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    キッチンより愛をこめて「だし巻き食いてぇなぁ」
     背後から聞こえた声に、グズマは食器を洗う手を止めた。水音に掻き消えてしまいそうな小さな声は、誰に聞かせるためでもない独り言だったのだろう。
     振り返り、リビングに視線を向ける。ソファに腰かけたクチナシが、ぼんやりとテレビを眺めていた。画面に流れているのはカントーが舞台らしい映画だった。
     ダシマキ。食べたい、ということは食べ物だろう。
     食器洗いを再開しながら、目線だけでキッチンを見回す。
     食器棚には、初めてこの家を訪れた時からいくぶん増えた食器類がある。食材置きには買い溜めされたエネココアの袋がある。
    「…………ダシマキ、ねぇ」
     
     調べればすぐに「ダシマキ」の詳細は知ることができた。カントーやジョウトや、ともかくそのあたりで食べられている卵焼きだという。材料も作り方もシンプルで、手を出しやすいように思えた。
     グズマは現在、マリエシティの小さなアパートの一室で暮らしている。実家で暮らす気にはなれなかった。
    「よし」
     フライパンを熱して、手順を確かめながら卵を焼く。シンプルな料理だ。1、2度作ってみればものにできるだろう──と、思っていたのだが。
    「くそ……」
     皿の上には崩れた卵焼きが鎮座していた。柔らかい生地を綺麗に焼くのは想像以上の難易度だった。失敗作を口に運びながら、スマホ片手にだし巻きのコツについて片っ端から調べていく。
     そこからはトライ&エラーの繰り返しだった。もともと試行錯誤を繰り返して精度を上げていくのは苦にならない性質だ。失敗作の処分はグソクムシャたちに手伝ってもらいながら、卵のパックを2つほど空にしたころに、ようやく納得のいく出来のものが完成した。
     焼きたての卵を口に運ぶ。ふんわりと柔らかい食感。しっかりと利いた出汁の味。これならクチナシも満足するだろう──と思ったところで、ひとつ大きな見落としに気付いてしまった。
     そもそもグズマはカントー料理に馴染みがない。「だし巻きの味」の正解を知らない。これがクチナシの求めている味かどうかわからないのだ。レシピの分量から大きく逸脱はしていないはずだが、一度抱いた不安は拭えない。これをクチナシに食べさせて、もしも期待外れだと失望させてしまったら。
    「何やってんだ……」
     思わず机に突っ伏す。視界の端で、スマホがメッセージの着信を告げていた。重たい腕で手に取って画面を確認する。メッセージの主は、今ではすっかり気安い仲になった若きチャンピオンだった。
    「あ」
     絡まっていた思考が整いだす。
     いた。カントーの味を良く知っている知人が。
     跳ねるように起き上がり、メッセージへの返信を打ち込んだ。
     
     数日後。
     チャンピオンから味のお墨付きを得て、ついでにいくつか簡単なカントー料理のレシピを教わったグズマは、クチナシの前に料理を並べていた。
     純カントー風の料理にクチナシは目を丸くしていた。
    「凄いねこりゃ……いただきます」
     クチナシが料理を口に運ぶのを、自分の食事も忘れて食い入るように見つめる。
     最初の一口を食べたクチナシは、目元を柔らかく緩ませた。
    「ん、うまいよ」
    「……そうかよ」
     安堵の溜息を懸命に抑え込む。
    「しっかりカントーの味つけだ。練習したのか?」
    「おう。あいつ……チャンピオンの奴に味見頼んでよ」
    「えっ……」
     グズマの言葉に、なぜかクチナシは声を詰まらせた。
    「なんだよ」
    「いや…………うん、俺が最初に食べたかった、ってのは、子供っぽいわな?」
     ばつの悪そうな苦笑とともに告げられた言葉に、今度はグズマが声を詰まらせる。何を言っていいのかわからず、ふいと顔を逸らした。
    「……冷めちまうよ、グズマ」
    「うるせぇよっ」
     
     リビングのソファに身体を投げ出して一息つく。キッチンではクチナシが食器を片付けていた。
    「今日はありがとさん」
    「別に、たいしたことじゃねえよ」
     そうだ。たいしたことではない。
     クチナシの家にはグズマのために増やされた食器があって、グズマのために買われたエネココアがある。だから、グズマもクチナシに何かしたかった。それだけのことだ。
    「ほら」
    「ん」
     差し出されたエネココアを受け取る。ゆるやかに立つ湯気が目の前で揺れた。
     口に含んだココアはグズマが好む濃さだ。教えた覚えもないのに好きな味を把握されているのはこそばゆい。このこそばゆさの「礼」も、遠からずしてやろうと、そう思った。

    end
    あゆひさ Link Message Mute
    2022/07/21 0:04:17

    キッチンより愛をこめて

    ゆるい日常話。

    #クチグズ

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