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    あなたのなかの忘れた海一、新市街二、海はセメント三、さようなら、こんにちは四、かみさま一、新市街 その日、たかは通っている大学の教授、そして数名の顔見知りではないゼミ生とともに対馬の土を踏んでいた。バイトと授業、交友に使う時間のバランスになにかと気を使っているたかはそうではないが、顔すら知らないゼミ生達は単位が危うい生徒を荷物運びなどのために単位と引き換えに教授が引っ張ってきたため、船から降りた後はつまらそうにしているものがほとんどだ。なぜ対馬かといえば、教授が長年研究している冥人という存在の伝承が最も色濃く伝わっているのがここだからだ。教授は対馬の伝承が本土に流れ来たのだろうと予想していた。教授の研究内容になぜか引力に引かれて地面に落ちる木の実のような自分でも不可思議な心理で興味を抱いていたたかは、せっかく来たんですから何か大きな収穫があるといいですねと張り切っている教授に声をかけた。
    「冥人の伝承は虚実入り混じっている上に、時の為政者の意志で記録が隠蔽された痕跡があるんだ。対馬に存在した侍の家系で、徹底的に公的な文章から痕跡をかき消されている家がある。今回はそれを当たろうと思っててね」
    「へえ……名前はわかってるんですか?」
     教授は力強くうなづいて、数枚の写真を拡大して印刷した古文書を取り出してその文章の端を指した。
    「見てくれ、対馬で地頭だった家系の蔵から出てきたものだ。名前は墨で塗りつぶされているけれどなぜか名前は消されてない。仁、と書いてあるだろう。おそらく冥人と何か強いつながりがあったはずだ。今日はこれを譲ってくれた家をたずねることになっててね」
     教授の言葉を聞きながら、たかはいやに自分の鼓動が早くなっているのを感じた。脂汗が額に滲む、心臓に何かが引っかかっている様な感覚。じん、仁とたった二文字の音の連なりを口の中で転がすたびに、とてつもなく苦い感情がたかの体の奥深くからせりあがってくる。
    「志村さんはいい人でね、冥人の痕跡を探して方々を当たりまわっていた私に、快くこれを譲ってくれたんだ」
    「そう、ですか。でも、そもそも冥人の記録は時の為政者の意向で隠蔽された痕跡があるっていませんでした?」
    「うん、だから幕府に仕える地頭の家に微かでも記録が残ってるのは奇跡といっていい。改竄された口伝でも何でもいいんだ、とりあえず今はここに伝わっているものを知りたい」
     言葉を発するたびに喉がからからに渇く、心がさかいさま、さかいさまと喚いている。誰だよ、それと思ったせいだろう、心が喚いてる名前に気をとられて立派な門構えの屋敷をくぐるその時、たかは急でない階段から足を滑らせ、地面へと落下していく。あ、これはまずいなとやけに冷静な思考が頭をよぎる。姉さん、堅二、それから数名の友人の顔が脳裏に浮かぶ。これがいわゆる走馬灯というものなのだろうか。今までに繋いだ縁のなか、あなたがいない、あなただけがいないと心が泣き出す。いや違う、これはたかの感情ではない。あなたがいない、お侍様、境井様――冥人様。たかは目を見開いた、背中が地面に叩きつけられる刹那、日に焼けていない、けれどたくましい白い手のひらがたかの頭をそっと、撫ぜる。
    「たか、お主には助けられてばかりだな」
     離れていく手にたかは手を伸ばした。境井様、とたかはそう叫んだはずだった。視界がじょじょに黒く染まってゆく。あの時は一瞬だった。あの時? ああ、そうだあの時、たかは己の首を落とされて、この命はあっけなく散り去った。あなたは必ず修羅道へと至る北へと続く道を歩んだのですね。民のために、俺達のためにその手を真っ赤に染める事を選んだのですね。境井様、境井様――一目でよいのです、あいたい。貴方を、今一度この眼に映したい。たかは沈んでいく意識のなか、哀切を纏った聞きなれない自分の声を、確かに聞いた。


    二、海はセメント 背中を草が撫で、整備されていない土が押し返す感覚に飛び起きたたかは、先ほどと景色が違っていることに気がついた。眼前にあるのは屋敷ではなく城だ。そして城門には帯刀し槍を構えた侍がいる。混乱するなか、たかは自分が彼らに認識されていないことにも気がついた。起き上がると、混乱しきった脳でも情報を収集するべきだと思い侍に本当に見えていないのか不安だったものの、城門をくぐった。城内の侍達はめいめいに冥人をどうするとか、本土や毒がどうとかと、ずいぶんと難しい顔で話をしている。
    「なんにせよ、冥人は危険だ。あれの存在は良くも悪くも民草に力をつけさせる、あやつがコトゥンを討ったならばその後は早く首を落すべきだ。長く逃がせば民の蜂起のきっかけになるやもしれん。知っておるか? 民草が冥人を語る顔はまるで仏を語る僧侶のようだ」
    「ああ、その通りだ。しかし、志村殿にそれが出来ると思うか?」
    「どういう意味だ?」
    「志村殿があれを殺せはしまい。…………あのようなことをしでかしたというに、志村殿は境井への情をまだ捨て切れておらん……そうなるほど、幼い頃より面倒を見てもらった者の顔に泥を塗り、あまつさえ土ぼこりを蹴ってよこすのだ。まったく持って非道よなあ、境井仁という人間は。道理に背き、裁きからも逃げ。あまつさえ今ものうのうと生き延びておる、まったく、彼奴は恥というものを知らぬのだろうな」
    「おう、まったくだ――はやに死んでくれればよいものをな。志村殿の心中を察することも出来ぬ愚か者が」
     道理に背くものなどはやに処理すべきなのだと鼻息も荒く憤慨した様子の侍を、首を落すべきだと切り出した侍は止める様子もなくそうさなと賛同する。たかはその言葉に眩暈がした。お侍様方、あなた方の無力が冥人を生んだのではないですか。貴方達ができぬことを、目をそらすことをしなければ勝てぬ相手が蒙古だ――あの人は、ただ守るために侍であることをやめたんだ。いのちを取りこぼさないように、他のすべてがその手から離れあるいは手を振り捨てられてなお。何割かはたかの思考だった、虚と実の境が曖昧な冥人の伝承から得ていたたか自身の感情に、別の感情が混じっていた。もう一つの感情は泣いていた、己の無力を取り返しのつかない道を彼が行く礎となってしまったことを嘆いていた。
     これ以上あの侍達の言葉を聞きたくはない。たかは誰の目にも映らないことをいいことに、城の中へ入っていった。かの方の伯父上なら、何とかしてくれるかもしれない。境井様がこれ以上北へ行くのを止めてくれるかもしれない。取り戻しのつかない場所へ境井様を赴かせた礎が己なら、北にある修羅道へと続く海中に沈む決定打になるのは地頭様だとたかは悟っていた。はしごを上り、上がるごとに厚くなっていく警護を見て、志村がどこにいるのか探るために警護をしているものたちの言葉に聞き耳を立て。たかは地頭の、志村のいる部屋の戸を滑らせた。滑った戸は滑らかに動くが、それでも少し音が鳴った。不信な物音に志村が振り向くがたかの存在はやはりその目に認識されないらしく、怪訝な目を周囲に滑らせて「……仁、なのか?」と感情を抑えた声を彼は発する。
     見つからないのならばと部屋に滑り込んで、たかは地頭の部屋に視線をめぐらせる。志村は何か文を書いていたらしい。誰に宛てたものだろうとたかは志村が部屋から出て行ったのをいいことに、文を見つめた。当然ながら現代に生きるたかから見ても毛筆で書かれた文字が達筆すぎるのと崩し字などで手紙の内容は概要さえつかめない。ただ、数滴の水の跡が和紙に残っている。水の跡の横、それを見てたかは息をつめた。
     そこには境井仁、と書かれていた。手紙をよくよく見つめると、教授から見せられたあの古文章と同じ筆致だと気づく。あの文章は押し込められていた、志村の思いの丈なのだろう。苗字を塗りつぶしても、その名前だけは消せなかった。そして書いた手紙は捨てることも燃やすことも出来なかったのだ。仁、そう呼んだ地頭の声にはお前であるのか、あってくれという祈りがあった。すみません、戸を開けたのが俺で。申し訳ないと思いながら、たかはそこから離れる。人が集まる前に、城からも出た。お侍様、冥人様――境井、仁。じん、仁と言葉を転がすたびにたかは照れくさい心地になる。たった二文字が、この二文字が貴方を表しているのですね。ひたすらに歩き、たかは雪原が広がる場所に出た。ああここは上県だ、とたかが知らないはずの知識がすんなりと出てくる。会わなければ。会わなければならない。一目でいい、言葉を交わせなくてもいいから。
     冥人様とつぶやくたかの声と、仁さんと発したたかの声が混ざり合う。何度も何度も息を大きく吸って吐き、たかは大地を踏みしめて駆けはじめた。


    三、さようなら、こんにちは 雪が舞い散り、防寒着なんてなく、もちろんダウンなんて着ていない体など簡単に切り裂くのではないかというほどの寒さを突っ切り、街道に降り積もりそのたびに人の足や馬の蹄で踏みしめられて固くなった雪の上を駆ける。駆けて駆けて、駆け続けるうちに寺に着いた。そして寺の中を隅々まで見回して、ここには彼はいないのだとたかは気づいた。また力の限り走りながら方向を変えて、たまたままた城門が開いていた城を突っ切って、蒙古の屍が転がっていた痕跡の残る街道を越え、黄金のイチョウがそっと降る中を探し、寂しげな海風が吹く小さな漁村までたどり着いて、今度はゆき過ぎたのだと来た道をたかは戻る。いつの間にか太陽は沈み始める刻限となり、炉の中で息づくあの懐かしい紅蓮の火によく似た紅の葉が身を横たえる大地を蹴って、勢いあまってまるで絨毯のように広がった紅葉の上に転げそうになって。それでも、どこにいますか、今貴方はどこにいますか、誰にも聞こえない声を張り上げて叫んで呼んだ。その時に口から出てきた言葉は冥人様だったろうか、それとも――仁さんだったろうか。
     駆けて駆けて駆けてこんなに走り続けたことはないと思うほど走って、たどり着いた場所は夕日を浴びた紅葉が燃えている墓所だった。刀を手にした志村と仁の二人を太陽が、たかが見つめている。だめだ、と叫ぼうとしたけれど、たかは口をつぐんだ。二人の未来はもう交わらないことを、現在に生きているたかは知っている。けれど過去を生きたたかはだめです、だめですと叫んでいた。その方はあなたが一等大事にしていた、貴方が手放してはいけない縁ではないですか。だめです、何故貴方ばかり失うのです。覚悟をした、やさしいひとはどこまでもすりつぶされていいのですか。あなたはなぜ、それを許すのです。何故貴方自身が失っていく事は、どうしようもないことだとあきらめてしまうのです。
     たかは叫ぶ胸に手を当てた。やさしいひとだから、結末はどうであっても、何かが、民が失われることを許せなかった人だから。しってる、そんなこと痛いほど知ってると叫ぶ心臓にたかは言った。それでも、俺達が仁さんの結末に干渉することは出来ないんだよ。そっちは死んでしまったろう、そして俺はずっとずっと先の未来に生まれちゃったから。過ぎ去った過去は塗りかえれない。そりゃあ塗り替えたいさ、誰にも優しい朝日が射せばいい、島に生きる誰にも穏やかな風が吹いていたらよかった。でも、そうじゃない。この瞬間になっても、何一つそうならなかった。そして、俺達がもしもとたらればを繰り返すことは仁さんの道に泥を投げつけること同じだ。
     じゃあ、どうしたらいいだと言う涙声にたかは言葉を返した。正しく、彼の成したこと彼の失ったもの彼が生きた証を探し出して、あの人があったことを俺が伝えていくよとたかは心臓に声を返した。冥人の彼も、境井仁という人も。人はあっさり死んでしまう、忘れられて二度目の死を迎える。でも、誰かが生きていたこと、存在したということを人は長く語り継ぐことはできるから。
     心臓がすすり泣いている、地頭様と剣を交わらせたあの人は、介錯を望む伯父の望みを蹴った。生きてほしいのだ、彼は。たかは思わず言葉を発した貴方の望む結果とは違うかもしれないけれど、志村の家は今もあります。たかはひときわ大きな声で叫んで、貴方のことを後の世に伝えます、貴方がいたこと、あなたの失ってしまったもの。今もどこかに残る貴方の息吹から名残から、虚と実の中から他でもない貴方を見つけて語り継ぎます。認識されないたかの声が仁に聞こえるはずもない。ふと、去ろうとする仁の視界に紅葉が吹きすさんでその足が止まった。
     太陽を見て、仁は微かに笑む。それを見つめた心臓はいつの間にか泣くのをやめていた。さようなら、そうつぶやいたのは仁とたかのどちらであったろう。それとも、両方だったろうか。


    四、かみさま 対馬を駆けたあの時間は、あの時見た境井仁の人生の一欠けらと、体内ですすり泣いていた心臓は確かに死にかけた脳が見せたただの幻だったのかと思うことはある。起きたらいつの間にか対馬ではなく本土の病院にいて、仕事でないときはずっと付きっ切りでたかの世話をしていたという姉には何をしているんだとこっぴどくしぼられた。目覚めが遅かっただけで傷はとっくに癒えていた。そのかわり眠っている間に筋肉は少し衰えていたが、目覚めた後熱心に行ったためリハビリも順調に終わってすぐに退院できた。すぐ出れたじゃないか姉さんはいつも大げさだよというと、二週間も意識不明でずっと眠っていたんだ、心配するに決まってると遠慮なしの力加減で頭に手刀を落とされた。姉の心配性は今に始まったことではないが、姉が同じ状況であればたかだって同じくらい心配をするのは理解できる。素直にごめんといったら、姉は幾つも繰り出そうとしていたらしい小言を飲み込んで、ひどく苦々しい顔でもうするなとだけいい、たかはうなづきを返した。
     その後はともに対馬の土を踏んだ教授とともに冥人の研究に携わって、そしてそれをはじめてからすでにそれなりの時間が経ち、冥人という伝説の中に実在した、そう呼ばれていた人間の輪郭が確かに見えはじめていた。たかは大学の構内に設置されたベンチに座り、コンビニで買ってきたまだ暖かいコーヒーを飲みながら、すっかり赤くなった木々の葉に目を当てる。
     貴方は今、この国のどこかで生きてあるのでしょうか。過ぎ去る日々を重ねてその中で生活をして、たかがそうしているように、こうしてあまねく場所を照らす陽の光に目を細めて。ここに生きて、ただ穏やかに生きてあれるということを噛み締めることがあるでしょうか。どうか、穏やかに生きてください。もう貴方しか負う事の出来ない貴方から選択肢を奪う重苦しい鎖のような業などはなく、貴方を突き動かすかなしみもないのだから。許されないことを、罪を重ね続けたという意識に飲み込まれないで。この瞬間に存在する貴方のそばに生きている人々と手を取り合って生きていて。どうか、どうかと、頭の中で言葉を連ね、たかは何度も祈る。
     そして「俺」は貴方に会えたことをすこしも後悔しておりません、幸福ならば側にありました。短かったけれど貴方が、俺の側にありました。幸福を一つの糸にたとえるならば短く終わった己は不幸だったでしょう。けれど今ならこういえます、俺の幸福は貴方の形をしていた。見て欲しかった、貴方がくれた幸福のその深さを。貴方への思慕の深度を。
     いきてあるあなたが、しあわせでありますように。出会えていない俺が出来ることは何もありませんが。過去の貴方を語り継ぐことはひょっとすると貴方には迷惑な話かもしれませんが、それでも俺は冥人の貴方を、民を守るために刃を振るった貴方を俺から別の人へ、そしてその人から別の人へと語り継ぎたい。それが、あなたにできる俺の返礼ですと心の中で言葉を繋ぐ。
     祈り願いながら手にしていた、新しく発見された元は口伝であったらしい伝承をまとめて書き残した文章のコピー。そして同じ場所から発見された、少しばかり汚れてしまっていたあの白い拵えの宝刀の写真を手に持ちながらコーヒーをすすり、あの日仁がしたように、たかは燃える盛る夕日に目を細めた。
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/17 19:47:29

    あなたのなかの忘れた海

    離の段の一番最後らへんのネタバレを含みます。未クリアの方は注意を。
    現代に生まれ変わったたかが過去の対馬を見るはなし。心意気はたか→仁なんですが仁さんとたかはしゃべってないというこの有様。ラブです。広義のになると思うのですが。あのときのあなたを語り継ぎます、そしてこのときにいるかもしれないあなたがしあわせでありますように、というはなしです。

    #Ghost_of_Tsushima
    #GhostOfTsushima
    #たか仁
    #現代AU
    #腐向け
    #ゴーストオブツシマ

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