帰り道は遠回り 夜の街。独特の喧騒が遠く聞こえて、その中に機械を弄る音が混ざる。
ビルの屋上に立つラファエロの視線の先に、工具を手に座り込んだドナテロの姿がある。
人目につかない場所に設置されている小さな機械は、クランゲが使用する電波を察知してどうのと制作者であるドナテロが長々と解説していたが、いつものごとくろくに聞いていない。
今回は動作確認らしく、このビル一箇所に設置すればそれで終わりだ。すぐ終わる用だから、と一人で出掛けようとしていたドナテロに強引についてきて今に至る。
機械を弄るドナテロは集中していて、ラファエロの視線には気付いていないらしい。
「……」
小さく溜息を落とす。
ラファエロとドナテロの関係は、一般に言う兄弟の枠からいくらか逸脱している。
うるさいくらいによく回る唇の味をラファエロは知っている。それ以上のものも。
機械の設置に同行したのは単純に心配もあるが、少し二人きりでいたい、なんてことを考えたからだ。
「……は、」
再び溜息。
二人きり。ドナテロは、そんなことを全く気にせず機械に向かっている。そういう奴だとわかっていた筈なのに、こうもすげないと空しくなる。自分ひとりで盛り上がっていたのだと突き付けられる。
機械を弄る音が止まって、ドナテロが工具を仕舞う。立ち上がり、足についた塵を払ってこちらを向いた。
「……帰るか」
「えっと、その前にラファ」
ドナテロの指が、少し離れた古いビルを指し示す。
「この間、あそこに柄の悪い連中が入ってくのを見たんだ。パープルドラゴンの同類かも。……だから、少し調べて帰らない?」
建物から建物へ。夜風を裂くように二つの影が飛ぶ。件のビルの外階段に着地し、窓から中を覗き込んだ。
使われなくなって長いのか室内には何もない。埃だけが静かに積もっている。同じ調子で全ての階を覗いた結果は、最初と何も変わらなかった。柄の悪い連中どころか、長らく人の出入りはないように見える。
「……見間違い、だったかな」
路地裏に面した外階段に腰掛けて、ドナテロが居心地悪そうに頬を掻く。さっきから不自然にラファエロと目を合わせようとしない。
見間違い、とドナテロは言う。そういうこともあるだろうが、どうにも引っかかる。近隣に似たようなビルはないのだが。
路地裏は静かだ。微かな星明りに照らされて、二つの影がアスファルトにぼんやりと映る。
「…………あ」
並んだ影に、一つの可能性がラファエロの脳裏に浮かぶ。都合のいい考えだと諌める声を押し退けて、湧き上がる衝動があった。
「なぁ、ドナ」
声が上擦る。ドナテロの肩が小さく跳ねた。
「さっき言ったの、嘘だろ」
切磋に離れようとした身体を掴んで壁に押し付ける。肩を押さえて、明らかな狼狽を見せる顔をねめつけた。
「嘘だよな」
「え、なんでっ」
赤い目が行き場を求めて惑う。言い訳を探す子どものような視線は、やがて足元に落ちた。
「なんで……わかったの」
蚊の鳴くような声、というのはこういうものを言うのだろうか。
ラファエロの考えが確信に変わる。
嘘の理由は単純だ。帰路へつくまでの時間を、少しだけでも延ばすため。
――二人きりでいたい。
「……同じこと、考えてたから」
薄く開いた唇が何かを言う前に、噛み付くように口付けた。