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    刃の上を君と行く一、二、一、 膝を折った青年に困惑を感じているのは青年の傍らから離れない別の青年ばかりではない。その所作で敬礼の意図を示されたパンドラにも、深い困惑があった。頼りなく揺れる、とうに色など失せたはずのパンドラの視界に、青年の、ラダマンティスの明るい金の髪が僅かな光が吸い込んで、かすかに光っていた。パンドラは己自身に対してのものばかりでない敬礼に対して、多少のねぎらいの言葉と次いでこの場を辞せと言葉を放つ。
     ラダマンティスはバレンタインと傍らの青年に声をかけ、鋭い視線をパンドラに向け続けるバレンタインに視線を向け、何一つ要求を言葉にしないままバレンタインを己の意思に従わせる。パンドラは祭り上げられただけの女などより、よほど主としての振る舞いをするラダマンティスの背を見られなかった。
     去っていく背を、見られなかった。このときのパンドラには、それがなぜかはわからなかったけれど。

    ◇◇◇

     冥王軍の女幹部として、軍を取りまとめる冥王の姉として、君臨者として。覚えねばならないこと、現在の偽りを未来の真実としないといけないことは山ほどある。双子神の叱咤に怯えながら、パンドラは虚勢を正真の態度とするために、日々を過ごしていた。そしてその魂の帯びる宿命によってラダマンティスとバレンタインがパンドラの前に現れてから一週間ほどが経っていて、本来なら父母の愛情を支えを必要とする幼い自我は彼に会えないだろうか、と弱音を吐く。
     長い廊下を殊更ゆっくりと歩みながら、パンドラはなにか理由をつけてラダマンティスを呼び出してみようかとも考えた。けれどその理由はひとつも見つけられないでいてたから、こうして廊下を歩んでいる。
     ――命の呼び声に目覚めても、完成されていない肉体の未熟によって冥衣を完全に扱えるわけではないらしい冥闘士の宿命を持つ少年や青年、或いは少女は各個人の方法で、小宇宙と肉体を鍛えているという。パンドラは少し足を止め、書庫のある方角へ進む足を切り替えた。
     読みかけだった戦術書でも読もう、そう思ったのだ。このときは、確かに。

    「――――パンドラ、様?」
    「……バレンタイン、ここで何をしている」
     忠節を持っていないことを明らかに示しながら、けれどあの日ほどは深くはない困惑をその顔にたたえながら、バレンタインはパンドラを見た。答えは口にしたくはなかったらしいが、忠節を持っていない相手であろうと、幹部と一兵士の立場ではそれは許されない。
    「…………ラダマンティス様をお待ちしております」
    「ラダマンティスが?」
    「修練のあとは、必ず戦術書をお読みになっております」
    「…………あれに用はないが、このパンドラも書庫に用がある。そこをどけ」
     少しの間があってから、扉を守っていたバレンタインはそこを退いた。大した忠義だ、冥王に対するものとは種類の違う忠誠を、バレンタインはラダマンティスに対して持っていると気づけないほどパンドラは鈍くはない。扉を開けさせ、パンドラは書庫の中に足を入れる。城にある書庫は広く、書庫のある区画の半分を占める。広大な書庫には、文化の垣根をそれなりに越えた知が眠る。もう読む必要のない、確かに熱中していたこの城に生まれる少女たちのために集められた子供向けのロマンス小説の棚を通り過ぎ、一つ椅子が消えた書庫の中央に設置された読書のためのスペースを抜け、パンドラはほんの少し目を丸くして、けれどそんな幼さなをすぐに消し去って、仕えるものとして。椅子から降りて主人に対しての敬礼をしたラダマンティスにパンドラの心はチクリと痛む。

     この男の子は、わたしがただの女の子であってもそのように扱ってくれたのかしら。ただの女の子と男の子であったら、ずうっとわたしのそばにいてくれるのかしら。戦士でないラダマンティスは、私といてくれるのだろうか。そんな言葉が浮かんで、パンドラは唇を固く引き結んだ。
     けれど膝を床につき、揺るがない青年の目がパンドラを、パンドラだけを映していて。だからだろうか、パンドラの口が「ハーデス様の忠実な戦士であろうとしているのか、大儀である」と偽りでない、主としての言葉を口に出せたのは。
    二、 若い木々は大木となる兆しを見せ、花であれば爛漫に身を誇るその一歩手前にパンドラはいた。それが冥王が愚かしい策略によって奪われ、パンドラがその意思で信頼していた女を殺してからそれなりの時間が経っている、ということでもあった。
     可憐な少女から美しく、鋭利な毒を持つ薔薇のような美貌を持つ女へパンドラは変化し、ラダマンティスも未熟な青年から、強い忠誠を向けられその忠義を向けられるにたる、頑強な軍団の長となっている。

     その日もパンドラは書庫にいた。仕えるものと従えるもの、その明確な差異をいくら知らしめられても――いや、だからこそ、パンドラはラダマンティスを必要としている。ラダマンティスの目に映っているのは主であって、パンドラ個人ではない。明瞭に口にしてしまえば、ラダマンティスがパンドラに忠実であるのはハーデスという存在に対して忠実であるからだ。
     冥闘士として冥衣をまとい戦地に赴くことの多くなったラダマンティスが、書庫で戦術書を眺めることはすでにそうない。実戦という石が戦士としての力を研いでおり、部下という武具の扱いもまたそうだ。聖闘士との戦いで、ただの人間同士という前提のある戦術はそう役に立ちはしないだろう。ここに聖闘士ととの争いに役立つものは、何ひとつとしてない。

    「パンドラ様、ラダマンティス様が帰還なされました」
    「そうか」
    「お呼びいたしましょうか」
    「いらん、私ももう戻る。書を片付けておけ」

     パンドラはそういって、長い廊下を歩く。幼い頃の恐れは廊下をひどく長いものにした、今はどうだろう。変わっていくものの中で、何も変わってはいない物があるとでもいうのだろうか。
    パンドラはふと窓の外を見た、薄暗い曇天は、パンドラの灰色の視界と通常の世界をおなじものにする。お前の色はなぜわかったのだろうな。その呟きは淡く霞んで、空気に溶けて消え去った。
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/11/28 13:48:43

    刃の上を君と行く

    LCのラダマンティスとパンドラのはなし。過去編捏造。そんな感じのアレ。広義のラダパンかもしれない。
    #聖闘士星矢
    #ロストキャンバス

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