所により嵐の食卓「ラファ、昼飯できてるぞ」
　キッチンにやって来たラファエロに、調理器具を片付けながらレオナルドが声をかけた。テーブルには４人分の皿が並んでいる。今日のメニューはサンドイッチだ。
　早速かぶりついているミケランジェロの隣に座り、同じく口に運ぶ。
　薄切りのキュウリにハムとスライスチーズ。苔とミミズが主食だったころを思えば贅沢になったものだ。
　片付けを終えて席についたレオナルドが食事を始める。そうして三人とも食べ終わっても、まだ手付かずの皿が一つあった。
「ドナの奴、朝も食ってねえんじゃねえの」
　朝食時にも顔を出さない兄弟がいた。というよりも、朝起きてから一度も顔を見ていない。おおかた作業に熱中して食事も忘れているのだ。
「そうなんだよなぁ。というわけでラファ頼んだ」
「あ？」
　ずい、と手付かずの皿が乗ったトレイを押し付けられる。ご丁寧にも飲み物付きだ。
「これドナに持って行ってやれ」
「なんで俺様が……」
「どうせ暇だろー？朝も食べてないから無理にでも口に突っ込んでやればいいよ」
　あれよあれよとキッチンから追い出され、ラファエロは舌打ちしながらガレージへ向かう。
　ドナテロはシェルレイザーの整備と改良を行っているはずだ。ガレージの入り口をくぐれば、工具片手に作業を続ける後姿が見えた。
「おい、ドナ」
「え、なに？今忙しいんだけど」
　ちらりと視線をこちらに向けて、すぐに手元に戻す。機械に夢中になっている姿に呆れつつ、傍に寄ってトレイを突き出した。
「朝も食ってねえだろ。いったん手ぇ止めろ、食え」
「これ終わったら食べるから置いといて」
「今食えって」
「手が離せないの見てわかるだろ」
「わかんねーよ見ても」
　食事をとろうとしないドナテロに、ラファエロも意地になる。飲まず食わずで熱中する姿に腹が立っていた。いい加減本気で無理やり口にねじ込もうと思い始めたころ、ようやくドナテロが折れた。
「わかったわかった、食べるよもう！」
　そう言いつつも作業の手を止める様子はない。せわしなく指先を動かしたまま、歯の欠けた口を大きく開く。
「は？」
　ドナテロの意図が分からない。眉間に皴を寄せたラファエロに、催促するような視線が向けられる。
「今本当に手が離せないから。食べさせて」
「はあぁ？」
　何を言ってるんだこいつは。
　手ずからものを食べさせてほしい、なんて、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。
(いや、わかってねえんだろうな……)
　作業に熱中しすぎて、自分がどういう行為を要求しているのか気付いていない。
　このまま放っておくとドナテロは確実に食事をとらない。レオナルドに押し付けられた役目とはいえ、果たさずに戻るのは癪だった。
「くそ……」
　怒りといたたまれなさを堪えながらサンドイッチを手に取った。口元に寄せるとドナテロがかぶりついて咀嚼する。順調に食事は進み、最後の一口が口の中に消える。ラファエロの指に唇が触れて、柔らかな感触に怯む。
(ぜってー泣かす、ぜってー泣かす……！）
　何故ラファエロだけがこんな思いをしなければならないのか。ことが終わって我に返った後、恥ずかしさに悶絶するドナテロを泣くまでイジリ倒してやる。
　震える手で二切れ目のサンドイッチを摑み、無防備に開かれた唇に差し出した。
　
　end