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    #01 出逢う「――ろ、う」

     誰か、懐かしい存在に名前を呼ばれた気がしておもむろに目蓋を起こす。
     そこは、すべてが黒に塗りつぶされた世界であった。
     濡羽のようにツヤはなく。ただ、奈落の底にでも突き落とされたと錯覚するほどに暗い闇がすべてを覆っている。
     否、事実。ここは奈落の底であるのだろう。
     ただその場に居るだけで、この身のすべてが黒く塗りつぶされてゆくような。
     ただ、そこに在るだけで、なにもかもを失う不安に侵されてゆくような。
     常人であれば、気の狂いそうなその地にただひとり。自分は佇んでいた。
     迫りくるような暗闇に呼吸が知らずのうちに浅くなり、息苦しさに胸が痛む。
     胸元を掻きむしるように握り締め、背を折った。ぜぃぜぃと喘ぐ肩にくちびるを噛み締め、いっそ重圧すらも感じる黒を背負い立つ。
     とんだ苦行だ。
     奈落の底。地獄の底。
     きっと自分は、いま。そこに居る。
     悲しい、と。辛い、と。苦しい、と。そう思う心はどこにもなかった。
     けれど、それでよかった。そう在ることが、きっと当然のことであると思えた。
     それほどの罪を、己は犯したのだ。それが、自分の償うべき過ち。

    「――銀、…う」

     また、名を呼ばれた気がして辺りを見渡す。
     それは、聞き覚えのある声だった。
     聞き間違えるはずのない声だった。
     もう二度と聞けぬはずの声だった。
     引き攣る喉を打ち、声を震わせる。銀星、と喘ぐようにその名を紡ぎ出すと同時に、暗闇の中に一筋の光が見えた。
     銀狼。銀狼。繰り返し、声がする。
     確かに耳朶を震うその音に、後も先もなく地を蹴った。
     息を切らし、漆黒にそそぐ光へ手を伸ばす。届け、届け。ガラにもなく懸命に願い、そうして前へ前へと伸ばすその手が、ようやっと光を掴んだ瞬間、パッと光がはじけた。
     まばゆさに目が眩む。漆黒が一息のうちにぬり替わり、暖かななにかが身を包んだ。
     ぎんろう。すぐ傍で聞こえた声に息を呑む。喉元からせりあがったなにかが、くちびるを震わせようとしたけれど、溢れだしたものが零れることは終ぞなかった。
     ただ眉を顰め見た光の先に、見知った影がひとつ。輪郭もおぼろげに浮かんでいる。

    「ぎ、ん……せ」

     確かに掴んだはずの光は、いつのまにやら手のひらをすり抜け、空を掴んでただ視界の隅を漂っていた。
     絞り出した声が微かに喉から落ち、細やかに耳朶を打つ。
     応える声はなかった。代わりに、伸ばしたその手を光に包まれ、世界が眩さに満ち満ちる。たまらず目を硬く瞑れば、どこかでふっと笑みを解く気配がして。その記憶を最後にプツンと意識が途切れた。



     小さく睫毛を震わせ、そろりと解く。
     おもむろに目蓋を起こせば、そこは見慣れた天井がみえるばかりだった。
     闇も光もなく。色のある世界が、確かに自分を迎える。
     アイボリーの天井へ向け伸ばされていた手で、先にそうしたように空を掴んだ。空虚な感触にわずかばかり鼻を鳴らし、握り拳を額に落とす。
     皮膚を打つ音が小さく部屋に響いて、微かに揺れた空気が鼓膜を震った。
     そうしてそのまま肩を返し、腰を捻る。ベッドの上。弾む手に力はなく。いつの間にか解けた手のひらから零れ落ちるものなどあるはずもない。

    「銀星」

     再三繰り返した名を懲りずに静寂へ落とす。
     銀星。銀星。いくら呼びかけたとて、応える声が戻らぬことはとうに理解していた。
     それでも、追いすがるようにその名を口にすれば、次第に押し上がった嗚咽が喉を塞ぐ。
     イヤな汗がこめかみ滑り落ち、なにを掴めもしない手に爪を立てては歯を食いしばる。
     深く息を吸い、吐きだして。努めて呼吸を続ければ、荒くなった息は飽けなく乱れた心音を整えた。それでも未だ胸に巣食う息苦しさに背を向け、最後にもう一度深く息を吸い込んで嘆息ににた吐息へと変えてやる。
     無意識のうちに閉ざした視界を開けば、痛々しく筋の入った手のひらがぼんやりと浮かんで見えた。薄ら血を集めたそこに特別湧く感情もなければ、痛みもない。素知らぬ顔で身を起こしてはまたひとつ嘆息をくちびるから押し出して、重い身体を引きずるようにベッドから立ち上がった。

     別段腹がすいているわけでもい。
     いつものことだ。空腹感を覚えた記憶はもう随分と久しい。
     それでもベッドから起き出し、適当に在りものを使って形だけでも朝食をとるのは、あの日から一種のルーティンワークというのがほど近い。
     朝起きて、億劫な気分を背負いながら味のしない食事を摂る。
     シリアルだけの時もあれば、単にちぎった野菜を食べるだけの時も。パンを焼いて口にするときもある。最低限の栄養だけは意識して。あとはこだわりなどなかった。
     ただ生きていくために必要だから食すだけ。それ以上も、以下の意味もない。
     だから今日も今日とて適当に冷蔵庫に買い込んだ食材を腹に詰め込められればそれでいい。そう、適当に考えていた自分が馬鹿だった。
     開いた冷蔵庫の中は見事なまでに空。遠い昔に買われた調味料がいくつか転がっているだけで食料らしい食料はこれっぽっちも見つかりやしない。
     当然、朝食にと腹へ入れられるものなど影すら見当たらなかった。
     幾度目かの溜め息を吐き出し、感情の乗らぬ顔のまま扉を締める。
     押し出された冷気が頬を撫でて、冷ややかな部屋の空気に馴染んでいく。
     今日くらいは食べずに居てもいいんじゃないか。そんな考えが一瞬頭を過って、すぐにかぶりを振って否定した。
     ダメだ。一度許せばきっとなし崩しにすべてを放棄する。
     それだけは、許されることではなかった。
     仕方なしに踵を返し、机の上に放っておいた財布を片手に取る。少し迷って傍に置いたコートを腕に引っ掛け、まだそう陽の高くもない外界へと踏み出した。



     はぁと吐いた息が白く染まる。
     身を刺すような冷気が肌に触れ、本能がふるりと肩を震わせた。
     曇天を見上げて、ふとあの日もこんな雪の降りそうな日であったことを思い出す。

    ――あぁ、だからあんな夢を見たのか。

     ぽつねんと心の内に独り言ちた言葉に、途端合点がいった。
     忘れるな。覚えていろ。自分ではない自分が囁く声がする。
     もちろんだ。忘れるはずがない。すべて、覚えている。覚えて、いなければならない。
     傷を癒してはならないのだ。自分は、自分だけは。そうして傷口を塞いで、癒すことは許されないのだから。それが、己に科した罰であり、償いであるのだから。
     そうだろう、銀星。誰に言うでもなくひとりごち、まだ人通りの少ない石畳の通りをブーツを踏み鳴らし歩く。
     そうして慣れた道をひとりしばらく歩いたところで、どうにも様子がおかしいと訝しみ足を止めた。
     まだ陽も昇り切らぬ時分。のっぺりとした曇天も相まって視界は良好とは言い難い天気ではあるが、街灯の光すら頼りにならぬ明け方は妙だ。
     ほぅと吐く息はすぐに夜に紛れ、凍てつくような寒さだけが肌を刺す。一寸先も見えぬ世界は、今朝方見た夢を思い起こしたけれど。わずかに湿った空気と取り込んだ呼気の冷たさがまざまざと現実を知らしめていた。

    「――霧、か?」

     濃い闇に手をかざし、空を掴む。薄ら視界に隔たる膜は、夜に溶けながらも白い。
     氷タイプ――あるいはゴーストタイプのそれか。
     おそらく、自然現象ではないだろう。ここら一帯が包まれているのかはさすがに測れはしないが、そう遠くない位置からの敵意を感じる。
     ただ、と息を潜めて、ほんの少しばかり身を低くした。耳を澄まし、周囲を窺う。
     相変わらず眼前に広がるのは、果てがない。肌を刺す冷気に混ざり、向けられるのは敵意とそれから――

    「っ、!」
    「な!?」

     ダッと瞬く間に近づく気配に身構え、イヤリングに触れたところで暗闇から影が吐き出される。瞠目し、わずかばかり身を固めたこちらにソレは気づいた様子なくまっすぐと突き進み、衝撃が視界を揺らした。
     胸に飛び込んできた影はひやりとした冷気を纏い、力なく崩れ落ちる身体を慌てて支え石畳に膝をつく。
     呼びかけてみたところで、ぶつかった拍子に気を遣ってしまったのか。腕に抱いた塊から返る反応はなかった。
     いったい何なんだ。肩を押し、身を返させる。いつの間にか、あれほど濃く広がっていた霧は晴れ、細やかな街灯が当然の顔をしながら明け方の薄暗い世界を照らしていた。
     確かになった視界に全身をこちらに預けた姿を見降ろせば、そこに居たのは青白いをした男だった。
     透き通るような青の混じった銀髪は腰よりも長く。石畳に落ちた毛先が風に揺られている。

    「銀の長髪、か」

     伏せた睫毛が影を落とすかんばせは、こけて血の気を失ってはいるが、その姿はどうにもよく知る男のことを思い出させた。
     果たして、いったいなんの導きか。采配か。
     あんな夢を見た日に。こんな、天気の日に。
     嘆息を吹き、その身を肩に担いで立ち上がる。経緯はどうであれ、目の前で気を失った男を前に、知らぬ存ぜぬを通して捨て置けるほど心は冷えていなかった。
     それに、この容貌だ。もとより、見て見ぬフリなどできるはずもない。
     己の単純さに鼻を鳴らし、踵を返す。
     とにもかくにも、決められた日常に戻るのは、どうやらまだ少し後になりそうだ。
    空蒼久悠 Link Message Mute
    2023/05/12 10:57:21

    #01 出逢う

    絶賛書き直し中
    ##pkg ##ネージュ組 ##ネージュ本編

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