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    ふたいちまとめてきとうずうずうしいやさしい朝冬に煙る覇王樹夏の夜いのれ
    てきとう 小難しいことなんか何も考えずに適当に生きていたいよねえとは双海の談である。
    「こう、適当にやっちゃってさ、まあいいでしょうって言われたらもうそれでおしまい」
     きっとそのほうが人生楽だよ、とカウンター席で笑いながら煙草に火をつける双海を、一誠はちらりと見やった。それから小さく息を吐いて
    「何が言いてぇんだ」
     と苦々しく吐き捨てるのだ。僅かに不機嫌さが滲み出る低い声に頬を緩ませて、かくりと首を傾げた。
    「えへへ、別にぃ? 深い意味はないんだけどさぁ」
     盛大な舌打ちが響く。人よりも沸点が低い恋人のその仕草には慣れっこで双海は臆することなく、隣の一誠へと乗り出した。その拍子に細く上がっていた紫煙が乱される。いつもの煙草の臭いが鼻腔に届く。一誠はそう思わない? 楽しげに問い返す双海は何かを探るような目だ。一誠はというと何も答えずに、退屈そうにウィスキーグラスを揺らしていた。
    「だって、そうじゃん、この家に生まれてきた運命だからお前は決められた生き方しか出来ないって、すっごく面倒くさいじゃん」
    「……」
    「この花はこんな風に生けるべきじゃない、とか。小難しすぎない? 綺麗なら適当なやり方でもどうやったっていいってことでしょ」
     酒に酔った勢いか、双海が続けた言葉にああ、と一誠は合点がいった。また家のことなのだろう。自分の生まれ育った環境からは到底想像もつかない、ある意味贅沢な悩みだと言えた。だからと言って窮屈な和装で堅苦しい和室の中で何がいいのかさっぱり理解の出来ない花相手に四苦八苦するのは確かに面倒に思える。頭の中で難しい顔をしながらそうしている恋人を思い浮かべて、一誠は思わず鼻で笑ってしまった。それを誤魔化すように、胸ポケットの煙草を取り出す。
    「えっ、なに、面白いとこあった?」
    「ねーよ、クソどうでもいい」
     目を丸くする双海の前に置かれたジッポを引ったくり、咥えた煙草に火を付ける。燻る紫煙の量は二倍になり、二人の間の空気は濁っていく。肺にたっぷり煙を満たした後、ゆっくり煙を吐いてから一誠がじろりと双海を睨んだ。
    「で、おめーのそれは適当なやり方だったのか?」
     一誠の言葉に双海の息が一瞬、詰まる。眉を寄せて、黙りこくる。それから浅緑の瞳をゆるっと彷徨わせてから軽く首を振った。
    「俺なりに考えたんだけどなぁ」
     ぼそりと、双海が嘆く。
    「あれが一番綺麗なのにさ、兄貴ってば見た瞬間苦い顔しちゃって。また説教されちゃったんだよね」
     灰皿に煙草の灰がひとかけ落ちる。あの時の兄の表情は本当に苦々しかった。理解が出来ない物に対しての、憎悪の視線だったと言っていい。それが双海にとっては毎度の事ながら自分に対する視線のように思えたのだ。
     嫌になるよねぇと笑いながら短くなった煙草を灰皿の底に押しつける。すぐに火は消えたのに、やけにしつこく、ぐりぐりと押しつける。はあ、と大きな溜め息と共に煙草を手放せば、ひしゃげたそれはそこで朽ちた。一誠は暫く黙っていたが、やがてやれやれといったふうに口火を切る。
    「そんなに自信作っつーなら、見せろ」
     一誠の言葉にへ、と双海が声をあげる。ややあって、くつくつと笑い、肩を震わせた。
    「撮ってないよぉ、そもそも、ケータイ持ち込み禁止だし」
    「……あー、そうかよ」
     可笑しそうに笑って指摘する双海に、罰が悪そうに頭を掻く。それでも双海の笑いは止まりそうになかったので、腹立ち紛れにその肩をばしんと叩けば痛い! と情けない悲鳴があがった。
    「あー、でも一誠なら言ってくれるんだろうなあ。『まぁいいんじゃねえの』って」
     先程よりも穏やかな表情で、双海が呟く。それには何も答えずに、一誠は短くなりつつある煙草を咥えた。
    ずうずうしい 食うもんがねえ、と眼前のショーケースを睨み付ける一誠に、双海が笑う。それなら都合がいいじゃん、お姉さんコーヒー二つとアップルパイ二つくださいと勝手にオーダーをされて、一誠の眉間にぐっと、皺が寄った。
     
    「いやぁ、一誠くんごちそうさま」
    「……」
     目の前で二つの皿に乗ったアップルパイに上機嫌な双海を睨み、それからついと目を逸らす。一口飲んだコーヒーは程よく苦い。それでも気は晴れずにうんざりした表情で窓の外を見た。鷹通はまだか、と。
    「せっかく奢ってくれたんだし、ありがたく食べないと。いただきまーす」
     どの口が言う、俺が奢ったソレを緩みきった顔面に叩きつけてやろうか。そんな考えがよぎるものの、幸せそうな顔でフォークを握りしめている成人男性を見て、馬鹿らしくもなる。
     ざくり、とパイの部分が砕ける音がした。一口大に分けられたパイの先っぽに、軽い音をたててフォークが突き刺さる。そのままひょい、と口に放り込まれていったのを確認して、一誠はテーブルの隅に置かれた灰皿に手を伸ばす。銀色の薄いそれを目の前に置く。胸ポケットを探って、少し潰れた箱と、冷たいジッポを引っ掴んだ。
    「んー、うまいっ。やっぱこれだよねぇ」
    「そうかよ」
     煙草を一本取り出し、咥える。そのまま火をつけて、パチンと火元の蓋を閉めた。ゆっくりと息を吸い込んでからおもむろに紫煙を吐き出す。目の前のにやけ顔が、煙る。
     かたやアップルパイを頬張り、かたや紫煙をくゆらせていた。ここのアップルパイはさぁ、林檎がごろごろしてて、カスタードが甘すぎなくて、パイ生地もざくざくで。頼んでもいないのに食リポを始めだした双海に適当に相づちを打つ。へえ、そうかよ。まあ俺はぜってえ食わねえけどと言いかけたがコーヒーと共に飲み込んだ途端、双海の後ろから見慣れた髪色が見える。手には七番と書かれた札を持っていた。
    「すまない、待たせた」
    「遅えわバカ」
    「ば、バカとはなんだ」
     憮然とした顔で鷹通が空いた席に座りかけ、そしてテーブルを眺める。双海の前には白い皿と、半分になったアップルパイが載った皿、そしてコーヒー。一誠の前には空のコーヒーカップと、煙草の死骸が転がった灰皿。
    「……また奢ったのか」
    「こいつが」
    「そう、奢って貰ったんだよ。一誠って優しいよねあだっ……」
    「黙ってろ」
     テーブルの下で一撃を食らったのか、双海が呻く。やれやれと小さな溜め息を吐いて、やってきたウェイトレスに札を渡した。テーブルに置かれたのは、紅茶とミルフィーユだ。幾重の層が、フォークに崩されていく。
    「ごちそうさまでしたっ」
     すっかり二つのアップルパイを平らげて、双海が満足そうに手を合わせる。それからもう一つの灰皿に手を伸ばして、ジーンズの尻ポケットからくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出した。
    「一誠、火貸して」
    「断る」
    「ええー、もうちょっと優しさ持続してよ」
    「優しさを持続するってなんだ……」
     テーブルに突っ伏して目の前の男を見上げる双海に盛大に舌打ちをし、テーブルに置いていたジッポを指で押し出す。やりぃ、一誠ありがと! と慣れた手つきで咥えた煙草に火をつける。煙る紫煙が、増えた。
    「ここ全席禁煙にならなくてよかったよねぇ」
     一誠が中々入ってくれなくなっちゃう。そう肩を揺らす双海に、確かになと鷹通が頷く。ちまちま、少しずつ削れていく層を眺めながら、一誠はもう一本、煙草を取り出した。
    やさしい朝「いやぁ、朝の空気ってうまいよねぇ」
     暢気な声がベランダから聞こえてきて、閉じていた瞼をのろりと開けてそちらを見やる。着古したスウェット姿のまま、素足にサンダルをひっかけた恋人がそこで紫煙を揺らしていた。明確に身体に悪いとされている嗜好品で肺を満たしながら朝の空気がうまいと言う双海ににそりゃお前タバコがうめぇの間違いじゃねえのかと言いたくなったが、気怠さと眠気はなかなか一誠を離そうとはしない。すん、と鼻を鳴らせばベランダの隙間からいつもの銘柄の匂いが香る。ガラス戸を閉めてやろうかと腕を伸ばせば、サッシに指先があたり、カラ、とスライドしかかる音が鳴る。
    「あっ、ちょっとぉ」
     カラカラ、と戸が閉まる音に気がついたのか慌てて双海が振り向き、その動きを阻止しようと戸を押さえる。遅かったかと軽い舌打ちをさせて一誠が寝返りをうち、朝の光に背を向けた。非道いんじゃない? と軽く非難がましい声に思わず肩が揺れる。
    「さみぃんだよ」
     布団を被りなおす。灯りの付いていない部屋の壁にかかる時計は夜明け頃を示している。まだ少し惰眠を貪ってもいいはずだと目を瞑れば、背後でカラカラと音がして、入り込んでいた冷気が途絶えた。
    「いっせぇ」
    「……」
     微かだった匂いが強くなる。足下のあたりで、ベッドに何かが乗る感覚がしたが気にしない。それは遠慮もせずにそばにやってきて、ベランダ窓から差す朝日の光を遮った。
    「ねえいっせぇってば」
    「……うるせ、寝かせろ……」
     低い声であしらう。ええー、とぐずるように漏らした声が子どものそれであったならばかわいげがあるのだが、如何せんここには二十代も後半にさしかかったいい歳をした野郎しかいない。それもいつものことなので、一誠はだんまりを決め込んだ。そもそもこの気怠い身体の原因は彼である。
    「おなか減ったんだけど」
    「勝手に飢え死んどけ」
    「ひっど」
     背後では傷ついた素振りを見せているのだろうが、見る気も起きない。リンゴパイとかないの、とぶつぶつぼやく声にあるか馬鹿、と言いたくなったがそれでも黙っていた。最早二度寝という言葉は頭から風船のように飛んで離れつつあるのを自覚したが、しかし起きる気もしない。ただ目を瞑って、やり過ごしている。
     不意に、指がうなじに触れた。思わずぴくりと身体が跳ねて、一誠が後ろを振り向く。ぎろりと金色の目が髪に触れている恋人を睨みあげたが、とうの本人はゆるゆると笑って、一誠を見下ろしていた。
     煙草の匂いが鼻腔を掠める。あ、起きたと人ごとのように笑う恋人を一誠は呆れ顔で見つめるのだった。
    冬に煙る 冬の寒空の下で白い花がゆらゆら、揺れていた。それは冬の稽古でよく見たもので、三つ四つ群れで咲く白い花と、どこか爽やかなその香りに赤羽根双海は馴染みがあった。
     冬の白を愛らしくしたかのようなそれは、実は毒を孕んでいるということも、知っている。
     屋上の一番端に申し訳程度に置かれた喫煙スペースで紫煙を揺らしながらぼんやりと水仙を眺める。寂しくなりがちな冬の花壇で咲き誇るそれは、双海にとってどこか複雑な気にさせるもののひとつだった。
     ポケットの中で電子音が鳴る。おそらく自分を呼び出す音だ。肺を煙で満たし、ゆっくりと吐く。低い気温のせいか、それとも身体によくないタールとニコチンの残滓か、白い靄が吐き出され、すぐにかき消えていく。

    「一誠はぺんぺん草しか知らないもんねぇ」
    「あ?」
     ユニットルームに入ってくるなり嬉しそうに零した双海に不機嫌そうな声が返ってきた。気にもとめず鼻歌を歌いそうな調子で奥のベッドに鞄を放り、そこに腰を下ろす。ここに来るだけでも一苦労だったと言いたげに伸びをして、そのまま後ろに寝転がろうとすればぎろりと睨まれ慌てて止めた。ちゃんと来ただけで偉いでしょと視線で訴えても効果はない。それでもめげずに、ソファに座っていた一誠に歩み寄った。そのまま、しなだれかかるように隣に座れば頭に鈍い痛みが響く。
    「素っ気ないよ~、殴らなくてもいいじゃん」
     いっせぇ、と態とらしい甘えた声で駄々をこねる。表情を崩さなかった一誠がぴくりと片眉をあげ、じろりと双海を見た。いつもの煙草の残り香に眉を寄せながら、双海の頭をぐ、と遠ざける。うっとおしい、と短く返せば、ひどい! と悲鳴があがった。しかしそれきり、ソファの背もたれにもたれ掛かったままでいる。あーあ、と大きなため息を漏らす。恋人のそっけなさはいつものことだが、外から帰ったばかりの今は余計にその態度が染みた。
    「……」
    「……ひどい」
     ユニットルームに一瞬沈黙が降りる。しかし双海はぶつぶつと愚痴をこぼし続けていて、一誠は無言で資料を捲っていた。一誠の人でなし、鬼、冷血漢、ぺんぺん草。ぼそぼそと飛んでくる子供じみた言葉にいよいよ眉間の皺が深くなる。
    「ったく、うっせぇんだよ!」
     ばん、とローテーブルに資料を叩きつける音がして、油断していた双海の肩が跳ねる。ぐい、と雑に肩を引っ張られ、え、何、と声を出す暇も無く双海の唇に渇いた、しかし柔らかい感触が伝わった。数秒、しん、と音が消える感覚がした後にやはり乱暴に肩を押されて背中から倒れる。ソファに受け止められたまま、双海は呆けた顔をしているのを見下ろして一誠が盛大に舌打ちをするテーブルの上でばらつきかけた資料を再び拾い上げ、先ほどよりも余計に険しい顔でそれを睨み付けている。
    「い、いっせぇ」
    「おとなしくしてろ」
     短く返され双海の眉がしゅん、と下がる。しかし唇を指先で触れれば口元が緩む。
    「え~、へへ、一誠、もっかい」
    「するか馬鹿」
    「いいじゃんか~、ねえってば」
     ごつり、と鈍い音が部屋に響いた。
    覇王樹 あのゆるいナマケモノグッズが陳列されているチェストラックに、見慣れない小さな鉢植えが置かれているのに気付いた時、轟一誠は片眉をあげた。
    「なんだよこれ」
     鉢植えに植えられている植物は丸く、ぽってりとしていた。しかし全身にちくちくとした棘を纏って、愛らしさの中に確かな拒否を孕んでいる。
    「え、一誠ったらサボテンも知らないの?」
    「殺すぞ」
     そんなまさか、といった顔で聞き返してくる部屋の主をじろりと睨み、それからもう一度訝しげに鉢植えを見た。ついこの間に部屋に来た時にはなかったものだ。
     赤羽根双海の部屋はしょっちゅう物が増える。それの九割五分がナマケモノグッズで、それは別段どうでもいいのだが突如として部屋に現れた植物は気まぐれにしては唐突で、異様に見えた。
     赤羽根双海があの厳格な実家を出てこの部屋に住むことになってから植物の類いを飾ることはなかったからだ。引っ越ししたての頃に共に物の少ない部屋を訪れた三千院に何か飾らんのかと問われ、ゆるりと首を振った新しい部屋主を思いだす。
     ――そういうのと少し距離を置きたくてさ。
     その言葉に、察するに余りある複雑な心境を感じて轟と三千院はもう何も言わなかった。それからどれほどの月日が経っただろうか。少しずつ、時には急激にナマケモノグッズは増え、この腐れ縁の部屋を賑やかなものにしていった。今ではいっそ、もう少し片付けられねえのかと轟が苦い顔をする程度には。それと、たまにではあるが学園の和室で花を生ける姿も轟は見かけていた。結局のところ家がどうであれこの男と花の縁は切っても切れないものなのだろう。
     しかしどうして、選んだものが花が咲くかも分からない刺々しい植物なのか。
    「どういう風の吹き回しだ」
    「えー、なんかよくない? かわいいじゃん」
     呆れた声の轟に笑いながら、赤羽根がローテーブルに置いていた煙草の箱と百円ライターを引っ掴み、その一本をとんとんと取り出す。それから指で遠くにあった灰皿を引き寄せて、咥えたそれに火をつけた。煙草の先端がじわりと燃える。深く吸えば熱と共にニコチンが肺を満たした。
     唇から紫煙を燻らせながら、赤羽根が目を細める。
    「三十年」
    「あ?」
     ぽつりと呟かれた単語に、じろりと視線を向ける。気を向ける事に成功したのを嬉しがってか赤羽根が肩を揺らし、リーフグリーンの双眸を細めた。
    「それの花が咲くまでの年数だよ、一誠」
    「……そりゃ気の長え話だな」
     でしょお、とヘラヘラと笑いながら灰皿に灰を落とす赤羽根から視線を外し、もう一度サボテンの鉢植えを見つめる。この刺々とした植物のどこから花が咲くのか、見当もつかない。
    「ねえ、一誠。三十年後はどうなってるかなぁ、俺たち」
     からかうような声色で問いかけられる。三十年後、いい歳になっていることは確かだ。その頃どうなりたいかも、どうなっているのかも、分からない。
     ただ、今のままでなんてきっとないだろう。良くも、悪くも。
    「知るか」
     だからこそ、轟一誠はそう、吐き捨てる。だよねえ、とやはり笑いながら、赤羽根双海は煙草に口づけた。
    夏の夜 肉食べようよ、肉。良い場所見つけたんだよね。
     珍しく、本当に珍しく。だから奢ってともこの男が言わなかった理由をもう少し考えるべきだったと思う。
     目の前にはすっかり空との境界線を無くした海が、とっぷりと夜の闇に溶けている。その遠くでぼつぼつと小さな光が浮かんでいるのはきっと船で、これからどこか遠くに向かうのだろう。きっと向こうからはこちらの影も形も見えやしない。
    「いい石みっけ」
     これならいけると思うんだ、と暢気な声で赤羽根双海が手のひらよりも少し大きな石を、砂の上に置いた。大小さまざまな石で歪な円を作って、同じような大きさの石をいくつか据える。円の中には恐らく海から流れ着いたであろう流木の欠片が雑に置かれてまるで――。
    「焚き火でも始めんのか」
    「違うよぉ、肉食べるって言ったでしょ、一誠」
     石を積み上げる様子を呆れた顔で眺め、ついに口を開いた轟一誠に笑いながら、きつく絞った新聞紙にライターで火をつける。すぐにそれは燃え上がって、焦りながらそれを石の円環の中心に投げればぱちぱちと火をあげた。
    「本当は鷹通も誘いたかったけどさ。仕事が長引いちゃったって」
     そう言ってビニール袋から出してきたのは小さな焼き網だった。それをそうっと石の上に置けば不思議と安定している。よしよし、と満足げに頷きながら同じビニール袋から出したのは恐らくスーパーで買ってきたのであろう焼き肉用の肉だった。質なんて二の次、量重視のもの。
     パッケージを開け不揃いに分かたれた割り箸でそれを網に置いていく。生意気にも熱された焼き網からはジュウ、と油が弾ける音がした。
    「ちゃんとタレも塩こしょうもあるよ」
     二人の間の砂にどさ、と焼き肉のタレと塩こしょうの瓶が置かれる。まだ封すら開けていないそれを無言で手に取り、轟は封を開けた。はい、これお皿とお箸ね、と押しつけられたものを受け取って、そこにタレを少し注いだ。
    「もちろん酒も」
    「だからタクシーだったってわけかよ」
    「バイクで来たら飲めないじゃん」
     澄ました顔で赤羽根がプルタブを上げれば暗闇にぱきりとすがすがしい音が響く。じっとりと蒸した空気の中、中途半端な冷たさの缶ビールを一口飲みながら焼けていく肉をひっくり返す赤羽根を眺めながら、轟も割り箸を取り出した。

     海からやってきた流木で焼いた肉が美味いかどうかは判別がつかない。とりあえず焼き肉のタレの味が強く、生焼けでなかったのは幸いだろう。もう一人の仲間が一口食べればまだ駅前の食べ放題店のほうがマシだと言うであろうレベルだ。そう言われれば轟も頷くほかない。
    「やっぱ海といえば肉だよねえ」
     さも当然というような口ぶりの腐れ縁の言葉を聞き流しながら、缶の中身を流し込む。相変わらず目の前の暗闇からは波が寄せては引く音が聞こえてきていて、それだけだった。遙か向こうの船の灯りも、ぽつぽつとして変わっていない。今は何時だろうかとふと過ったが、アルコールに浸かってぼんやりとした頭はポケットの中で落ち着いているスマートフォンを取り出すのを拒否した。
    「満足かよ」
     暫くの沈黙の後、轟が絞り出した言葉にへらへらと赤羽根が笑う。安っぽいライターの音と共に、その手元が明るくなった。しかしそれもすぐに失せて、闇の中でぽつりと、あの向こう側、船の灯りのように小さな火がゆっくりと煙を立てた。
    「うん。大満足。ずっとこうしていたいかも」
    「は、馬鹿じゃねえの」
     こんなちゃちなことをずっと、なんて冗談。思わず肩を揺らして笑った轟をじっと、柔らかな緑の双眸が見つめる。煙草を唇で挟んで、吸う。独特の匂いが脳を痺れさせるのを感じながら目を細め、紫煙を吐いた。
    「それじゃあさ、夜が明けるまで」
     タクシー帰っちゃったし。悪戯っ子のように呟く赤羽根双海の声に、轟一誠は軽く舌打ちをして海を睨んだ。
     暗闇で灯りがぽつぽつと揺れている。

    ※イノブレ
    いのれ
    これで良かったのか、と思うときはある。何せ世界の仕組みそのものに挑んでいるに等しい行為だ。無辜の民はそれを主に対する反逆であると言い、これが正義であると今日も不幸にも選ばれた“魔女”の足下に火をつけるだろう。その火が自らを焼かぬよう、心のどこかで祈りながら。
     そうして世界は軋んだ音をさせ、薄いヴェールのような平穏を重ねていく。
     それを壊すのは、果たして本当に良いことなのだろうか。歪でも、少しの犠牲を払っても、争いや飢えがなくなるのならば? 過去を失っても、大切なことを忘れても、笑って生きていけるのならば?
     一度生まれた疑念を忘却に棄て去って。
     
     降りしきる激しい雨は天から与えられた救いだ。地面についた足跡は消え、ざあざあという音の帷は気配を隠しやすい。
    「運がいいね、俺達」
    「……」
     カスピエルが呟いた言葉に、ベリアルは何も答えない。窓の外、雨の音に紛れて鋭い声が飛び交っている。あれは自分達を殺すべく探し回っている者の声だ。あの三人ではないようだったが彼らは『教会』を裏切った反逆者を許すまじと、猟犬のように自分達を見つけ出そうと躍起になっているようだった。
     声が遠ざかる。一晩はここから動けそうにないが、恐らくここの扉を開くことはないだろう。何せここは――。
    「まあアイツら、反逆者が『教会』の建物に逃げ込むなんて思っちゃいないだろうね」
     カスピエルが苦笑いし、ベリアルがため息を吐く。雨に濡れたヴェールを脱ぎ去り、水気を含んだヴァーミリオンの髪を乱雑にかき上げた。礼拝堂の奥へと一歩踏み出せば、ぽたりと水滴が床を濡らす。
    「……ここで一晩過ごすぞ」
     そう告げるベリアルの声にカスピエルがりょーかい、と頷く。仲間の声に抑えきれない疲れの色を感じ取りながら、身につけていた装具を外した。濡れて重くなったシャツも脱ぎ、コートと共に長椅子に無造作にかける。
    「クザファンがいたらすぐなのになぁ」
     祭壇に備え付けられているであろう火打ち石を探しながらカスピエルが愚痴をこぼす。もう一人の仲間は今、別の任務に就いている。彼ならば燭台に一斉に火をつけられるのだが、生憎自分に押しつけられた能力は土くれ人形を使役するものだ。
     見つけた火打ち石で燭台に火をつけて回る。小さく揺れる炎が、僅かに部屋を暖めはじめた。

     雨が止む気配はない。幾度か窓の外で松明の灯りが過ったが、古いびた礼拝堂は見向きもしないらしい。
     ベリアルとカスピエルは、一つの長椅子の端にそれぞれ座っていた。ただ会話を交わすことなく、ベリアルは足を組みながら目を瞑り、カスピエルはぼんやりと礼拝堂の天井、古びたフレスコ画を眺めていた。穢れのないゼニスブルーの空から舞い降りる有翼の天使達が、礼拝堂を見守るように描かれている。その表情は慈愛に満ちているが、どどこか白々しい。
     ひとつ、欠伸をする。別の長椅子に寝転がって仮眠をとろうかと思案してから、カスピエルはちらりとベリアルを見やった。長椅子に腰掛け、刀を傍らに微動だにしない。しかし微睡んでいるというわけでもなくただじっと、そこにいた。その姿は深い祈りを捧げているようにも見えた。
    「ベリアル」
     思わず呼びかけたカスピエルの声に、ゆっくりと瞼が開かれ獰猛な獣を思わせる金の瞳が現れた。なんだ、と無言で問いかけられ、カスピエルはごくりと喉を鳴らす。軽く唇を舐めて、口を開いた。
    「少し寝なよ。俺……見張っとくからさ」
     カスピエルの提案に少し驚いたようにベリアルが目を見開く。何せ、あのカスピエルが自分の眠気を優先させずに言ってきたのだ。外で降る雨が雪になるんじゃねえかと突拍子もないことを考えながら、唇を歪める。
    「いい」
    「ベリアル」
     食い気味に呼ぶカスピエルの声は真剣だった。普段の軟弱とも言える態度とはうって変わった雰囲気に困惑しながら、ベリアルが小さくため息を吐く。こうなった仲間は頑固だ。わかった、と仕方なしに頷き、立ち上がる。通路を挟んで隣の長椅子に寝転がり、天井の絵を暫く睨み付けていたがやがて、目を閉じた。刀は、手放さなかった。
     その様子を見届け、カスピエルは祭壇に視線を向ける。少し安堵したかのように息を吐き、立ち上がった。静かに祭壇に歩み寄り、太腿のポーチからくしゃくしゃの箱を取り出す。もう一本のみとなった煙草を燭台の火に近づければぽつ、とそれは灯った。それを唇で挟み、ゆっくりと吸う。
    (どうかカミサマ、ちょっとだけでいいから)
     唇から紫煙が吐き出される。質の悪い煙草だ。味は良くないが今、自分にとって必要だった。
    (ベリアルが安らげる一瞬をください、どうか)
     煙草を吸いながら祈る。カスピエルは、神に対して最早懐疑的であるのだからそれぐらいで丁度良かったのだ。
    くろてら Link Message Mute
    2022/08/22 0:49:40

    ふたいちまとめ

    TwitterであげていたSSまとめ。
    永遠のふたいち初心者ですので時系列がアイチュウになる前だったり後だったり。色々とふわふわ。
    はやくswitch版欲しいね。

    #二次創作 #アイチュウBL #双一 #SSまとめ

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