味も無い。ただ、かひゅっ……と口から空気が出ていくだけだった。意識が落ちる、と思った瞬間、ルカの首からぱっと手が放され、突如解放されたショックで彼女はそのまま顔を逸らして咳き込む。その様をまるで虫でも見ているかのような目つきで見下していたクジャだったが、その口元にはまた嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「合格だよ」
「げほっ、げほっ…………え?」
何の脈絡も無く、『合格だ』と言われてもルカには何のことか全く分からなかった。そんな彼女の上から退いてベッドの縁に腰掛け、足を組んだクジャはまた彼女に向かって手を翳す。その動作だけでまた何か魔法を掛けられると思ったルカは、すっかり体に刻み込まれた恐怖から目を瞑って身を固くした。しかし、代わりに飛んできたのは「何をしているんだい?」という嘲りに満ちた言葉と真っ白い光。みるみるうちに痛みも熱も苦しみも消えていく感覚に、ルカは目を開けた。体がすっかり元通りになっていると認識すると、ベッドから上体を起こして不思議そうにクジャをまじまじと見つめる。
「あの……?」
「ああ、勘違いしないでおくれよ。まさか助けられた、なんて思ったのかい?」
まだよく状況が飲み込めていない彼女の顎をクジャは人差し指でくい、と上げる。彼はまたあの月を思わせる美しい微笑みで言い放った。
「キミの苦しむ顔はなかなかに唆ったよ。だから、特別にポイゾナを掛けてやったのさ。初めてだよ。僕の傍にいることを正式に許可された兵士は。これからもこうして虐めてあげるから、精々逃げ出さないことだね」
「な……」
あまりの言い草に言葉を失うルカ。いつの間にか機嫌が直っているクジャは、指を放して優雅に立ち上がる。
「治ったら、そうだねぇ……。一時間後に僕の部屋にお茶を持って来なよ。次、上手くできなかったら――フフフ。どんな目に遭わせてやろうかな」
そう言いながら、彼は既に仕置のことを考えているのか、不敵な笑みを浮かべている。そんなクジャをルカは恐ろしく思い、信じられないものを見る目で見つめていた。部屋を出る際、彼はまだ少し足元が覚束無いルカを指して念を押していった。
「僕に魔法を掛けられたなんて言うんじゃないよ? もし言ったら、その首は無いものと思え」
「…………はい」
もう十二分に彼の恐ろしさを体験したルカは、クジャの冷たい瞳に射抜かれただけで項垂れ、大人しく従うしかなかった。クジャが出て行くと、ルカは張り詰めていた緊張の糸が切れたかのようにベッドへ倒れ込む。まだ本調子ではない体を少しでも休めようと、彼女は目を瞑った。
それからどのくらい経ったのか、不意にルカは体を揺り動かされる感覚で目が覚めた。目を開けた先には心配そうに覗き込んでくるカミラの顔、とその隣にはベアトリクス将軍の姿もある。二人の顔を見たルカは先程まで感じていた恐怖のせいで何も言えず、代わりにぼろぼろ涙を零した。
「ど、どうしたの!? ルカ、大丈夫?」
「何があったのです? ルカ」
本当は今すぐにでも二人にクジャの秘書なんて辞めたいと訴えたかったルカだが、その理由を言ってしまうと、彼の魔法を受けた話をしなければならない。そうなったら、今度こそ殺されるかもしれないと考えた彼女は、心とは反対に何でもないと言い張るしかできなかった。
泣きながらも彼女が「何でもない、大丈夫だ」と言い張るので、ベアトリクスはそれ以上問いただすこともできずに黙って彼女を診ることにした。幸い外傷は無く、――カミラの話では毒を受けたようだが――顔色は少々悪いが、深刻な様子は無い。今すぐ医務室に運ばなくてはいけない程ではないと分かると、ベアトリクスとカミラは安堵の息を吐いた。今の彼女から詳しく事情を聞くのは無理そうだと思ったベアトリクスは、後でカミラに事の詳細を聞こうと、「では、私はこれで。カミラ、ルカをよろしくお願いします」と言い残して出て行った。彼女が部屋を出て行くと、ルカへ向き直ったカミラが何故詳細を言わなかったのかと問うてもやはり黙り込んでいる。
「……もしかして、脅されてるの? ルカ」
「…………ごめん、なさい」
悔しそうに顔を歪めてする謝罪は肯定だった。いつになく陰鬱な表情のルカを見て、カミラは怒りを覚える。自分と可愛い後輩を痛めつけられた挙句、声を上げることも許さないあの男に、今度こそ腹が立った。カミラは怒りを抑え切れず、衝動のままルカの手を掴んで立ち上がらせた。
「せ、先輩……?」
「行くよ、ルカ」
「え? でも、私、クジャ様のお茶を――」
背後でルカが何か言っているが、お構い無しにカミラは早足でクジャの部屋に入り、彼がまだ浴室から出ていないことを確認したが、そんなことは関係ないとばかりにずかずかと浴室へ侵入する。
「えっ? えっ? せ、先輩っ! ダメですよっ、開けたら――」
バンッ、と少々反動をつけて開けられたドアの向こうには、やはり全裸で浴槽に浸かっているクジャの姿があった。幸い、入浴剤が入ったお湯に浸かっていたので、肩から上しか見えない。しかし、それでもあまり見ない異性の体を見て羞恥から小さく悲鳴を上げて、さっと視線を逸らすルカ。一方で、裸を見られているのにも関わらず、クジャは悠然とした態度を崩さずに言った。
「何だい? キミ達。見たら分かるだろう。入浴中なんだから出て行ってくれないか」
「あんた、この子に何言ったのよ」
いきなり喧嘩腰のカミラにルカはさっと青ざめる。言われたクジャは片眉を吊り上げ、「何だって?」と低い声で発した。それでもカミラは一歩も引かずに更に詰め寄る。
「この子に何言ったって訊いてんのよ」
「誰に向かってそんな口を利いてるんだ。余程死にたいようだね」
またクジャの手に魔力が集まる。今度は青白い光の玉が彼の掌の上に浮かんだ。互いに睨み合うカミラとクジャ。このままでは本当にカミラが危険に晒されると思ったルカは、恐怖で竦む体を無理矢理動かしてカミラの手を逆に引っ張った。不意に後方へ手を引かれたカミラは咄嗟に抵抗できず、そのままルカと立ち位置を入れ替えられてしまう。
「ちょっとっ、ルカ!?」
「ごめんなさいっ、先輩!」
カミラを守る為にルカは彼女を浴室から追い出し、勢い余ってドアを閉めてしまった。ルカは咄嗟の行動によって、驚いた表情のクジャと浴室内で二人きりになってしまったのだった。