Get ability
データやプログラムの集合体であるネットナビも、時に人間同様に数時間ほどの短い眠りにつく。その主な目的は損傷したプログラムの修復や蓄積したデータの整理、あるいは、オペレーターのいるナビであればオペレーターがインストールしたプログラムをナビ自身に馴染ませる(つまり新規のプログラムとのバランス調整目的で既存のプログラムやデータの更新及び再構築をする)ため行われることもある。
ウラインターネットを彷徨う黒い影・フォルテは生みの親兼オペレーター・コサック博士と袂を分かって久しいが、博士に託された〈ゲット・アビリティ・プログラム〉によって数多の電脳生命体からデータやプログラムを獲得しているゆえに事あるごとに新しいプログラムがインストールされるのと似た状態にある。彼の場合はわざわざプログラムやデータを更新または再構築せずとも獲得したプログラムを充分自在に操れるが、宿敵と認めた青いナビをいずれ自らの手で殺すため、それらをより盤石なものとすべく眠ることが度々ある。凶悪な電脳獣の脅威が去り平穏を取り戻した電脳世界の片隅を彷徨い歩く今もそれに変わりはない。
頼まれてもいないのに彼の旅路に着いてきた慈悲深きウラの王・セレナードに寝ずの番を押し付け、今宵彼は眠りにつくことにした。セレナードに「今日も寝るのですか? さほど傷を負っているようには見えませんが。」だとか「そんなにわたしの話は聞くに堪えませんか?」だとか文句を言われたが、そんなことはお構いなしに彼はマントに頭を埋めた。セレナードがいちいち耳障りだったのもあるが、「平和ボケのお人好しだが腐ってもウラの王、番犬として申し分ない。」とセレナードの実力を信頼しつつ「この甘ちゃんは目の前に無防備な姿を晒す奴がいようと手出しはできまい。」と高を括っていたからだ。そしてぶつくさと文句を垂れるウラの王が起こした焚き火の立てるパチパチという音が、フォルテの意識を外界から徐々に引き剝がしていった。
眠りについたフォルテは自らのプログラムの深層に潜り、これまでに獲得してきたデータ群を眺める。整頓途中であるため、中途半端にフォルダ分けされたデータと膨大な未分類のデータとが混在している。気の遠くなる作業ではあるが、各データの所在を把握することでデータを呼び出す際のタイムラグが無くなり反応速度は格段に速くなるので、青い宿敵との約束のために来る日も来る日も彼はデータ整理に励んでいる。今のところ更新もしくは再構築すべきプログラムが無いのがせめてもの救いだ。
テキパキとデータを捌いていく中で、とあるデータが赤い双眸に留まった。それはこれまでに戦闘に使った記憶も無ければ、そもそもいつどこで拾ったかも覚えていない小さな断片だった。かといってバグやウィルスの類では無さそうで、フォルテは正体不明のデータ断片を前に暫し考え込むがやはり入手の経緯は思い出せない。おそらくはセレナードと出会う以前、雑多な敵を流れ作業の如く蹴散らしていた最中に周辺に落ちていた投棄データごと〈ゲット・アビリティ・プログラム〉で吸収してしまったのだろう、と結論付けて握り潰そうとした。しかし、削除するのは中身を見てからでも遅くはないと思い直し彼はデータを確認した。
データの中身は人間が撮影したと思しき映像の断片だった。人間の男女が一組おり、一方が他方の顔を掴んだのちに顔を近づけ口同士を接触させている。呻き声を上げては水音を立て、時折口の隙間から互いの口内を侵蝕し合う二枚の舌を覗かせながら息を継ぐ。その後二人の顔が離れると顔を掴まれていた方は顔を紅潮させており、いささか衰弱している様子が見て取れた。映像の再生が終わってからフォルテはこの映像の意味について思案する。
人間の口は意思表示として言葉を発するほかにエネルギー補給あるいは体組織の更新を目的として食料を摂取する役割を持つ器官だ。この映像にあった奇妙な行動を実行する際発話は不可能であろう。だとするならば捕食の場面を捉えたものか。虫には本能として共食いする種はあれど、人間にそのような習性は無かったはずだ。そもそも、見たところこの行動によって一方または双方が舌や歯、唇を失うわけではないようだ。だとすれば、この行動の目的は発話でも捕食でもないことになる。であれば、一体何のために? ……そういえば事後に一方が衰弱していた。もしかしたら他方が免疫力を活性化する物質などの生命維持に有益な物質を、口を介して奪い取ったのかもしれない。これを真似れば、闘わずとも〈ゲット・アビリティ・プログラム〉を起動できるのではないか?
思わぬ天啓を受けた、とフォルテは口角を上げる。
かつてセレナードを倒した当時、奴を構成する膨大なデータの転送が間に合っておらず、オレと対峙したのはいわば〈セレナードの欠片〉だったという。つまりあの時奴から複製できなかったプログラムは山ほどある。電脳獣の脅威が去ってセレナードが纏わりつくようになって以降、奴と幾度か勝負をしたが結局奴の手の内は暴けずじまいだった。平和主義者である割にはやけに闘いに長けているあのナビのことだ、再度馬鹿正直に闘いを挑んだところでこれまでと同じく最低限の手数で王手をかけられるか投了されるかの二択になるだろう。ならばいっそ奇策を講じるべきだ。まさか奴も闘わずしてプログラムを複製されるなどとは思うまい。
映像データの断片を新たなフォルダにしまい込み、夜明けまで彼はデータ整理を続けた。
翌朝フォルテが目を覚ますと、セレナードはいつも通り胡散臭い笑みを浮かべて「おはようございます! よく眠れましたか?」などとフォルテに声をかけた。いつも通りにフォルテに無視されつつも鼻歌混じりにのんきに焚火跡を片付けているセレナードを見て、実行するなら今が好機とフォルテは立ち上がりセレナードに正面から近寄る。
「……セレナード。」
「おや、フォルテ。どうかしま――」
立ち上がったセレナードの頭部を左手で乱暴に掴んで引き寄せるとフォルテはそのままセレナードに口付ける。怯んだセレナードが離れかけたが、すかさずフォルテは右手でセレナードの左肩を鷲掴みにして動きを封じた。もはや近づきすぎて焦点が合わないながらも赤い双眸で暗褐色の瞳を睨み付けつつ、フォルテは執拗にセレナードの口内を侵蝕する。そして長い沈黙の中で手応えを感じたフォルテがセレナードを解放すると、先ほどまでは見るからに動揺していたセレナードが一転して愉快そうに笑った。奇襲を仕掛けられたというのにヘラヘラと笑うウラの王に苛立ちを覚えたフォルテは低めの声で問う。
「……何がおかしい?」
「うふふ。いやあ、えらく情熱的だと思いましてね。」
「何の話だ?」
「おや、ご存知ありませんでしたか。あなたが先ほどしたのは恋人もしくは配偶者、要するに番に対する求愛行動なのですよ。」
セレナードは何も知らずに口付けをしたであろうフォルテに、おちょくるような調子でその行動の本来の意味を告げた。さらに、驚いて言葉を失うフォルテに追い打ちをかけるように付け足す。
「どこからどう学習したのかは存じ上げませんが、こういうことは相手に無断でやってはダメですよ~。それとあんな風に乱暴にするのも良くな――」
「キサマと番だと? ふざけるな!」
拳を握りこみ怒鳴るフォルテに、セレナードは冷ややかな視線を送る。
「やれやれ、行動を起こしたのはそちらでしょう。」
「冗談じゃない! オレはただ、キサマが隠し持つ能力を手中に収めようとしただけだ!」
フォルテの返答にセレナードははっとした。恋愛には微塵も興味が無いはずのフォルテが唐突に口付けなどした理由と口付けの際に覚えた微かな違和感の正体にようやく合点がいき、セレナードは穏やかに微笑む。
「ああ、どこか懐かしい感覚がしたと思ったら〈ゲット・アビリティ・プログラム〉でしたか。ふふ。そういうことでしたら先ほどのようにまた能力を分けてあげてもいいですよ、たまにならね。」
「フン、そんなことはこちらから願い下げだ。そのような気色悪い気遣いなど無くともいずれキサマの手の内を全て暴いてわが物としてやる。」
そう言ってフォルテはセレナードから複製したばかりのプログラムを起動した。すると淡い光を放つ蝶が数頭現れ、周辺を照らしながらひらひらと舞った。予想に反して戦闘に役立たない能力と知って啞然とする彼に、セレナードは満面の笑みで解説する。
「あっ、それスキマに物を落としてしまった時なんかはとても便利なんですよ~。あと小さな子を泣き止ませるのにも良くって。」
飛び去る蝶を見ながら数秒ほど怒りと驚きと羞恥に身を震わせていたフォルテは、途端にセレナードの両肩を掴み鬼気迫る表情で告げる。
「前言撤回だ。マトモな能力を引き当てるまで何度でもキサマの舌からデータを吸い上げてやる。」
「ま、まあまあ一旦落ち着きましょう。ね?」
「黙れ!」
「あっ、ちょっと!」
強引に迫るフォルテから逃れようとセレナードが抵抗する内に二人揃って地面に倒れ込んだ。その時、フォルテの下敷きになったセレナードはあることに気付き咄嗟に口に出した。
「大変ですフォルテ! 今のこの体勢、傍から見たら交尾しているみたいじゃないですか?」
「ネットナビに交尾もへったくれもあるか!」
呆れた様子で指摘した直後、フォルテは不敵な笑みを浮かべる。
「だが、この体勢ではキサマに逃げ場は無い。このままキサマを殺して丸ごと取り込んでしまえば面倒は無い!」
フォルテが右手に紫色の炎を纏わせて振り下ろした直後、暗褐色の瞳が赤い双眸を射抜く。
「そうは問屋が卸しませんよ。」
セレナードは右手に光を纏わせ、フォルテの首――人間でいえば頸動脈に当たる部位――にかざす。
「わたしに逃げ場が無いということは、同時にあなたにも逃げ場は無いのです。」
互いの首元にエネルギーを纏った右手が接近したまま数秒ほど膠着状態になったのち、フォルテは舌打ちをして立ち上がり間合いを取った。その直後、彼はニヤリと笑う。
「キサマの右手に宿るその光、ようやく本気になったかセレナード! 来い、まずはその光を――」
「あの、盛り上がっているところ悪いのですが今日はこの辺にしておきましょう。」
セレナードはのんびりと立ち上がるとフォルテを制止した。それに対してフォルテは不服そうに反論し始めたが、セレナードは咳払いして神妙な顔で囁く。
「どうやら何者かがわたしたちの動向を探っているようなのです。先ほどあなたが〈ゲット・アビリティ・プログラム〉を発動させたあたりから。」
「ほう? オレたちの脅威になるような強者の気配はしないが……何者かが斥候を寄越したのだとしたら、たとえ雑魚であろうと主の元に帰還される前に潰す必要があるな。」
「いえ、そういった類の方ではないようですし、このままわたしたちが本気でぶつかり合ってその方が巻き込まれて消えてしまってはかわいそうですので。」
「はあ?」
慈悲深きウラの王から至極どうでもいい理由で停戦を求められた途端、全てが馬鹿馬鹿しくなってフォルテはそっぽを向いた。
「チッ、もういい。キサマにはほとほと愛想が尽きた。」
「あら、尽きるほどの愛想なんてありましたっけ?」
「黙れ。」
「って、ああ! ちょっと待ってくださいよフォルテ~!」
足早に立ち去るフォルテの背をセレナードが追いかける。そんな二人を見送って金属光沢を帯びた野球ボール大の球体はカメラレンズにカバーを降ろしてゆらゆらと空中を漂流していった。
後日、ニホンエリアのとある掲示板にセンセーショナルな書き込みがされた。
―――――
【速報】ウラインターネットの黒い影、ウラの王との熱愛発覚www【画像あり】(304)
1:以下、名無しにかわりましてEXEがお送りします:20XX/XX/XX(日) 01:40:08.11 ID: zeSeGGX2j
科学省の仕事で電脳世界の果てを調査してたら大スクープ撮れたったwww
2:以下、名無しにかわりましてEXEがお送りします:20XX/XX/XX(日) 01:40:30.24 ID: P9Vn6bCaW
>>1
ここまで1の妄想
3:以下、名無しにかわりましてEXEがお送りします:20XX/XX/XX(日) 01:40:52.38 ID: Mt9fayAtk
>>1
守秘義務違反乙
IDカードうp
4:以下、名無しにかわりましてEXEがお送りします:20XX/XX/XX(日) 01:41:22.51 ID: AYk5h4R8R
>>1
釣り宣言マダー?
5:以下、名無しにかわりましてEXEがお送りします:20XX/XX/XX(日) 01:41:43.02 ID: jrg8xuPWn
>>1
画像ハラデイ
6:以下、名無しにかわりましてEXEがお送りします:20XX/XX/XX(日) 01:43:11.33 ID: zeSeGGX2j
>>5
これで貼れてる?
https://imgol/a/aaaaa.jpg
https://imgol/a/aaaaa02.jpg
>>3
IDカードは無理www個人情報www
7:以下、名無しにかわりましてEXEがお送りします:20XX/XX/XX(日) 01:43:39.21 ID: D9LZjZyjb
>>6
はえ~
最近の画像加工ソフトってすごいンゴねえ~
8:以下、名無しにかわりましてEXEがお送りします:20XX/XX/XX(日) 01:44:03.18 ID: CLey3UPVg
>>2-7
イッチ微塵も信用されてなくて草www
9:以下、名無しにかわりましてEXEがお送りします:20XX/XX/XX(日) 01:45:32.29 ID: zeSeGGX2j
ちょwwwおまいらwww
この動画を見てもまだそんなこと言えんの?www
https://imgol/a/bbbbb.mp4
―――――
この書き込みの内容は、証拠として画像や動画が添付されていたこともあってか世界中に拡散され、不用意にウラインターネットへアクセスしたネットナビがデリートされる事件が相次いで発生した。また、なんとかウラインターネットへの潜入に成功したネットナビを起点としてウラインターネット内でも噂は拡散し、とうとう辺境を旅するフォルテとセレナードの元へたどり着いた者が現れた。
「ああああの、お二人がこ、恋仲って本当……ですか?」
「……ふざけるな!」
野次馬の不躾な問いかけに激怒したフォルテが叫んだ途端、強力な波動が発生して哀れな野次馬は吹き飛ばされ地面へと叩き付けられる。哀れな野次馬は全身を振るわせながらもフォルテとセレナードを見上げ続ける。
「ひいぃっ!」
「何を根拠にくだらん妄言を吐いているかは知らんが、雑魚の分際でオレたちの身辺を嗅ぎ回ろうなどまかりならん! 今ここでキサマを消し醜聞を雪ぐ!」
「まあまあ、一旦落ち着きましょうフォルテ。」
「止めるなセレナード! そもそもオレたちは――」
殺気立つフォルテにセレナードは耳打ちする。
「このまま泳がせておきましょう。」
「正気かキサマ!?」
「たとえどのような形であれ、〈ウラの王と黒い影が結託している〉となったら電脳世界で悪事を企てる者は格段に減るでしょうから。」
セレナードは先ほどまでとは打って変わって威厳に満ちた目でフォルテを見つめ、邪悪さの垣間見える控えめな笑みを浮かべた。この時フォルテはこの一見ちゃらんぽらんな平和主義者が魑魅魍魎のはびこるウラを統べるに至った経緯の一端を垣間見た気がした。そしてフォルテの顔から先ほどまでの怒りが噓のように消え去った。
「……今後くだらんクズどもに付け狙われる面倒が無くなるということか。いいだろう、今回はキサマの策に乗ってやる。」
フォルテはそう言って満足そうに微笑んだ。
「では、あそこの彼を納得させるためにまた口付けをお願いしますね。」
「フン、今度こそはマトモなプログラムを寄越すんだな。」
「ふふ、善処します。」
次の瞬間、野次馬の目に映ったのは穏やかに口付けを交わすウラの王と黒い影の姿だった。いたたまれなくなって逃げ帰った野次馬が新たに目撃談として〈黒い影はウラの王の尻に敷かれている〉と噂を流布したがそれはまた別の話である。
口付けを終えてすぐ、フォルテはセレナードから複製したての新たなプログラムを起動し始めた。「まったく。余韻を味わう気さえ無いとは、あなたって本当にわたしのことをエサとしか思っていないのですねえ。」と冷ややかな目線を向けるセレナードをよそにプログラムを読み込んでいたフォルテの右手が白い光に包まれる。刹那、光が弾けてフォルテの手元から色とりどりの花が数本宙に舞った。目を丸くして無言で固まるフォルテに、セレナードは胡散臭い笑みを浮かべて愉快そうに言った。
「いやあ、フォルテもそろそろ闘い以外のことに目を向けるべきかと思いましてね。きれいなお花でしょう? うふふ。」
「セレナード、キサマアァ!」
終わり
Be my diamond
ウラインターネットの頂点に君臨する二体のネットナビ、フォルテとセレナードは戦闘における圧倒的な強さから恐れられ、あるいは崇められている。双璧と呼ぶに相応しい彼らには幾つか違いがある――闇を操る者と光を操る者、冷酷な殺戮者と慈悲深き守護者、そして最も重要なのは、人工生命体と自然発生物であることだ。
シャーロ出身の天才科学者コサック博士の開発した世界初の完全自律型ネットナビ・フォルテは誕生当初から異常なほどに洞察力や戦闘力に優れ、それゆえに元々所属していた組織に軋轢を生み、濡れ衣を着せられたためにウラインターネットを彷徨う黒い影と化した。要するにフォルテは高性能とはいえ結局は人工生命体であるのだ。一方で、セレナードはネットナビの形をとってはいるが人間の手で創られたものではなく、その正体は世界に満ちる希望や友情、愛などの善良な想いが結集した思念体である。つまり、世界からそうした善良な想いが尽きない限りセレナードは不死であると言っても過言ではない。要はセレナードと互角の強さを誇るナビとはいえフォルテは単なるネットナビに過ぎず、セレナードと比べれば寿命は遥かに短いのだ。そう遠くない未来に永訣の時は来る。セレナードがフォルテに執着する理由は自らと渡り合える数少ない強者だからというだけではなく、このような寿命の差も絡んでいる。並外れた強さゆえに、敬意からくるものにせよ恐怖からくるものにせよ、周囲から距離を置かれた者であるがための孤独をフォルテとならば分かち合えるとセレナードは信じている。加えてセレナードは自分を恐れも崇めもせず一人の敵として真っ直ぐに向き合ってくれるフォルテに心酔している。そんな得難き友と過ごせる時間は永劫とも呼べるセレナードの生涯においては数直線上の一点に等しく、その事実がセレナードの心をざわつかせるのだった。
セレナードからすればただでさえ短い寿命をフォルテは惜しげもなく削ろうとする。今でこそ多少はマシになったが、彼が自ら宿敵と認めた青き英雄・ロックマンと出会ってからというもの、全身全霊をかけた闘いの果てに殺されることを願っていた。ロックマンの方はフォルテと全力で闘うことを望みはすれど命まで奪う気は無いゆえに可能性は限りなく低いものの、フォルテが望み通りロックマンとの闘いの果てに散る未来もありえなくはない。あるいはフォルテがロックマンを殺めたならば、その方が悲惨な末路となるかもしれない。ロックマンは自分だけの獲物だから他の誰にもその命は奪わせない、いずれ自分の手で奴を殺すのだと豪語するほどにフォルテはロックマンに執着している――もはやフォルテにとっての心の支えとも言えるほど彼の中で存在が大きくなったロックマンを、いかなる理由であれ失った時彼に襲い掛かる孤独は計り知れない。ロックマン亡き後のフォルテの苦痛を考えると、いっそ彼が宿敵として狙いを定めた相手が自分であったなら良かったのにとセレナードは考えずにはいられなかった。
フォルテに煙たがられつつ彼の旅路に同行してどれほどの月日が経ったか。初めて会った頃よりは性格は丸くなったが、相変わらずフォルテは隙あらば戦闘狂と化す。ある時は旅先で遭遇した未知のコンピューターウィルス、またある時はセレナードと闘ったが、フォルテが一番生き生きとしているのは闘っている瞬間である。やはり彼は破壊神となるべく生まれたのかもしれない。そういえば人間の語り継ぐ伝承に、神に気に入られた者は早逝するというものがあったなとセレナードはぼんやり考える。破壊と創造は対となるもの。電脳世界の破壊神として猛威を振るうフォルテは、いずれ創造神に見初められ早々に連れ去られやしないだろうか。そうならないことを願うばかりだが、仮にそうなってしまったとしても後悔しないためにセレナードはフォルテとの思い出を残そうと無理を言ってフォルテの旅に合流したのだ。だからこそ一秒たりとも時間を無駄にはしたくないというのに、当のフォルテは必要以上に頻繫に睡眠をとる。人造物でありながら人間の手を振り払った彼が万が一バグにでも侵蝕されてしまったらそれこそ致命的であるので仕方がないと言えば仕方がないことではあるが、セレナードは内心それを複雑に思うのだった。
ある朝、スリープを解除したフォルテにセレナードはとある話を切り出した。
「もしあなたがわたしよりも先に死んでしまったら、あなたの残骸をわたしの手元に置いてもいいですか?」
「……何だいきなり。」
怪訝そうに睨んでくるフォルテに、セレナードは淡々と意見を述べる。
「人間が親しい者の死を弔う方法は幾つかあります。亡骸を地面に埋める、遺骨を海にばら撒く、屍を鳥に食べさせる……それから、遺骨をダイアモンドに変換して手元に置く。あなたの残骸が電脳世界の空に霧散してしまうくらいなら、宝石にしてわたしの手元に置きたいと思うのです。」
「誰がキサマと親しくなど……!」
親しい者の、というフレーズに反射的に反論しかけたフォルテだったが、セレナードの発言に違和感を覚えて一瞬黙り込んだ。
「……その言い方、まるでオレがキサマより先に死ぬことが決まりきっているかのようだな。」
フォルテの指摘に図星を突かれ、セレナードは気まずそうに黙りこくる。フォルテはセレナードの正体を知らない、知ってしまえば今までのような関係ではいられなくなることは明白だ。フォルテに気を遣わせるような関係になることを、セレナードはけっして望んではいない。洞察力の高い彼を相手にこんな話題を出せば当然こうして何かを察して疑問を呈するのはわかっていたが、それでもセレナードは彼の意思を確かめずにはいられなかった。得難き友との心地よい関係を崩さないためにはどのように返答すべきか、ああでもないこうでもないと焦るウラの王と返答を待つ黒い影との間に永遠にも思える沈黙が横たわる。
てっきり「やだなあ、そんなこと一言も言ってませんってば!」などと胡散臭い笑みで厚かましく言ってくるものとばかり思っていたフォルテは想定外の結果に目を丸くする。詳しい事情など知る由もなく知りたいとも思わないが、セレナードにとっては確定事項かつ深刻な問題なのだろうと察してフォルテはセレナードの問いに答えた。
「フン、まあいい。どの道オレはオレ自身が死んだ後の事象になど興味は無い。好きにしろ。」
「ふふ、ありがとうございます。」
フォルテの返答にほっとすると同時に、本当は徒に命を削る真似は止めてほしいと言いたかったがセレナードはそんな本心を飲み込んでぎこちなく微笑んだ。それさえも見透かしているのか、フォルテはセレナードを真っ直ぐに見つめて言った。
「悪いがオレはそう簡単に死にはしない。オレの心配などよりキサマ自身の心配をするのだな!」
言い終わるや否やフォルテは不敵な笑みを浮かべ、両手に紫色の炎を纏わせ戦闘態勢に入った。それはきっと闘うことでしか他人と分かり合えない彼なりのエールなのかもしれない。〈どんな未来が待ち受けていようとくよくよ悩むのは時間の無駄だ、余計な心配はするな〉とセレナードに訴えかけているのだろう。不器用にもほどがあると苦笑いしつつ、セレナードはフォルテの挑戦を受けて立った。
終わり