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    環 五章二十九話「煙草」三十話「シジャク」三十一話「熱病のような愛」三十二話「一緒なら」三十三話「神」三十四話「セイレーン」三十五話「俺の」三十六話「線香花火1」三十七話「線香花火2」三十八話「血色ピンク」三十九話「さらば」二十九話「煙草」

    「先週の放課後、業者さんが校舎を点検していたら体育館裏で煙草を見つけたらしい。職員の中に喫煙者は居ないから、不審者が侵入したか、もしくは学生の仕業じゃないかという結論になった、心当たりのあるやつは授業終わりに職員室に来るように!」

     ホームルーム。
     学校で煙草吸うようなバカがおるんか~アホすぎ~なんて思いながら、授業のために机の中からノートや教科書を取り出していると、背後から刺すような、強い視線を感じた。
     振り返ると、後ろの席で「晶のでしょ!」と身振りで伝えてくる神足が。
     かわいかった。
     なんか威嚇してる子猫みたいで。

     授業終わり。
    「……晶、これは単なる確認なんだけどね?あの煙草って晶のじゃないよね?」
     神足は私の耳元に口を寄せ、小さな声でこう尋ねた。
     私が首を横に振ると、神足は眉間にぐっと皺を寄せ、疑わしいといった目で私をじっとりと睨んだ。
    「じゃああれはなんなの…?誰の煙草?」
    「わからん…そんなアホなやつが世の中におるんか…変なやつもおるもんやな…」
     そう言いながら首を傾けると、神足はしばらく考えてから、少し息を吐き、こう言った。

    「…変なやつ…と言えばさ、この前華菜ちゃんとトイレで会った時に、このクラスで私の名前呼んできた二年の子も…近くに居たでしょ?あの、レザーのチョーカー付けて、片目を髪で隠してる…派手な子」
     それを聞いて考えてみる。確かあの人の名前は…額塚菜那さんだ。華菜ちゃんがめちゃくちゃに懐いていて、慕っている綺麗な女の人。

    「額塚さん?あの子が変な人?」
     私が彼女の名前を言ってみると、神足は目を見開いてから何度も頷いた。
    「そうなんだよ…!その額塚さんって人……」
    「その額塚さんがどうしたん?」
     そこまで言って気づいた。
    「……あ、そっか、あの子とあんたってお友達やったんやったよな!確かあの時あんた額塚さんに向かって「誰?」って言ってたっけ?あのな、いくら神足がうちの協力してくれるからってそれは…」
    「…知らない人なんだよ」

     ……耳を、疑った。

    「……知らん人?」
    「…うん……あの子、三年のクラスに来た時「宮部さんと知り合いです!」みたいな事言ってたじゃん?だけど…私はあの子と…まあ、すれ違ったことはあっただろうけど、話したことどころか、名前すら知らなかったくらいで」
     怯えた様子の神足。

    「…あの人が、あんたと知り合いや、って思い込んでるってこと?」
     私の言葉に神足は首を横に振った。
    「そうなのか…いや、なんというか…もっと違う何かな気がする……華菜ちゃんが額塚さんにあんなに懐いてるのも妙だし…まあ、華菜ちゃんの回りにいるのが男の人ばっかだから、そこに女の人が一人いるってだけで安心できるのかもしんないけど…でも…」
    「……にしても、あんなに慕ってるのは変って言いたいの?」
     焦った口調の神足を宥めるために背中を撫でてみると、神足は小さな声で私にお礼を言ってから、こう続けた。

    「ありがと…うん。あの、華菜ちゃんを洗脳してるとかそういうんじゃなくて…華菜ちゃんに、好かれる方法を…知りすぎてるというか…」
     言われてみればそうかもしれない。
     スパイの子に見張りを頼んだ、あの、例のカフェでの華菜ちゃんの態度。
     額塚さんを「お姉ちゃん」と呼びたがった華菜ちゃん。

    「……」
    「思ったんだけど…額塚さんさ…もしかして、晶の知り合いだったりしない?」
     そう言われて、気付いてしまった。
    「晶か…もしくは、晶の、お母さんの知り合いだったりしない、かな?」

     怯えた様子の神足。
     立ち上がった。

    「晶、ど、どこ行くの!?」
    「…頭の中整理したい。隣のクラスの朱里んとこ行ってくる!」
    「……晶……」

     朱里に会いに行かなければ、と大急ぎで教室から廊下に出ると、目の前には丸岡徹が。
     私を睨んでから、そっと近付いた徹は、私の耳元にこう囁いた。

    「…何するつもりっすか、次は」
     徹の震えた声。私は、徹の目を見つめてこう言った。
    「今に分かる」



    「…晶、おかえり、朱里さんなんて言ってた?」
     出迎えてくれる神足。
    「……」
     崩れ落ちた。
    「……晶?…晶!平気…!?」
     神足は受け止めてくれて、そのまま、神足に体を預けた。
     椅子にゆっくり座らせてくれて、背中撫でてくれた。

    「…さっき、彩ちゃんと会って…聞いてみたら、朱里が、入院したって…」
    「!?」
    「うちには、気遣って、言えんかったって…」
    「は!?な、なんで!?に、入院!?晶……」
     背中を撫でる手が止まった。
    「……暴力、振るわれて…骨にヒビ入ったから、二週間くらい入院することになったって…」
     神足は眉間に皺を寄せてから、廊下に立っているスパイの子に、視線で「環を追え」と合図を送った。

    「…神足」
    「……晶、誰がやったかもう予想できてるの?」
    「…うん」
    「…」
    「…どうしよう」
    「大丈夫。すぐに良くなるよ。帰りに朱里さんのお見舞いに行こうね」
    「……うん」
    「大丈夫。ずっと一緒にいるよ。大丈夫。朱里さんもすぐ帰ってきてくれるよ。大丈夫」
    「…うん……」
    「お菓子買っていこうか、病院の場所は分かる?」
    「わかる」
    「ならそこに行くまでの道にあるお店でお菓子買ってお見舞いに行こう、ね?」
    「うん」
    「分かった。行こう。立てそう?歩ける?おんぶしようか?」
    「できひんくせに……」
    「できるよ、晶のためならなんだってする」
    「……ばか…」


    三十話「シジャク」


    「環さーーーーーん!!おはようございます!!!!緊急です!!!!聞いてください!!!!俺やばいこと知ったんすけど!!!!!!」
     休みの日。
     ベッドの上でごろごろしながら、今日は久しぶりに部屋に籠って居ようか、なんて考えていた時、てつが部屋の扉をぶち破るくらいの勢いで突入してきた。

    「緊急で……あ、え!?環さん!ま、まだ寝てたんすか!?なら俺出直します!!!」
     背を向けるてつ。俺は呼び止めた。
    「いや!いいよ!いいから!ここに居なさい!起きようとしてたとこだから…!緊急なんだろ!?分かったから…!」
     そう言いながら起き上がると、てつは申し訳なさそうに何度も謝りながら俺に近付き、スマホの画面を見せてきた。

    「は、はい…すみません…その、良い報告では無いんすけど、雅朱里さんが少し前に何者かに暴行されて、入院してるという情報が入ったのでそれをお伝えしたくて」
     そう言いながらてつが恐る恐る見せてくれたスマホの画面には、顔や体に包帯を巻き、入院着を着て、恐らく晶と親しげに話している朱里さんが写っていた。

    「……あの朱里さんが大人しくリンチされたっていうのか…?誰の仕業だ?…まさか蹴上達の仕業ってことか?」
    「いえ、朱里さんはもうほぼ堅気の人だから、蹴上は無関係だとは思います…けど…」
    「…蹴上の事だから考えられなくもない…って言いたいのか」
    「……はい…あいつはこういうことを平気でするやつですから…」

     朱里…さん…。
     晶の右腕であり、幼馴染みのような、晶の片割れである彼女が…入院…。

    「…智明さんは?朱里さんの彼氏だろ?あの人の情報は?」
    「智明さんについては今佐鳥んとこの山ノ江さんが調べてるみたいです…けど……」
    「……話せる状況じゃ…ないかもしれないよな…」
    「……はい」

     黙り込む俺とてつ。
     てつはしばらく考えてから、何かを思い付いたかのようにスマホを操作し始めた。

    「…あの、ひとつ…提案しても良いですか…?」
    「うん、なんでも言ってくれ」
    「もしも雅朱里さんのコレがマジで蹴上の仕業なんだとしたら、俺も環さんも…しばらくどこかに身を潜めるべきだと思います。このままだと…華菜ちゃんを含めた回りの人達にも危険が及ぶだろうから…」
     そう話すてつの手が少しだけ震えているのが見えた。

    「……うん、確かに…お前の言う通りだな」
    「佐鳥一家も…晶はどうするか分かんないっすけど、夏の間はしばらく関東に行くと言ってたので…俺らも見習って、少しの間どこか遠くに行くべきです…」
    「お盆だからな………俺が身を潜めるとして、どうせなら華菜ちゃん達も連れていきた……あっ」
    「……はい、そうです…」
    「てつ、お前…」
    「はい…馬鹿だと言ってくれて構いません……」


    「おはよ!華菜ちゃん!ワキノブくん!みんなで旅行に行かない?一週間くらいの泊まりで!府外に!あ、行きたいなら海外でも良いよ!!府内でも良いから!ね!?」
    「…え…なんかやだ…」
    「……私も嫌です…なんか必死すぎて怖いんで……」





     昼休み。
     神足と二人でごはんを半分こずつ分けて食べた後、朱里のお見舞いに持っていく物を決めようか~と、腹ごなしのために中庭を歩きながらおしゃべりしていると、ふと、視界の隅に見覚えのある人影を見つけた。
     校舎の影になる、じめっとしている場所で、ヴィジュアル系バントのボーカルのような、過度に格好付けているポージングをしていて、その上首や腕に包帯を巻き、目付きはどこか人間離れしている女の子が。

    「…あ、久しぶりー!」
     私がその女の子に声をかけると、神足は目を見開いてから私の腕を引いて止めた。
    「待って!あれ明らかにヤバい人じゃん!声かけちゃまずいよ!!」
    「まあヤバい人ではあるけど悪い人ではないよ!話したら分かると思う!」
    「え、ヤバい人ではあるの!!??」
    「まあいいからいいから!詩寂~久しぶり~!」

     制止する神足の腕を引いて女の子に話しかけると、その女の子は顔だけをこちらに向け、ボソリと一言こう呟いた。

    「盟友よ、隣のソレは」
    「ソレって…え、私のこと…?」
    「そうみたいやね、ソレ」
    「え………こ、こうたりです…神に、足、って書いて、神足…」
    「ほう!!なんと良い名前!!!!」
    「食いついた…晶……私この人怖いんだけど……」

     詩寂に向けて頷き、そっちも自己紹介をしろと促すと、察してくれたのか、怖いくらいに神足の目をじっと見つめながら自己紹介をし始めた。

    「名は詩寂。この仮の姿では花脇楓で通ってる。よろしく」
     差し伸べられた手を恐る恐る握る神足。
     詩寂はその手を強く引き寄せ、あろうことか神足を壁に押し付け、壁ドンのような姿勢をとった。

    「ヒッ」
    「おいわしの恋人に何してんねんいてこますぞ詩寂コラ!!!」
    「黙って。あんた、どこかで見たことあるような」
     珍しく詩寂に制止され声が出せなくなった私。
     見つめ合う二人、神足は不思議そうに首を傾けた。

    「…どこかで、会ったって?」
    「…あんた…昔、テレビかなんかに出てなかったか…?この顔、見覚えがある」
    「……」
     目を見開く神足。
    「…出ては、いた。で、でも…出番は一瞬だったから…映像は私の手元にすら残ってないよ。有名にも話題にもならずに、ひっそり消えた」
     神足がそう答えると、詩寂はからかうようにくすりと笑い、神足の下唇を指先で撫でた。
    「その言葉、まるで『有名になりたかった』と言っているように聞こえるが」
    「言ってるよ。昔は有名になりたかったから…」
    「そりゃまたどうして?」
    「…私、中学の時…友達と音楽やってたから」

     ……。

    「詩寂、もうええから離れろ。神足ごめん、会わせるべきじゃなかった」
     そう言い、詩寂の腕を引いて神足から離すと、神足は首を横に振りながらこう答えてくれた。
    「いいよ、大丈夫。私達を覚えてくれてる人がいて嬉しいから平気。ありがと」

     ……神足。

    「……なんて名前で活動してた」
     詩寂の問いかけに、神足は気まずそうに、でもどこか嬉しそうに、胸を張って答える。
    「独華。ガールズバンドだったよ」
     ひとり、ばな…。
     バンドをやってたってことは知ってたけど、名前までは知らんかったな…。
     なんかどっかで聞いたことあるような気がしなくもないけど…。
     どこで聞いたんやったっけ…。

     と、ひとりで唸りながら悩んでいると、詩寂が神足から目を逸らさず、淡々とこう問いかけた。
    「独華。確か…有名なベーシスト、一口の妹が居たバンドだな」
    「うん、アニメの主題歌とかやってたバンドに居た人だよね…確か、晶が好きなアニメもやってた」
    「え?なんてアニメ」
    「一片の報いだ。池崎直樹が書いた小説のやつ」
    「え!!!???あの主題歌やってたバンド!!!???」

    「の、メンバーの妹が居るバンド」
    「……あー、やから聞いたことあったんかも……」

     私の言葉に詩寂はくすりと笑い、神足は悲しげに俯いた。

    「…ねえ、晶」
    「……どした?」
    「…実は、私も家族の七光りってよく言われたんだ。一口さんの名前を利用して成り上がった…クソガキ達って、よく言われたよ」
     神足はそう言いながら私の目を見つめ、髪を撫でてくれた。
    「……あ…」
     神足の瞳に映る私が、髪を撫でられた程度でみっともなく照れているのが見えた。
     照れるような状況じゃないと頭では分かっているのに、綺麗な目だな、なんて呑気に思ってしまう。

    「…一口さんが良い人だったからこそ、憎めなくて悔しかった。だから、晶の気持ちは痛いくらいに分かるんだ。どれだけ悔しくて、どれだけ、自分が無力に思えるのか、分かるんだよ」
     神足の冷たくて、でも暖かい、固い指が私の手のひらを撫でてから、包み込んでくれる。
    「……神足…」
     あいしてるよ。
     伝われば良いなと思って、心の底で愛を打ち明けてみた。

    「……うん、私も晶を愛してるよ」
     この子は、全て、分かってくれた。

    「……神足、貴様は晶のどこからどこまでを知ってる」
    「髪で隠れた美しい左目から、彼女の背中の入れ墨まで。美しい蜘蛛の隣に噛み跡を残した」
    「え?嘘、どこ!?神足のばか!!」
    「ごめんね」
    「貴様の入れ墨はどこにある」
    「この体ではなく、この世に生き様として彫るんだよ」
    「その模様は」
    「世界一美しい私の晶を」
    「……気に入った。貴様に私の持っている情報を全て渡そう」
    「……え?何……?え?何で打ち解けてんの?なんで?」
    「私も詩寂と同じ。異世界から来たから」
    「あはは!高三にもなって中二病か!」
    「勿論、永遠に」
    「ああ、永遠にこのまま、この病気に身を焦がそう」
    「……なんか…仲良くなれて、良かったな……ちょっと妬くけど…」


     ……ちょっと、待て。

    「待って、今、何か…嫌な予感したんやけど聞いてくれる…?」
     そう言いながら詩寂と神足の肩を叩くと、二人ともこちらを向き、頷いてくれた。
    「うん…何?」
    「どうした晶、何か予感の様なものを感じたか」
    「うん…なんか…華菜ちゃんの回りにいる人でさ、前、華菜ちゃんに向かって「昔音楽やってた」とかいう、適当な嘘ついてる人おらんかった?」

     私の言葉を聞いた神足は目を見開いた。
    「…晶は…私の事を知ってる人が、華菜ちゃんの身内に居るって言いたいの?」
     頷くと、神足はしばらく悩み、ポケットからスマホを取り出し、カレンダーアプリを開いた。
     その姿を見た詩寂は眉をひそめ、神足のスマホ画面を覗き込んだ。
    「カレンダーアプリ?それで何が分かるんだ」
    「カレンダーのアプリってさ、日付押したらメモ欄っての出てくるやろ?神足そこに日記書いてんねん」
    「それは賢い。それだったら検索も出来るしタグ付けして管理も出来るな」
    「うん、だから…言ってた時期、特定出来る?出来るのなら絞り込めそうだけど…」

     真剣な眼差しの神足。しばらく考えて、恐る恐る思い出したことを言ってみた。
    「なんかな、確か…そや!華菜ちゃん達が誰かを仲間に引き込もうとしてた時で…」
    「…引き、込もうと…し、た、時…」
     一言ずつ呟きながらスマホを操作する神足。その横で詩寂がしばらく考えてから思い付いたように声をあげた。
    「あぁ、それだったら私に分かるぞ」
    「え?詩寂さん、分かるの?」
     神足が文字を打ち込みながら詩寂の方を向くと、詩寂はベンチの方を指差した。

    「あぁ、その時は私も中庭に居たからな…よく覚えてるよ。そのあたりに良く口の回る五月蝿い男と女が居たからな」
     そっか…華菜ちゃん達はその頃から中庭に集まるようになったんやな…。
    「分かった、口うるさい、男と女だね…」
     変わらず物凄いスピードで文字を打ち込む神足。
     でも眉間に皺寄せてるし、首傾けて困ってる感じやし…出て来んのかな…。
     まあ、日記に一日あったこと全部を書くのはちょっと難しいかもしれんから仕方ない仕方ない。
     詩寂は神足の文字を打つスピードの早さにドン引きしながら、居た人達の事を思い出していった。

    「なんか指先だけ違う生物みたいだな…。他、誰が居たかな…。私の愛しの弟、忍。そして華菜と呼ばれる女の子、晶の嫌いな環と、そいつの付き人、てつというチビ…そしてダブり二年の廉…あと…」
     なるほど、華菜ちゃんの回りに居るいつメンやな。
     その時、神足が、スマホを操作する手を止め、詩寂の顔を見つめた。

    「……残りの、二人は?」
    「あぁ、そうだったそうだった!確か…銀髪のパーカー男とレザーチョーカー女も居たな…そいつらが良く口の回る五月蝿い二人だ!そいつらが言ってたんだっけ。どっちが言ってたかは曖昧だが、それだけはしっかり覚えている」
     詩寂は誰にも嘘つけへん性格してるから、これは確かな情報やろうな。
     詩寂に一言お礼を言ってから、神足の背を撫でると、神足は私に自分のスマホを渡してから、詩寂に声をかけた。

    「……?」
    「詩寂さん、話してた時期は分かる?」
    「…四月くらいじゃないか」
    「四月なら…百々くんは居ないね…」
     神足から渡されたスマホ。画面をよく見てみると、四月の中頃から後半頃の日記のメモ欄が開かれていて、そこには、額塚さんについての神足の考察と、華菜ちゃんと額塚さんの関係の考察が書かれていた。
     もしかしてさっきやたら文字打ってたんはこれを書くためやったんか…?
     重要な、考察…は………成…程。この子は神足は、額塚さんの事を、こう見てるんやな…。
     確かやし、辻褄も合ってるし、人を見る目があるというか、自分が晒されてる危機に鈍感というか、敏感というか、恐れ知らずというか…なんというか…。

    「…詩寂さん、もっと詳しく、四月の何日か…くらいまで分かる?」
    「ああ、分かるよ」
    「何日?」
    「何日かは分からんが、話数で言うなら、今から二十三話前だ」


    三十一話「熱病のような愛」


    「ねえ晶、ずっと聞こうと思って聞けてなかったんだけどさ、お母さんの名前なんていうの?」
    「あー、そういえば言ってなかったな!うちのお母さんは…」
     学校帰り。いつもは神足がうちを家まで送ってくれるから、今日はうちが送ってあげるために一緒に帰ってると、前方から物凄いスピードでこっちに走ってくる男の子が。

    「二人!俺やばい事知った!!!」
     駆け寄ってきたスパイの男の子は、ぜえぜえと息を切らし、私達二人にスマホの画面を見せつけてきた。
    「!なに?」
    「見えない。よく見せて」
    「これで見える!?」
     画面をよく見ると、そこには華菜ちゃんとワキノブ君、そして環の三人が。

    「はぁ…こ、神足がさ、こいつを追えって指示してくれたじゃん!?でさ!こ、こいつら、最近妙に集まってんな~、って思ってたら、夏休みに"いつメン"ってやつで旅行に行くつもりらしいんだよ…!」
     うわー噎せ返るほどの青春やな~…去年を思い出すわ。
    「なるほど、夏やもんな…どこ行くつもりっぽい?そこまで分かった?」
    「うん、お前が去年松田達と行ったとこっぽいわ」
     は!!??
    「なんで!?わしと龍馬達が行ったとこに行くつもりなんか!!??またなんで!!!!」
    「?行ったのってどのあたり?」
    「車で行けなくはないけど、こっからはかなり遠いとこ!あのー、有名な神社があるとこや!」
    「あそこか……観光地として有名なとこだよね」
    「そうそう!あー、どうしよう…」

     ほんまにどうしよう。
     夏はお盆やから関東行ってお母さんのお墓参りせなあかんし、それ以外の日は課題とか、彩ちゃんとの遊びの予定も立てちゃったし、神足と7日間はデートするって約束してるし…。
     朱里のお見舞いも行きたいし、明人の展示も見に行きたい…。
     最後の夏休みで最後の休憩時間になるやろうからひたっすらに遊ぶつもりやったんやけど、無理かな…諦めるしかないか…。

     神足の顔を見ながら「どうしよう」と呟くと、神足は目を見開き、スマホを操作し始めた。

    「任せて」
    「?え?神足?」
    「知り合いに有名な飲料メーカーの社長令嬢がいるから頼めないか当たってみる。その辺だったら別荘くらいありそうだし」
     ……は?
    「な、なんで神足が社長令嬢と知り合いなの?」
    「音楽やってた頃のコネがあるんだよね。こっちも相当でかい借りはあるけど、あっちにも相当でかい貸しがあるから、多分一ミリくらい考えてはくれるはず!」
    「音楽やってた!!??コネ!!??」
    「あのな、それで驚くんは何日か前にやったからもうええで、しつこくなっちゃうから!」
    「は!?晶さん何言ってんの!?俺は初耳なのに!!??おい神足!!なんで言わなかった!!!!」
    「ごめん、それについては後で」
    「はあ!!??」

     神足が、有名なメーカーの社長令嬢と、知り合い…?
     音楽やってた頃はあんまりうまくいかなかったとか、売れなかったとか、そればっかりしか聞いてなかったから、そこまで気にしてなかったけど…。

    「もしもしアヤカさん?久しぶり、実はちょっと相談があって……そう、色んな事に関わる事なんだけど…アヤカさんの会社と提携組んでる会社あるでしょ…うん、その晶関連。付き添ってくれたら嬉しいな…分かった、ありがとう、助かった。じゃあその時に」

     社長令嬢と関係築いてる上に、下の名前で呼んでる…?
     …昔は、色んな所にコネを作って、意地でもバンドマンとして有名になろうとしてたんかな。
    「お待たせ、別荘は何とかなった」
    「なんとかなった!!??」
    「お前すごいな!!」
    「けど車は先の予定が分からないから貸すのは難しいって」
    「すご!」
    「見直してくれた?」
    「見直した!お前最高だな神足!」

     ……神足…。

    「……」
     今、音楽やってないことを、神足は、どう思ってるんかな。
    「晶?」
     私の顔を覗き込む神足。

    「…神足…あの…」
    「うん?」
    「…もしかしたら、令嬢さんは嫌がらはるかもしれんけど、車ならうちの冴木に頼むわ。あんたも神足と一緒に華菜ちゃんらの見張り行ってくれる?」
    「そりゃあ、俺は最初から行くつもりだったよ…」
     スパイの子はそう言ってから、何かに気付き、顔をバッと上げた。
    「…もしかして、晶さん来ないつもり?」
     勘の良い子やな。
    「ごめんな」

    「……あ、え?マジ?晶さん来ないの?なんで?」
    「うん…実は、夏休みはしばらくの間お父さんと関東行かなあかんくて…」
     私がそう言うと、神足は二回頷いてからこう呟く。
    「夏休み……お盆か」
    「え?お盆?…あー、晶さんのお母さんって確か関東の人なんだっけ?」
    「うん、ごめん…一応連絡は取れるから…いつもこき使ってるお詫びとして、冴木に頼んで、見張るのは観光ついで、ってことにして楽しんできて」
     私の言葉に、神足とスパイの子は顔を見合わせてから頷いてくれた。

    「……あ、もう家やな…」
     惜しいと思った。あと、数分だけでもいいから側に居たいなと。
    「神足」
     神足の袖を引いた。
    「うん?どうしたの?」
     神足を眉を上げ、愛おしいものを見る時のように、優しく微笑みながら首を傾けた。
     私を愛おしいと思ってくれているのなら、踏み込んでしまっても構わないかなって。

    「…神足は、音楽、もうやりたくないの?やるつもり、もうないん?」
     神足はしばらく黙ってから、恐る恐る誤魔化すようにこう答えた。
    「今は目の前の事に集中。私を気にするのは後で出来る。でしょ?」
    「……」
    「愛してる。だから、今は自分の事を信じて、やるべき事をやって」

     神足の、優しいけど、冷たい言葉。
    「もう…歌わへん?」
     私の質問への返答として、淡々と、用意していたかのように、都合の良い言葉を並べられる。
    「晶の身の回りの事、全部解決して、そうなった時も、まだ私の事を好きでいてくれるのなら、晶のために歌うよ」
    「……」
    「それじゃダメかな」

     ネットでよく見る文言が頭に浮かぶ。

    「…バンドマンは……悪い人ばっかって聞く」
     神足はクスクス笑った。
    「…晶は、悪い人は嫌いなの?」
     罠みたいな人だなと思った。
     バンドマンは、こういう話し方で、こういう雰囲気じゃないとなれないものなのかと思うくらい。
    「…神足のことが好き」
    「私も晶が好き。大好きだよ」

     スパイの子が、もじもじしてる私の背を押して、神足の胸元へ頭を擦り寄せる勇気を与えてくれた。

    「かわいいね」
     甘いムスクの香り。
    「……」
    「…ねえ、晶…しばらく、親、帰ってこないんだけど…どうしたい?」
    「……悪い人…」
    「ひどい。そればっかりだね?ねえ、君は?今日上がってかない?悪い人じゃないっていう証人になってくれない?」
    「俺は悪い人じゃないから上がりません。けど暇だからお邪魔するわ。あのふわふわのパジャマ貸して」
    「あれうちが使う!!」
    「この前晶が使ったでしょ、次はあの子。あれバンド時代にファンから貰った物だから綺麗に使ってくれる人に使ってほしいの!」
    「ざまあみろ」
    「くそ!!…たのしいたのしいお泊まり会やな」
    「ふふ、そうだね」
    「これで45回目か!」
    「ちゃうで、49回目」
    「あの例の4回は俺が空気だったからカウントしませ~ん」
    「なんでーー!!」


    三十二話「一緒なら」


    「…」
     華菜ちゃんとワキノブ君は、目を見開いて、目の前に広がる景色を眺めた。
     青い空、のどかな風景、そして雄大な青い海…。
     夏休み。旅行に行くとすればどこが良いかしばらく考えていた俺に救いの手を差し伸べてくれたのは、遥だった。
     昔遥が住んでいたというここは、俺の親父の組織から抜けた人達の逃避場となっているところだった。
     ここには手を出さない、そして、逆に何があっても助けには来ないという制約があるおかげで、いくら蹴上であっても、俺達がここにいる限りは手を出したくても出せないわけだ。

    「不思議でしょ?同じ府内にこんな場所があるなんて…!」
     俺の言葉に、ワキノブ君は何度も頷きながら、スマホでお姉様に送るためか、写真を何枚も撮りながらこう答えてくれた。
    「はい…てっきり…海無し県だと思ってた…」
     確かにそう思う気持ちも分かるな…。
    「意外と僕らの街って広いんだよ~、ね、てつ君!」
     遥はそう言いながらワキノブ君の肩を優しく抱き、景色がよく見える場所へ誘導した。

    「そうっすよ~ワキノブ君!さ!荷物下ろして宿に向かいましょうか!ここからは歩きっすよ!!」
     徹は…いつもより張り切ってるな。両手いっぱいに荷物を持って…目もキラキラして…良いことだ。
     旅行なんてした経験がないから新鮮で楽しいのかな、だったら嬉しい。
    「待って!それ私のリュック!!徹君のはこのキーホルダーついてる方!!待って!!」
     百々君は、荷物を間違えて持って行ったてつのことを追いかけてる…。

    「わ、ここから日の入りも見れるのか…」
     百々君から華菜ちゃんの方へ視線を移すと、華菜ちゃんはスマホで何かを調べながら、画面と景色へ交互に目をやり、ぽそりとそう呟いていた。
    「そう、きっと綺麗だよ!日の入りの時間になったら見に来ようね!」
     俺の言葉に、華菜ちゃんはキラキラとした目で二度頷いた。
    「うん…!」

     写真を撮り終わったのか、ワキノブ君も俺と同じように華菜ちゃんの隣に立ち、同じように景色を見てこう言う。
    「……でも、菜那さんと、アオダイショウさんと…レンさんが来れなかったのは残念ですね…あの三人がいたらどれだけはしゃいでたか…」
     確かに、ワキノブ君の言う通りだ。
     もしここに額塚さんがいたら…華菜ちゃんに三回は抱きついているだろうし、艮君はそれを嗜めながらも笑ってて…。
     廉君は一歩下がったところで、みんなを見ながら静かに微笑んでいそうだな…。

     …確かに、なんというか…少し、恋しいかもしれないね。
    「そうだね…なら、三人にはお土産買って帰ってあげようよ!それも旅行の醍醐味だから!ね?」
    「……うん、それもそうだな…」
    「…というか、艮君のあだ名はもうアオダイショウで確定なんだ?」
    「うん、ぴったりだろ」
    「ぴったりだね」
    「環にもあだ名つけてやろうか?」
    「良いの?嬉しいな…」
    「旅行終わるまでに考えとくわ」
    「分かった、期待してるね」




    「環坊!久しぶり!おっきくなって~!ハンサムになったね!昔はこーんなに小さかったのに~!」
    「あ…そうですか…は、ハンサム…んふふふふ……」
    「そこの子は…あれま!まさか遥ちゃんか!!男の子だったとは!!かっこよくなったね~!!」
    「あ、え、えへへへ…」
     旅館に到着した俺達を待っていたのは、旅館の女将さんの熱烈なお出迎えだった。
     遥は小さい頃この辺りに住んでたんだとは言っていたけど、まさか逃避場のすぐ側だとは思わなかったな…。
     遥と目を見合わせ、昔どこかですれ違っていたかもいれないな、と笑い合っていると、女将さんが手帳に挟んでいた、もう一枚の写真を取り出した。
    「この子は元気か?確か環坊の妹の…」
    「あーーーーーーー」

     旅館の女将さんが持っていた昔の俺の写真を華菜ちゃんには見えないよう大急ぎで隠し、頼むから今は何も言わないでくれ、というかその子は誰なんだ!?と説明のようなことをしていると、遥が、華菜ちゃんと、写真に写る小さな女の子を見比べた。
    「…」
     そして、何かを察したような表情をしてから、華菜ちゃんの方へ歩いてこう言った。
    「華菜ちゃん、先にお部屋行っててくれる?しばらく話すと思うから…ごめんね…」
     そこまで言うと、華菜ちゃんは意図を察したように二回頷き、ワキノブ君の手首を掴んだ。
    「分かった。大丈夫だよ、久しぶりに会えたんだろ?仕方ないよ!先部屋見てるから、終わったら来て。ワキノブ、先部屋見てよう!」

     ……。

    「遥、すまない、本当に…」
     少し頭を下げると、遥は首を横に振った。
    「いいや、大丈夫だよ。僕環くんの事信頼してるから」
     ……頭に、一つの疑問が沸き上がった。

    「…どうして?」
     あの時からそうだった。
     遥はなんでこんな俺に優しくしてくれるんだ?
     何も言わずにヘラヘラしてた俺を気遣って「話すべきなんじゃないか」「大人ぶらなくていい」とアドバイスしてくれて…。
     今は、華菜ちゃんと、写真の女の子が瓜二つで、俺がそれ見た瞬間挙動不審になった、なんていう妙な状況なのに、こんな俺を庇ってくれた。
     気になることがあるだろうに、俺のために動いてくれている。

     考え続けてもキリがないと思った俺は、素直に、目の前の遥に思い切って尋ねてみることにした。
    「なんで俺を庇ってくれたの?」
     すると遥は困ったような、照れたような顔で微笑みながら、愛おしい人を思い出すように目を細めながら答えた。
    「あー、実は…理由が二つあって…」
    「二つ?」
    「うん、一つ目は…昔このあたりに住んでたって言ってたでしょ?そこで僕とよく遊んでくれた優しいお兄さんがいて、その人と環くんが似てるから、また会えたような気がしたんだよ…」
    「そうなんだ…」
    「でもその人は…十年くらい前に事故で亡くなっちゃったんだけどね…」
    「そのお兄さんの名前はなんていうの?」
    「さとしお兄さん」

     ……さとし、お兄さんか。
     そうか、彼に似せられたのか。よかった。

    「……二つ目の、理由は?」
     遥は大きく息を吐いた。
    「…これは、僕の考えすぎだったらめちゃくちゃ失礼なんだけどね」
    「……」
    「あの時の環くんが…なんというか…」
    「……」
    「死のうとしてるように見えて」

     言おうとして、やめた。

    「…うん」
    「…当たってるんだね」
    「……」
    「…部屋、見に行こうか。華菜ちゃん達待ってるよ」
    「……うん」


    三十三話「神」


    「ワキノブと一緒が良い」
    「華菜さんと一緒が良い」
    「でも男の子と女の子を同じ部屋にするのは…」
    「私華菜さんのこと女だと思ってない」
    「なんだとコラ」
    「だとしてもダメ」
    「私ワキノブのこと男だと思ってない」
    「なんだってコラ」
    「仲良いな…」
    「着替える場所が別なら良いんじゃない?」

     旅行前、そうやってしばらく揉めた末に決まった六人の部屋割りは、私、ワキノブ、神様と、環、帷子、てつで二部屋。
     ワキノブは窓から見える海と空に興奮したのか、何度も窓を見つめては、姉様に送るためか、何枚も何枚も写真を撮っていた。
    「ねえねえ二人とも、荷物の整理が終わったらみんなの部屋に行って、これから何処に行こうか相談しよっか?」
     神様は自分の荷物を整理しながら、私とワキノブを見てそう言った。
    「わかった」
    「華菜ちゃんもそれでいい?」
    「うん……ん?」

     神様が整理している鞄の中に、少し気になるものが。
    「神様」
    「?」
    「何持ってきたの?」
     私の質問に、神様は照れ臭そうに鞄の中から見覚えのあるものを何個か取り出した。
    「ふふ…まあ、一応…必要かなと思って…人狼ゲームとか…トランプとか、あと色んなカードゲーム!」
    「おー!良いじゃん!」
    「見てみて、良いでしょ!」

     ワキノブは神様が取り出したカードゲームを一つ持ち、許可を貰ってから開け、カードを取り出し、デザインをじっと見つめた。
    「わ、こんなのあるんだ…綺麗…ステンドグラスみたい」
     ワキノブが選んだのは、おしゃれでしっかりした素材の、タロットカードのようなデザインの、かわいいトランプだった。
    「綺麗でしょ?結構良い値段したんだよね…」
    「いくら?」
    「3000円」
    「わ、大切に使わなきゃ」
    「ふふ…夜にみんなとこれで色んなゲームしようね」
     神様はそう言ってから、ワキノブからカードを受け取るため手を伸ばす。

    「はい!わ、夜が楽しみ…ぁ…痛っ」
     しかし渡す瞬間、カードで指が切れてしまったのか、ワキノブは小さく声を上げ、その後、慣れた手付きで止血するため指先をきゅっとつねった。
    「!あ、ごめん!!このカード結構固いから痛かったでしょ…本当にごめんね…」
     神様はカードをばっと床に置き、ワキノブの手を包み込むように優しく握った。

    「大丈夫ですよ、私の不注意です…ごめんなさい」
    「謝らないで…」
    「ワキノブ、これ」
     ワキノブに、一応もしものために、と持ってきていた簡易的な救急箱から絆創膏や消毒液を取り出そうとすると、ワキノブは首を横に振りながら「それもありがたいけど、血を拭くためのティッシュが欲しい」とこっちへ手を伸ばした。

    「…あのね、ワキノブ君…あの、ちょっと、私みたいなのに手を握られたら嫌な感じするかもしれないけど…このまま、手握ってても良いかな」
     ワキノブが指先をティッシュで拭いて、血が止まったかを確認しているのを見ていた時、神様がワキノブの手をもう一度握りながらそう言う。

     ……何がしたいんだ?
    「良い止血方法でも知ってるんですか…?」
     ワキノブが神様に言われるがまま、手を動かさずにじっとしていると、神様は目を閉じ、ワキノブの手を優しく撫で、そして離した。

    「…神様さんって手あったかいですね」
    「神様で良いよ!…うん、私体温高いんだよね…だからか、分かんないけど…それ故の特技みたいなのがあって」
    「どんな特技?手を温めて何…が……」

     身を乗り出してワキノブの指先を見てみると、さっきトランプで切れたはずの指先には、血どころか傷跡すら残っていなかった。

    「!?」
    「自分でも原理は分からないけど、昔から…こんなこと出来ちゃって…痛みはない?」
    「はい、神様の手を握ってから…痛みはありません…」
     手品…?手が温かいから白血球とかが活発に動いたのか?にしても…。
     ワキノブも不思議そうに自分の指と神様の手見比べてるし…。

    「…一応言うけど…これで一攫千金狙った方がいいよ」
    「狙ったけどダメだった…」
    「狙ったんかい」
    「ダメだったんかい」
    「ふふふ、まあね…頭痛とか筋肉痛には効かなかったし、大きすぎる切り傷もダメで…あと内臓系の、デリケートな部分の痛みを収めることも出来なかったんだよね」
     デリケートな部分か…。
     神様の言い方からするに…彼女とか家族とかがしんどそうなの見て助けようとしたけど無理だったりしたのか?

    「……なら、擦り傷とか切り傷くらいなら治せるってことですか?」
    「そういうことだね」
    「そうなったら神様ってマジで神様みたいじゃん…え、私天才じゃない?」
    「確かに!」
    「ふふ、なんかご利益ありそう?」
    「ありそう!」
    「ご機嫌だな、ワキノブ」



     さて、環達と話して、レストラン行った後で知り合いの車借りて海に行くって決まったけど、まだ約束した時間までちょっとあるし…。
     畳に寝転んで「外暑いから時間まで畳と同化してる」とか言ってるワキノブと、スマホで元カノと冷や汗かきながら連絡取ってる神様なんて無視して…。
     帷子は環探してるし…てつは今回で五回目のトイレだし…。
     暇潰しするために旅館のイベントなんかあるか調べてみても、唯一あったカラオケ大会は夕方からだし…。
     …なら、私も帷子と一緒に、迷子になってる環でも探すか。
     そもそもなんでこんな狭い旅館で迷子になんの、あいつ…。

    「……あれ?」
     環を探しながら旅館を歩いていると、どこかで見覚えのある男の人を見かけた。
     彼は、旅館の近くにあったカフェのテイクアウト容器を両手に持ち、右手に持っている物をちびちびと飲みながら歩き回っている様子だった。
     中身は恐らくチョコフラッペみたいな名前の甘ったるい飲み物。左手に持ってるのはホットのドリンクだから中身は分からなかった。
     こんな暑い日にホットのドリンク…?まぁ、好みは人それぞれだけど…。

     このあたりの観光は初めてなのか、興味深そうに廊下の窓から景色をじっと眺めていて、近くに居た私に気が付くと、私に向けて軽く会釈をしてからフラッペをまた一口飲み、その場から立ち去った。

    「……?」
     なんか…あの人とどこかで会ったような気がするけど…気のせいか…?
     アオダイショウ達のあだ名を考えた時に行ったカフェで見掛けたような…。

     うんうん悩んでいると、畳と同化していたはずのワキノブが、何か異変に気付いたのか、部屋からひょっこりと顔を出した。
    「…?華菜さん、どうしました?」
    「……」
    「……なにかあったの?」
     …あれ?私今さっき何考えてたっけ。
    「…華菜さん…?」
     まあ、いいか…。

    「あ…そうだ、ワキノブ!私あそこのカフェ行ってみたい!テイクアウトドリンク売ってるとこ…フラッペとかあるやつ…近くにあったじゃん!」
    「分かった、行こっか、二人で」
    「うん」




    「神足、買ってきた」
    「おー、天才、ありがとう…はい、お金」
    「いえいえ…100円多いけど…もしかして手間賃か?」
    「うん、受け取って」
    「じゃあ遠慮なく…まさか、真夏にホットミルク飲むやつが友達だとはな…買ったとき周りからどんな目で見られたか分かるか?」
    「ごめんね、本当にありがとう…ところで、はちみつは?」
    「入れたよ」
    「フォームは多めにしてくれた?」
    「勿論」
    「ミルクは豆乳に変えてくれた?」
    「当たり前!」
    「ありがとう…最高の友達!」
    「無料カスタムの鬼」
    「中学の時からこれしか飲まないから」
    「凝り性」
    「吐き気を催すくらいの高級思考ド甘党には言われたくないかな。チョコチップにクリームにブラウンシュガー?もう砂糖舐めた方が早くない?」
    「中学の時からずーっとこれだけ飲んでるから」
    「一口ちょうだい」
    「やだよ」
    「会った?」
    「会った」
    「マジか、夜まで大人しくしとく?」
    「レストラン行くらしいから俺ついて行ってくる。そっちは待機してて。下でカラオケ大会やるらしいから見に行っとけば?」
    「わかった」


    三十四話「セイレーン」


     東での予定も一段落ついたし、西でせなあかんこととか今のうちに考えとこうかな。
     東の人らから案内されたお墓参りもあっという間に済んじゃったし、母方のおじいちゃんおばあちゃんも、わしが産まれるよりかなり前に亡くならはったって聞いたから挨拶も出来ひんし。
     行きたい場所も無いどころか、東にガチガチに監視されてるせいで予定すら立てられへん。

     自分で言うのもなんやけど、年頃の女の子が関東に来てんのに遊ぶことも観光することも出来ひんって悲しいな。
     本来なら、うちくらいの年の子が来たら「あそこ行きたい」「あそこ見たい」ってはしゃいでるやろうに…。

     …よし、考えるだけ無駄。冷静になって。

     環派の誰かが……まあ、蹴上なんやろうけど。うちのかわいいかわいい大親友の朱里をボコボコにしやがったんや。
     やから、この町に居たら危ないかなって思た環達が旅行に行って、みんなを追えって名目で神足とスパイの子も逃がした…。
     けど、もし、蹴上達は朱里がボコボコにされたことに何の関係も無かったら?
     環はそもそもなんで隠れた?
     澁澤の親父さんも蹴上の扱いには手を焼いてるみたいやし、環も、もしかしたら、蹴上の目的は自分をトップに祭り上げて、裏では蹴上が幅利かせて好き勝手やる事なんやって見抜いてるんか…?
     蹴上にとって、それをするためには環の名前だけがあれば良い…?
     そうやないと、朱里がボコボコにされたからって遠くに逃げたりもせん筈よな…。

     ……あかん、しばらく考え込んでたな…とりあえず今日はお父さんが取ってくれたとこに泊まって、そのあとで…。
     ……そういえば、さっきからずっとスマホ鳴ってんな…。

     スマホをポケットから取り出して電源入れて…ん?誰や?スパイの子からの着信か?
     あー、確か…「華菜ちゃん達は知り合いの家に泊まるんちゃうか?」って予想した神足の知り合いの社長令嬢のアヤカさんが、二人のために旅館をとってくれたんやけど…予想外に、あの6人も同じ旅館に泊まっちゃってたんやったっけ?

     スパイの子によると、えっと、なになに?
     うちのかわいい神足が…元バンドメンバーとしての経歴を活かして…旅館のカラオケ大会の機材セッティングとかテーブルセッティングを手伝ってあげた…!?
     あの子何してんの!?
     まあ手伝ったんならまだ良い…参加さえせんかったら…。
     ……いや、この流れは参加するやつやな…。

     なんで。
     ……なんで…。

    「なんでうちは旅館に居いひんの!!!!」
    「どうした?佐鳥の嬢ちゃん。確か名前は晶だったか?どうした?なんか言いたいことでもあるのか?」
    「関西に帰してよ!!」
    「えっ…あ、いや、今はちょっと…俺にはそんな権限無くて…」
    「帰りたい…!!うちの愛しい子が…!うちの愛しい子がカラオケ大会制覇すんのに!!なんでうちは側に居れへんの!!」
    「えぇ、俺に言われても…あ、その子以外の知り合いはその場にいないの?居るなら動画送って貰いなよ…」
    「あ、来た」
    「…よ、よかったね…」

     鞄の中からイヤホン取り出して繋いで大急ぎで聴いた。
     なんか、どっかで聴いたことあるようなギターの特徴的なイントロの…80年代くらいの男性アーティストの曲か…。
     あの子、ちゃんと状況読んで、どういう歌が求められてるか察して歌ってるんか…。
     カラオケのレパートリーえぐそうやな…今度聞いてみよ。

     イントロが終わって、歌い始めた。
     やっぱり歌謡曲、って感じの、ちょっとダウナーでノスタルジックてセクシーな雰囲気やな。キスとか抱き合うとか出てくるし…。

     神足はマイクを握って、遠くを見据えるような顔で、懐かしむような、悲しむような感じの表情で、歌詞の一つ一つを確かめるように歌ってて。
     神足の歌声は、冷たいというよりも、暖かいというよりも、暑い、寒い、って感じ。
     一言で表すなら春夏秋冬って感じ。
     春が来たらすぐ夏になって、長い夏が終わったら秋になって、あっという間に冬が来て、それを耐えたらまた春が来る。
     これが永遠に続くって信じさせてくれて。
     神足が良く言う、調子の良いでまかせやとしても、甘くて優しいだけの言葉で、ぼやけた将来を口約束させられるような、全部が罠でも構わないと思わせてくれるくらいの。
     このまま何もかもが終わって良いとさえ、思わせてくれて。

     あの歌声で「死ね」と歌われたら、迷わず命を絶ってしまいそうで。
     同世代の女の子達からすれば、いや、同世代関係なく、女性の中では低めの声が、優しく首を絞めてくれるならそれでも良いと思えて。
     前、神足の家に行った時、音の高さを表す単位をヘルツと呼ぶんだと教わった。
     それは一秒間の振動数を表していて、数字が高くなるほど高い音を表して、少なくなるほど低い音。
     神足の声は、確か150ヘルツくらいだった。
     それは何処か耳馴染みの良い周波で。

    「……あ」

     動画の中では、歌い終わったあの子は緊張したように目を見開いて、髪を触りながら逃げるようにステージから立ち去った。
     あの歌声を、過去に殺した存在が居たと伝えるように。




    「ごめん!!!!本当にごめん!!!!」
    「あのな神足、目立つなとは言われてないけど、だからって目立って良いって言ってる訳じゃないからな」
    「困ってるみたいだから助けてあげたの!そしたらなんか「人手が足りないから嬢ちゃんも出てくれ」って…」
    「ほう」
    「で、断りきれなくて…」
    「押しに弱すぎる…。見ろ、晶さんに証拠全部送ったからな、言い逃れ出来ないぞ」
    「本当だ…あー、晶に100%怒られるよね…大会も実質出禁になっちゃったし…踏んだり蹴ったりだ…」
    「本当にな……ん!?大会出禁!?は!?なんで!?何した!?まさか俺が録画したからか!?撮影禁止ならそう書いてくんないと!!」
    「いいや、大丈夫。君の事は誰も気付いてなかった。問題は私…」
    「なんでお前に問題があんの…!?ここで聴いてた限り歌もプロレベルで上手くてビビってたくらいなのに!…あー、だからか…プロは出禁って言われたんだ…」
    「……うん、でも特別賞って言って旅館の名物土産っていうお煎餅の詰め合わせを貰ったから部屋で食べよっか。晶の分は買って帰ってあげよ」
    「だな…で、どうだった?久しぶりに人前で歌って」
    「…うん…なかなか…」
    「……今現在、晶さんからイカれる程メッセージ来てたりしないか」
    「来てる、ずっとお尻ポケットぶるぶる震えてる」
    「怖すぎるだろ」
    「やめて、私の彼女だよ」
    「はいはい。幸せ者め」
    「…華菜ちゃん達には気付かれてない?」
    「うん、みんなずっと部屋でトランプしてるよ」
    「よかった…」


    三十五話「俺の」


     海に到着した私達は、どうせ必要ないと持ってこなかった部屋に置いたままの水着を恋しく思う気持ちに襲われた。
     環は海の写真を撮っては「入れたらな…」と落ち込み、ワキノブは通販でラッシュガードと検索しては辞め、帷子なんて「ハンカチがあるから平気」と靴と靴下を脱ぎ、ジーンズをを脛までまくり上げて海に突っ込む始末。

    「ねえ!みんな!なんで海に来るって分かってんのに水着もサンダルも持ってきてないんすか!!ほら!人数分のラッシュガードとサンダル!サイズ違いは受け付けませんから!!」
     てつはでかい声でそう言いながら、鞄からビニール袋に入ったラッシュガードやサンダルを取り出した。
     そういうことか…なるほど、てつの鞄のでかさの理由はそれだったか…。
     環さん環さん言って環に付き添ってるイメージしか無かったけど、考えてみたら、ショッピングモールの時とか、今とか、環よかてつのほうが頼りになる場面だらけだったかもしれないな…。

    「準備良い~僕Mサイズ!足は27.0!わ、久しぶりに見た~このタイプのサンダル~ねえ、かわいくない?」
    「かわいいかも…Y2Kって感じ?」
    「そうそう!よく知ってるね!華菜ちゃん!」
     帷子はそう言いながら嬉しそうにサンダルを履き、波の近くでぱしゃぱしゃと音を立てて遊び始めた。

    「こら!先に行かない!百々さんは!?」
    「あー、私も遥と同じサイズ…あるんだ、ありがとう…」
    「てつ、Lサイズはある?足は…」
    「28.5でしょ!わかってますよ!ほら!ワキノブくんは?足いくつ?」
    「24.5…」
    「はい!ラッシュガードは?」
    「メンズならS…あ、ありがとうございます…」
     神様も環もワキノブも受け取ったか。

    「いえいえ!華菜さんは足いくつ?」
    「23センチ…」
    「これだね…このサンダルの鼻緒ちょっとデザインがあれで、親指が痛くなっちゃうかもしれないんで絆創膏も渡しておきますね!」
    「ありがとう…」
    「それと…更衣所にこの鞄持ってって!あ、ちょっと重たいよ?気をつけて…ここから好きなの取っていってね!着替え終わったら車のトランクに入れておいてくれたら嬉しいな!それでも構わない?」
    「うん。借りたのは洗濯して返したらいい?」
    「いいの?プレゼントでも良かったんだけど…そうしてくれるなら嬉しい、ありがとう!」
    「こちらこそ、何から何までありがとう」
    「いえいえ!」
    「なんで華菜さんにはそんなに優しい口調なんですか!」
    「女の子だからってお姫様扱い~!?」
    「違うわ!華菜さんがこの中で一番素直な良い子だからっすよ!」



     更衣室でてつから借りたラッシュガードに着替えた私達は、思い思いに海で遊ぶことにした。
     私達の周りは、私達と同じように友達グループで来てる人もいれば、カップル、家族連れと客層は様々で…。
     そうやって周りにいる人達をぼーった見ていると、てつが私の名前を呼び、チューブのようなものを差し出してくれた。
    「華菜さん、一応日焼け止めもあるので、渡しておきましょうか?」
    「要らないよ、もう更衣所で塗ったから平気!ありがとう!」
     私がそう言いながら首を横に振ると、てつは申し訳なさそうに鞄に日焼け止めをしまってから、私に向けて頭を下げた。
    「本当?あ、ちょっとお節介が過ぎたっすかね…すみません」
    「いいよ、お節介じゃない。嬉しかったよ」
    「…そっか、なら良かった」

     てつはそう言い優しく、でも何処か寂しげに微笑んでから、遠くにいる環に目をやった。
    「環さん!!!日焼け止め塗ってないでしょ!!ほら!!早くこっち来なさい!!!」
    「嫌だ!!!」

     ……本当ガキみたいだな。
     …。

     …環の顔を見るたびに、私が体調不良で学校を休んだ日を思い出す。
     ワキノブと環がプリントを届けに来てくれて、ワキノブをリビングに連れてって色々話してたら、環とお母さんがなかなか来ないことに気付いた。
     トイレに行くと言い訳して、玄関のドアに耳を押し当て聞き耳を立てた。
     詳しくは聞こえなかった。
     ただ聞こえたのは、環が言った『唯一の血の繋がった家族である華菜』という言葉だけ。
     そのあとは『澁澤』とか『跡を継ぐ』とか『東との条約』とか。
     
     環が極道の家系だということは、前聞いたから知ってる。
     ここは関西で、関東にも大きな極道組織があるのも、知ってる。たまにニュースで組員の逮捕だと色々聞くから。
     その組と、環のいる組織が条約を結んだのかな?
     条約を結んだっていうことは、結ぶことで、お互いに得があったりするのかな。
     その条約に環は深く関わっていて…もしかしたら、私も、関わってるかもしれないのか。
     でも、なんで?環にとっての私が、唯一の、血の繋がった家族なら、私は…何なんだ?智明とか、お父さんお母さんは…何なんだ?
     私には兄貴が二人いるってことになるのか?
     環と智明は双子の兄弟ってこと?
     でも、それだったら『唯一の血の繋がった家族』として名前が挙がったのが私だけという説明に、辻褄が合わなくて…。


    「華菜さん?どうしたの?」
     うんうん唸りながら悩んでいると、ワキノブが声をかけてくれた。
    「…」
     ワキノブに、言っても良いのか。
     でもあの場で大体の状況を分かってるのはワキノブしかいない。
     ……私以外の意見も欲しい。

    「…歩きながら話せる?あんまり、聞かれちゃダメな話だと思うから」
     私がそう言うと、ワキノブは何の話なのか察したのか、環の方を見てから、ゆっくり頷いた。
    「環さんのお家に関わることですか?」
     頷く私。ワキノブも同じように頷き、続けろと促した。

    「…前、環と二人で私の家にお見舞いに来てくれた日あったじゃん?あの時…環がなかなかリビングに来なかったじゃん?」
    「うん、玄関でずっと華菜さんのお母さんとお話ししてたんだっけ…」
    「…あのさ、その時…私トイレ行く~って言って、ちょっと離れたじゃん?その…」
     私がそこまで言うと、ワキノブは察したのか興奮したように目を見開いた。

    「盗み聞きしたの!?何!?なんて言ってた?」
     目を輝かせるワキノブ。
     躊躇してから、思い切って、聞いた内容を全て打ち明けた。
    「跡を継ぐとか、東との条約とか…」
    「うん…これは、極道のお話だね」
    「あと……環にとって、私は唯一の血の繋がった家族なんだって」

     ワキノブは足を止めた。
    「……」
     そして、目の前にいる私と、遠くにいる環を交互に見つめてから、私の頬を遠慮がちに撫で始めた。
    「…なに」
    「詳しいことは分からないし、混乱させてしまうかもしれないけど…華菜さん、鼻の横のここにほくろがあるんです」
    「……ほくろ?」
     ワキノブが撫でたそこを私も同じように撫でると、確かに、ほくろ特有のぷくっとした感触があった。
    「…わ、これニキビかと思ってた…」
    「まあ鏡でまじまじと見ない限り見えないところにあるからね…」
    「……これが?」
    「…環さんにもあるんだよ」

     ワキノブはそう言いながら、てつから貰ったのか、防水用のナイロン袋に入ったスマホを鞄から取り出し、画像アプリを開いて、その中にあった環の写真を拡大して見せてくれた。
     その写真に写る環の鼻にも、確かにほくろがあって…。

    「…本人にタイミング伺って聞くしかないかな」
     ワキノブはそう言いながら鞄にスマホをしまった。
     ワキノブの言う通り、同じ位置にほくろがあって、その上あの会話。
     もし、もしも…。

    「…あの、さ」
    「うん?」
    「……聞くんだったら、私の親とか、智明もいる家に環を連れてって聞きたい」
    「…それが良いかも。そもそも華菜さんのお母さんが極道の内部事情に詳しい人じゃないと…環さんがそんな話するわけ無いから…全員に聞かなきゃね」
    「だから、知りたくないこと知っちゃいそうで…怖くてさ……巻き込んで申し訳ないけど、その時には側にいてくれる?」
    「もちろん!」

     弱音を吐いても受け入れてくれるワキノブ。
     大好きだった。

    「あ、そうだ、この流れで一つ聞いても構わない?」
     二人で歩きながら海を見ていると、ワキノブが立ち止まり、私へこう尋ねた。
    「うん」
     頷くと、ワキノブは少しだけ私に近付いて、耳元に
    「…あの、体調不良の原因は何だったの?」
     と囁いた。

     ……。

    「……あの…特有のアレだよ」
     しばらく悩んでから素直に答えると、ワキノブは少し考え、大きく頷いた。
    「あ…デリケートな話なのに大袈裟に騒いでごめんね」
    「いいんだよ…でも、まさか、あんなにしんどいとは思わなくて…」
    「話すべきじゃないかもしれないけどね…私の姉様も、結構辛いって言ってた…だから、しんどいんだろうなって事は分かる」
    「……」
    「休みたくなったらいつでも言ってね」
    「ありがとう…」

     そうやって話して、環が近くに来たから会話をやめて海見てたら、突然後ろから話しかけられた。

    「お嬢ちゃん可愛いね!」
     目を見開いた。
     知らない男は私ではなくワキノブを見てそう言っていたから。
    「あ!お嬢ちゃんも!可愛いね!」
     その後、知らない男は私を見てから同じようにそう言った。

    「…えっ……」
     ……待って?もしかしてこれ、ナンパってやつか。
    「高校生でしょ?お友達同士で海~?いいね!お兄さんも混ぜてよ!向こうでかき氷買ってあげるから!」
     テンプレートのようなナンパ台詞。
     ワキノブと顔を見合わせて考えた。
     確かに…ワキノブは今珍しく髪の毛分けてて、可愛いけど…だからといって女の子に間違えられるって…。

     なんだか分からんけどめちゃくちゃイライラする。
    「…ワキノブ、合図したら逃げるぞ」
     ワキノブの耳にそう囁くと、ワキノブは二回頷き、目の前の男を少し睨んだ。
     ……嫌だったんだな、そりゃそうだ…。

     その時、遠くから大柄の男がガキ大将のような走り方でこっちに向かってくるのが見えた。
     その男は環だった。
     !!!環だ!!!!

    「あのー、すみません…何か用ですか?俺の」

     環はそこまで言って、黙り込んだ。

     ……俺の?俺の、なに?
     一分ほどの沈黙。
     それを破ったのはワキノブの言葉だった。
    「うるさい!!!!!!!!」
     ワキノブはそう叫び、固まった環と、固まった私の腕を引いてその場から逃げた。



    「……」
    「……」
    「ふー、あのチンピラしつこかったですね~、あ!帷子さんが呼んでる!!!!二人!行きますよ!!!!!」
     俺の…なに?
     彼女?嫁?友達?許嫁?ツレ?ソレ?アレ?どれ?
     ……妹?
    「帷子さーん!聞いて!さっき環さんが」
    「えー環くんが?なになに??」
    「あーー待ってやめて言わないでやめてやめてなんでもないから!遥!聞くな!なんでもないから!!!」
    「…」

     環が、聞いたら驚いてポロっと秘密を漏らしてしまいそうな。
     ……良いあだ名、思い付いたかも…。


    三十六話「線香花火1」


     旅行の日程が終わり、みんなでそろそろ帰ろうかと話がまとまったところで、アオダイショウから連絡が来た。
     それは、今日が旅行最終日で、帰ってくることを知っていたアオダイショウからの、私達の住む町の近くで花火大会をやるからそこで合流しないかという提案だった。

     場所取りをすると言ってくれたレンの言葉に安心したのも束の間。
     帰り道。私達の車が渋滞に巻き込まれたお陰で盛大に出遅れ、レンが様子を見に来てくれたせいで割り込まれ、場所を奪われ、その上みんなまとめて人波に飲まれ、花火の音しか聞こえない場所にまで押されてしまった。
     私達が唯一手に出来た花火要素は、アオダイショウがもしもの時のためにと買ってきてくれていた、コンビニで売っている手持ち花火セットだけだった。

    「いいじゃん!みんながはぐれなかったのが奇跡だよ~」
     呑気な菜那さんの言葉。
     みんな言葉にはしなかったものの、菜那さんの変わらない明るさに少し救われていた。

     手持ち花火と、アオダイショウ曰く、その近くに売っていたらしいライターを手に持って、狭い公園の隅にあった水飲み場の隣でのこじんまりした花火大会。
     卓越したコミュニケーション能力を持つ帷子が、隣で遊んでた家族からバケツを借りてくれて、神様は手を合わせて帷子を拝んでいた。
     環はそれを見て「華菜ちゃん見て、拝まれる側が拝んでる」と笑ってて、それ見て私も笑っちゃって。
     アオダイショウは環と私の言葉を聞いて少し笑ってて。
     菜那さんは手際よくライターでみんなの花火に火をつけてくれて、ワキノブは初めての花火が怖いのか、環とてつの隣でただただ火花が散る様子を興味深そうに見ていた。

    「華菜ちゃん…花火綺麗だね」
     環の横顔。
     それを見ていると、海でのこと、そして私の家の前でのことを思い出して、何かを言いかけて、やめた。
     もしも全部を知って、私達の関係が変わってしまうのだとしたら。
     この夏が、良い意味でも、悪い意味でも最後になってしまうんだとしたら。

    「…私、ずっと、こうしてたい…」
     私の言葉を聞いた環は、何も言わずに優しく微笑んで、恐る恐る、震える手で私の背中を撫でた。
    「…うん、俺も同じ…ずっとみんなとこうしてたいよ」


     手持ち花火も大体遊び尽くしてしまって、残ったのは線香花火。
     ワキノブもそれなら出来ると思ったのか、恐る恐る手に持ち、震える手で菜那さんが火をつけてくれるのを待っていた。

    「あ、そうだ!いいこと考えた!」
     菜那さんは花火セットに入っていたろうそくに火をつけ、溶けたロウを地面へ垂らしてから、垂れたロウへ、ろうそくの底を押し当て、立たせた。
     そして、それぞれへ線香花火を一本ずつ手渡し、こう言った。

    「線香花火でゲームしよ!秘密とか言いたかったこととかを打ち明けあうの!動揺したら身体が動いて線香花火落ちちゃうでしょ?落としたら負け!っていうゲーム!罰ゲームもあり!」
     菜那さんの提案に、ワキノブは胸を張って
    「やります」
     と答え、環の方を見た。
     なんというか、タイムリーというか…タイミングが良すぎるというか…。
     今、直接的な事は何も聞けなかったとしても、それらしい秘密だけでも聞けたら万々歳だ。
     環の秘密なんだ。絶対何かしらに関わってることを聞けるはず。

    「やろうか、みんなの秘密も気になるし…!」
     よかった、環も乗り気みたいだ…。
     他の全員もそれなりに乗り気みたいだし…これは、いけるかもしれないな…。

     みんなと確かめ合うように顔を合わせてから、全員で一斉に線香花火に火をつけた。

    「……ま…まずは…誰からやる…?」
     私の右隣で、線香花火から目を逸らさないように恐る恐る話す菜那さん。
     …少し考えて、口を開いた。
     環に秘密を言って欲しいんだ。なら私から打ち明けるべきだ。
    「まずは、私からにする…ちょっと長い話だけど」
    「えっ」
     私の左隣にいたワキノブが声を上げる。
    「なんだよ」
    「華菜さんにも秘密とかあるんですか」
    「あるよ!うるさいな!……えっと…」

     少し考えて、話したいことを整理して、話し始めた。
     小学生の時、幼馴染みで、親友と言えるような男の子の友達が居たこと。
     その子と遊ぶのが楽しみで仕方なかったのに、高学年になってから疎遠になったこと。
     中学に上がる時には話すことすら無くなって、今はお互いどうしているかも知らないということを。

    「…どうしてその子と疎遠になったの?」
     環の寂しげな声。
    「私と付き合ってるって噂が立ったから」
     私がそう答えると、ワキノブが大きく息を吸い込んだ。
    「…友達だったけど、そのせいで疎遠になって…お互い気まずくなって、嫌になって…それからもう、幼馴染みで、大親友だったのに他人になっちゃって」
     そこまで言うと、神様はため息をついてから同情してくれた。

    「…それは、ちょっと…キツいね」
    「キツかった。でも、私はそういう人達の事を責められなかったんだ」
    「え?なんで?」
     …。
    「…兄貴の友達に、片想いして…友達で、仲良くしてたいっていう口実で…会ってた時があったから…」

     そこまで言うと、菜那さんは二回頷いてから、花火を持っていない方の手で私の背中を撫でてくれた。
    「…大変だったね…」
    「……もう平気、話せるくらいだから」
    「そっか…ならよかった…じゃあ、華菜ちゃんが大切な秘密を言ってくれたから、次は私がそれと似たような秘密を言うね」
    「額塚にも秘密あったんだ」
    「ねえ!帷子くんー!ひどいー!」

     ……よかった。
     重くなりすぎなかった。菜那さんに助けられた。よかった……。

     ゆっくり深呼吸をしてから、菜那さんの秘密を聞くために、顔だけを菜那さんの方に向けると、菜那さんは照れ臭そうにクスクス笑ってから、穏やかな声色で秘密を打ち明けてくれた。

    「…私の初恋は、女の子だった」
    「…」
    「誰にも言えなくて、誰にも内緒にしてた秘密。色んな人と付き合ったり、色んな人と話してても…その人の事を忘れられる日は、未来永劫訪れないなって思うんだよ」
     菜那さんはそう言いながら、目を細め、線香花火をじっと見つめた。
     菜那さんの初恋の人。
     ……恋したことあるんだ、菜那さんも。
     菜那さんがあるなら、ワキノブも恋したことはあるのかな。
     環もあるのかな…。

     少しの沈黙。
    「オッケー、なら次僕」
     その沈黙を破ったのは帷子だった。

    「額塚が女の子であったように、僕の初恋は男の子だった」
     帷子の言葉を聞いた環は、心当たりがあったのか、大きく息を吸い込んでから帷子にこう尋ねた。
    「遥、もしかして、遥の初恋相手って…前言ってた…昔、遊んでくれたお兄さんだったりする?」
    「違うよ…あのお兄さんは家族みたいなものだったから…流石に家族に恋はしないよ」
    「それもそうか…」
     それを聞き、しばらく何も言わず黙っていたレンが口を開いた。

    「じゃあ、どんなひとだったの?」
    「んー、なんだろね、優しくて…優しすぎてサイコパスっぽいとこがある人だったよ」
     優しくて、サイコパスっぽいとこがある人か…。
    「私達の知り合いだったら誰っぽい感じの人?環くん?レンくん?それとも百々くん?艮くん?」
    「なんで俺を除外するんすか」
    「んー…一回チラッと見かけただけだからよくは分かんないけど、沢田智明さんとか?マジでそんな感じだった」
    「えっ、気まず」
    「あ!そうだ!やばい!華菜ちゃんと兄妹だった!気まず!!わ、忘れて!!」

     帷子はそう言いながら首を横に振り、耳までをぼっと赤く染めた。
     わ…帷子も照れたりするんだ。
     知り合って何ヵ月も経つ筈なのに、初めて見た顔だ。
     にしても…なんか、あの態度からするに、智明の事がガチでタイプなのか?
     智明をタイプとか言う人がいるの…気まずいけど、なんか、いや、なんでもない、やっぱ気まずい。智明もう彼女いるし。

    「…次、私が言うね…恋愛関係の事は今言っておかないとダメな気がするから」
     みんながそれぞれ帷子をからかったり、黙り込んで何の秘密を言おうか悩んでいた時、神様が恐る恐る花火を持っていない方の手を上げた。

    「ほう、なに?」
    「彼女が出来た」
    「はあ!!!???」
    「いつ!!!???」
    「旅行中じゃないよね!?流石に!!!」
    「ワキノブくん華菜ちゃん環くん一斉アウトー!!」



     線香花火に火をつけ直して、頭から仕切り直し。
    「じゃあ次!誰が言ってないかな?」
     菜那さんがみんなの顔を見つめ、みんなが目を合わせないよう逸らしていた時、ワキノブが声を上げた。
    「私言います」
    「おー、ワキノブくん!なんだ?」
    「……私の姉様についてです…」
    「…うん」
    「…実は、超能力者、なんです」

     沈黙。

    「……うん?」
    「姉様はいつも、自分は…何か、特殊な力を持っていると信じていて…でも私はそんなの見たこと無いから、信じてあげられなくて…」
    「……」
    「でも旅行の時にとある経験をして…そのお陰で、やっと、口だけじゃなくて…心の底から、姉様の事を、信じてあげられるように、なって…」

     ……。

    「…よく分からないけど、良かったね…」
    「アオダイショウさん…!」
    「……ねえ環くん、旅行どこ連れてったの?多感な時期なんだから変な事吹き込んだりしてない?」
    「ワキノブくん……よかったね……」
    「わ、環くんが泣いてる……!」
    「良かったな…!良かったな…!ワキノブ…!」
    「どうしてかなちゃんも泣いてるの…?」
    「ワキノブくん、姉様と…仲良くするんだよ……!」
    「帷子君まで!?え!?旅行で何があったの…!?」
    「……ッ…!」
    「どどくんは無言で噛み締めてるよ!なんか心当たりある大人の顔してる!」
    「不参加が悔やまれるね…」


     もう一度、仕切り直し。


    三十七話「線香花火2」


    「次ぼくがひみつ言うね!」
     その後、私達の涙につられたのか、みんな揃って号泣し、落ち着くまで、近くの屋台で買った焼きそばやいちご飴を食べてから、なんとか仕切り直し、線香花火に火をつけたところでレンが手を上げた。
    「なに?」

     レンの秘密か…環の次くらいには気になるかもしれない。
     飄々としてて何考えてるか微塵も読めないレンがいったいどんな秘密を…。
    「実はぼくもあきらさんのスパイだった」

     …。
    「は!?」
    「安心してかなちゃん!ぼく、あきらさんの親友のあきとくんとおともだちしょ?そのながれでやるよって言ったけど、もうやめたし、情報もなにひとつわたしてないから!」
     あー、なら、よかった…のか?
    「それ以外はとくに隠したいことはないよ、気になることがあるならぜんぶ聞いてくれたらこたえられるから!」
     なんか、レンの口ぶりからして、話してる事はマジなんだろうけど…なんというか…。
     直感的に、レンを敵に回したら一番厄介なんだろうなって思ってしまうな…。

    「…あの、次、俺が言っても良い?」
     レンを見て怯えていた時、アオダイショウが恐る恐る手を上げた。
    「……ちょっと重い事で、話し辛いんだけど、俺の秘密らしい秘密はこれしかなくて……」
     怯えた様子のアオダイショウ。
     なんて声をかけようか躊躇していると、アオダイショウの隣に座っていた環が声をかけた。

    「話しても平気なら話して欲しい。でも、ダメそうなら俺が先に言うよ?そうしようか?」
     環の言葉を聞いたアオダイショウは首を横に振り、少し息を吸い込んでから打ち明けてくれた。

    「……中学の時、いじめられてた…」
    「……」
    「…それがトラウマで、誰からも舐められないように、鍛えたり、色んな事をしてみたんだけど、中身だけは何をしても変えられなくて…全部がコンプレックスになってしまってる」

     …アオダイショウ。

    「…話してくれてありがとう…聞けて良かった。何かあったらいつでも声かけて。一人で居たくないとか、夜道が怖いとか、どんなことだって良い。いつだって助けになるから」
     環はそう言いながらアオダイショウの背を撫でた。
     アオダイショウは切なそうに頷き、眉間に皺を寄せ、目をぐっと閉じた。

    「……次、俺が言うね」
     アオダイショウに優しく微笑みかけながら環がそう言うと、てつが割り込んだ。
    「いいや、俺が先に言います」
    「え、なんで」
    「いいから」

     困る環を制し、てつは大きく息を吐いてから打ち明けた。
    「誤解されそうだし、からかわれそうだけど、本心なので言います」
    「……」
    「……俺、環さんが大好きです」

     てつはそう言ってから、後悔したのか、俯き、線香花火をじっと見つめた。
    「…それが秘密?みんなが分かってることだよ?それは…」
     そんなてつをからかうように、帷子がそう声をかける。
    「良いんすよ。俺はみんなが思ってる倍環さんが好きなんす。これが俺の秘密なんすよ!」
     てつはそう言いながら環の事を見つめ、目があった環は照れ臭そうに、呆れたように首を横に振った。
    「……うん、分かったから…」

     しばらくの沈黙の後、みんなの視線が環に向けられた。
     環は視線に気付き、一人一人に目を合わせてから、大きく息を吸い込んだ。

    「俺の秘密は…これが、俺にとっての…最後の夏ってことかな」
     ……。

     環はそう言い、私の顔を見つめた。
    「…だから、思い残すことのないように、思う存分楽しみたかった。後から思い返して、それだけで楽しめるくらい」
     ……。
    「…楽しかった?」
    「……うん、今までの人生で、今年の夏が一番楽しかったよ」

     環はそう言い、線香花火へ目をやった。
     みんな何かを察したのか、何も言わず、環と同じように、ただただ線香花火を見つめた。

    「綺麗だね、花火」
     声をかけられ、ふと、隣へ目をやった。

     ノースリーブを着た菜那さんの、私のとは少し違うはんこ注射の跡。
     菜那さんの、ワキノブと半分だけ似ている目が、花火を反射してキラキラと輝いている。
     その、菜那さんの横顔を見て、この夏に終わって欲しくないと、心の底から強く思った。
     焼けた火薬の匂い。鼻の奥から香るさっきみんなで食べたいちご飴の匂い。制汗剤の甘くてきつい匂い。
     消えて欲しくないと強くそう思った。

    「……あっ」
    「華菜ちゃん落とした~!」




    「くだらない罰ゲームだな!!ねえ!年下に敬意は!!??」
    「払ってる払ってる~」
     菜那さんが提案した罰ゲームは、ベンチで待つみんなのところにみんなの鞄を持っていくという簡単な罰ゲームだった。
    「…よいしょ……うわっ…!!」
     それに対してわーわー文句を言いながら、一気に持っていこうと三つくらいを持ち上げた時、想定よりも鞄が重く、バランスを崩したところで、私の身体を支える手が現れた。

    「……アオダイショウ…?」
    「ごめんね、それ俺の鞄だ…本とか入れてるから重かったよね…」
     驚いて飛び退いた。
    「……あ…いや、へ、平気…」
    「!あ、ご、ごめんね…身体触っちゃって…」
    「それは、あの…だ、大丈夫だから…」
     あれ、おかしいな、環に近付かれた時はそんなに緊張しなかったのに…。
     ……それは、やっぱ、DNAが近いから、とか、そういう関係だったりするのかな…。

    「…菜那も酷いよね、こんな妙な罰ゲーム提案してさ」
     しばらく考えていた時、アオダイショウがそう言った。
     …確かに、この罰ゲームは…アオダイショウの昔の経験を考えたら、少し酷なものだったりするか。

    「私は平気だよ、なんとも思ってないから…まあ、妙な罰ゲームってのには同意するけど」
     私がそう言うと、アオダイショウはくすくす笑ってから、私の手に持っていた鞄を持ち上げ、地面に一度置いた。

    「分けて持っていこうか」
    「え!?」
    「いいの。今は甘えてよ」
    「……わ、分かった」
    「よし!」

     そのまま、言われた通りに軽めの鞄を選んでいると、先にみんなのもとに向かうアオダイショウが鞄を一つ置き忘れている事に気付いた。
     それをよく見てみると、さっきアオダイショウが「俺のだ」と指差していたもので。
    「ねえ、これアオダイショウの?」
     そう言いながらアオダイショウの鞄を持ち上げると、鞄が半開きだったのか、中から箱のようなものが飛び出した。
     それを拾い上げると、箱のような物の正体は、紙煙草だった。

    「……あ」
     顔を上げると、アオダイショウは目を見開き、焦ったように、煙草と私を交互に見た。

    「……」
     何も言わず、鞄に煙草を戻し、アオダイショウに鞄ごと手渡した。
     アオダイショウは申し訳なさそうに眉を下げ、気を遣ってくれてるのか、私の持っている鞄も持とうと手を伸ばす。

    「大丈夫。これは菜那さんの鞄だよな?」
    「……え?あ、うん…」
    「これはレンの…軽すぎだろ、なんであの人らこんな荷物少ないんだ?」
    「……華菜ちゃん…」
    「誰にも言わないよ、分かってる」
    「…どうして」
    「友達だから。よし、全部持ったな、行こう」


    三十八話「血色ピンク」


     夜が更け、少しずつ人が少なくなってきて、やっと本格的にお祭りを楽しめそうな時。
     冷えたベビーカステラをワキノブと半分こしながら歩いていたら、向かい側に見覚えのある人影を見つけた。
    「……なあ、ワキノブ」
    「うん?」
    「…あそこにいるの、晶じゃないか?」
     そう言いながら指を差すと、ワキノブは目を凝らし、私が指差した方を見つめ、頷いた。

    「えっと……わ、晶さんだ…」
     遠くにいる晶は、手にビニール袋を持ちながら、スマホで誰かに電話していた。
     その後、向かい側にいる誰かに向けて、笑顔で手を振りながら近付いて…あ、ハグした。

    「誰かに抱きついた?誰?」
    「見えなくなった…相手は誰だ……?」
     二人で目を凝らし晶の相手を確認しようとしていると、後ろから声をかけられた。

    「なにしてるの?」
    「わっ!!!誰だ!!!」
    「曲者だ!!!!!!」
    「俺だよ、環!何のごっこ遊び?」
    「曲者だった!!!!!!」
    「酷いね…そう言うなら…そうだ!俺こそが曲者だ!!!」
    「環、そこはせめてお前だけでも冷静に…ギャー!!!首をつねるな!!!」
    「曲者だからね、ワキノブくんも覚悟しろ!!」
    「変態!!!!」
    「その叫び方はやめようか、めっちゃこっち見られたから」

     そうやってワイワイ遊んでから、さっき晶を見かけたことを環に言ってみると、環は何も言わず頷き、晶が居たと私が差す方を見ながらこう言った。
    「…晶にとっても今年の夏は特別なんだと思うよ、だから…何か晶に考えがあるとしても、今日だけは何も言わずにお互いの時間を過ごそうよ」

     ……環の言う通りかもな。
     晶と環の家が極道で、環は後を継ぐつもり。
     環と同い年の晶もそう思ってるのなら、晶にとっても今年が最後の年になるかもしれない。
     …カタギとして生きる、最後の年に…なるのか。

     ……最後。

    「…環」
    「…うん?」
    「……」

     環にとっての、最後って、どういう意味?

     そう言いかけて、やめた。
     言い訳も浮かばなくて。
     目の前の環は、私の顔を見て、不安そうに私の肩撫でて。
     目の前の環が滲んで見えて。

    「…何か嫌なことでもあった?」
     環はワキノブの方を見たけど、ワキノブは何も言わずに、首を横に振って。

    「……トイレ、行ってくる…」

     そう言って、背を向けて、近くにあった女子トイレに逃げた。



     トイレの鏡に映る自分の姿を見た。
     真っ赤に腫れた目元。
     ぺたんこでギシギシの茶髪に、かさついた唇。頬にはできかけのニキビ。
     指でなぞって数を数えた。一、二、三。
     私が今週悩んだ数だけあるような感じがして、少しだけ胸がチクリと痛んだ。

     ポケットから、コンビニで買った安いリップを取り出した。
     スキンケア製品を売ってる会社が出した色付きのリップ。
     恐る恐る、塗ってみた。

    「…」
     神様が好きだと言っていたドラマを観てみたら、大人っぽい恋愛ドラマで驚いた。
     私も10年後くらいには、ああやって、あの女性達みたいに恋愛出来るのかなって思った。
     だけど、こんな私が、誰かに胸を動かされ、その人のために着飾ったり、男はこうだ、女はこうだと揶揄し、女友達と語り合う姿はどうしても想像出来なかった。

     なら20年後は、なら30年後は。
     いつかこの私を、王子様が迎えに来てくれるのかと。
     私は誰かのお姫様になれるのかと。

    「…お姫、様」

     菜那さんみたいな綺麗な髪と肌になりたい。
     あの人みたいにお化粧をしてみたい。
     晶みたいにスタイルが良くなりたい。
     宮部さんみたいに姿勢が良くて、優しくて、察しの良い人になりたい。
     朱里さんみたいにかっこ良くて頼もしい美人になりたい。

     私みたいな性格だったら、私みたいな生き方だったら今更遅いような気がして。
     私の近くには最高の目標が沢山いるのに、誰にもなれなくて。
     なりたいのになれなくて。

     もう一度リップを塗った。
     そしたら後ろから菜那さんがやって来た。

    「華菜ちゃん、遅いから迎えに来たんだけど…何かあった?」
     菜那さん。
    「…あ、リップ塗ったの?かわいいね!」
     かわいい。
    「わ…とっても似合ってるよ!華菜ちゃんお姫様みたいだね!」
     お姫様。
    「でもね、こうしたらもっとかわいいかも…?」

     私の髪を右耳にかけてから、菜那さんは私の頬を撫でてくれた。
     それが心地良くて目を閉じると、菜那さんはくすくすと笑ってから、私の前髪を撫でて、私のおでこにキスしてくれた。
    「…次のお休みの日にお化粧教えてあげるね、楽しみにしてて」
    「……うん、楽しみにしてる…」
     頷くと、菜那さんは穏やかな、でもどこか泣きそうな顔で微笑んでから、私を優しく抱き締めてくれた。

    「…またこうやってみんなで遊ぼうね」
    「……」
    「…」
    「うん…遊ぶ…」

     甘い制汗剤の香り。シャンプーの香り。
     お酒なんて飲んだことないのに、酔ったような気分になった。
     今ならなんだって出来そうな全能感。
     そんなのが私なんかに湧いたって、出来ることなんて精々菜那さんの背中に腕を回すことだけ。
    『みんなじゃなくて二人が良い』
     そんなことを言えるほどの勇気は出なかった。

    「……」
    「……」

     菜那さんも、私を良い匂いだと思ってくれてたら良いな。
     私と好みが一緒だったらいいな。

    「華菜ちゃん!!額塚!!」
    「……帷子…?」
    「出てみようか…出ても平気?」
    「うん……帷子!何があった…?」
    「環くんが行方不明なの!また旅館の時みたいに迷子になってるのかもしれない!」
    「は!?あいつ……!」





     華菜ちゃんが泣いていた。
     晶を見かけたと言ってから、泣いていた。

     ワキノブ君に聞いたら何も言わずに、仲裁するような視線で、止めるように俺を見て。
     堪えられなくなった。
     親に可愛がられて育った。
     澁澤の方の親父には利口であれと。
     澁澤の母親には温厚に育てられた筈なのに。

     思い切って走った。華菜ちゃんが差した方に。
     晶は俺を見た瞬間、目を見開いて俺の名を呼んだ。

    「環…!?」
    「俺がここに居ないと思ったか」
    「……」
    「お前の事だ。ずっと見てたんだろ」

     晶の両肩を掴んだ。
    「見ていてどう思った。俺をどう思って、お前は何を…」
    「環、落ち着いて」
     晶は俺の腕を振り払わず、俺の腕を掴んで、真剣に、俺の目を見つめてそう言った。
     頬に手を伸ばされ、晶の細い指が俺の頬を撫でた。

    「…何で、泣いてんの…環」
    「……」
    「…環…?」
    「…」
     晶は、泣き崩れる俺を見下ろした。

    「環」
     俺の隣に腰を下ろし、晶は俺の背を撫でた。
     汚い地面でその綺麗な足が汚れることなんて気にもせず、跪いて、背中を撫でてくれた。

    「…華菜ちゃんに言えへんのか、まだ」
    「……うん」
    「…言いたい?」
    「……分からない」
    「……」
    「どうしたらいいのか、分からない…」

     晶は背中を撫でて、優しくとんとん叩いてくれて。

    「晶、頼まれた物……あれ…そこにいるのって環くん?」
     その時、両手にかき氷を持った……宮部さんが。
    「…うん、なんか、悩んでるみたい」

     宮部さんは少し考え、晶にいちご味のかき氷を手渡してから、もう片方のブルーハワイのかき氷を俺に手渡してくれた。
    「…これ、食べる?」
    「……でも、食べたら、宮部さんの分が…」
    「いいよ、環くんが食べて…」

     ……。

    「ベンチ座ろうか……どう?…おいしい?」
    「…うん…」
    「そっか、よかった」

     少し考えて、話してみることにした。

    「……華菜ちゃん達と、旅行で、色々…経験して…秘密を、打ち明けあったりした」
    「……」
    「…その時、俺は、今年が最期の夏だと打ち明けた…」
    「うん…」
    「…その後、華菜ちゃん達とは別行動をして、合流したら、華菜、ちゃんが…俺の顔を見て、泣いていて…逃げるように、立ち去って…」
    「…環くんが…死のうとしてることを、華菜ちゃんが察しちゃったかも、って思った?」
    「……」
     そこまで言って、頷いた。
     晶と宮部さんは目を合わせてから、頷いた。

    「…なら、さっさと、華菜ちゃんとあんたの関係を打ち明けた方がええと思う」
     晶の冷静な言葉。
     俺は顔を上げ、晶を見つめた。
    「……うん」
    「…もしも、あんたが何も言わずに華菜ちゃんに付き添って、友達としてしつこく付きまとって、嫌われてしまうのなら、まだ良い方や」

     ……。

    「でも、もし、華菜ちゃんがあんたに惚れたらどうする?」
    「……え?」
    「あんたが華菜ちゃんの目に、頼り甲斐のあるお兄ちゃんじゃなく、かっこよく助けてくれる、頼もしい王子様に映ったらどうする」
    「……」

     ……そこまで、考えて、無かった。
     そうか、俺は、家族であること前提で接しているけど、華菜ちゃんは、そうじゃない。
     だとしたら……もし、華菜ちゃんが、俺に…惚れてしまったら。
     傷付けるとか、そんな話じゃなく。
     俺が家族であることを知っていたのに、黙っていたことを…裏切りだと、感じてしまうかも。

    「どうする言うてんねん!!!!」
    「うるさいな!!!!今必死で考えてんだよこっちだって!!!!」
    「大声出すなや喧しい!!!!」
    「お前だって今大声で叫んでんだろ!!!!あれもこれも全部お前が始めた物語だろうが!!!!!」
    「なんやシャレオツな言い方しよって!!!惚れられる心当たりでもあるんかゴラ!!!!」

     惚れられる心当たり。
     海。
     俺が華菜ちゃんとワキノブくんをナンパから助けるために言ったあの言葉。
    『何か用ですか?俺の…』
     という、アホ丸出しのあの言葉。
     あれを、華菜ちゃんが『俺の彼女に』と、言おうとしたと、勘違いしていたら。
     なら、あの涙の意味…。

    「……あー…」
    「おい!心当たりあるんかよゴラ!!!この!女の敵!!!!」
    「うっせえな!今俺が真剣に考えてんだろうが!
    !タイマン張れや次期トップ同士サシで勝負だ!!!!」
    「かかってこいやゴラ!!!!!!!」
    「こら晶!環君も!!落ち着いて!!!落ち着いて!!!!!落ち着けって言ってんだろうがこら!!!!!!かき氷置いて!!!!晶!!!!!環くんに噛みつかない!!!!!環くんも噛み返さない!!!!!メッ!!!!!!!!!!!」

     晶は俺の肩に噛みつき、俺は晶の腕に噛みついた。
     それだったら筋力も互角で戦いやすいかなって思って。
     宮部さんはそれを叫びながら止めて、俺と晶の頭を両方三回ずつ強めに叩いて引き剥がしてくれた。

    「落ち着いて!ね!両方とも華菜ちゃんの事を大事に思ってる!それで良いね!?」
     宮部さんはそう言いながら俺の首根っこを掴み、晶としっかり向き合わせた。
    「晶よりも俺の方が大事に思ってる!!だから側にいて少しでも見守っていようとして…!!」
    「なんで?なんで大事に思ってる!?なんで見守ろうとしてた!!??」
    「あの子が俺の大切な妹だからだ!!!」
    「だってさ、華菜ちゃん」
    「……は?」

     後ろを向くと、華菜ちゃんが。いて。
     肩で息して、俺を探してくれてた様子の、華菜ちゃんが。

    「…行くよ晶。こうでもしないとこの子意地でも言わないでしょ」
    「神足…でも」
    「いいから」

     華菜ちゃんは、俺に近付いて、血で汚れた俺の口元を指で拭ってくれて。

    「この血、誰の血?」
    「……晶…」
    「噛みつきあって喧嘩?野生児みたいだな」
     華菜ちゃんは、くすくす笑って。
    「環、血液型なに」
    「……A型」
    「…私O型なんだよ、智明はB型…父親も母親も、両方O型で」
    「……」
    「O型同士からはO型しか産まれないらしくてさ、なら、智明は何なのってなって。今さら、それ知って」
    「……」
    「環」
    「……華菜…ちゃん…」
    「実はさ、環のあだ名考えたんだよ。それ、旅行の時に言おうと思って、こっ恥ずかしくて辞めたんだけど…」
    「……」
    「辞めてよかった、って、思って」
    「…今、聞いても、良い?」
    「…お兄ちゃん」
    「…!」
    「馬鹿だよな、環は兄貴じゃないのに…」
    「……」
    「……そうなの?」


    三十九話「さらば」


     旅行が終わって二日。
     それと同時に、華菜ちゃんと俺は血の繋がった実の兄妹なんだと本人にバレて二日経った。
     いや、宮部さんにバラされて、二日。
     バラして貰えて、二日経った。

     この二日間、俺がしていた事と言えば、課題だったり散髪だったり、学生としての義務と新学期に向けての準備。
     そして、卒業してから俺がやるべき事への腹を括ること。
     このまま、華菜ちゃんと疎遠になってしまったとしても、俺が過去にした決断。
     いや、させられた決断を。させられた決断であっても、今更曲げる事は出来ないから。

     やっと華菜ちゃんと会えた。それは事実。
     ずっとしたくて、ずっとやりたかった夢が叶った。
     そして、夏休みに楽しい時間を過ごせた事も事実で、一瞬ではあったけど、華菜ちゃんと兄妹として過ごせた時間があったのも事実。
     大きく息を吸い込み、ボールペンを握りしめ、真っ白な便箋を見つめた。
     隣に置いた茶封筒には筆で書いた漢字二文字。

    『遺書』

     遺書という概念を知ってから、その一行目をどうしようか、ずっと考えていた。
     震える手。浅くなる息。深くなる後悔。

    『まずは、この世に生まれた事へのお礼を言わせて貰いたい』
     そう書いて丸めて捨てた。
    『この世に生まれて』
     また丸めて捨てた。

    『後悔し続けて生きてきました』
     息を吸い込む。
    『俺は二度死ぬんだと思います。無責任で放任主義、でありながら何かにつけて責任を取ろうとしてるような、矛盾した自分を今ここで殺す決意をしました』
    『これは俺の死を表す遺書。遺言でありながらも、名だけは生かせ続ける決意のための予言書であると』
     破って捨てた。
     頭を抱えた。

    『死にたい』
     そう書いて、畳んで封筒に入れた。
     そして、出して便箋を破って捨てた。
     ずっと考えて、かきむしり、頭皮を撫でると髪が何本か抜けた。
     考えて、考えて。
    『ありがとうございました』
     そう書こうと決意して、やめた。
     まだ、俺には書けない気がしたから。

    「……晶…」
     その時、スマホに晶から連絡が。
     通話ボタンを押し、電話に出ると晶の後悔しているような、悲しんでいるような穏やかな声が聞こえた。
    「…うん、分かった」
     そう返事をし、電話の向こうの晶に誘われるがまま、佐鳥家へと向かった。



    「晶、言いたい事があるって言ってたけど…何?」
     佐鳥家に到着した俺を待っていたのは、少し落ち込んだ様子の晶だった。
    「身の回りであったことを共有し合わへんか。お互い色んな事件が起きてるせいでもうてんやわんややろ」
     晶らしくなく、諦め、投げやりな口調。
     佐鳥家のだだっ広いリビングで、組の奴らから追いやられていた癖からか、隅の方の席に座る晶の右隣に腰かけた。
    「…そうだな。いつか色んな事を頭からケツまで話したいと思ってたんだ。華菜ちゃんの事を知ってるのは、お前と、宮部さん、あと華菜ちゃん本人だけだから」

     俺の言葉を聞いた晶は、大きく息を吐き、謝罪の言葉を口にした。
    「…あん時はごめんな。あの子に謝らせるべきなんやろうけど…一応、今はうちに謝らせて」
    「分かった、謝罪を受け入れるよ…こんなとこに呼ぶわけにはいかないもんな」
     晶は頷き、拳を固く握りしめた。
    「…そや。ちょっと前までは家に呼んでみんなで遊んでたんやけどな…多分、あんたんとこの蹴上に朱里がボコされて…」
    「…そりゃあ、危険かもって思って当たり前…ってことか」
     俺の言葉に晶は二度頷いた。

     朱里さんを暴行したのは蹴上だったのか。やっぱりというか、なんというか…。
     とことん晶派を排除して、俺をトップに押し上げて…組織を裏から牛耳るつもりなんだろう。
     見え透いた手口ではあるけど、晶がこうして落ち込んでるのを見る限り、効果はてきめんだったというか…変なところで頭の回る奴というか。
     親父はなんであんな奴を若頭にしたんだ…?

    「…あんたは最近どうや、なんか変化とかあったか」
     晶からの問いかけ。
     少し考えてから、最近あった大事件。親父の事を打ち明けることにした。
    「…俺は実の父親が殺された」
     俺がそう言うと、晶は大きく息を吸い込み、目を見開いた。
    「…殺されたんか」
    「あぁ、見舞いに行ったら封鎖されててな…嫌な予感がしたから看護師さんとか警察官に止められながらも無理矢理押し入って…そしたら、病室が荒らされた形跡が見えた」
    「……」
    「…天井に飛び散った血痕も見えた」
    「それは…ご冥福を」
    「…やめてくれ、お前からそんな言葉聞きたくない」

     晶は俺の背を撫でてくれ、俯く俺を見つめながら、苦しそうに眉間に皺を寄せていた。
     それは、感情が無くて冷酷だと噂され、揶揄され、卑下されている晶らしくない表情だった。

    「…平気か?」
    「平気じゃない。だから犯人を特定して痛め付けてやりたいんだ」
    「犯人の目処はついてるん?」
    「…東の幹部ん中の誰かの仕業だろ。それ以外…」
     晶は俺の言葉を聞いた瞬間、黙り込んでしまった。

    「…」
    「何だ?」
    「…あのな、関東行った時に東の組の下っ端と話す機会があって、そこで聞いたんやけど…」
    「……」
    「東の幹部連中、去年から中国とか韓国とか回って集金したり色々集めとるらしいで」

     ……。

    「…………は?」
    「…帰ってくんのは一ヶ月後やって言うてた」
    「誰からの情報だ?確実なのか」
    「下っ端じゃ信頼できひんからな。伝手使って扇家から情報手に入れたんや。それなら確実やろ」

     扇家。晶の母親の…旧姓。
     扇に対して、ずっと抱いていた疑問。

    「…うちの、レン君から聞いたのか」
    「そうや。あの子は関東の組長候補の一人やしな。所謂あんたと同じ「若」や」
    「…なら、俺の父親を殺したのは内部の奴、もしくは東の鉄砲玉ってことか?」
    「…そういうことになるな」

     やはり、レン君は扇家のご子息だった。
     二年を二回やってるって聞いた時には、レン君の飄々とした態度のお陰で面白く思ったもんだけど…。
     あの子が東の組織の若なんだとしたら…全部、考えがあっての行動なんだろうな。

     俺の横顔を見つめている晶は、大きく息を吐いた。
    「環、あんたはこれからどうしたい?」

     どうしたい。
     そうだな。

    「あいつらが帰ってくるまでで良い。俺と協力しないか。俺の組とじゃなく、俺個人との協力だ」
    「対価は?」
    「俺の名前を好きに使う権利でどうだ」
    「…分かった、そっちもわしの名前好きに使って良いよ。それで貸し借り無しでいこ」
    「わかった」
    「何からする?」
    「…夏休みが終わるまで、お前の家と本家の中間地点に潜伏しようか」
    「中間か…え、あのへんってラブホ街ちゃうか?えっち」
    「そんなつもりはない。水商売が盛んに行われてた場所ってだけだ。ラブホもあったけど今は潰れてどこも廃墟だよ」
    「廃墟で潜伏か~、まあ、うちらだけならまだしも組の奴らも動かすんなら暴対法があるから派手な事出来ひんし仕方ないな」
    「あぁそうだな。晶は山ノ江と、俺はお前んとこの宮神と行動しよう。冴木には見張りを」
    「一丁前にわしの可愛い子らをパシりよって」
    「それが性分なんだ」
    「確かに」
    「やるぞ」
    「はいはい」
    「家から色々持ってくる。じゃあ中間地で一時間後に」
    「了解~」







    「環、連絡つかんから宮神と一緒に迎えに来たよ」
    「……」
    「……環?」
    「……」
    「…た、まき……?その、血……何…」
    「………親、父……俺、帰っ、たら、こう、なっ、て、て」
    「宮神、救急車呼べ」
    「お、俺、救命、方、法、知、らなくて」
    「分かった。分かってる」
    「……お嬢。血が乾いていますし…それに、匂いからして……恐らく、数時間は経過しているかと……」
    「そんなんええからさっさと車出せや。この辺病院あったやろ、そこ連れてくぞ」
    「…晶、これ、この、状態で、親父が、息、吹き返すわけ……ないだろ………ここ、千切…れて…」
    「……環」
    「…………晶…俺、俺…どうしたら………」
    「…しばらく佐鳥んとこで休め。うちからみんなには説明しとくから。宮神、こいつ風呂入れたって」
    「…分かりました。環さん、こちらへ」
    「……」
    「!!」
    「?どうされました、お嬢」
    「環…これ見ろ、背中にある紙……」
    「…まさか…遺言状、ですか…?」
    「……!」


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    2026/01/03 19:00:00

    環 五章

    #オリジナル #創作 #オリキャラ #一次創作 #環

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