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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    しおり
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    しおり
    ルクフロまとめ歯と飴いつかワルツをいたづらな夜にワルツを朝ぼらけの生殺与奪わらうほしごろしつまらないことハロウィンさいわい潔癖踊らない
     口が寂しいという感覚を覚えたのは、陸に上がってからのことだった。
     舌の上で空虚が踊る。海の中では知り得なかったそれに今、フロイドはほんの少しだけ苛立っている。
     あー、と気の抜けた声を漏らしてみても、それが追い出される事もなく寧ろすっかり落ち着いてしまったようでいよいよもどかしい。
     ポケットを雑に探ってお気に入りのキャンディを探してみても、そこにあるのは糸くずのみでそれはフロイドの長い指に絡みついてくる。忌々しげに舌打ちをし、捕らえる物を探し当てる事の出来なかった指で後頭部を軽く掻いた。購買に向かおうかとも考えたが、それもなんだか気が向かない。気が向かない事はしたくない。しかし舌の上は、空虚が居座ってたまらない。
    「おや、ムシュー・愉快犯じゃないか」
     不意に呼びかけられて、フロイドがぎょろりと金と煤色の双眸を動かす。革製の帽子の下で、切り揃えられた金糸雀色の髪が揺れている。すっと顔をあげてくる男の常磐色の瞳とかちあった。
    「うげ」
    「どうしたんだい、機嫌が優れないようだね」
     細められた目から視線を引きはがしながら、別にぃと否定する。苦手な先輩だ。何を考えているのか分からない。逃げても追いかけてくるしつこい陸のいきもの。
    「そんな顔をしては幸せが逃げてしまうよ」
    「るっせーな、ほっといてよ」
     そう言い捨てて早足で歩き出す。おや、と小さく声を上げたルークを振り切ろうと当てもなく歩く。今日はラウンジの仕事も休み、部活もオフ。完全に行く当てが無い。きっと片割れは温室で地面から生えた変なものと仲良しだ。潮流に煽られて千切れた海藻のような心地で、フロイドはそのぎざぎざとした歯を微かに鳴らした。
    「そんなつれない事言わないでくれたまえ。私は気になってしょうがないんだ、どうして君がそんな顔をしているのか」
    「ウミネコくんには関係ないでしょー、ほっとけって言ってんだから」
    「ノン!」
     ノン、ノン。幾重にも否定の言葉を繰り返される。フロイドがうんざりとため息を吐いて立ち止まり、この厄介ないきものをどうしてやろうかと片眉を上げる。本当に喉元に食らいついてやろうかとすら思えてきた。
     さりげなく自分の速度についてきているのも癪だ。
    「関係あるさ」
    「はぁ?」
    「だって私は君に興味がある。キミの逐一を知りたい。全てね」
    「……うん?」
    「だからキミが寂しそうな迷子の如き顔をしているのを放っておくのは、私の信条に反するのさ」
    「……」
     朗らかな台詞にフロイドの目が不機嫌に細まっていく。何言っちゃってんのコイツ、と侮蔑の視線を隠そうともしない後輩にも動じずに、それからルークは懐から小さな缶の箱を取り出した。
    「そんなわけだから、飴なんてどうだい」
     愛らしく形作られた掌ほどの小さなそれを軽く振ればからころと涼やかな音が鳴る。さっきからの苛立ちの一因を思い出したフロイドがほんの少しばかりそれに興味を示したて。そのままじろじろと視線を動かした。
    「いらない」
     それでも口はそんな言葉を吐くのである。こんなやつに与えられるなんて、まっぴらごめんだ。
    「遠慮しなくてもいいのだよ、毒なんて入っていないのだから。ほら」
     ルークが自らの掌にそれを一振りすれば、すぐに一粒の飴が転がり落ちてきた。白みを帯びた半透明の、子どもが喜びそうな形をした飴だ。太陽の光に当たって柔らかく輝いている。
     それを口に放り込んで口元に笑みを浮かべるルークをじっと見つめる。それでも気味が悪かった。
    「やだ」
    「意外と、でもないけれど強情だなぁキミは」
    「だってムカつくもん。タダでだなんて」
     べぇと舌を出すフロイドにルークが苦笑いを零す。それから小さく首を傾げて、ぱちぱちと瞬きをする。その度に常磐色の瞳が、深みを変えていた。
    「いいや、タダじゃないさ。キミが無償の恵みをよしとしないのならばね」
    「……」
    「そうだな、口を開けてくれれば、それでいいんだ」
    「何だよソレ。変なの」
    「いいから、ほら」
     口寂しいんだろう? 口元を歪ませて、目を細めてルークが囁く。今自分を形作る要素を言い当てられて、フロイドの背筋がぞくりと震えた。が、もうこのしつこいウミネコから逃げるならそうした方が手っ取り早いのだろう。そう悟って、フロイドはゆっくりと口を開く。びっしりと生えそろった牙の奥で舌がぬらりと蠢いた。
    「あー……」
    「ほら、あーん」
    「っ!」
     吐息の、唇の奥に何かの気配がした瞬間。がちん、と歯がかち合う。大口を開けて獲物を待っていた捕食者が今まさに獲物を丸呑みする瞬間のような早さでフロイドがルークの指に噛みつこうとしたのだった。
    「あははっ、これは良い! 素晴らしいスリルだ!」
     喜びの声をあげてルークが手を叩く。フロイドの口の中で、ひんやりとした結晶がゆっくり、甘さを垂れ流しながら融けていく。軽い怒りに任せて、歯でそれをかみ砕けば今度ははっきりと甘い味が口の中に広がって、結晶は粉々になってすぐに融けていった。
    「……やっぱムカつく」
     指を噛み千切ってやりゃあ良かった。ぼそりと呟くフロイドにくすくすと肩を揺らす。
     またこうやって遊んでおくれよ、飴ならいつでもあげるから。そう囁かれてフロイドは軽く口を尖らせるのだ。
    歯と飴

    いつかワルツを
    真の姿のキミが、泳いでいるところを見たいんだ。
     歌うように願い乞う男を胡散臭いものを見るかのように見据えて、フロイドは舌を出す。言葉すら発せられなかった拒絶の意志に大袈裟に嘆息して、ではまたいつか見せておくれ……と諦めそうに無いのが、この男の厄介な所である。
    「きっと美しいんだろうね。キミが今、隠している鱗を輝かせ、しなやかな身体で水の中を泳ぐ様は」
    「ウミネコくんが何言ってんのか全然分かんねーんだけど」
    「私はそれを小舟から眺めたいんだ。揺れる水面の、そのまた下で、気ままに泳ぐキミを……そうだな、月夜の頃がいいね、そうしようじゃないか。人魚の為の歌も歌うよ、他でもないキミの為にね」
     万に一つもきっとないが、もし自分が泳いでいる時に水面に浮かぶ小舟があって。そしてそれにこの金糸雀色の髪をした男がいたとしたら。
    「じゃあオレは、溺れさせてあげるね」
    「Dis donc! 穏やかじゃないな。それで、どうやってくれるのかな」
    「舟を揺らして落ちたウミネコくんを引きずりこむでしょ、それからゆっくりゆっくり締めてあげる。ウミネコくんはエラ呼吸じゃないから息が出来ないよね。それでおしまい」
     歌えずに泡ばっか吐くウミネコくんを見て笑ってあげる。鋭い矢じりのような牙を見せつけながらくすくすと肩を揺らして、フロイドがルークを見つめる。金と煤色がほんの少し、機嫌を取り戻したかに見えた。
     まいったな、それは困るよ。眉を下げて、薄い唇が弧を描く。いっこも困ってない癖にとフロイドが口をへの字に閉ざして、ふらりと立ち上がる。興が冷めた気分になって、もっと別の面白いものが欲しくなった。
    「それならば人魚に負けないほどに息が続くように努力しなければね、キミからの好意を受け止めるために……水の中でワルツも中々浪漫じゃないか。ねぇ、ムシュー・愉快犯」
    「はァ?」
     マジで意味分かんないし、ウミネコくんと踊るなんてヤダ。だらりと振り向き、そして牙を剥いた後立ち去るフロイドの背中を、常盤色の瞳はじっと見つめている。やれやれと小さく息を吐いた後。
    「きっと、海の中のキミはほんとうに」
     美しいのだろうね。今よりもっと自由なキミは、きっと美しいのだろうね。そうぽつり呟いて、ルークは満足そうに目を瞑った。

    水底を背に尾びれを緩やかに振って、水底すれすれを漂っていた。巻き上がる砂は視界の端を濁らせてはまた沈んでいくのを楽しみながらフロイドは頭上遠くの境界線を眺めている。住み処よりはこの入り江は浅瀬だが、それでもフロイドが悠々と泳ぐには充分だった。
     銀色の鱗を持つ魚が群れでいるのをぼんやりと眺めて、それから欠伸をすれば大きな泡が口から漏れる。押し上げられるように浮かんでいく泡が融けていくのをつまらなさそうに見送る。水面に滲むような光で、昼間ほどでは無いにせよ辺り一帯は仄かに明るい。
     フロイドは時折この場所を訪れていた。小さな入り江だ。きっと陸のいきものもあまり知らない所だろう。
     いつだかに同じように水底で揺蕩っていると小さな舟がやってきて、水しぶきをあげてヒトの死体ひとつを乱暴に投げ入れたがそれもすぐにここの住人達に啄まれ、食べ残しのこびりついた骨も今はすっかり砂に埋もれてなくなってしまった。そんな穏やかな入り江にこの気まぐれな人魚が度々訪れるのは何故か。それは彼自身でもよく分かっていない。尾びれをほとんど動かさずに水底で海藻のように揺蕩って、空のような水面を眺めるのだ。ただそれだけをするために、ここに来ている。
     人魚らしく歌ってみようか、それともウツボらしく魚を追い回して憂さ晴らししてみようかと考えていると、不意に影がするするとやってきた。
    (ふ、ね)
     小舟だ。この前見た舟と大差ない、小さな木の舟だ。またヒトを捨てにきたのかと興味がわいて、フロイドは身体を捻って水を蹴る。眠そうに微睡んでいた魚の群れが、慌てふためきながらぶわりと散り散りになる中を泳いで、抵抗する膜のような水面をひといきに破った。ほんの少しの息苦しさと同時に見たものは、金糸雀の髪をした男だった。

    「オーララ……」
     ぽかんと口を開けて舟の男がフロイドを真っ直ぐに見つめてくる。フロイドもなんで、と漏らしても答える人間も人魚もいない。偶然にしては出来過ぎている。運命というには、悪戯が過ぎる。
    「ムシュー……ムシュー・愉快犯かい!?」
    「ウミネコくん」
     何年ぶりの再会だろうか、本来の姿のフロイドは兎も角として、ルークの姿はあまり変わっていないようだった。相変わらず金糸雀色の髪は切り揃えられて海から来るに揺れていたし、常磐色の目は興奮しきってぎらぎらと輝いている。
    「ああなんてことだ、これは運命だ! そう思わないかい、ムシュー・愉快犯!」
    「何でこんなとこにいんのさ」
    「そんなものはこの運命の前には些細ごとだよ、ムシュー。あの懐かしい学生の頃に夢にまで見たキミの真の姿をこの目で見るのが叶うだなんて、今夜は素敵な日だと思わないかい!」
    「……相変わらずよくわかんない事言うよねぇ」
     自分の乗る舟がぐらりぐらりと危なっかしげに揺れるのも気にせずにルークが捲し立てるのに呆れながら舟を支える。好奇心猫を殺す。そんなヒトのことわざが浮かんだ。
    「ほんとに何しに来たんだってば、まさかヒトを捨てに?」
    「なんだって?」
    「オレはこの舟がまたヒトを捨てにきたんだって思って見に来ただけなんだけど」
     ノン、ノン! 懐かしい声が鼓膜を軽く叩く。まさかそんな、こんなにも美しい入り江にヒトの死体だなんて、無粋すぎるね。と首を振って否定する。じゃあ何で、と言いかければゆっくり人差し指を、唇に添えられる。
    「満月の下で釣り針を垂らしてみようと思ってね」
    「釣り? 狩りじゃなくてぇ?」
    「ウィ、ただ獲物を待つという行為も、悪くないものだよ」
     だって君がやってきたからね。ルークが手を伸ばす。ゆっくりとフロイドの濡れた髪、肌、そしてあの日々ではなかなか見る事の無かった鱗を指先で触れて、惚れ惚れとした息を深く、吐いた。
    いたづらな夜にワルツを

    朝ぼらけの生殺与奪
    その日はほんの少し、霧がかった朝だった。
     気まぐれに早起きをして寮を抜け出し、校内を彷徨ってみる。未だ薄暗さが尾を引く外でひょろりとした背丈の男の姿を見た人間がいれば、きっとそれを幽霊だと思い込むに違いない。それでも当の本人はどこ吹く風で、お気に入りのロリポップを舌と歯で転がしながら今は運動場にほど近い道をふらふらと歩き回っていた。
     しかしそんな穏やかな徘徊の途中で金糸雀色の髪をした天敵に出会ったのは、恐らく日頃の行いを見えない誰かが咎めたせいだろうか。
    「げ」
    「やあ!」
     まだ登校時間には早く、生徒の殆どがベッドの中で夢と現をいったりきたりしている頃合いだろうにその男はさっぱりとした顔でそこにいた。常磐色の瞳を細めて、フロイドに微笑む。しっとりした空気の心地よさが一気に霧散してしまった気がしてフロイドが顔を顰めれば、この男は対象的に晴れやかな笑顔を向けてオーララ! 偶然だねと声をあげるではないか。
    「こんな朝早くに何してんのォ」
    「日課さ!」
     日課ぁ……と呟いてかちりと牙をかみ合わせる。金と煤、色違いの双眸をじろじろと向ければその背には愛用している弓があった。静かな朝らしからぬ物騒な持ち物にいよいよ訝しげな顔をすれば、ルークはすっと目を細める。
    「一緒にどうかな?」
    「ええー……」
     渋るフロイドにきっと楽しいよと促すルークに、ひとつふたつと瞬きをしてまぁいいけどと零してついていく。ほんの僅かに興味がフロイドの中の天秤を傾かせたのだ。

    「さて」
     行き着いた先は運動場だった。背負っていた弓を持ち、矢を取り出す。つい、と顔をあげて空を見据えれば暫くそのまま、彫刻のようにルークは制止した。切りそろえた金糸雀色の髪が微風に煽られている。空を仰ぐ横顔と、一点を見据える常磐色の瞳をポケットに手を突っ込みながらぼんやりと眺めていたが、ついに耐えきれずフロイドが口を開いた。
    「ウミネコくん」
    「なんだい」
    「これが楽しいこと?」
    「Oui、今からあそこを飛んでいる鳥達を打ち落とすよ。見ててごらん」
     矢をつがえだしたルークがあそこ、と言って示した方向を見る。瞬きをして目を細めやっと、はるか上空に小さな影が見えた。
    「……え、無理だろ」
     フロイドが零した瞬間、風をきる音と共に矢が放たれる。一瞬間を置いてから小さな影が重力に従い落ちてきて、二人から数メートル離れた場所にどさりと落ちた。
    「……」
     その様子にぽかんと呆気にとられたフロイドをよそに、涼しい顔でルークが仕留めた獲物に歩み寄る。それを持ち上げてみれば一本の矢に鴨が二匹、連なった状態で射貫かれていた。番だったのだろうか。
    「やあ、上手くいったよ。今日も調子がいいね」
     首から血を流している鴨二匹を手にしてにっこりと微笑むルークを見て、開けていた口をへの字に曲げて自分の首筋に手を当てる。首の後ろがぞわぞわしてしょうがない。
    「……それ朝食のつもり?」
    「ああ、そうしようかな。キミも一緒にどうだい?」
    「遠慮しとく」
     じゃあオレ帰るわとひらりと手を振って立ち去ったフロイドに、遠慮しなくて良いのにと首を傾げる。さてどうやって食べようか。そう思案しながらルークは光を失った瞳の獲物と見つめ合った。

    ルクフロツードロ お題「流れ星」「共犯者」わらうほしごろし 
    「オレが好きなら、あの弓で星を落としてみせてよ」
     鋭い牙をにたりと見せながらフロイドが首を傾げる。金と煤、色の違う双眸が意地の悪い視線をルークに送っていた。オーララ、と肩を竦める彼も彼で難しいねとは言うが無理とは言わない。そんな秋の晴れた夜だ。
    「ちなみに、落とすならばどの星がいいかな?」
    「えー、本気にしたァ?」
    「私はいつだって本気でいたいのさ」
     にっこりと笑顔を向けられて、フロイドが思わず目を逸らす。大きめの口をへの字に曲げて不機嫌そうに眉を寄せた。自分が見たかったのは無理難題を押し付けられて戸惑い、狼狽える彼だったのにこの男は凪いだ海のように穏やかだ。それが気に入らない。
    「知らねー」
    「おや、天文学は苦手かい? 海では必要だと授業で聞いたのだけど」
    「オレ達にはそんなもんいらねーの」
     ひらひらと手を振って、あてが無くなった視線をぎょろりと空に向ける。満天の星々が瞬く様はどこか故郷の深海に似ていた。例えば、揺蕩う海月の瞬き。例えば、海底に住まう者の息遣い。
     それならとルークがすっと、指で空を撫でた。四角をなぞり、そしてその傍らの星々を丸く囲む。
    「いつかあの星達を落とすよ」
    「なんの星?」
     ピスケスさ。そうだ、あのアルレシャという星を落としてみようか。リボンから解き放たれた美しい魚が星を散りばめた尾鰭を揺らめかせて、夜空から泳いでくるかもしれないよ。
     相変わらずこの男が吐き出す言葉は泡のようだった。半分も理解が出来ない。そもこの男は星を落とすという荒唐無稽な試みに意外と乗り気であるのが不思議だ。ほら吹きか、あるいは狂人か。どちらにしろ、楽しそうに輝く常磐色の瞳は、あまりに意志が強い。どこからそんな自信が湧いてくるのか。
    「でもさァ、星って落としていいものなの」
     どうにかして話題を逸らそうと、そもそもの問題をぶつけてみる。今狙われているアルレシャという星をひとつ失えば、リボンは失われて双子の魚はただの星の群れに成り下がる。うお座ピスケスはが無くなってしまう。
    「落ちてしまったものはしょうがないさ。でもその時は是非キミにも責任をとってもらいたいね。私を焚きつけたのだから」
    「なんで? やだ」
     フロイドのつれない答えにルークが喉を鳴らして笑う。それでこそキミだ、と。どうやってもこの男の嘘っぽい態度を崩すことが出来ないと悟り、段々と飽きてきて、フロイドはうろうろと視線を彷徨わせだす。
    「……さて、もし星を射殺すことができたなら」
     ルークの囁くような、それでいて低い声が鼓膜を震わせる。思わず声の方向を見たフロイドはぞわりと、まるで鱗が逆立つような感覚を覚えてゆっくりと目を見開いた。
    「キミは、何をしてくれるんだい?」
     金糸雀色の髪を揺らしながら目を細めて口角を上げ、狩人が微笑んでいる。そして彼の指差す先、星一つ落ちてもきっと何も変わらないであろう夜空から、その一つが矢のように落ちていくのをフロイドは見てしまったのだ。
    つまらないこと まるでこどもだ。強請ったケーキを買ってくれなかった時の、もしくは玩具を取り上げられたような。
     口をへの字に曲げて立ち竦むフロイドを見て、ルークの頭に浮かんだ感想はそれだった。
     「どうしたんだい、ムシュー・愉快犯。酷い顔だ」
     「うるさい」
     ルークがかけた気遣いの言葉を叩き落とすように一言吐き捨てながら、それでも立ち竦んで動かないフロイドに歩み寄る。近寄れば近寄る程視線が上に向く。フロイドも不機嫌そうにぎらぎらとした金と煤の双眸で見下ろしてくる。さて何か彼の機嫌を損ねる事をしたかと思案しつつ、獲物を刺激しないようにゆっくりと瞬きをした。
     「そんな所でずっと立ったままだと冷たい風にあたってしまうよ。ほら、おいで、あそこに座るだけでもいいから」
     あやすように言えば不機嫌そうに牙を見せてくる。それでも慌てる素振りを見せないようにね、キャンディをあげよう。と言ってみれば、ミント味がいいと返ってきて、少しほっとした。もちろんあるともとにっこりと微笑みを向ければ、大きな溜息と共にしょうがないなぁと一歩、踏み出した。相変わらずゆらゆらと揺蕩うような歩き方で、ベンチへ向かっていく。
     
     
     薄水色をしたキャンディを掌に乗せれば、ぴんと空へ弾き飛ばす。そのまま自由落下するそれを舌で受け止めれば、そのままがりりと噛み砕く音がした。
     「で、どうしてあんな所で立っていたんだい」
     「だってつまんなかったから」
     あまり要領を得ない答えにルークが片眉を上げる。つまらなかった? と聞き返せばがりがりと飴を砕きながら、フロイドが目を細める。
     「アズールはァ、会議」
     「そうだね、私の〝毒の君〟も鏡の間に向かっていったよ」
     「ジェイドはァ、きのこ」
     「きのこ?」
     人魚と結びつかない単語に思わず復唱する。ややあってそういえばこの人魚の片割れは山を愛していたと思い出した。
     「フロイド、申し訳ないのですが今日は彼らの世話をしなくてはなりません」
     「ははっ、彼の喋る際の抑揚が完璧だ、素晴らしいよ」 
     アハ、と少し機嫌がなおったのかフロイドが笑う。しかしじっとルークの顔を見て、それからまた憮然としてしまった。
     「ウミネコくんはァ?」
     「私かい?」
     私は今から出来上がったスモークのレシピを映画研究会に届けに行こうかと思っていたのだよ。そうしたら、キミに出会ったというわけさ。そう答えればふうんと低い声で唸るのだ。
     「ヤダ」
     「オーララ……一体何が嫌なんだい」
     「オレだけつまんないのヤダ」
     放り出した足、そのつま先をゆらゆらさせてフロイドが唸る。なるほど、そういうことかとルークが頷く。
     「部活は?キミは確かバスケットボール部だっただろう?」
     「今日はいーの」
     どういった基準でいい、と言っているのか分からないまま、成る程返すほかない。本当にオフなのかもしれないし、ただただサボタージュなのかもしれないが彼のことだ、行けと言って素直に従うような人魚ではない。 
     さてどうしたものかと頭を働かせる。このまま放っておけばいつまでもふくれ面であそこに立ちっぱなしでいるのではないかとさえ思えた。
     「ウミネコくんもつまんなくなればいいのに」
     フロイドが八つ当たりそのもののような言葉を零す。それにはっと悟ったような心地になり、ルークはC'est si bon!と声を上げた。
     「そうしよう、ムシュー・愉快犯! 一緒につまらないでいようじゃないか!」
     「……は?」
     今度はフロイドがぽかんと口を開ける番だった。甘ったるさが残る舌が入り込む酸素に乾いていく。勢いよく立ち上がったルークが切れ長の目を細め、フロイドを見下ろす。
     「一緒につまらないでいよう、つまらないことをしよう! 人々が歯牙にも掛けないでくだらないと笑うことを、ふたりでしよう! 何が良いかい? 分厚い参考書の書き写しかな、それともUn, deux, trois, soleilがいいかい? さあ、キミがつまらないと思うことをしようじゃないか」
     興奮し、捲し立てるルークと呆気にとられるフロイドの間に沈黙が下りる。ぱち、ぱちと重たそうな瞼をゆっくりと上下させて、それからフロイドは蕩けたように、笑った。
     「じゃあさ、手を繋いで歩くぅ? ぜってーつまんねえよ、多分」
     舌舐めずりをして、きっとあのキャンディから生まれたのだろう甘い声でフロイドが嗤う。
     「Oui, monsieur.」
     ルークは手を差し出すのに、躊躇う事がなかった。ああ、この男はおかしなやつだと嘲笑を零しながらフロイドはその手をがしりと掴んだ。
    ハロウィン オレね、あれ好きなんだぁ。
     あれ、が何を指し示しているのか分からずにルークが首を傾げる。珍しく意図を把握していない彼の姿を見て、フロイドは機嫌が良くなったのか生えそろった牙をニタリと見せた。
     「当ててみて、ウミネコくん」
     「オーララ……少しばかりの慈悲が欲しいな」
     珍しく仕掛けてきた人魚に、眉を下げて微笑む。どうしようかな、ウミネコくん、ヒント欲しいのぉ?と悪戯っ子のように顔を覗き込むのが、ふと愛おしく感じた。
     「勿論タダでとは言わないよ! そうだな、もうすぐハロウィンだからお菓子をあげよう。慈悲ひとつにつき、お菓子一個はどうかな?」
     「……」
     無意識なのだろう、フロイドの金と煤の双眸が一瞬見開かれ、それから何かを狙うようにすっと細められた。どうしようかなあと言いながらも口の中に生まれつつあった空虚を宥める為の手段に惹かれているようだ。
     「キミの好きなキャンディは勿論、ボンボン・ショコラもあるよ。トレイくんにカヌレやオランジェットの詰め合わせも貰ったんだ。彼はこの時期は大忙しだね」
     文字通りの甘い誘惑だった。どうしようかなぁ、と迷う素振りはしているが、殆ど乗り気だ。餌をつけた釣り針が揺れるような気分で目の前の人魚にさあ、ゆっくり選ぶんだよ。慎重にね、すぐに当ててしまうかもしれないのだからと向かいの席を指し示せば、どかりと座って肘をついた。それからテーブルの上のお菓子達をじろりと睨めつけて。これなに?とひとつ指し示した。
     「オランジェットさ、見ての通りオレンジのシロップ漬けにチョコレートをコーティングしたものだよ」
     「へえ……」
     シロップに溺れて、チョコレートを着させられたそれを摘まみ上げる。太陽に透かしてみれば柑橘類特有の断面が光を孕んできらきらと輝いている。
     それに齧り付いてみれば、思いのほか柔らかい。爽やかな甘さと苦味が口に広がったと思えば、ビターチョコの控えめな甘さが舌で蕩けていく。フロイドの重ための瞼がゆっくりと上下する。どこか考え込むように、瞬きをさせるのを見て、思わず笑ってしまった。
     「どうだい?」
     「あまい、にがい? やっぱあまい」
     どれどれとルークが一つ摘まむ。シロップに溺れて柔らかくなったオレンジの皮が甘みと苦味を溢れさせて、それから一拍送れてビターチョコの甘さが口に広がった。
     「C'est bon ! 」
     満足そうにルークが声を上げる。今度〝毒の君〟にも献上しようかなと笑い、そしてすっと目を細めた。
     「さて、慈悲をくれないかな」
     身体の奥底まで射貫こうとするような視線に、背筋がぞくりと震える。例えお遊びでも、本気でかかろうとするのが彼だ。それがちょっとした腹の探り合いであるならば、尚更。
     しょうがないなぁ、とシロップで微かに甘くなった唇を舐めて口角を上げる。
     「ええとね、十月にたくさん出てくる」
     「今、沢山出てくる?」
     そう、たーくさん。腕を広げて楽しげに答えるフロイドはさながら子どものようだった。十月に、たくさん。それならばハロウィンに関係しているのだろう。ルークの指が自らの顎を触る。少しの間思案した後。
     「ゴーストかい?」
     「あんなん別に好きじゃねえし」
     取り憑く島も無く、頭の中で浮かんだ大量のゴーストが霧散する。にまにまと意地悪く笑いながら、フロイドは再びテーブルに視線を落とした。
     「じゃあ次はこれ」
     ルークの声も聞かぬ間に、フロイドがギモーヴの袋を開ける。ふわふわとしたフルーツピューレとゼラチンの塊を指で弾いて、大きく開けた口でキャッチする。柔らかなそれを噛むたびに果実の名残が口の中に溢れた。
     「次ははねえ、光る」
     「光る?」
     ギモーヴをもうひとつ口に放り込み、フロイドが頷く。十月にたくさん出てきて、光る。ただしゴーストではない。ルークの思考がパズルのように条件を組み立てていく。ぱちりとピースがはめ込まれる音がした。
     「ムシュー、もしやそれはカボチャ……ジャック・オー・ランタンかな?」
     ルークの問いかけに、フロイドの表情が明るくなる。
     「せいかーい」
     やるじゃん、と笑いながら、おどけたように手を叩く。成る程、確かに十月にたくさん出てきて、光る。
     「あれいいよね、オレあれに顔彫るの楽しくて超好き」
     で、ハロウィン終わったら蹴り潰すの。くり抜いたやつは勿体ないからってアズールが煮物にしてる。彼が彼の友人の意外とまめな所を暴露するのを聞きつつ、少しだけ冷めた紅茶を口にした。
     「ハロウィンは好きかい?」
     「キャンディいっぱいくれるから好き。あとカボチャ光らせてんの面白くね?」
     こっちにカボチャないもん。初めて見た時こいつら何してんだろって思った。住む場所変われば文化も違う、その典型例だねとルークが頷く。
     「それならば」
     空になったティーカップをソーサーに置く。何?とフロイドが首を傾げれば片耳についたピアスがちりりと鳴った。
     「ハロウィンの日、悪戯しにおいで。そうだな、ゴーストも眠る夜更けにね」
     君ならば来るだろう? 挑発にも似たルークの表情と声に、金と煤が揺れた。それからやはり生えそろった牙をがぱりと見せつけて。
     「いいのぉ?」
     と、捕食者のような目でまっすぐに目の前の狩人を見つめるのだ。
     ハロウィンの一週間前、秋特有の涼やかさが混じる、晴れた昼下がりの話である。
    さいわい 白い皿に盛り付けられたそれを常磐色の双眸がじっと、見下ろしている。きつね色に揚げられた一口大のフリットがいくつか、ひとつまみの塩をふりかけられて誰かの口に運ばれるのをただ待っていて、手にしたフォークで刺してみればさくりと軽い音がした。
     ゆっくりとそれを口に運ぶ。薄い衣を歯で蹂躙すれば弾力のある身がむちむちと応えてくる。海のもの特有の旨味が舌に滲んで、ルーク・ハントの欲求を満たしていく。
     
     「陸の世界では」
     ルークがおもむろに口を開いたのに、フロイドは黙って片眉を上げる。しかし遮りもせずに真っ直ぐに自分を見つめるあたり、とりあえず聞いてみようとは思っているのだと微笑ましくなった。
     「海の幸、山の幸という言葉があるんだ。海で獲れる食べ物、山で獲れる食べ物を〝幸い〟として称える。実に素敵な言葉だと思わないかい」
     「それってぇ」
     例えばどんなものなの。口をへの字に曲げるのは相変わらずだが興味を持たせる事は出来たようだ。
     そうだね、例えば海の幸だと魚介類は勿論、海藻だって海の幸と呼ばれている。山の幸はキノコや山菜を指すが、広義には猪や鹿達もそう呼ばれるね。
     ルークがキノコと口にした途端に金と煤の双眸が不機嫌に細まる。双子の片割れと違って、彼はあまりそれが好きでは無いらしいのは会話の折々で分かっていた。
     「食べ物は食べ物でよくね? アズールもさぁ、料理には特別感を持たせなくてはいけませんっていっつも口酸っぱく言うンだよ。腹に入ったら同じなのに」
     フロイドがにっと笑えばぞろりと生えそろった牙が見える。あの牙で食い千切られれば、海の全て、陸の獣でさえも痛いだけでは済まされないだろう。
     「……ムシュー・愉快犯の好きな食べ物はなんだい?」
     「たこ焼き」
     丸くてかりかりでとろとろで、タコが入ってるやつ。にこにこと笑いながらたこ焼きの説明をするフロイドになるほど、と頷きながらルークがもう一つ問いかけた。
     「それを食べたら、君は幸せになるかい?」
     「よくわかんねえけどぉ、やっぱうめーじゃんって思うし、最後の一個になるともう終わり?ってなる」
     「そう、それが〝幸い〟ということだよ。だから私達は海や山から獲れるものに感謝してそう呼ぶのさ」
     ルークがそう締めくくれば、フロイドはぱちぱちと瞬きをする。小さく首を傾げてやっぱわかんねぇ、と嬉しそうに吐き捨てるのも、ルークにとってはどこか愛おしく感じられた。
      
     皿の上のそれは、あと一口になった。
     「ああ、もう終わりなんだね」
     寂しく佇むそれへ憐れむように語りかける。最後の一口というのは、どうしてこうも惜しいものなのだろう。
     しかし、食べなければならない。料理が、狩られたいのちへの愛が、冷めぬうちに。
     ルーク・ハントはフォークでそれを突き刺した。 
     「ウミネコくんってご飯でも褒めるんだぁ、うっとおしすぎ」
     「勿論さ! このウツボのフリットはとても美味しいね、むちむちとした食感がやみつきになりそうだよ!」
     「あははっ、締めそう」
    潔癖 手を繋いだ。革製の滑らかなそれの白々しさに、ぞろり並んだ牙を剥きだす。人魚の気まぐれで木の根元に押し倒されているというのにルークは笑みを崩さないまま、どうしたんだいムシュー。今日はやけに積極的だけど、怖い顔をしているねと小首を傾げた。
     「ウミネコくんってさぁ」
     なんで手袋してんの。フロイドの指が黒くつるりとしたそれをなぞる。とにかくこの狩人は手袋を外さない。日常生活、食事、閨に入るぎりぎりまで、人目に触れる場であるならば、正式な場以外は殆ど外していないだろう。それが彼の日常であるのは理解していたが、どうにもその事が好きになれない。自分の痕跡を残さないように生きている、そんな振る舞いに思えた。
     「それは私が狩人だからさ」
     野の原で危険なのは獣だけじゃない。触れれば皮膚がかぶれてしまう草木もある。うっかり素手で触れて荒れてしまったら彼に怒られてしまうよ。そう答えるルークの声すら白々しい。
     いつもそうだ。嘘も真も同じ温度。
     「ウミネコくんはぁ、手を汚したくないってコト?それってなんかムカつく」
     だから脱げよ。ニタリと笑って、フロイドがその革の中に指をするりと差し込めば、ルークの目が細まる。ノン、と言って反撃してくるかと過ったが、それでもぐっと指に力をいれて、それを押し上げた。
     「……逆だよ、と言っても信じてくれないだろうね」
     困ったようにルークが笑い、そんな言葉を零す。
     「逆?」
     なにそれ、と手を止めれば、それに包まれ隠されていたルークの掌が、侵入してきたフロイドの冷たい掌に押しつけられる。ヒトの温度だ。人魚のそれよりも高く、獣人よりも温い、中途半端な温もりがそこにあった。
     「汚したくないんだ」
     常磐色の瞳が笑いかけてくる。一瞬言葉を失って、それから馬鹿じゃねえのと吐き捨てて、フロイドは触れているぬるさに自分の掌を押しつけた。
    踊らない キミは出ないのかい。ダンスは得意だろう?
     ルークがそう問えばフロイドが口をへの字に曲げる。出ねえよと興味のなさそうな声でフロイドが答えればそうか、と残念そうにルークは眉を下げた。
     「だってさぁ、気持ちよく踊ってんのにあーだこーだ言われるのムカつく」
    くろてら Link Message Mute
    2022/07/25 0:46:12

    ルクフロまとめ

    サービス開始ごろに書いていたルクフロSSのまとめです。
    当時は読んでくださりありがとうございました😊
    #twstBL #ルクフロ #SSまとめ

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