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    千年幸福論Ⅰ:21 gunsⅡ:Befor I ForgetⅢ:A Light That Never ComesⅣ:千年幸福論Ⅰ:21 guns 急患だと運び込まれた青年を見て、ヴィクターは伝説への野心を燃やす友人がまた厄介ごとに首を突っ込んだ、あるいは引きずり込まれるところだったのだと察した。コーポ、というよりアラサカの人間であることを示す赤と黒の制服を見てヴィクターの表情が特別変わることはなかったが、会社のネットからはじき出され今は何の意味もない、身体に負荷をかけるばかりになったインプラントの全てを交換、調整するにはそれなりに時間がかかる。目が覚めて意識を取り戻した彼が治療を拒否しなければいいのだがとヴィクターは思考する。とりあえず治療をしている最中にシナプスを焼き焦がされてはたまらないため、ヴィクターは致死性のハッキングをかけられる場所を優先して別のインプラントに交換していく。治療を受けている青年の懐がどの程度暖かいのかヴィクターに知る由はないしナイトシティでは死ぬほうが幾分かマシといえる事象はいくらでも転がっている。けれどここに運び込まれた目の前の命に手を当てないという選択肢はヴィクターにはないが、まだ名前を知らない青年が自分がまだ生きているということにどのような印象を抱くかは青年次第であり、コーポから蹴りだされたらしい彼がどう生きるかも彼次第だ。悔しいがヴィクターが出来るのは死神の手から命を掬い上げて生かすことであって、生命を繋ぐのは個人の意思だ。
    「すまねえ、ヴィク。金は今すぐには――」
    「ジャッキー、お前さんが運んできた患者ではあるがお前さんが支払う義理はないだろう。それに、意識が戻ってない患者に早々に金をせびる気だってない」
     助かるといったジャッキーにまだしばらくかかるから飯でも食って来いとヴィクターは言って、クリニックから出て行く大きな背中を見送ってからまた治療に取り掛かる。意識が戻っても、しばらくは意識が混濁しているだろう。ここでの身の振り方を早急に考える必要が青年にはあるが、幸運なことに青年にはジャッキーがいる。彼も彼の母親も面倒見がいい、二人が少なからず彼の手助けになってくれるはずだ。シナプスに仕込まれたインプラントを外し、アラサカの高性能なサイバーデッキもかなり質が劣るものに変える。彼個人のものらしい眼のインプラントを変える必要はない、それよりも心臓の――とヴィクターは手を動かしながらせわしなく思考を回転させる。
     ヴィクターはふと、青年の顔を見た。痩せこけた、という印象が先行するのは彼に溌剌とした生気が乏しいからだろうか。顔色が悪く、頬がすこしこけているのもその印象を深めさせる一因だ。コーポは己が上に行くため他者を蹴落とし、時に蹴落とされを繰り返す。そこにある限り繰り返される悪質なゲームをなんとかすり抜けていた青年の人柄については、ジャッキーから断片的に聞かされている、いい奴ではあるが青年の芯がコーポ野郎であることに変わりはないと。けれどジャッキーの口ぶりは言葉に反して楽しげだった。ジャッキーは心の底から彼のことを気に入っているのだろう、今回出来る限りの処置をして、あとはインプラントが手に入り次第治療をしその後も定期的なメンテナンスをするために顔を見せてもらうことになるのを青年に伝えるため、ヴィクターは彼が目覚めるのを待った。薬剤を使っての覚醒は彼の体に不要な負担をかける、目蓋の震えを見つめながらヴィクターは待つ。目蓋は少ししてから開いた、顔を動かさず視線だけでざっと周囲を見渡した青年は顔を動かしてヴィクターを視界に映す。
    「あんた……ヴィクター・ヴェクター?」
    「なんだ、ジャッキーから聞いてたのか?」
    「…………違う、なんかの報告書で見た。どっか別の……そうだ、バイオテクニカだ。奴らが熱心に引き抜こうとしてるリパードクがいるって」
    「名前を知っているなら話は早いな、お前さんの名前は?」
     青年は少し躊躇いを見せた。警戒から来る、朦朧としているが鋭い視線をしばらくヴィクターに当てていたが諦めたのかそれとも名前くらいの情報なら開示してもかまわないと判断したのか、青年は口を開いた。
    「V。俺はVだ、ヴィクター・ヴェクター」
     それ以上は言わないと言いたげな口調には、明確な拒絶がある。ヴィクターは今回換装、あるいは取り除いたインプラントと、これから段階を踏んで取り除かなければいけないその他のインプラントやクロームのこと、そしてその後定期的にメンテナンスを受けて欲しい旨を青年に告げた。青年は天井を少しの間見つめてから、ヴィクターの治療方針に承諾する。
    「心臓と脊髄、脳。ハックされて即座に致命傷となる部分のインプラントは全て外したが、正直無茶な施術をした。その分身体にかかる負荷はでかい、次の施術は二週間後だ。その間、どこか頼れるところは?」
    「それはあんたの知ったことじゃないだろ。……ナイトシティのリパードクってのはこんなに親切なんだな? アラサカお抱えのカウンセラーよりよっぽど親身だ」
     手術台から身体を起こした青年はヴィクターを見ない。まるで手負いの獣のようだとヴィクターは感じる。ナイトシティではこういう患者は珍しくはないが、青年の場合は過度にその傷へ手をあてようとすれば逆効果になるのは目に見えていた。自らの傷をその意志で隠す手合いは、その傷を隠す手を強引に外して手当てをしようとすれば逆に毛を逆立て抵抗し、衰弱していく。
     ヴィクターとVの間には今までに負った傷をさらしていい、と思われるような信頼に基づく良好な関係性はない。今誰よりもVと一番近しい場所にあるジャッキーの間にだってあるかどうか怪しいそれを求めるほうが酷だ。
    「V」
    「なんだよ」
    ヴィクターは言うべきか迷ったが、結局青年に告げることにした。たいした言葉ではない「術後、調子が悪くなればいつでも来い。些細な異常が大事になることもあるから遠慮はするな」という、まだ治療が必要な患者と彼を治すという意志を持った医者としてヴィクターは言葉を発した。
     ヴィクターの言葉にVは少し困った、というか途方にくれたような顔をした。おや、とヴィクターが思うと同時に三人分の食事を手にジャッキーが戻ってきて、ジャッキーが入ってくるまでにVの顔に浮かんでいたまるで長く彷徨い続けた迷子のような表情はすぐに消えた。泊めてもらえるようにお袋に頼んだからしばらくは俺んちにいろよというジャッキーに、手渡されたカプチーノをすすっていたVはうなづいた。掛け値なし、正真正銘ただの善意に対して青年はどう言葉を紡いだものかもわからないらしい。ヴィクターもまだあたたかいコーヒーをすすりながら、とりあえずその制服以外の服を買いに行くぞというジャッキーと、それはいいがダサい服はごめんだというVの言葉を聞く。
     ひょっとすると、傷を隠す青年はただ戸惑っているだけなのかもしれない。そうならばその傷を隠す手は外敵となるものらに弱みを晒さない為についた防御本能であって、彼の意思だけに基づくものではない。それにずっとコーポの中で生きてきたのなら、全ての言葉の裏には打算と計算があって当たり前なのだろう。Vという個人はコーポを生きるために彼が作った鎧を脱ぎ捨てれば、案外皮肉っぽい言葉を好むきらいがある、今は誰かの優しさを上手に受け止められない、ただの若者なのかもしれない。
     地下から出て行く二人をみながら、ヴィクターは思う。人の情をうまく受け止められない猫のような青年のことを。ジャッキーの持ってきたブリトーをかじりながら、ヴィクターは彼から取り出したインプラントを見つめながら、まだ体内に埋め込まれたままである不要なパーツをどのように外していくか考えることにした。
    Ⅱ:Befor I Forget「V、お前さんママウェルズともうまくやってるみたいだな」
     ヴィクターも施術中の雑談は好むほうではないが、彼が常に抱いている緊張と警戒を少しでも和らげようと言葉を選んで意識的に彼に話を振るようにしていた。話題を振られたVは少しの間内容の判然としない唸り声のようなつぶやきのような言葉を発していたが、頭を振って「俺がうまくやってるっていうか、ママウェルズの方がなにかと気を使ってくれてる」と言った。そしてその顔にはあの時浮かべた迷子のような表情を浮かべいた。さらにその顔には何故、と書いてある。
    「お前さんがジャッキーのところに下宿してからもう三ヶ月くらいだったか? 仕事のほうはどうなんだ、ジャッキーと一緒にかなり派手にやってるとは聞いてるが」
     Vは茫洋と広がる荒野を見るような表情をしたまま「…………まあ、ぼちぼち、くらいには」と返答というよりは独り言のようにつぶやいた。曖昧な響きを持った言葉は空中で霧散しそうなほど頼りない。
     ヴィクターが発する問いへの反応は依然としてよいものとはいえないが、露骨な警戒はさほど表さなくなった。V自身がヴィクターのことを強く警戒すべきもの、と捉えなくなったらしいが今度は逆にヴィクターの挙動にも何故と顔に表すようになった。Vがその顔に最初に何故を出したのは洋服を買い求め後、ジャッキーに連れられるままママウェルズと顔を合わせて「息子の友人なら、ここにいくらでもいていい」といわれた時らしい。ジャッキーはあいつ、何でって顔してしばらくお袋の前で固まっちまったんだと笑っていた。お袋大笑いだったぜ、まあ俺も笑っちまったんだけどさ。彼の顔に何故が最初に顔に現れた一幕はジャッキーとママウェルズが彼の中で特例の特別となった瞬間であり、コーポの人間でもなくなり今まで培ったものを何もなくなして「ただのV」となった彼に何で俺にこんなによくしてくれるのかという特別大きな戸惑いを生ませた。ここ最近彼はヴィクターの前でも何故という色は頻繁に浮かべるが、感じている何故どうしてを決して口にはしない。プライド云々ではなく、どうにもそのなんでをどう形にして口にしたものかもわからないらしい。
     彼の人生に今まで存在しなかったぬくもりと呼べるささいな情は、彼の心を大いに混乱させる。よりよい環境を約束させる懐柔の手管は必要なく、自分が持つ何かを引き換えにしたわけでもない屋根の下で寝起き温かい飯を口にできる生活がこの街ではかなり贅沢な状態とVはわかっている。分かっているからこそ彼の中に戸惑いは生まれるのだろう、自分の幸運をかみ締めるにも何故、何故と逡巡する思考が邪魔をする。ほとんど脱げかけの鎧を惑う指先で引き止めている青年に、あえてヴィクターは鎧を捨ててもいいじゃないかとも、お前さんは幸運だなとも言わないでいる。
    「ママウェルズの飯は相変わらずか? 味付けはいつも少々辛い。まあそれがいいんが」
    「……美味い、とおもう。出てくる飯は、いつも食ったことない味がするんだ。でも、美味い。……コーポにいた時は、上司の接待で少し飲み食いする以外は栄養完全食のゼリーとか、バーとか、そんなものしか食ってなかったから……なんか最近、太った気がする」
    「ゼリーじゃなくてちゃんと飯を食うようになって適正体重になっただけだ、気にするようなことじゃない。そうだ、あれは食ったことあるか? ママウェルズ一番の得意料理」
    「ああ、あの一番辛い奴だろ。そんなに量はないのに、食いきるまでに飲んだ水で腹がいっぱいになりそうだった」
     ジャッキーの奴、辛いって水一気に飲むなよって大笑いしてやがったと呟きながら、はじめてみる穏やかな仕草でVの目が細まった。ヴィクターは取り外さなければならない最後のインプラントが問題なく外れたことを確認し、彼に害を与えかねないアラサカ製のクロームなどもうないことを確認すると痛み止めなどの効果のある薬をVに渡した。
    「手術はこれで終わりだ、あとは術後の経過を見たいから最初か一週間後、次は二週に一度。最後に一ヶ月に一度来い。その間なにも不調がなければ大きな怪我をこさえない限りここに来なくていい」
    「…………そう、か」
    「こんなに経過が良いのは飯をちゃんと食って寝てるからだ、ママウェルズに感謝しておけよ。じゃあ、今日はもういい。次の健診の時まで怪我するんじゃあないぞ」
     Vはヴィクターの言葉に「あんた、案外口うるさいよな」と少し気安い口調で言葉を発した。これでも医者だからなというと、彼は音量が控えめな笑い声を発した。
    「ジャッキーがあんたはこの街で一番信用の出来るリパードクだって言ってたのがわかるよ、ヴィクター・ヴェクター。バイオテクニカの奴らがあんたを引き抜きたがる理由も」
    「俺を褒めたところで何もでないぞ、V。出来るのは精精料金の支払いをツケにしてやれる程度だ」
    「はっ、なんだよそれ……あんたどこまでもいい奴だな、ほんとうに」
     まだ迷子の顔をしている青年は、そういってからヴィクターの診療所を出て行った。どこか躊躇を滲ませるもともとそこまで広くはない背中を見送ってから、器用な性質ではない彼が見せた今表現できるありったけの信頼の言葉に、いい傾向だろうなと率直に思った。根っこに刻み付いているコーポの人間らしい思考が完全に消え去ったわけではないが、V自身がもつ個性が表に表れるようになっていた。コーポの鎧を捨てた彼個人はなかなかにお人よしな面がある、ジャッキーを時たま呆れさせることがある程度に。
     ヴィクターはVのカルテに新しい情報が入力されたことを確認してから、モニターにボクシングの試合を映す。幸い今日は他に予約はない、鍛え上げられた肉体に力の限りグローブを打ち付けあう音を聞きながら、ヴィクターはVの変化を気にしていることに何度目かもわからない自覚をすると、彼の目には自分はまるで口うるさい父親のように映っているんだろうな、とヴィクターは微苦笑した。
    Ⅲ:A Light That Never Comes ナイトシティでは病を得るよりも銃弾を食らうことのほうが多い街だ。風邪をひく人間よりも、銃弾を食らって死ぬ確立のほうがずっと多いから怪我を治す薬のほうがよっぽど重要で、風邪薬なんてものがリパードクのもとにあったとしても、少なくとも四半世紀は前に製造されてとっくに期限切れを起こした骨董品であることは珍しくない。そんなわけで、Vが風邪を引いたとなって出来ることはヴィクターにほとんど何もない。出来るだけ栄養をとって多く眠ること、ひきはじめの風邪に対する対応だけは人体を機械に置き換えても何の問題もない時代にあっても変わらない。そんなわけで医者であるヴィクターはVにその風邪が本格化する前に寝て治せとしか言えず、科学は進歩してるはずだろとごねるVに、ただのひき始めの風邪だが悪化する可能性は十分にある。仕事は控えろというしかなかった。
    「薬を渡してやりたいのは山々なんだが、作られてここに来た年数がお前の年齢と同じくらいの薬しかないんだ。新しく取り寄せたとしても寝てるうちに治ってる、とにかく今は休め」
    「けど、いつまでもママウェルズの好意に甘えてるわけにもいかないだろ。それにもう少し働けば金が溜まって、それにそろそろ引越しのめどがつきそうで」
    「お前な、風邪だってこじらせるとかなり厄介なんだ。もう少しだけ彼女の厚意に甘えておけ、風邪が治ったらでいいだろう。ママウェルズだって心配してるから俺のところにお前さんをつれてきたんだ。心配している相手にひいてることを隠そうとしてももっと心配するだけだ。わかるだろう?」
    「それは……わかった、わかったよ。今日からしばらくは治すためにちゃんと食べて、それから寝る」
    「分かったらならそれでいい、お前さんの車で来たのか?」
    「ああ、ジャッキーが運転してくれてる」
    「なら安心だ、お大事に。…………してやれることがなくて、すまないな」
     ヴィクターは背を向けたまま、気にするなというように手を振ってから出て行ったVを見送って、久しぶりに自分からママウェルズに電話をかけることにした。一回のコールで彼女は出た、電話が来ることはお見通しだったらしい。
    『久しぶり、ヴィクター。Vは大丈夫なの?』
    「ひきはじめだ、すぐに悪化はしないだろう。栄養のあるものを食べて、ゆっくり休ませるのが一番だ」
    『Gracias por todo。私相手だとヴィクターに見せるほどじゃないの一点張りだったから』
    「Vは少なくない恩義を感じているんだ、信用と信頼があるからこそ寄りかかれないんだろうさ」
    『そうね、それは彼の美徳だけど同時に欠点だわ……とにかく、説得してくれてありがとう。しっかり寝させて食べさせるわ』
    「ああ、そうしてやってくれ。またごねたら俺が説得しに行くから。ああ、よろしく」
     短い通話を終え、珍しく薬の在庫を自分で確認をしているとミスティが夕食を手に階段を下りてきた。珍しい光景を見て首をひねっている彼女に、ヴィクターは風邪っぴきのために本当に薬がないか探していると告げた。
    「ダーリンに聞いたけど、Vが風邪ひいたって本当だったのね」
    「ああ、フィクサーからの依頼で水中の車から荷物を回収しなきゃならなかったらしい」
    「Vらしい、といえばらしいね」
    「ああ、仕事人間なのはコーポ時代と変わらないらしい」
    「ヴィクター、風邪薬注文する?」
    「…………いや、ただのひきはじめだ。ママウェルズがしっかり寝させてしっかり食べさせると約束してくれた、すぐに治るだろうから、必要ないだろう」
    「そっか……わかった、ここに食べ物置いておくね。ヴィクターもちゃんと食べなくちゃ」
     結局手持ちの風邪薬はどれもこれもロートルといって過言ではなく、一番若くて十五年ほど前のものだった。この際必要ないものは捨てておこうと四半世紀ものの薬はゴミ箱に捨てる。いくら薬の効能も保存期限も科学の発達によって長くなったとはいえ、さすがにこの薬を患者に飲ませることはヴィクターには出来ない。そもそもあったことも忘れていた薬だ、注文した経緯も誰のために用意したものかも忘れている。一応十五年ものの風邪薬はまだかろうじて期限内とパッケージに印字されていた。ヴィクターは少々迷ったが、これなら渡してもかまわないだろうと判断してVに通信をすることにした。
    『どうしたんだ? 風邪薬でもあったのか?』
    「ご明察だ、V。ぎりぎり使用期限内の風邪薬が一箱だけあった」
    『取りに行ってもいいか?』
    「馬鹿言え、風邪人がほいほい外を出歩こうとするな。今から持って行ってやるから寝てろ」
    『…………あんたが?』
    「ああ、俺が」
     そう言い切ると躊躇いを多く含んだ沈黙が二人の間にしばし流れた。それはそうだろう、ヴィクターはめったに診療所から出ない。それはヴィクターを知る者達の間では当たり前のことだ。しばらく言葉をどう紡ぐか迷っていたらしいVにヴィクターは在庫を整理してたらたまたま見つけたんだ、気にするなと告げた。それでもVはしばらく沈黙していたが『ジャッキーに頼んで、そっちに車まわさせるよ』という。
    「いい、いい。自分でいけるさ、ジャッキーは仕事だろう」
    『でも、』
    「気にするな、V……お前さん、少しくらい甘えることを覚えろ。ずっと気を張るなんてむりだろう」
    『…………そうかも、しれない』
    「そうかもしれないじゃなくて、そうなんだ。じゃあ、少し時間はかかるがいく」
     そういって、ヴィクターは通話を切ろうとした。すぐに切らなかったのは、Vが焦ったようにヴィクターの名前を呼んだからだった。
    「どうした?」
    『いや…………その……あり、がとう、ヴィクター』
     照れを多く含んだ声はそれを言うなり通話を切った。それは、今の彼がヴィクターに示せる最大の返礼でありヴィクターという存在を最初と比べるとかなり信用し信頼しているというのと同じ行動だった。そういえば、Vはいつの間にかあの亡羊とした迷子の顔を彼はしなくなっていたとヴィクターは思考する。今、彼の目の前に広がっているのは果てしない荒野ではないのだろう。そう思うのも、彼が帰る場所を得られたからだろう。ヴィクターは風邪薬の箱に印字された使用期限をもう一度確かめて問題がないことを確認すると、薬をポケットに入れてミスティに薬を届けてくる、用意してくれたものは帰ってから食べると一声かけて夜の帳が折り始めたナイトシティを歩み始めた。
    Ⅳ:千年幸福論 Vの新しい部屋が見つかり、寂しくなるなというジャッキーにどうせ一緒に仕事してるんだからあんまり変わりはしないだろうと返答するVの間には親友と表現できる空気があり「だよなヴィクター」と、最初の頃とは違う、フルネームではない呼称でヴィクターを呼ぶようになったVの口調には気安い親愛があった。
    「まあ、ジャッキーとはな。ママウェルズのところには少し顔を出せよ、V」
    「出てったばかりなんだ、そんなに早く行く必要ないだろ」
    「昨日まであった顔がいなくなるのはなかなかさびしいもんだ、明るく見送られたからって、少しは気持ちくらいくんでやれ」
     二人の手当てをしながら、ヴィクターは小言を連ねる。二人の怪我はそう大したものではない、たまたま近くにヴィクターの診療所があるからサイバーデッキの調子も見てもらうついでに怪我も見てもらえ。上手く依頼をこなしたおかげでボーナスが出て、懐がそこそこあたたかいのも二人が診療所に顔を見せた理由の一つだろう。
    「V、先週入れたサイバーデッキが焼き切れかけてるんだが?」
    「それくらい依頼が入ってくるんだ、うれしいことに。そうだ、新しいデッキを入れたんだけど」
    「新しいのを入れるのはかまわんが、何事もほどほどにしておけよ」
    「あー……まぁ、覚えておく」
    「V……お前って奴は、ほんとうに」
     ヴィクターの口から一向に小言が尽きないのは青年達に未来を見ているからだ。未来とは未知であり、可能性だ。この穴倉に存在の全てを委ねているヴィクターには存在しないものであるそれと、彼らの持つ野心が彼らに決定的な致命傷を負わせないことをヴィクターは祈ってしまう。リスクはこの街に生きる限りついて回る、そのリスクにさらに己の意志でリスクをつむ青年達のあり方は危うい。けれど危うい運命を突き進むものが持つ特有の輝きが彼らにはあった。
    「なあジャッキー、酒でも飲みにいかないか? ヴィクター、あんたも一緒に」
    「なんだ、奢ってくれるのか?」
    「まあ、今回の診察代とサイバーデッキの新調代金を払ってもまだ財布が厚いからな」
    「お、ブロダー。俺にも奢ってくれるのか?」
    「ジャッキー、お前はお前の依頼料あるだろ! それに、お前にまで奢ったら確実に赤字だ」
     なんだよケチくせなとわらうジャッキーと、お前は水みたいに高くて強い酒飲むから奢りたくないんだよと苦言をもらすVにヴィクターは少し笑った。ほほえましい、と。そう感じてしまう。
    「で、どうする? 無理なら――」
    「いや、奢ってもらえるならぜひとも。どこでも飲むんだ?」
    「まあ、いつもどおりコヨーテ・コホだ。俺達はまだ、アフターライフに入れる身分じゃあないし」
    「そうなるわな。ブロダー、あのダサい乾杯はもうやめろよ」
    「ダサい乾杯?」
    「そうだ、聞いてくれよヴィクター! 未来にでも誰かにでもなく「この会に!」っていったんだぜこいつ!」
    「そんなに言われるほどダサくはないだろ!」
     本気で言ってるのかといっそ大げさに声を張るジャッキーを、Vはひたすらに小突く。手当てが終わり、診療所を閉めてミスティに出かけると声をかけるとヴィクターはジャッキーとともにVの愛車に乗り込んだ。芳香剤の香り程度で、煙草のにおいはしない。そういえば煙草は吸わないと昔言っていた。昔、といってもそう昔ではないだろう。長くて一年、その程度しか一緒に過ごした時間は存在しないのに、いつの間にかVの存在はこの街に、そしてジャッキーとヴィクターの傍らにも溶け込んでいなかったと時を上手く思い出せないほどあって当然の存在となっていた。
    「なあ、ヴィクター。あんた普段何飲むんだ?」
    「いつもこれを飲んでる、といえるほど飲まないな。うちは一日予約で一杯のこと方が多い、酒を飲む暇は案外ない」
    「…………ふうん、そんなもんか」
     運転するVはしばらく言葉を選んでから、バックミラー越しにヴィクターをみると少し目をほころばせる。
    「なら、こっちで勝手に選ばせてもらう。数があれば、その中に気に入る奴もあるだろ」
    「ほどほどに注文してくれ、明日は予約はないが急患はあるか知れないんでな」
    「分かってる。…………ヴィク、ありがとう」
     滑らかに滑るタイヤと、心地よいゆれとは少しいいがたい車体の振動にヴィクターは身をゆだねた。青年の発したたった三文字で発音できる愛称が、やけにくすぐったく感じる。外を見れば夕日が落ちかけている。青と朱が混ざり合い紫から黒へと空の色が変わるはそう遠くない。ラジオから軽快な音楽が流れる。夕暮れを夜を裂く車には、今は未来しか詰まっていなかった。
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/17 12:02:32

    千年幸福論

    本編前、コーポVがヴィクターに信頼を寄せるに至るまでの話。親愛が生まれるには時間がかかる、そんな感じの話。
    #サイバーパンク2077
    #ヴィクター
    #男性V
    #cyberpunk2077

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