サンタマリア　なんとかたどり着いた地上で季節の巡りを娘と共に数度目にして、さらにスーツを必要としないほどまでにエレノアの身体機能が回復して。さらに言えば一緒にラプチャーを出たリトルシスターだった少女たちの身元の引受先も全て決まって。
　暮らしの全ては政府の監視下ではあるが、喜ばしい事柄がそれこそ無数に存在するというのに、デルタは一人ぽつねんと人通りは多い街路で迷子になっていた。潜水服に片手はドリル、怪しさしかない男なのか女なのかもパッとみてわからない異物を人々は遠巻きにするから、目的地の店のチラシ、そして欲しいものをその個数を書いた紙を手をしたまま、デルタはひたすらに立ち尽くす。

　なぜ彼がここにいるのか、なぜ迷子なんかになっているのか、にはさほど深い理由は特にない。今でも彼を動かすものは娘一つだ、彼女がテレビを見て、ケンタッキーのフライドチキンに興味を持った。そして無茶のすぎる上に頼まれたとはとても言えないお使いをデルタが敢行したのは、エレノアに喜んでほしいからだ。唯一無二の、けれどすでに意図された人造の絆は途切れた少女に笑っていてほしい、政府の監視下にあるとは言え、その頭脳に見合った学校に通えるようにさえなったエレノアに、言葉には到底できないほど大きな大きなおめでとうの気持ちを込めたささやかなお祝いの品を渡したい。そんな事情から、デルタはニューヨークの街角で長らく迷子になっていたのだった。

　周囲を見渡して、デルタは自分が完全に帰り道さえ無くしていることにようやく気づいた。ごく稀に手を貸してくれるお人好しが示してくれた道を辿ったからだが、大通りにはそういう人間はいないようでデルタはとりあえず移動を重ねようと足を動かそうとした。ラプチャーでもとりあえず前に進めばよかったのだ、と地上と海底都市の種類の違う猥雑を理解しないまま、デルタは前に行こうとした。

「パパ！　どこいくの？　私も一緒に行くよ？」

　した、というのは大切な娘の声がした方をデルタが振り返ったからだ。制服姿の少女の背後には、同じように息をせききらせている娘と見張りだったらしい男がいる。少女の肩を衝動的に掴もうとしたらしい男は、エレノアが止める隙間は一つもないほどの速さで行われたデルタの体当たりを食らって、随分派手に撥ねられて伸び、エレノアの呆れ混じりのパパという声にデルタは潜水服の装甲をかいた。

◇◇◇

　ケンタッキー、ラプチャーではなかったもの。それにエレノアはほんのちょっといいなあと言ってしまったのに気づいて、頑丈に作ってもらったソファに一緒に座っていたパパがメモ紙を差し出してきたから、あ、もう買ってきてくれるつもりでいるのだということに、エレノアの胸はいつだって温かくなる。
　そして同時に、迷わないだろうかと心配になる。閉鎖空間でありナビゲーターのいたラプチャーなら、どうにもなったろう。けれどここは境のない地上であり、なおかつデルタには迷子の前科が複数ある。エレノアはデルタがそもそも店にたどり着けるかがとても心配で、こっそり学校に休むことを伝えてから、政府が寄越してくる見張りを撒かない程度の速度でデルタの後をつけていた。

　そしてまあ、案の定迷って店とは反対の方向に行こうとする父に駆け寄って、それを逃げるつもりだと勘違いしてしまった見張り役には損な役割を当ててしまったが、無事に店に着いて、デルタが会計を済ます間に適当なベンチを見つける任務をおえて、エレノアは揚げたてのチキンを一つ取る。からりと揚がった衣と肉を食べている満足感を存分に与える味に、エレノアを見つめているデルタに彼女は「パパも食べて、美味しいよ？」というと、デルタはエレノアからペンとノートをちぎった紙を借り「たくさん食べて。学校に行けるようになったお祝いだから」と書いた紙を渡してエレノアの髪型が崩れないように、慎重な手つきで頭を撫でる。

「パパ、」
「？」
「……ふふっ、ありがとう。パパ、大好きだよ！」

　変わらないものはないはずだけれど、エレノアは永遠に変わらない何かをいつもデルタの中に見出す。二人を繋いでいた絆がなくなってもそばにいてくれるからだろうか、どんな時も寄り添ってくれるからだろうか、結果は迷子になってしまうけれど、こんなにも、尽くしてくれて、優しいからだろうか。
　——きっと全部揃ってるから、パパも私もここにいるんだ。エレノアは愛情のゆりかごにいることをまた理解して、過去と変わらず優しく頭を撫でるデルタにありがとうパパと微笑んだ。