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    夢のつづき
     数日ぶりにドナテロがラボから出てきた。のそのそとリビングにやってきて、湯気を立てるコーヒーを片手にソファに腰を下ろす。ソファの先客であるラファエロを赤い目がちらりと見た。その目に隈はない。今回はラボの中でまともに睡眠をとっていたようだ。たまに寝食も忘れて没頭するのがこの馬鹿な天才の悪い癖だった。
    「うわ、ラファがニュース見てる」
    「あ?頭のてっぺんからコーヒー飲みたいって?」
     珍獣でも見たような声色に、拳骨を振り上げて見せればドナテロはそそくさと距離をとった。
     別にニュースを見ていたわけではなく、単にほんの数分前までこのチャンネルでスポーツ中継が行われていただけだ。他に見たい番組もなくぼんやりと流しっぱなしにしていた。
     液晶の向こうでキャスターが流れるようにニュースを読み上げていく。ドナテロが番組に集中し始めたので、ラファエロもそれに倣うことにした。ちょうどお堅いニュースの時間は終わり、ヒット曲や新商品の話題に移っていた。縁の薄い地上の話とはいえ、楽しげな話題には興味を引かれる。そのまま2人でテレビに目を向けていた。
    「わあ……」
     ドナテロが声を上げる。液晶に映るのは最新技術を投入したという新型の音楽プレイヤーだ。開発者らしき人間の語る専門用語に頷き頷き、丸く見開かれた瞳がきらきらと輝く。
    「すごいなぁ!」
    「何がどうすごいのかわかんねぇよ」
    「どうすごいかって、これはね――」
     横から茶々を入れたのは失敗だった。いつもの長話が始まってしまった。薄い舌に乗って意味の分からない単語がすらすらと溢れていく。理解できない話は退屈で、BGMにもなりやしない。
     いつもならとっとと引っ叩いて黙らせるところだ。けれど、ドナテロはここ数日ラボに引き篭もっていた。
     つまり数日の間、ラファエロはドナテロの声を聞いていない。
     わけの分からない言葉の羅列が、耳を柔らかく撫でていく。踊るような、弾むような、それでいて穏やかな声がラファエロの傍で空気を揺らす。
     ――黙らせるのはもう少し先でいい。そう、思った。

    「ラファ、聞いてないでしょ」
     ふつりと長話が途切れる。呆れた顔でドナテロが目を向けてきた。聞いてはいた、と言ったところで面倒くさい反応が返ってくるのは目に見えている。
    「聞いてねえけど喋ってろ」
    「なんだそれ、やだよ」
     ふいと顔を背けてドナテロが黙ってしまう。彼の興味は再びテレビ番組に移った。それが名残惜しい。また何かドナテロが喋りたがるような題材が映らないものか。
     ラファエロの思いもむなしく、番組は終わりに差し掛かっていく。もともと暇潰しに見ていたものだ。ドナテロの持つコーヒーもすっかり空になっている。そう遠からず、ふたりきりのこの時間は終わるだろう。
    「なあ」
    「なに?」
    「なんか喋れよ」
    「さっきもだけど何だよそれ、どうせ聞かないくせにさ」
     呆れた声でドナテロが肩をすくめる。今日のラファは妙な冗談を言うなぁ――と、そんな顔をしていた。
    「俺様に分かるように喋りゃいいだろ」
    「なんで僕がそんなことしなきゃなんないの。大体何を話せって?」
     会話の応酬も数日ぶりだ。日常の一部だったものが、数日抜けただけでこんなにも物足りない。返ってくるドナテロの言葉が、ラファエロの内に空いていた穴を埋めていく。
    「なんでもいい」
     馬鹿なことを言っている自覚はある。この時間が終わるのが惜しくて、どうにか言葉を探している。普段はどうにか蓋のできている感情に、今はなぜだかうまく蓋を閉められない。
     数日ぶりで、ふたりきりで。そんな状況のせいなのかもしれない。ささやかな状況ひとつで蓋が閉まらなくなるくらい、この感情は膨れ上がっている。
    「おまえの声ならなんでもいいよ」
     だから、口が滑った。
     自分でも驚くくらい穏やかな声で、本音が零れ落ちてしまった。
     とっさに掌で口をふさぐ。そんなことをすれば、うっかり本音を喋ってしまったと白状しているようなものだ。
     あんな、夢見るような声が自分の喉から出たのか。心をまるごと取り出して目の前に突き付けられた心地だった。
     ドナテロは今の言葉と声をどう受け取るだろう。ラファエロの胸にある感情を知られてしまったら、今までのようなただの兄弟ではいられない。この空気の読めない弟が、どうかラファエロの声に滲んだ想いを読み解けていませんように。そう祈りながら、おそるおそるドナテロを見た。
     「……なに、言って」
     大きく見開かれた瞳と視線がかち合う。
     その頬が、じわじわと赤く染まっていった。
     予想外の反応に息を呑む。
     赤く火照った頬の上で、ラファエロを映す瞳が熱をたたえて潤む。薄い水膜の向こうで瞬く紅色に目を奪われる。
     ついさっきまで器用に回っていた薄い舌が、もつれた様にたどたどしく言葉を紡いだ。
    「……ほんと?」
     夢見るような声がした。
    「ラファ、僕の声、聞きたいの?」
     上擦って震えた声がラファエロの鼓膜を震わせる。かすかな息遣いさえ聞こえたかと錯覚するほどに、ラファエロの聴覚はその声に集中していた。
     息が詰まって言葉が出ない。ラファエロの言葉を待たず、ドナテロがはっと肩を跳ねさせた。油の足りない機械のようなぎこちなさで引きっつった笑みが作られる。下手くそな作り笑いのまま、ドナテロは逃げるように腰を浮かせた。
     「あは、ははっ、何言ってんだろ!じゃあそのっ、もう部屋に戻るから――」
     頭の中が渦を巻く。起こったことをうまく処理できない。混乱の中でどうにか状況を整理しようとする。
     ラファエロの零してしまった本音を受けての、ドナテロの震えてもつれる声に――覚えのある響きを感じた。ラファエロの中で長い間体積を増して、内側から蓋を叩いているものと似た何か。思わず零れてしまった、自分でも驚くほどの柔らかな響き。
     ただそう感じたというだけだ。根拠も確信もない。あまりにもラファエロに都合が良すぎる考えに、そんな筈がないと警鐘が鳴る。思い込みで線を踏み越えて、互いに傷付くだけの結果に終わったらどうする。兄弟のままでいられたはずのこの先を壊していいのか。
     このまま何も無かったことにすればいい。ラファエロは口を滑らせなかったし、ドナテロも何も――夢見るような、か細い声も――無かったことに。
    「……っ、ドナ!」
     立ち去ろうとする手を間一髪で掴んで、強引にソファに引き倒す。見開かれた赤い眦の端が濡れているのをラファエロは見た。見てしまった。だから、後戻りする選択肢は無くなった。
    「な、なんだよ、離せったら」
     ソファに押し付けられたドナテロが身体を捩る。逸らされる目線を顔を掴んで無理やり合わせた。
    「なあ」
     上から降る声にドナテロがぎくりと硬直する。ゆっくりと、一語一語を染み込ませるように声を出す。正しく届くよう願いながら。
    「俺様に言いたいこと、あるだろ」
     無い、と言おうとしたドナテロの声が霧散する。丸く見開かれた赤に、笑ってしまうほど情けない顔の己が映る。こんな顔をドナテロに見せたのはきっと初めてだ。取り繕っていたかったけれど、今更そんなことはどうでもいい。
    「俺にもある」
     告げる。水の膜を張った赤がラファエロを見る。
    「言うから。俺は言うから、聞け。……聞いてくれ」
     ただ懸命に、言うべきことを言う。言葉にすることはないと思っていた。もし告げる日が来たとしても、きっと崖から身を投げるような気持ちで口にするのだと思っていた。
     ドナテロは吐息を震わせたまま、黙ってラファエロの言葉を聞いている。
    「そんでおまえも言え。聞くから、言えよ」
     言い終えて、小さく息をつく。心臓がどくどくと鳴っていた。
     互いの呼吸の音だけが耳に届く。見つめあったままで動けずにいた。やがて意を決したようにドナテロが口を開く。
    「ね、ラファ、どいて」
     言われるままに身を起こす。ドナテロも身体を起こし、向かい合わせに座り込んだ。俯いたドナテロが、おずおずとラファエロを見る。俯いたまま目線だけ上げるものだから、上目遣いのように見えてどきりとした。
    「あの……あのね」
     静かな声がラファエロを呼ぶ。深夜のリビングで、つけっぱなしのテレビの音声が遠い。
     少しばかりの沈黙を経て、顔を上げたドナテロが言う。
    「ラファの話、聞かせて」
     その声は震えていて、けれど迷いはなかった。ここからが本番だというのに、肩の荷が下りたような心地がした。
     うまく締まらない蓋に指をかける。長く長く閉じ込めてきた言葉を、ラファエロは唇に乗せた。

     end
    あゆひさ Link Message Mute
    2023/01/29 0:30:32

    夢のつづき

    ※2012ラフドン
    ※片想い中のラファエロがうっかりポロリする話
    #ラフドン

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