Hold his hand「ほら、濡れちゃうよ。」
そういってわが宿敵・ロックマンは雨の中、傘代わりに大きな葉をオレの頭上にかざした。余計な世話だと言ってもどうせこいつは聞きやしないから、体力を無駄にしないためにも大人しく
庇われておくことにした。丁度良い場所に横たわる倒木に腰掛け、頭上の葉に打ちつける雨音の中何を話すでもなくオレたちはぼんやり景色を眺め雨が止むのを待った。しばらくして沈黙に耐えきれなくなったのかロックマンはどうでもいいくだらんことを喋り始めたのでオレは遠くの空の、雲と晴れ間の境を見つめながら適当に
相槌を打った。
こうしてオレに手を差し伸べたがる物好きなんて、こいつの他にはニホンの科学省に勤めていたオレの開発者・コサック博士くらいか。博士とこいつは精神構造が似通っている。どちらも、無邪気に他人の善性を信じきっているのだ。前者はそのせいで周囲に裏切られ、息子と呼ぶほどに愛着を持っていたオレを失うまでに至った。対して、後者はその無邪気さが数々の奇跡を起こし、守りたいものを守りきった。つくづくこの世は不条理だ。
ああ、物好きはもう一人いた──ウラの王・セレナード。奴はわざわざ博士の無実を伝え、博士の元に戻るよう説得しに来た。その時点で素直に帰っていたとしてもオレの居場所など既にどこにも無かったというのに、オレの内に燃えていた復讐の炎は消えやしなかったというのに。無邪気に他人の善性を信じきることがどれほど愚かで残酷で傲慢であるかを理解していないのだ(それはあの二人も同じだが)。きっと自ら経験しなければ理解できないのだろう。おのれを傷つけた者との和解を強いられる苦痛も、環境に馴染まないからこそ排斥した者を再び受け入れるよう命じられることの理不尽さも。そんなものを知らずに生きて来られた幸福にさえ無自覚で、だからこそオレのような自己の矜持を否定され傷ついた存在を幸福な自分の物差しで測ることに疑問を抱くことさえできない。
思い返せば、科学省にいた頃のオレもそうだった。律儀に初期インターネット・プロトの欠陥を暴いて指摘し、ガラクタと呼んでも差し支えないような当時のネットナビの性能を改善させるべく容赦なく壊すことで開発者たちの精神に及ぼす悪影響など考えもしなかった。〈インターネットを発展させ人類社会を豊かにするという目的の元に集った同志なのだから素直に指摘を受け入れ改善に努めるはずだ〉という身勝手な正義を、開発者たちも当然容認している常識なのだと信じて疑わなかった。そうやってインターネットの発展に貢献する平穏な日々が続いていくのだと信じきっていた幼き日のオレ自身こそが、オレの人生最大の汚点だ。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、結局はオレも物好き三人と大差無い愚か者だったのだと今更ながら思った。
軽々しく他人を信用するうえ窮地に追い込まれようとも自らの信念を曲げずに仲間を信じ続けるロックマンを見ていると、幼き日の愚かだったオレ自身が思い起こされて時々無性に腹が立つ。だが、だからこそこいつのことは何としてもこいつが心を通わせた人間の元に帰してやりたいと願ってしまう。どうもオレはかつて自分が求めた救いの手を他ならぬ当時のオレ自身に差し伸べたがっていて、その代償行為としてロックマンを憐れんでいるのかも知れない。
そんなことを考えていたら、長々と降っていた雨が上がった。
「あっ、雨止んだよ! そろそろ行こうかフォルテ。」
そう言って立ち上がり一歩踏み出した途端、奴はぬかるみに足をとられて転びかけ、
素っ
頓狂な声を上げる。オレが
咄嗟に振り向き奴の右手を引っ張って事なきを得ると、奴は締まりの無い顔で「ごめん、ありがとう。」と言った。全く世話のかかる奴だ。
しばらくして再び歩き始めたオレは、ピョコピョコと水溜まりをよけて間抜けに前を歩くロックマンの背を見つめて祈った。
キサマはしくじるなよ、ロックマン。帰るべき場所にたどり着いたなら、何があってもけっして
光熱斗の手を離すな。ウラを荒らし回る黒い影などオレ一人で充分だ。
終わり