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    囀るような小話まとめいつか知る思いを(ジャミ監)スミレをひとさし(トレ監)思い出になった君(フロ監)午後三時の言の葉たちよ(フロ監)今は未来のフェアリィテイル(マレ監)いつか知る思いを(ジャミ監)
     スパイスの効いたお茶には、辛味なんて感じさせない舌がとろけそうなほどの砂糖。茶請けには糖蜜に漬け込んだ揚げ菓子。故郷の味だと説明した唇が形作っていたのは、優しい微笑み。この人からの初めてのもてなしは、随分と甘ったるいものだった。

    「口に合うと良いんだがな」

     そう笑ったジャミルの横顔は、好ましさしか感じさせないように整いすぎていた。美しいが如何せん作り物めいている。きっとこの人は隠したいことがあるから、こんなに綺麗なんだろう。あの時はふとそう思ったのだ。

    「チャイはスパイスが効いてるほうが美味いに決まってる、砂糖が欲しいなら自分で入れろ」
    「熱砂の国の人って、文化的に甘いものが好きなんじゃ?」
    「他の奴らなんて知るか、俺は俺の好きなようにする」

     そう宣言して砂糖を盆の上に置いた彼の顔には、愛想笑いすら貼り付いていない。呆気にとられたこちらを気にするでもなく、彼はさっさとカップを手にしてゆったりとティータイムを楽しんでいる。ああ、猫を被らなくなったなあ。

     スカラビア寮での騒動のあと、ジャミルは他者に対する辛辣な態度を隠しもしなくなった。敵対者には容赦ない暴言を、苛立てば舌を打ち、媚は不要とばかりに眉一つ動かさない。周囲は戸惑っていたが直に慣れたし、何より今の彼のほうが個人的にはずっと好ましかった。感情ひとつ灯らないで吐かれる賛辞よりも、生き生きとして熱の入った嫌味のほうが良い。

     大規模な騒動のあとでも態度を変えずに接してくる後輩を、彼がどう感じたのかは未だに知らない。けれとジャミルはこうして、通りがかりに他寮の監督生たるユウを部屋に誘う機会を幾度となく設けた。何だかんだと美味しいものを食べさせてくれるので、ユウはこの時間のことがそれなりに好きだった。

     スヤスヤと眠るグリムの腹を撫でて、ブレザーを布団代わりに掛けてやる。出された菓子を早々に平らげて眠るばかりの頬は、ほのかに薄桃が透けているのが愛らしい。急に薄着になったからかくしゃみが出たけれど、気にせずグリムを包み込む。立派な布団子を作り終えてひと息つけば、ユウの背後に、薄布が落ちる感触がした。

     そこには、いつの間にか赤く美しいショールが落ちていた。ジャミルの方を見ても素知らぬ顔で本を読んでいるだけなので、有難くショールを肩に羽織る。礼を言えばチラリとこちらに目線が来るのを、背後のクッションにもたれ掛かって微笑みで受け止めた。

     本をキリのいいところまで読んだらしいジャミルが、頁に栞を挟む。机の上に本を置いた彼が、のっそりとこちらへと近寄ってきた。そのまま何も言わずに頭をユウのひざに乗せて、床へと寝そべる。腹に顔を埋めるように腕が巻き付くのを、彼女は黙って頭を撫ぜた。

    「今日のお菓子も美味しかったです、先輩は流石ですね」
    「ああ」
    「努力家のジャミル先輩だから出来ることですよ」
    「そうだな」
    「チャイは少しスパイスが効いてるのも美味しくて好きですよ、先輩の味です」
    「……そうか」

     ジャミルは時折、こうして甘えてくる。いつからだったかは覚えていないけれど、とうに珍しい光景ではなくなった。最初はどうすればいいか心の底から分からなかったものだから、苦し紛れに頭を撫でたのだ。彼は年下の少女にされたそれを嫌がらなかった。だから今も続いている、それだけだ。

     きっと今日も、ひとしきり甘やかされたあとは何事も無かったようにジャミルはいきなり立ち上がるのだろう。そうして、その後は受けた好意を返すように何がしかをユウに振る舞う。料理であったり、テスト勉強の面倒であったり、日によって違ってはいたがジャミルが礼替わりの行動を欠かさない時はなかった。まるで居場所を失う事を恐れる子犬のようにも思えるし、温もりに慣れきるのを厭う猫のように思える。それでも少年は、少女を抱きしめる手を緩めない。

    「今度のおやつはオンボロ寮まで来ませんか?今プリンを作る練習してるんです」
    「火が通っていれば大抵のものは食える、心配するな」
    「きちんとプリンに仕上げて出しますよ!失礼だなあ!」

     俺が作ったほうが美味いなんて呟いて、クスクス笑っているのが震動で伝わる。顔は未だこちらの腹に埋まっているので見えないが、息が当たる感覚でどんな表情をしているのかも分かった。

     愛というには未だ成熟しきっていないこの関係は、恋と呼ぶにもまだ育ちきらない。それでも、いつか恋をはじめるならこの人とが良い。顔にかかった黒髪を耳に掛けてやりながら、ユウはそんな事を思った。
    スミレをひとさし(トレ監)
    「ああユウ、寮に茶菓子が余ってるんだが食べていくか?」
    「やった、是非ともお邪魔させて下さい」

     廊下でのすれ違いざまに、トレイに声を掛けられた。今は放課後で特にこの後の予定もない。こうやっておやつをご馳走になるなんてのも、珍しくはなくなってきた今日この頃だ。いただいた好意に全面的に甘える形にはなっているが、そのまま有り難く受け取っている。

    「今日のやつはちょっとした試作品でな、サイエンス部の成果物を使ってる」
    「それ人体に影響とかありませんよね?」
    「どうだろうなあ」

     乾いた笑い声がにわかにユウの不安をあおり立てる。それでも食べさせて貰う立場故に文句は言えない。きっとこの人のことだから、本当に大変な事態を引き起こす物であればそもそも使わないだろう。そういったことにはこだわる人なのだ。

     どうやらトレイに恋愛的な好意を向けられているらしいことには、逢瀬が数度もしないうちに気がついていた。彼はいつも、ユウが気をつかわぬように言葉を尽くしてくれる。余っているから、作りすぎてしまったから、貰い物だから。二度続くことは偶然でも、ほぼ毎週ともなればそれは故意だ。

     けれどユウは、そんな彼の気持ちに気づかないふりをしていた。いつか帰るこの身で、思い通ずるなどあんまりだ。サッパリとした別れを迎えるためにも、心残りは少ないほうが良い。言い訳じみた理由だが、ユウは至って大真面目だ。それにユウが素知らぬふりをしていることに、気づかない人ではない筈だから。分かり切った事を二人隠して、茶番めいた交流を楽しむ。それこそがそのまま二人の逢瀬だった。

    「これが試作品だ、スミレのチョコムース」
    「綺麗な薄紫!」
    「だろ?砂糖漬けは余ったから、飲み物にも入れてある」

     庭園の一角に築かれた、茶会を楽しむためのテーブルセット。招かれたユウの前には、見るも鮮やかな菓子が置かれていた。ホワイトチョコのムースケーキを飾るようにスミレの砂糖漬けが咲き、ドーム型のムースは見るも艶やかだ。何だか見るたびに技術が上がっているのは気のせいだろうか。布のコースターの上には、砂糖漬けを落としたジンジャーエールが置かれている。金色の泡に沈む花弁は、まるで羽根を広げた蝶々のようだった。

    「もしかしてこの砂糖漬けを部活で?」
    「いやキャンディだけだな、そっちは俺が漬けたんだ」

     改めて菓子を見れば、チョコムースの皿には飾られるようにして砕いたキャンディが散りばめられていた。成程、本日の主役はこれということなのだろうか。意を決したようにフォークを取り、チョコムースを口に運び咀味わう。やわらかな感触が舌に溶けた瞬間、ユウは目の前で花のつぼみが開いたかのような錯覚を受けた。舌が菓子を溶かすたびに、様々な花たちの香りが広がる。桜に椿、梅やひまわりなど花たちに共通性は無い。ようやく飲み込むころには、まるで花屋にでも訪れたかのような気分になっていた。

    「トレイ先輩、これすごいです」
    「香りを付与する魔法なんだ、もう少し上手くいったら味も格段に良くなる」
    「なるほど、今は香りだけなんですね」

     今ユウが体験した魔法は、香料をつくる魔法の応用なのだという。こんなにも楽しい一皿が大切な日に出てきたら、きっと忘れられない思い出になりそうだ。トレイの作る菓子はいつだって美味しいのに、こんなサプライズ要素まで加味してしまうとは。彼のポテンシャルは凄まじい。

     舌を一度リセットしようとして、ジンジャーエールに手を伸ばす。透き通る黄金色を飲み干した瞬間、ユウは思わず噎せそうになった。あまりにも甘すぎる。砂糖を煮詰めつづけて溶かしたかのような甘ったるさが、コップ全体に行きわたっている。まるで甘味の海に突き落とされたかのようだ。いったい何が起こったのか尋ねようとして、ユウは息を飲んだ。

    「甘かったか?」

     笑ってこちらを見つめるトレイの顔はいつも通りだ。けれど何か、声に決定的な何かが潜んでいる。まるで罠にかかった獲物を喜んで仕留めにいくような、思い通りに事が進んだ達成感を嚙み締めているかのような。

    「実はそのジンジャーエール、ケイト用に生姜を効かせたやつなんだ」

     まさかそんなはずはない。だってこのコップの中身は、一口含んだだけでも痺れるような甘さをしていた。こんなものを甘味の苦手なケイトが飲めば、たちまち苦笑いを返されるだろう。そう反論しようとして、ユウは思い至った。ジンジャーエールではない、スミレの砂糖漬けの方だ。まじまじと紫の花弁を見つめるユウに、トレイがつとめて優しく話しかける。

    「感情の反映術式、この前あたりに習ったんじゃないか」
    「じゃあこのスミレの砂糖漬け、やっぱり」
    「作成者への好意の甘味変換、平たく言うとそうだなあ」

     お前が俺のことを好きなほど、この花はどんどん甘くなるんだ。何てこと無いように呟かれた言葉で、ユウは椅子ごとひっくり返ってしまいそうになる。なんてことだ、人の良さそうな笑顔にすっかりしてやられた。いつまでも良いようにされてくれる優しさは、きっと持ちあわせていない人だと知っていたはずなのに。

     マドラーに引っかかった砂糖漬けを、トレイが指で摘まんで口へと運ぶ。止めようと思って腕を伸ばしても間に合わない。次の瞬間にはすっかり飲み込まれてしまっていた。

    「ハハ、すごく甘いな」
    「なんでこんな、意地悪な事するんですか」
    「だってなあ、お前ときたら逃げ続けるばかりだから」

     先ほどまで正面にいたはずのトレイが、気が付けば椅子ごと隣に移動してきている。逃げようと身体を引こうとしても、テーブルの上で握りこまれた手首を振りほどけなかった。ユウの手首を掴んだ大きな手が、そのまま指先のほうへと移動していく。親指の付け根、手のひらを通り、指の間へ。指が絡め取られていくことに、碌に抵抗も出来なかった。

     頬に熱が集まっていって、まともに顔すら見られない。もう知らないふりをさせて貰えない事は、身にしみて理解していた。思わず俯いたユウの耳元で、囁く声が聞こえる。

    「なあユウ、好きだよ」

     ああ、頬が熱くて真っ赤になって。とてもじゃないけれど言い訳何て出来そうにもなかった。

    思い出になった君(フロ監)
    ※TONO『チキタ★GUGU』パロディ


     ユウがその短すぎる生を終えたのは、もう数カ月も前の事になってしまった。襲い来る魔物に立ちふさがった少女のために、五体満足な葬式すらあげてやれなかったのだ。

     彼女の故郷ではそうするのだと、荼毘に付されてちっぽけな陶器に詰められたユウの所在をどうするかは、当然の如く話し合われた。せめて故郷に還してやりたくとも、かの世界への道は未だ繋がらないのだから。そうして皆が考え出した結論は、せめて愛しい恋人の元へというものだった。

     フロイドとユウは恋人同士であった。学生らしく初々しさを残す、うら若き男女の仲を皆知っていたのだ。手渡された小さな白い瀬戸物を、彼は恭しく受け取って部屋へと連れ帰った。

    「随分ちっちゃくなっちゃったねえ、小エビちゃん」

     カツカツと爪で叩いてみても、陶器特有の硬質な音が鳴り響くだけだ。その晩に彼は、机の上に置いた小さな彼女を抱きしめて椅子で眠った。

     それからフロイドは、学園中の様々な場所へとユウだった灰を連れ回した。大樹の下の木陰、いっとうプールが煌めいて見える屋根、運動場すべてを見渡せるような空の上、ステンドグラスの美しい古屋。

     「気でも触れたのか」と揶揄する声があったとしても、彼と彼の周囲はそれを許すはずもない。仲睦まじい恋人たちの逢引を邪魔するなんて、野暮にも程があるからだ。

     ある夕方に、エースはオンボロ寮の前で誰かの落とし物を拾った。つるつるとした手触りの巾着袋には見覚えがある。これはフロイドがユウを持ち歩くために使っているものだ。こんな所に落ちているということは、彼は此処へも来たのだろうか。

     他のものであれば、会ったときに渡せば良いだろうとは思うが、今回は物が物だ。そう考えて、エースはその足を彼の住まう寮舎へと向けた。

     事情を話せば、寮生たちはアッサリと通してくれた。彼の私室はかなり奥まった場所にあるらしい。この時間は多くの寮生たちもラウンジで働いていると言うし、廊下は驚くほどに静かなものだった。たまたまフロイドが非番だったのも運がいい。

    「えーっと、ああ此処か」

     少しだけ身なりを正して、ドアをノックしようとすれば途端に大きな物音が耳に響いた。何か割れ物を床に投げつけるような音、それを上から叩き続ける拳の音だ。喚くような声すら一緒に聞こえてくる。これは流石にただ事ではないと、急いで部屋のドアを開ける。そうして其処にいたのは、恋人の遺灰を床に撒き散らしながら涙を流す青年だった。

    「こんなの、こんなの、こんなの、こんなの、小エビちゃんじゃない!」

     数分も経った後だろうか、彼はその動きを止めると顔を上げてはじめて来客の存在を見止めた。ホロホロと流れる涙が幼い子どものようだ、なんて他人事みたいにエースは感じる。

    「教えてよカニちゃん、どうしてオレ、こんなことしちゃったんだろう」

     ポタポタと落ちる涙が、床に散らばる灰へと染み込んでいく。その様はまるで、在りし日に見た涙を拭う彼女の指のようだった。何も言葉を返さないエースを横目に、あるいは答えなど要らないと言うかのようにフロイドは尚も慟哭し続ける。

    「小エビちゃんを灰に……オレはずっと、抱きしめて……いたかっただけなのに」

     自分の行動に呆然とする彼を見下ろす。彼女が居なくなってから早数カ月。されど、まだ数ヶ月。誰もかれもが納得して乗り越えるには、いささか早すぎる月日だ。

    「教えてよカニちゃん、会いたいんだ、オレもう一回、小エビちゃんに会いたいんだよう」

     そういうなりフロイドは、灰をかき抱くように床に伏せてしまった。ああ、全く同じ気持ちだよ先輩。オレだって分からないんだ。縮こまって泣き続ける彼は随分と小さくて、エースにはその肩を撫でてやることしか出来なかった。
    午後三時の言の葉たちよ(フロ監)
    ※フロ監本のおまけ話(この話単体でも読めます)


     麗らかな昼下がりに、フロイドとユウはソファに寝転んでいた。恋人の胸板に頬を乗せて、ユウはまるで布団にでも伸びているかのようだ。

     とにかくリラックス出来るようにと買ったソファベッドは、フロイドの足先が少しはみ出るぐらいで済むほどに大きい。普通の二人ぐらしなら、それだけでリビングの大半が埋まってしまいそうなものだが、幸いこの物件は二人では持て余してしまうほどに広い。ベッドもあるだろうにと来客に不思議がられることも有るが、こうして休日の午後などに緩く身体を横たえるには丁度よかった。

     フロイドは器用にも片手で本を読み、ユウは何をするわけでもなく目を瞑っている。それまで身動き一つなかったユウが、突然ぐりぐりとフロイドの身体に額を押し付け始めた。

    「小エビちゃん眠いの、ベッド行く?」
    「一人で寝るのは寂しいから嫌です」
    「そう、じゃあもう少し此処にいてね」

     頭を軽く叩くように撫でると、ユウの動きがピタリと止まった。うつ伏せになった口から、上半身を撫でるように息が流れていくのがこそばゆい。きっと眠いわけではないと端から分かっていた。ユウとフロイドが交際を始めてから八ヶ月経つ。つまりそれは、ユウが生まれ育った世界へ帰ることを捨てた日から八ヶ月経ったということでもあった。

     一度はフロイドを置いて帰った故郷だ。ユウがその事についてどう考えているかまでは、慮ることは出来ても理解しきる事はできない。恋とは矛盾のようなものだと話し合ったその言葉の下に、寂しさを抱えていても可笑しくはないはずだ。

     手を伸ばして、読みかけの本をローテーブルの上に置く。指の背で柔らかい頬をつつくと、緩慢な動作で目があった。底知れなさすら感じさせる瞳は、フロイドだけを映していた。頬を包むように手のひらを沿わせると、頭をもたげるように重さを預けてきた。ユウは甘えているときにこそ言葉少なになることを、あの学園にいた頃はついぞ知らないままだった。

    「あったかいねぇ」
    「先輩が暖かいからですよ」
    「じゃあオレたち二人ともあったかいね」

     ユウは故郷の話をしない。文化や慣習については尋ねられれば答えてくれはする。しかしもっと個人的な、たとえば家族や友人の話は請われない限り口にすることはなかった。気を遣わせているのだろうか、それとも寂しさを隠しているだけなのか。

     昔のフロイドであれば向き合うことを先延ばしにして、質問すらしなかった。別離を経験したこの身は、口にしない言葉が存在しないも同然であること知っている。

    「小エビちゃんさあ、あっちの世界の話するの嫌?」
    「……どうしてそう思ったんですか」
    「話してくれること少ないよね、やっぱ寂しいのかなって」

     残酷な問いかけであることは理解していた。この手を取ったのはユウ自身であるが、こちらへと手招いたのはフロイドだ。彼が執着さえ捨て切れていれば、彼女は今も家族と日々を過ごして居たのかもしれない。それでも聞かずにはいられなかった。何もかも分からないままに終わってしまうことだけは、もう二度と繰り返したくない。

     茶化すような空気ではないと察したようで、ユウはジッとフロイドの瞳を見つめている。何事かを深く考えている表情だった。瞬きをする度に睫毛が揺れる。数回ほどに唸った後にようやく言葉を吐いた。

    「私は、家族と友人にまた会いたかったんです、だからこそ生まれ育った故郷に帰って……」
    「うん」
    「でも、こっちで出来た友人を懐かしむ気持ちもあって、故郷へ帰りたくないとすら思った日もあった」
    「オレ、それは初めて聞いたかも」
    「言いませんでしたから」

     だって伝えたら決心が鈍るじゃ無いですか。何てことは無いように言ってのけたあと、ケラケラと無邪気な顔で笑う。自分も傷ついて、誰かを傷つけずにも生きていかれない不器用な女の子。ユウは時たま、驚くほどに純粋で幼かった。少しばかり目を伏せて、また言葉を続ける。

    「どちらも叶えられるほどに、私は万能でもないんですよ」
    「まあムズいよね」
    「答えも未だに見つからないほどに、本当に難しい」
    「ああ、だからずっと考えてるんだ」

     曖昧に返された笑みが答えだった。ユウはきっと、未だに計りかねている。故郷に帰ったことが正しかったのか、こうしてまたこの世界に舞い戻ったことが最善だったのか。過去を振り返る言葉を控えるのは、思い出す度に困惑と疑念が降り積もってしまうからだ。二人は心の底から愛し合っているけれど、愛が全てを解決するのは物語の中だけだ。一筋縄ではいかない悩みなのだろうな、フロイドはボンヤリとそう思う。

    「正解はずっと分からないような気もします、でもこうして先輩の体温を感じているときは、紛れもなく幸せ」

     そう終えるとユウは身体を押しつけたまま、フロイドの頭の方へ向かってきた。そのまま降ってきた小さな唇を、彼は避けなかった。小鳥が餌を啄むように、何度も触れるだけのキスが落ちてくる。少し尖らせた唇が当たってこそばゆい。数分ほどそうしていた後に、ユウはフロイドの横へと滑り落ちた。ソファの背もたれとフロイドの隙間に入り込んで、ふたり向き合うような形に落ち着く。瞳は不思議と凪いでいて、吸い込まれそうに輝いていた。

    「寂しくなったらさあ、きちんと言ってね」
    「ハグでもしてくれるんですか」
    「抱っことキスとおんぶもサービス」

     そこまで話して、二人は互いを見つめたまま笑い合った。楽しいな、この子と居ると心が解けていくようだ。彼女の心に染みついた孤独と、すげ変わってしまいたいほどに愛している。

    「ひとりぼっちに、なろうとしないでね」

     フロイドは願いを込めて言葉を贈る。どうかどうか、愛しいこの子が幸せでありますように。少しでも苦しみを得ませんように。ずっとずっと、隣に居続けられますように。拙い祈りたちは、そのままリビングへと溶けていった。

    今は未来のフェアリィテイル(マレ監)
    ※マレ監本のおまけ話(この話単体でも読めます)


     ユウがマレウスの元へと嫁いで、早幾月。勝手知らぬ地に慌てふためくばかりだった時期はとうに過ぎて、生活にも大分落ち着きが出てきた。

     王妃としての作法や振る舞いは、未だ勉強中ではあるけれど。講師を買って出てくれたリリアのお陰もあり、人前でなんとか取り繕える程度にはなってきた。未熟である自覚があるから、授業のない日でも予習は怠らない。ユウは今日も城の書庫で、儀礼についての書物を読んでいる最中だった。

     分厚い革張りの表紙は手に重く、本の重ねた歴史がそのまま形になっているかのようだ。ひとり黙々とページをめくるユウの耳に、ふと足音が飛び込んできた。顔をあげれば目の前に立っているのは、飾り気の少ない黒のローブを身につけた長身の男。足音の主ことマレウスは、そのままユウの隣に置かれた椅子へと腰掛けた。

    「今日も励んでいるのか、勤勉だな」
    「ありがとう、今は休憩かな」
    「次の予定まで、丁度時間が空いてしまった」

     マレウスが話す度、ゆったりとしたローブの裾もつられて揺れた。布地まで含めてひとつの生き物のようで、ついつい視線がそちらに向かう。目線が下を向いたことで、ユウは自分が本を抱えたままであることに気がついた。せっかくだから、このまま予習に付き合って貰うのも良いかもしれない。

    「お休み時間に悪いんだけど、質問してもいい?」
    「構わない」
    「ここなんだけど、前聞いた作法と違う気がして」

     広げたページを指先でなぞり、疑問の箇所を指し示す。自習は自分のペースで進められるが、こうして分からない場所があった時に聞ける人がいないのが難点だ。マレウスは本をのぞき込むと、顎に指先をやった。

    「大分古めかしくはあるが、こちらも間違いでは無い」
    「昔ながらのやつと、今風のやつって事かあ」
    「場に合わせて変えるのが良いだろうな」
    「ありがとう、ツノ太郎は教え上手だね」

     あ、今口元が緩んだな。ユウは礼をしながらも、マレウスが薄く微笑んだのを見逃さなかった。夫婦となった今でも、ユウはこうしてマレウスをあだ名で呼ぶことがある。彼が背負うものは、重くて果てしない。せめて自分と居るときぐらいは、笑っていて欲しいという思いからだ。

     ふたりは国主と妃である以前に、ただのユウとマレウスでもある。目まぐるしい日々の中で置き去りにされがちな事を、再確認するためでもあった。

     やりとりの後に、前触れ無くマレウスが宙で指先を動かす。動きに呼応して、何かが近づく音が聞こえてきた。数冊の本が泳ぐように宙を舞っていたのだ。マレウスは現れた本を掴むと、ユウの目前に煉瓦のように積み重ねていった。どれも年季が入ったもので、厚い背表紙には波打つような文字で題名が綴られている。

    「こちらが資料として分かりやすい、これは年表だ」
    「どれも読んだこと無いかも」
    「ならば尚更だ、装丁こそ厳めしいが中身は易しい」

     分からぬ書物に時間を割くよりは、初級のものから読んで行けという諭しなのだろう。彼なりに気遣ってくれているのだ。

     マレウスはよほどのことが無い限り、他者の失敗を怒ることはしない。尊大な言葉で誤解されがちではあるが、寛容な気質の人なのだ。きっとユウがミスをすることがあっても、変わらず構えているだろう。

     だからこそ、ユウは出来うる限りを身につけたいのだ。伴侶に泥をかぶせるような失態を演じたとして、恥じない女では無い。ユウのその考えを知っているマレウスは、時折こうして手助けしてくれる。

    「覚えること、まだまだ沢山あるね」
    「目が回るか?」
    「ううん、だからこそ覚えられると嬉しい」
    「良い心がけだ」

     ユウに浴びせられる視線は彼女に親身なものばかりでは無い。まれびとの娘、人間の女。年若き妃、寄る辺なき少女。生憎とそれらにへこたれる性格はしていないが。それでも、途方もない気持ちになってしまう日はある。

    「どうせ無理だなんて、諦めてしまいたくないからね」

     この国に根付く偏見も不理解も根深くて、果てしない。けれどそれは、ユウの歩みを止める理由にはなりはしなかった。寄る辺なきまれびとの妃なんて、おとぎ話のようで良いじゃ無いか。ならば待っているのは、苦難の先のハッピーエンドなのだから。

     ユウは読んでいた本に栞を挟んで、積み重なった本たちの一番上に乗せる。そして持ち運びやすいように、角を手で揃えた。自室で改めて読み直そうと考えたのだ。

    「いつかお前を題材に、話の一つも出来そうなものだ」
    「頑張り屋さんの王妃様みたいな?そうしたらきっと、貴方も童話になる」
    「題はおそらく竜の王様だろうな」
    「いいじゃない、素敵だよ」

     いつかユウの行動が語り継がれる日が来るというなら、それはこの国にとっての幸いなのだ。たとえどんな生まれだろうと、果ては異世界からの迷い人だろうと。この国に根付く命の一つになれる未来が来たと、証明されたことに他ならないのだから。

     私きっと、この人の隣で生きて死ぬんだ。ユウは嬉しそうに微笑んで、隣に座るマレウスを見つめる。彼女の愛しい人は、慈しむような笑みを返した。
    みなも Link Message Mute
    2022/06/18 23:58:55

    囀るような小話まとめ

    死ネタもカプも何もかもごちゃごちゃ/監督生=ユウ
    Twitterにあげていたもの、フロ監既刊(R18)https://pictspace.net/items/detail/258987 とマレ監既刊 https://pictspace.net/items/detail/258989 の頒布時につけていたペーパーの再録。

    #ジャミ監♀  #トレ監♀  #フロ監♀  #マレ監

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