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    穢土の春一、 春の女ニ、ひざし三、穢土の春四、春の人一、 春の女 ヨシオリにとってエクシオが連れてきた新たな観測者は、介在者に与えられたという非凡な能力と反比例するように、どこまでも凡庸でその意思を裏返しても違う角度から穿って見ても、春の季節に感じるいっそこそばゆさを感じるぬるくやわい風によく似た、争いとは遠い場所にいる只人であった。
     ずっと戦場にあるヨシオリには、猫獣人によく似た形のおんなが持っている春が肌に馴染むことがない。なんでこんなやつをエクシオは買っているのだろうと自問自答を繰り返し続けているが、女の観測者としての能力は未だ未熟だが、未熟ゆえの未知数が果てもなく広がっている。その未知数の片鱗が現れると、こいつはエクシオさんが認め買っているだけあるとヨシオリは思うが、いまソファでまどろむ子猫を見ると、その驚嘆の色は一気に彩度が失せてゆく。その度ヨシオリは時折溜め息を吐きながら何度も何度も同じ結論を出す。——触れた感触とそれで感じる温みはどこまでも常人であるのに、なんとも妙な女だ、と。

    「おい、起きれるか」
    「……まだ、ちょっとダメかもです」
     すみません、とごく小さな声で言葉をこぼした女の尻尾は申し訳ないと感じてることを如実に示しながら揺れていた。ヨシオリがもう何百回目のそれかわからない大きな大きな溜め息を吐くと、女の肩が強ばり、尾の揺れが止まる。この言葉のないやりとりも、すでにどれほど回数を重ねたか、ヨシオリにさえわからないでいた。
    「いい加減、罪悪感くらい捨てやがれ。潰れてえのか?」
     ヨシオリの言葉を受けて女の耳が倒れ、その顔に浮かぶ後悔はより深まる。彼女が何にどう、どこまで深く罪悪感を抱き続けているかをヨシオリは把握していないが、それを把握することはさして重要な事柄ではない。エクシオから密かに受けている指示と、もはや両指では数えきれなくなった時間を共にしている相手にヨシオリがしなければいけないことは、彼女の心を悔恨が押し潰されないようにすることである。一度折れた心が完全に元通りになることはない。それに、女の心が立てる軋んだ悲鳴を無視するには、ヨシオリが持つ情と彼女に向けて芽生えた好意は、少々深くて——そして、大きすぎた。

     ヨシオリは彼女から一旦離れると、自室に戻りこっそり貯蓄してある酒の中から、自分が飲むための強い酒と、ヨシオリ自身のためでなく、彼女のために備蓄しているマタタビ科の果実を用いた甘い酒を箱から引っ張りだす。ヨシオリ自身の好みは彼女が好む果実の味を生かした甘い酒より、喉を焼く度ばかりが強いどこにいても手に入る安酒が好ましい。グラスを備えつけられた棚から一つ取り出すと、ヨシオリはわざと大きな足音を立てて彼女に近づく。音に反応してソファから起き上がった彼女が狭くならないように、出来るだけヨシオリは二人がゆったり座るにはさして大きくないソファの隅に座り、彼女にグラスを持たせ、酒瓶の蓋を開け果実酒を注いでやった。
    「こいつでも飲んで今日のことは忘れやがれ。覚えてたっていいこたあねえだろ」
     ヨシオリは自分に用意した酒瓶の蓋を捻り、空いた蓋をテーブルに置いてそのまま酒を煽った。傭兵時代、一番飲んでいたその酒はさして美味いものではない。酔うだけが目的の、味は二の次のアルコールがヨシオリの喉を焼き、腹に火を灯す。
    「あいつ、お前の幼馴染だってやつ、まだ気になんのか」
    「…………はい、」
    「覚えてねえんだろ」
    「……はい」
    「こっちと敵対するヒーローだ。いやでも面付き付け合うそいつ自体を忘れるのは……まあ無理だろうけどよ。そいつは、お前を助けたエクシオさんとか、お前のことずっと気にかけてるメリデとかより、大事なもんなのかよ」
     彼女の名を必死に呼び、どうしてを繰り返す青年を気にかけるなという方が無理なことではあるだろう。けれど、彼女の恩人は他でもないエクシオで、仲間と呼べる存在はヨシオリであり、メリデであり、モノマサである。決して、パラレルフライトというヒーロー会社の面々ではない。
     日差しばかりを受けて萎れきった花のように沈黙している彼女に、ヨシオリがかけてやれる言葉はほとんどない。嘘くさい形ばかりの慰めを投げてやれるような性分ではなく、そもそも彼女にどう接していいかも、完全には把握してない。第一、彼女に意識があるときはヨシオリからは触れることさえもままならない相手なのだ。接触など容易い関係であるのに、二人の間に横たわるあらゆる違いがヨシオリの動きを鈍する。酒を一際多く胃に落とし、ヨシオリはあえて自分を鈍化させ、さして度は強くない果実酒をほとんど舐めるように飲んでいる彼女を片腕で勢いよく抱き寄せた。

    「ヨシ、オリさん?」
    「…………安全な場所にいる時くらい、余計なこと考えんな。俺はお前の不安の全部を知ってるわけじゃねえが、お前に近いメリデとエクシオさんが大丈夫だっつってんだ。信じとけ」
     上昇する体温は煽った酒のせいにして、彼女の毛の柔らかさ、吐息に宿る甘い熱に早く脈打つ鼓動の言い訳を考えながら、ヨシオリは小さくうなづいた彼女の意識がやさしい眠りの手のひらに落ちて包まれるまで。彼女の息が規則的に吸い、吐かれるようになると、いつもの通り、彼女を彼女の部屋に送ってやるため、腹の底から湧き上がる感情をねじ伏せてヨシオリは彼女を抱き上げた。
    ニ、ひざし ヨシオリは片手に丁寧に包装された紙袋を持ったまま、彼女の部屋の前に立ち尽くしていた。らしくない行動をしようとしている自覚が足と扉を叩こうとしている拳をとどめ、勝手に膠着状態を作り出していた。ヨシオリは他者に認識されないため、紙袋の中身はエクシオとメリデに頼んで都合してもらったというのになんていう有様だとヨシオリは燃えるように熱くなっている顔を振ると、思い切って扉を叩く。
    「はーい……あれ? ヨシオリさん?」
    「………………おう、」
    「どうしたんですか? エクシオさんから何か新しい情報でも——」
    「やる、」
    「え?」
    「やるっていってんだ、いいから黙って受け取れ」
     困惑している彼女を置いて、ヨシオリはさっさとその場を離れようとした。した、というのは他でもない彼女に阻まれたからだ。数分の押し問答の末、ヨシオリは彼女の部屋に招かれ、用意された紅茶を飲みながら、紙袋を開く彼女を見つめていた。

    「ワンピース? 素敵な柄ですね、かわいい……」
     生成りの生地に赤と緑と黄の彩りが植物の図案になっている襟付きのワンピースは、少し前にパラレルフライト社と交戦した時、ふと目についたものだった。男が女に服を贈る意味を知らないほどヨシオリは初心ではない。彼女からヨシオリに対して抱いている感情はどうであれ、芽吹いて成長してゆくばかりの思慕をヨシオリは正直持て余している。
     なんでこんなものを、気色が悪いと言われれば、溢れそうな感情に決着がつくだろうという打算が九割、隠しきれないもしも、がつく下心が一割での贈り物であったが、彼女はワンピースに目をきらめかせて、ヨシオリに花より輝く笑みを浮かべて、ありがとうございますと言った。
    「お、おう。気に入ったんならいい。お前、あんまり服なかったろ」
    「大事にしますね、ふふ」
    「な、なんだよ」
    「ヨシオリさんが選んでくれたんですか?」
    「っ!」
     買ったのはエクシオであり、買う前にメリデに多少のアドバイスを受けたが、これと決めたのはヨシオリだ。その時も感じていた羞恥が一気に吹き出して元々熱を持っていた顔はもう火を吹いてもおかしくない。
    「ヨシオリさん」
    「あ?! 言っとくが俺が選んだやつだから返すとかはなしだからな!」
    「その、これ着て、外、出たいです」
     ヨシオリさんと、一緒に、という彼女の声はかき消えそうなほど頼りなかった。ヨシオリは間抜けな仕草で口を開け閉めして、エクシオさんに聞いてこいとようよう言葉を発する。
     聞いてきますと急いで出て行った彼女を追いかけるとこもできないまま、ヨシオリはすっかり茹だった顔に手を当てて、喉にせりあがってくる熱を帯びた恋の言葉が溢れそうになるのを、必死でとどめていた。
    三、穢土の春「君は本当に春の人だね」
     エクシオの言葉を聞いて、ヨシオリはなんとなく面白くない感情を抱いて、すぐにそれを打ち消した。他でもないエクシオの言葉に面白くない、などという感情を持った己が許せない。
     けれど、例えばその言葉を発したのがモノマサやメリデであっても同じことなのだろうか。彼女はメリデを可愛がっており、メリデもエクシオに対するそれとは違う好き方をしている。そうするとモノマサは——とまで考えて、馬鹿なことを考えている自分にヨシオリは深く戸惑った。
    「春、ですか?」
    「ああ、君はどんなものになっても根幹は春のひとなのだろうね。穢土に巡る季節をどれほど重ねても、どんな力を得ても、ね」
     そう思わないか、とエクシオがヨシオリに話を振った。ヨシオリは散々迷って、まあ、というひどく不明瞭な同意を返す。実際は、ずっと思っていたとこだ。それこそヨシオリが彼女に服を贈る前から、出会った時から思っていたことであり、それに戸惑っていた事実はすでに過去のものになりはしたが、ヨシオリのみがそう感じていたわけでない、というのにさざなみのようにわかりたくない感情がヨシオリの胸に満ちていく。
    「……ははっ。少しばかり、苛めすぎたかな? まあ、世間話はこれくらいにしておこう。新しい介在者の対策について、話をしにきたんだ」
     エクシオが作戦の話を切り出すと、胸中に満ちてゆく黒いさざなみをなんとか無視して、ヨシオリは普段通りを取り繕った。
     彼女の方は、とてもじゃないが見つめられるはずもなく。だから、彼女の瞳が揺れたことに、ヨシオリは気がつかなかった。

     数日後、まだエクシオの言葉は頭に残っているが、話題として出すには古びた頃、ヨシオリは彼女から宅飲みの誘いを受けていた。膨らみ続ける思慕にケリをつける気にはまだなれないが、想いが誘いを断れない理由をいくつも連ねる。それに、落ち込む彼女のために用意していた酒類が、最近日の目を見ていないことも誘いを受ける後押しとなった。ヨシオリは酒瓶を手に彼女に用意された部屋を訪れ、通された部屋にはあの時贈ったワンピースがかなり綺麗な状態で壁にかけられていた。それだけで面白いほど心臓が跳ねる。傭兵仲間にもチョロいやつだよなお前と言われた記憶がよぎり、ヨシオリは酒持ってきたぞと恥ずかしさを誤魔化すために必要以上に大きな声をあげた。
    「あ、このお酒」
    「飲むだろ? それに、飲まねえ酒をいつまでも部屋に置いときたくねえんだ」
    「え? ヨシオリさんこれ、飲まないんですか?」
    「べ、別にいいだろ! たまたまだたまたま! 別にお前のためだけってわけじゃねえしよ!」
     それ以外は詮索してくれるなと、ヨシオリは彼女が用意していたグラスに彼女のための酒を注ぐ。きちんと冷やされていた果実酒を、彼女はやはり舐めるように飲む。ヨシオリの酒ほどではないが、彼女のそれも度数はそこそこ高い。酒は飲めるがいけるクチというわけではないのだ。ヨシオリはヨシオリで、彼女が用意してくれた少し値のはる味のいい酒を味わっていた。高い度だけが取り柄酒ばかりを飲んでいるせいか、普段感じない滋味が舌に染みる。
     そして取り立てて会話のないまま、酒だけが減ってゆくなか、酔いが回ってきたらしい彼女が船を漕ぎ始めた。帰る頃合いだろうと、ヨシオリは習慣と化した酔った彼女をベッドに寝かせるという役割を果たそうと、彼女の肩に手をかけた。
    「ヨシオリさん、」
    「あ? なんだ、起きてたのか?」
    「————ずるい」
    「は?」
     肩に手がかかったまま、ヨシオリよりずっと小さな体が倒れ込む。ヨシオリは思わず助け起こそうとしたが、うまくいかず、彼女を押しつぶさないために動くうちに、彼女に押し倒されたと同じ体勢になってしまう。
    「お、おい」
    「私も、あなたのことをわかりたい。みんな、ずるい」
    「何言ってやがんだ、お前よりみんな付き合いが長いだけで——」
    「ヨシオリさん、」
     彼女が苦しい感情を吐き出すような、酔いで恍惚としたような、普段見せる快活とはちがう艶のある表情を見せる。
    「ヨシオリさん、あなたを――おしたいしております」
     少しばかり時が止まったのでないかと、ヨシオリはほんの一瞬錯覚した。彼女の手がヨシオリの頤を撫でさする。ヨシオリさん、その囁きを飲み込むように、彼女のくちづけを受け入れて、あとは不埒な夜に身を投げ出した。
    四、春の人 二人はオリエントシティではなく、別の星に降り立っていた。万事エクシオの指示通り、にはならなかったものの達成すべきことはほとんど成し遂げ、あとは数日後の帰還まで、することはない。リフレッシュしてくるといい、とは言われている。警護がモノマサだけというのはヨシオリには足りなく思えたが、エクシオの命令を違えるというのも気が引けた。
     隣には、あの日初めて贈ったワンピースを着た彼女がいる。大きな女優帽を両手で掴んで風で飛ばされないようにしている生きた春を手伝うように、ヨシオリは彼女の頭に手を乗せた。
     この星はまだ開発が進みきっておらず、固有の植物もまだ生存を許され、地上の光が薄いため、天に光る星々はいっそ眩しいほどだ。
     帽子を預かって手にしていた星座盤をわたしてやり、星座を探す彼女の声をヨシオリは聞く。そうして生きた春のゆびさきが星を辿るのを見つめながら、ヨシオリはゆれている尻尾で裾が捲れ上がっているのをいっそ楽しげな声で指摘した。
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/23 10:44:24

    穢土の春

    パラレルフライトではなくエクシオに拾われていたパラレル世界線のヨシ観4。観測者は女性であることが前提ですが名前は特に出てきません。
    #ライブアヒーロー
    #LIVEAHERO
    #ヨシ観4

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