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    未だ見果てぬ世界よりはじまりはじまりみかん色の人間ふたりのヒーローアンサンブルの在処はじまりはじまり
     火山バイソンという生き物がいます。赤茶色の毛に、背中には名前の通り火山のような器官が付いた生き物。
     日本のとある地域の山深く、そこに住む人以外は誰も知りえませんが、火山バイソンは群れをなして生活しています。

     そんな火山バイソンの群れには、ついこの間に新たな生命が生まれました。その中の一匹、とある子火山バイソンは非常に好奇心旺盛です。山を歩いては鳥を追いかけ、川に探索に出かけては泥まみれになる。母火山バイソンが制止するのも聞いているのだか聞いていないのだか。

     だって子火山バイソンは世界の何もかもを知りたい盛りなのです。お日様があんなにも暖かい訳を、お腹が空いたときに食べるご飯が美味しい理由を、いつだって子火山バイソンは探しています。

     中でも特に子火山バイソンの興味のタネは、お山の近くにすむ『ニンゲン』という動物にありました。色とりどりな毛皮を羽織り、何やら複雑な道具を使いこなし、二本の足で歩いていく薄だいだいの色をした生き物。火山バイソンたちとニンゲンの顔は似ているような気もしますが、体は大人の火山バイソンのほうが遥かに大きいのでした。

     ニンゲンについてもっともっと知りたい!そんな好奇心に胸を高鳴らせる子火山バイソンを、母火山バイソンは驚いたようにたしなめました。ニンゲンはこわい生き物であり、絶対に近づいてはならないと怖い顔で脅かしてきさえもするのです。

     けれど子火山バイソンの気持ちだけは、母火山バイソンにもどうにもできません。言いつけどおりニンゲンの住む場所には近づきませんでしだが、子火山バイソンはあくる日もあくる日もニンゲンの事を考えていたのです。

     そんな日々が続いたとある日に、子火山バイソンは山のふもとで奇妙なものを見つけました。いつもよりも少しだけ山をくだった場所に、白くて四角いものがいたのです。

     山ではとんと見かけない光り方をするその四角に、子火山バイソンは興味津々。一体これはなんなのかと、茂みをかき分けて近づいていきます(そしてこれはただのトラックであるのですが、子火山バイソンは生まれて初めて車を見たのでそれがわからないのです)。

     奇妙な四角、もといトラックは今まで子火山バイソンが嗅いだことのない香りをしていました。鉄さびの様な匂いと、まあるく輪を描いた足からは何とも言えない焦げ臭い香り。こんにちは!と子火山バイソンが笑って見せても、この四角は返事もくれませんでした。

     困ったように四角を見つめる子火山バイソンの耳に、ふと何か音が聞こえてきました。幾つかの動物の鳴き声です。鳴き声はどんどん音を増して、この場所まで近づいてきます。

    「木材の積み込みは終わったかい」
    「切り出した分はチェックして載せてあるよ」
    「じゃあもうそろそろ出発しないとな」

     あっ、ニンゲンの鳴き声だ!子火山バイソンは丸い目をさらにまん丸にして驚きました。きっとこの四角はニンゲンの使う道具で、ニンゲンたちはこれを取りに帰ってきたのでしょう。子火山バイソンは慌てだします。

     このままでは見つかってしまうけれど、ニンゲンを近くで見つめることのできる絶好の機会なのです。どうしようかと場をうろつく子火山バイソンの目に、真白い四角が大きく口を開けているのが見えました。ニンゲンたちはここからたくさんの木を詰め込んだようです。

     そしてその木たちの隙間は、子火山バイソンが隠れるのにちょうど良さそうでした。大人の火山バイソンに比べて、子火山バイソンは幾分も小さな体をしていますから。

    「今から出発したら明日の朝ぐらいかね」
    「納期には余裕を持って間に合うだろ」

     ニンゲンたちの鳴き声はどんどんと近づいてきます。子火山バイソンは少しだけ助走をつけて、えいやっと大きく飛び跳ねました。木々の積み重なった隙間は、思ったとおり子火山バイソンの小さな体を隠すのに役だってくれます。

     木たちの隙間は真っ暗でしたが、ほのかに差す光のおかげで外の様子がみえました。息を潜めている子火山バイソンの視界に、ニンゲンがにゅっと姿をあらわします。木を数える素振りを見せたニンゲンは、四角の口を両手で閉じてしまいました。少しもしないうちに、四角はぶるるっと体を震わせます。

     あのニンゲンたちは木をどこかに運びたがっていた。ならこの四角に隠れていれば、その場所をのぞき見ることができるはずです。子火山バイソンの胸が期待に膨らみました。

     ガタゴトと揺れるトラックの荷台は、小さな子火山バイソンの体に丁度よい子守唄でした。深い森の香りがする木々たちに包まれて、いつしか子火山バイソンの瞼はゆっくりとおりていきます。そのまま、子火山バイソンは眠ってしまいました。

     子火山バイソンは知るよしもありませんが、このトラックは森から切り出した木々を運搬するためのものでした。運び先の名前はアンサンブルスクエア。アイドルたちが夢を咲かすためのビジネス特区です。

     子火山バイソンが次に目を覚ましたときには、驚くような冒険が待っているのですが。今はまだ、誰も知らない物語でありました。
    みかん色の人間
     心地よい荷台の揺れが止まったことで、子火山バイソンは目を覚ましました。夜通し走り続けたトラックは、無事に目的地まで着いたようです。ややあって荷台の扉がゆっくりと開かれます。

    「担当者は遅れるらしい」
    「じゃあ先に若いやつら呼んで、下ろしておくか」

     眩しい朝日の向こうで、森の中で見かけたふたりのニンゲンが話しているのが見えました。ひとりのニンゲンは何やら小さな黒い板を耳にあて、もうひとりの人間はどこかに歩いていきます。子火山バイソンはその隙を見て、荷台の隙間から飛び降りました。

     飛び降りた地面が、ガツンと音を立てたのに驚きます。どうやらこの場所の地面はお山のふかふかな土よりも固いらしいぞ。地面を見つめた子火山バイソンは、頭を上げて更に驚きました。

     灰色で四角く山のように高くそびえているのは岩でしょうか。見上げるように大きな四角がいくつも立ち並び、四角の横には水たまりのようにぴかぴかと光る板がはめ込まれています。(この四角の名前がビル、ぴかぴかの板の名前がガラスだと知るのはもっと後のことでした)

     これがニンゲンの住む場所なのだろうか。森や山の風景とは何もかもが違う。見たこともないものばかりだ。歩き出した子火山バイソンの視界には、咲き誇る花々が映ります。見慣れぬ景色の中に、森でも見かけた花があるのに嬉しくなります。

     けれど花たちは小さな囲いに区切られて、整然と並ぶように咲いているのです。お山の雑然と茂る花畑とは大違い。やはりニンゲンの暮らす場所は違っているなあ、と子火山バイソンはうんうん頷きました。

     とことこと歩き続ける子火山バイソンは、少し開けた場所に出ました。足元には薄く切られた石が模様を描き、端の方に鉄と木で作られた椅子が置かれています。この場所はESの一角にある、小さな広場でした。

     この開けた場所で、そろそろ休もうかなと考えた子火山バイソンの耳に、突然けたたましい笑い声が聞こえてきました。一緒に聞こえてきたのは、何か紙をバサバサと放り投げる音。驚きつつも音の在り処を探すと、そこにはみかん色の頭をしたニンゲンがいました。

    「わはは、良いぞ良いぞ〜!至高の音楽がこの世に生まれ出る予感!春の陽気はおれの頭を冴え渡らせる……☆」

     みかん色の人間は、しきりに何かを口走りながら手を忙しく動かしています。その度に手元の紙がびっしりと黒く埋まり、周りに投げ出されていきました。

     あれは一体何をしているのだろう?子火山バイソンは気になって、こっそりと近づきます。みかん色の人間が見ていない方から、蹄が音を鳴らさないようにゆっくり、ゆっくりと。お陰で彼のすぐ後ろまで来ることが出来ました。

     真っ黒に埋まった紙を見ても、子火山バイソンにはこれが何を示すのかわかりません。ニンゲンの世界には「絵」というものがあることは、渡り鳥たちから聞いて知っていました。ならばこれもきっと絵なのかしら。そう思い至った時に、子火山バイソンはうっかりと蹄を鳴らしてしまいました。みかん色の人間がゆっくりと振り向いて、子火山バイソンと目が合います。

    「ん?こんな絶好の作曲日和に、誰だ〜?スオ〜?ナル?じゃない!?誰だお前!?」

     みかん色の人間のニコニコと笑っていた顔が、驚いたような面持ちに変わるのにそう掛かりませんでした。ああしまった、どうしよう!おろおろと場をさまよう子火山バイソンを見て、みかん色の人間は何か思い至ったように声をあげます。

    「ってお前、みけじママにそっくりじゃん!なになに、ママん家の子かよ〜!」

     みかん色の人間は子火山バイソンを抱き上げると、顔の高さまで持ち上げました。今度は子火山バイソンが驚く番です。小さな手足をぱたぱたと動かしてみせました。みかん色の人間は何を誤解したのか、子火山バイソンをあやすように指先で背中を撫でます。その手があんまりにも優しいので、子火山バイソンは藻掻くことを止めました。みかん色の人間もそれを見て、一安心と言ったようにニッコリと笑います。

    「怖がるなって!おれは月永レオ、レオだよ」

     ツキナガレオ。その後に小さく繰り返したので、レオと言うのがこのニンゲンを示す言葉なのでしょうか。そうなると先程から繰り返しているママ、というのも他のニンゲンを示す言葉なのかもしれません。

     みかん色の人間、もといレオは子火山バイソンを抱えるようにして広場の石畳に腰を下ろします。そのまま周囲にとびちった紙を手元に集め、子火山バイソンに見せてくれました。と言っても子火山バイソンに字は読めないので、何が書いてあるかは分かりません。恐る恐る手を伸ばし、蹄で紙の上を叩くとたしたしと音が鳴ります。その様を見ていたレオは、さも愉快そうに笑い声を上げるのでした。

    「そっか、お前動物だから楽譜読めないんだな~?」

     がくふ。またもや知らない言葉です。子火山バイソンはてっきりこれが「絵」なのだと思っていたのですが、そうではなかったようでした。がくふとは、一体何なのでしょう。

    「これはさっき書いた春の陽射しの歌、こっちは風が吹いて洗濯物が飛んでった歌!ちょっと歌ってやるよ」

     がくふを手にしたレオが、大きく息を吸い込みます。そうして次の瞬間、子火山バイソンは目をこぼれ落ちそうな程まん丸に見開きました。レオの声が響き、強弱を付けるように続き、子火山バイソンの耳に届いてくるのです。

     夜長に虫たちが奏でる音や、鳥たちが愛を囁き合う声こそが子火山バイソンの知る歌です。レオが今聞かせてくれているようなものは、生まれてはじめて聞きました。がくふを見ればレオのように歌えるのだろうか。ならばがくふとは何とすごいものなのだろう。子火山バイソンはジッとレオの歌を聴き続けます。

     レオの歌は、大変に心地よいものでした。澄み渡った青空にとけていく優しい声。奏でられるメロディは、レオの朗らかさを表すかのようです。ニンゲンは皆このように素晴らしい歌を紡ぐことが出来るのでしょうか。まばたきをする子火山バイソンを、レオは上からのぞき込みました。

    「おれの歌気に入ったのか?まあ、おれもアイドルだしな~」

     アイドル。またもや知らない言葉です。レオはツキナガレオであると同時に、アイドルとやらでもあるらしいぞ。子火山バイソンは頭を悩ませます。ぐるぐると目を回している子火山バイソンを、レオは楽しそうに撫でました。

    「おまえ、アイドル好きなのかな?ママん家の子だもんなあ」

     レオはひとりでに納得したかのように、うんうんと頷きます。そういえばレオは先ほどもママという言葉を口にしました。その言葉は森に住む狐が教えてくれたので知っています。母を表す単語のことです。ならばレオは母火山バイソンとも知り合いだったのでしょうか。

     そのとき、突如として場を切り裂くように電子音が鳴り響きます。音はレオの懐から鳴っているようでした。子火山バイソンもあるいはレオも小首をかしげ、音の鳴る板を取り出します。

    「あっセナ?うん今は広場~ってなんでそんなに怒ってるの?」

     板の向こうからは、またもや知らないニンゲンの声が聞こえます。この板の中には薄っぺらいニンゲンが住んでいるのかも知れません。ニンゲンの世界はすごいなあと、改めて感心します。

    「そ、それ今日だったっけ?えっ、いや、ごめんって……」

     レオは何某かの約束かをすっぽかしてしまったらしいことが、板から聞こえる声のおかげで分かりました。先ほどまでお日様の光を受けたみかんのようだったレオの顔が、今ではしなびたみかんの皮のようです。

     今は大変なようだし、そっとしておいてあげよう。思い立った子火山バイソンがぴょいとレオの膝から抜け出します。板に向かって言葉を尽くすように謝るレオは、そのことに気がついていないようでした 。

     このあたりを散歩したら、またレオのところに戻ってこよう。そうしたらまたあの歌が聴けるかな?子火山バイソンはわくわくしながらも、広場を離れていくのでした。
    ふたりのヒーロー
     レオと別れた子火山バイソンは、ひとりでビルの間を歩いて行きます。子火山バイソンは知るよしもありませんが、今は早朝なので人影はまったく見受けられないのです。さて何処に行こうかなあと考えていると、視界の端に沢山の緑色が見えました。もしかすると、ニンゲンの世界の森かもしれません。さっそく行き先が決まりました。

     たどり着いた場所は美しく整えられた庭園でした。緑色の芝生が絨毯の様に広がり、花壇や植木には手入れの行き届いた花々が咲き誇っています。合間合間には白い椅子や机が置いてあり、庭園の美しさとは不思議と調和するのでした。 

     そしてこの庭園にも、やはりニンゲンが居ました。空色の頭をした、先程のレオよりも背丈が大きいニンゲンです。手には何か道具を持っていて、その先からは霧のような水が絶えず出ていました。

     空色頭のニンゲンはくるくるとまわりながら、水が自分にかかるようにしています。あれはニンゲンの習慣なのでしょうか?けれどレオはやっていなかったようにも思いますので、子火山バイソンは不思議に思いました。

    「うふふ、こんなに『ようき』なひは『おそと』の『おさんぽ』がきもちいいですね〜」

     空色のニンゲンが何をしているのか確かめるために、子火山バイソンは木陰からこっそりと近づいていきます。そよぐ風に葉を鳴らす木陰は、気もち良いものでした。

     子火山バイソンが木の根本に座り込んだとき、足元に何かが転がってきました。空色のニンゲンが持っていた道具の一部によく似ています。これは何だろうかと考える子火山バイソンの頭上に、もうひとつ大きな影が掛かりました。空色頭のニンゲンが、部品を一部欠いた道具を追いかけて立っていたのです。

    「『きりふき』の『ぶひん』をおいかけてきたら『おきゃくさん』がいましたね?」

     空色頭のニンゲンは随分とのんびりしているようです。驚いて動けない子火山バイソンの足元から部品を広い、そのまま隣に座ってきました。外れてしまった部品を道具にはめ込んで、あれやこれやと具合を確かめています。

     子火山バイソンとしてもどうしたら良いか分からず、その場でまごまごと足踏みをします。その様子に気がついたらしい空色頭のニンゲンは、鞄から紅色の風呂敷包みをだしてきました。

    「『おなか』がすきましたか?『きょう』の『あさ』に『あかおに』さんがつくってくれたんです、いっしょにたべましょう」

     空色頭のニンゲンが風呂敷包みを開くと、そこにはアルミホイルに包まれたいくつものおにぎりが入っていました。その中の一つをアルミホイルの上に広げ、子火山バイソンに差し出してくれます。

     当然子火山バイソンはおにぎりなど見た事がありません。おっかなびっくりといった様子で口に運びます。まずはひとくち、もうふたくち。ごくりと飲み込んだときには、おにぎりがとても美味しい事を子火山バイソンは理解しました。

     夢中になっておにぎりを食べる子火山バイソンに、空色頭のニンゲンはアルミホイルを次々に差し出してくれます。そしてニンゲン自身もぱくぱくとおにぎりを食べていきました。沢山あったおにぎりは、いつの間にかひとりと1匹のお腹に収まってしまいました。

     美味しいおにぎりをお腹いっぱい食べた子火山バイソン。お礼のかわりに、自らの頭を空色頭のニンゲンに擦り付けました。くすぐったがるような笑い声をあげて、空色頭のニンゲンは子火山バイソンの背中をやわやわと揉みます。

    「『あなた』よおくみると、みけじまに『おかお』がそっくりですね?あのひとの『おうち』の『こ』ですか」

     ミケジマ?またもや聞いたことない言葉です。先程レオは子火山バイソンがママに似ていると言っていました。ああでもそういえば、レオは続けてミケジママとも口にしました。子火山バイソンはママというとものにも似ており、ミケジマ、ミケジママなるものにも似ているということなのでしょうか。

    「『ちいさい』ころにみけじまは『おはなみ』の『はなし』をしてくれました。『おきゃくさん』とも『おはなみ』をしたりしてるんでしょうか」

     子火山バイソンは生憎とミケジマとはオハナミをしたことがありません。けれど空色頭のニンゲンがとても優しげな目をしているので、きっとあたたかくて嬉しい事なのかなとも思いました。

     尻尾をぱしぱしと芝生に叩きつける子火山バイソンの耳に、誰かの足音が響いてきます。この歩き方はきっとニンゲンでしょう。首を起こしてあたりを見回すと、野苺のように真っ赤な服を着たニンゲンが走ってくるのが見えました。

    「おはよう、奏汰!仕事の時間だから迎えに来たぞ……☆」
    「おはようございます、ちあき」
    「それとこの子は……何だ?随分と三毛縞さんに似ているが」

     どうやら今やってきた真っ赤なニンゲンはチアキ。空色頭のニンゲンはカナタと言うようです。カナタが優しいことは、もう子火山バイソンにもわかっています。ならばチアキもきっと悪いニンゲンではないでしょう。子火山バイソンはのそりと立ち上がると、チアキの足に蹄を乗せました。

    「随分と人懐っこいんだなあ、犬だろうか?」
    「『がんがぜ』さんや『ひらたぶんぶく』さんではないような」
    「うん、きっと哺乳類だろうな!」

     チアキは子火山バイソンを抱き上げると、高さを目の高さまで合わせてくれました。普段の子火山バイソンは地面にほどちかい視界で生きていますので、突如として開けた視界が新鮮です。手足を嬉しそうにぱたぱたと動かす子火山バイソンをチアキはいちどだけ抱きしめて、そっと地面の上におろしました。

    「迷子なら届けてやりたい所なんだが……」
    「こんなに『ひとなつこい』のできっと『おさんぽ』してるだけですよ」
    「うーん、そうだな!よおし君、困ったことがあればいつでも俺たちヒーローは力になってみせるからな!」
    「なんとぼくもヒーローなので『にばい』おとくですよ〜」

     チアキとカナタはわしわしと子火山バイソンの頭を撫でて、優しく声を掛けました。チアキは「いざというときのために」と何かを書いた紙(これはチアキの連絡先なのですが子火山バイソンにはわかりませんでした)と、少しだけ残ったおにぎりを子火山バイソンに持たせてくれました。蹄には荷物が持てないだろうと、背中に紅色の風呂敷包みが巻かれます。

     子火山バイソンが見えなくなるまで、チアキとカナタはずっと手を振ってくれました。二人が口にしていたヒーローがなんの事かは分かりませんが、きっと二人のように素敵なニンゲンのことかなと子火山バイソンは思ったのです。

     さて次はどこに行こうか。子火山バイソンの胸は期待に膨らんでいました。
    アンサンブルの在処
     とことこと歩く子火山バイソンは、大きな道に人の姿が増えてきたことに気が付きました。道の真ん中には、子火山バイソンが乗ったあの四角よりも小さな四角やもっと大きな四角が通り過ぎていきます。それらがあんまりにも早いので、ぶつかっては大変とわざと人気のない道を選びました。

     狭くて細い道や、ニンゲンでは通れない隙間でも、小さな子火山バイソンなら平気です。とくに目的地もなく、色んな道を通り続けました。それでもいくらか歩いたところで、流石に疲れてきてしまいました。

     次に開けた場所に出たら休憩しよう。そう決めた子火山バイソンは、ビルの隙間から身をひり出します。むいむいと毛先を押し出して、勢い良くふわふわの体がお日様のもとにさらされました。

     どうやら子火山バイソンは、とあるカフェのテラス席近くに出たようでした。目の前には鉄造りの椅子と机があり、ふたりのニンゲンが座っています。桜色の頭をした幼さの残るニンゲンと、栗色の頭をした柔らかそうなニンゲンです。そのうち桜色の頭をしたニンゲンは、子火山バイソンを見てあんぐりと口を開けていました。

    「お外にはわしが知らんもんばかりとは分かっとったけど……こんな斑はんそっくりの毛むくじゃらまでおるんやねえ」
    「私も初めて見たよ、桜河くん」

     子火山バイソンから見たニンゲンの世界は目新しく、初めて見るものばかりです。けれどニンゲンの側からして見ても、どうやら子火山バイソンは珍しいものであるようでした。

     桜色頭のニンゲン、オウカワクンと言うのが彼を示す言葉でしょうか。オウカワクンは身体を子火山バイソンに向けると、低い位置で手招きしました。レオやチアキ、カナタは大層優しくしてくれたので、子火山バイソンの警戒心はかなり緩まっていましたから。その手招きに応じて、オウカワクンの足元に座ってやりました。

    「あんずはんでも見たことないなら、ほんまに何やのこれ」
    「三毛縞さんの家族かな」
    「あん男ならあり得ん話でも無いっちのがなあ」

     栗色頭のニンゲンは、どうやらアンズハンと言うようです。そしてアンズハンが口にしたのは、またもやミケジマでした。このニンゲンたちもミケジマを知っているのでしょうか。子火山バイソンは、オウカワクンとアンズハンの足下を行ったり来たりします。そんな様子にオウカワクンは戸惑っていましたが、ふと子火山バイソンの背中に目を向けました。

    「この風呂敷見たことあるな」
    「あおうみ水族館のグッズだね」
    「ああ道理で、斑はんが同じの持ってたわ」
    「じゃあやっぱり三毛縞さん家の子なのかな」

     そんな会話を聞いていた子火山バイソンは、どうやらミケジマがマダラとも呼ばれているらしいことを悟りました。ミケジマ、ミケジママ、ママ、マダラ。ずいぶんと呼び名が多くて頭がクラクラしそうです。

     そんな間にもオウカワクンは、足下をうろつく小さな茶色に慣れてきたようでした。首元を指先で撫であげると、そのまま膝の上に乗せてくれます。アンズハンは手元にあったクッキーを小さく割り、子火山バイソンに食べさせてくれました。

    「お仕事の打合せやっちのに、話止めてしもうてすまんね」
    「これ以上のお話は、三毛縞さんも居ないと駄目だったから」
    「それでも申し訳ないわあ、Double Faceの話やのに」

     オウカワクンとアンズハンはしきりに何かを話していますが、内容は半分も分かりません。雰囲気から察するに、きっと何か大事な話をしていたのでしょうか。ニンゲンの使う言葉は、子火山バイソンにはまだまだ難しいのでした。

    「アイドルになって結構経ったね、最近はどうかな」
    「ううん……正直まだよう分からんこっちゃばっかやな」
    「でも楽しそう」
    「うん。まあ、せやなあ。アイドルは楽しいわ」

     オウカワクンとアンズハンはアイドルという何かについて言葉を交わしています。どうやらそれは、このふたりのニンゲンにとって相当大事な意味を持つのでしょう。端々から滲む感情が、何も知らぬ子火山バイソンにも伝わってきます。

    「時間はまだあるかな、三毛縞さんのステージを見学しない?」
    「ええの?勉強させてもらえるんは有り難い限りやわ」
    「今日はMaMのお仕事で、その後にミーティングのお時間も貰ってるの」

     君も一緒に行く?子火山バイソンはその言葉が自分に投げかけられたものだと、少し立ってから気が付きました。会話にはあのミケジマの名前が出ていました。ならふたりについていけば、子火山バイソンはようやくミケジマが何なのかを知ることができるのでしょう。手足を嬉しそうにぱたぱたさせる子火山バイソンを、オウカワクンは両手でしっかりと抱きかかえます。

     目的地はここからそう遠くない場所で、一行は数分も歩けば無事に到着することができました。途中で道行く人が子火山バイソンを驚いたように見つめましたが、抱えているのがこはくということもあり大事にはなりませんでした。きっと撮影や企画の何某かなのだろうと、勝手に皆が誤解したのです。

     子火山バイソンは目的地をみて、目を丸くしました。今まで見たこともないほどのニンゲンたちがわんさかと集まっていたからです。ニンゲンたちは何か光る棒を手に持ち、前の方の何かに釘付けです。

    「ここからなら見えるんとちゃうかな」

     オウカワクンは子火山バイソンを少し高い位置で抱え直します。そのおかげで、前がよく見えるようになりました。何か開けた場所に、ニンゲンが一人で立っているのが見えます。何があるのかな?不思議そうな子火山バイソンに、アンズハンが優しく語りかけてきます。

    「アイドルのライブは初めてかな?きっと大好きになるよ」

     子火山バイソンはそのときようやく、立っているニンゲンの顔をじっくりと見ました。そして心の底から驚きます。なんとそのニンゲンは母火山バイソンにそっくりな顔をしていたからです。

     それと同時に、母火山バイソンは子火山バイソンと同じ顔をしているのだと森の小鳥たちが教えてくれたのを思い出しました。子火山バイソンとそっくりな顔をしたニンゲン。ならば彼が、噂のミケジマなのでしょう。ミケジマは集まったニンゲンたちを一瞥すると、本当に嬉しそうに笑うのでした。

    「こんにちはあ!俺の名前は斑、三毛縞斑!初めてさんもおなじみさんも、今日は目一杯楽しんでいってほしいなあ……☆」

     ミケジマの横には大きな道具がおいてあり、そこからなにか音が聞こえてきました。ミケジマは音に合わせて身体を動かし、歌い始めます。子火山バイソンは、まるで頭を殴られたかのような衝撃に襲われました。ステージを縦横無尽に踊るミケジマから目が離せず、高らかに歌うミケジマの声だけが鮮明に聞こえてきます。きらきらと星のように光って見える。ずっとずっと彼を見ていたい。この素敵な時間を何時までも体感していたい。子火山バイソンはそのときに、全身全霊で理解しました。この素敵な時間を生む人たちがアイドルなのです。

     きらきらと目を輝かせる子火山バイソンに、オウカワクンとアンズハンは嬉しそうに笑っています。まるで自分が褒められたかのように、二人とも誇らしげでさえありました。

     その時、客席を見下ろしたミケジマと、少し上を向いていた子火山バイソンの目があいます。流石に子火山バイソンを見た三毛縞は一瞬驚く素振りを見せました。けれどすぐに、三毛縞は子火山バイソンに向かって自分を指さします。子火山バイソンはそれが嬉しくて嬉しくて、手足をパタパタと動かすのでした。

     ふと子火山バイソンは、故郷の母のことを思い出しました。ニンゲンは恐ろしい生き物だと信じ、子火山バイソンに教えてくれた母です。

     今ならどうして母がそんなことを言ったのか、子火山バイソンには分かっていました。それは母が、ニンゲンの事を知らなかったからでしょう。だって今日に子火山バイソンが出会ったニンゲンは、皆あたたかくも優しく子火山バイソンに接してくれました。そしてなにより、ニンゲンは歌を作ります。美味しい食べ物を作ります。誰をも魅了する、アイドルになります。こんなに素晴らしいものを生み出せるニンゲンが、ただ恐ろしいだけの生き物なはずがないと子火山バイソンは思っています。

     ステージの上で尚も輝くミケジマを、アイドルを見て子火山バイソンは決意しました。自分はこの場所で、もっともっとニンゲンについて学ぼう。もっともっとニンゲンについて知ろう。

     いつか故郷に帰った暁には、見聞きしたことをゆっくりと語って聞かせるのです。レオが歌を教えてくれたこと。チアキとカナタはヒーローであること。オウカワクンとアンズハンが見せてくれたライブのこと。そしてなにより、自分たち火山バイソンにそっくりなひとりのアイドルのことを。どうやって伝えようかしらと、子火山バイソンは思いを巡らせるのでした。
    みなも Link Message Mute
    2022/06/19 11:42:05

    未だ見果てぬ世界より

    webオンリー「きらぼしカレイドスコープ」にて展示しておりました、火山バイソンと三毛縞斑を巡るオムニバス小説群です。

    #あんさんぶるスターズ!!  #火山バイソン  #三毛縞斑

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