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  •  それは、春の夜のことだった。
     いつものように自室で祈りの言葉を唱えた後、燭台を持ち聖堂へ向かう。聖堂玄関の鍵を開け、柱のろうそくに火を灯してゆく。全てのろうそくが溶け始めた頃、祭司は聴衆席の最前列に座り、軽く息を吐いた。今夜はどなたが来てくださるだろうか。足をぶらぶらさせて頬杖をつく。ぼんやりと灯りを見ていると、ぎいという音と共に背後が暗くなる。ろうそくが消えたのだ。ゆっくりと立ち、玄関を見る。穏やかな声が聞こえてきた。
    「こんばんは、祭司様」
     開いた扉の前に佇んでいたのは、一人の女性だった。遠い上に彼女を照らすものが霞がかった月のみとあって、表情は分からない。鋭く光る月の髪と、やわらかな菫の瞳が印象的な方だ。
     そして恐らくは、人ではない。
    「こんばんは。初めまして、銀菫の神様。春とはいえ、夜は冷えるでしょう。中でお茶はいかがですか」
     ではおじゃましますと扉を潜る彼女の肩に、金の口枷を付けた鴉が留まった。特に気にせず扉を閉めたことを思うと、彼女の眷属だろう。かつかつ。靴の音が機嫌良く弾む。
    「嬉しいな。ここのは美味しいと評判だからね」
    「そうなのですか、有り難いことです。では少々奥に退かせていただきますね。待つ間、毛布をどうぞ」
    「いいや、このマントは分厚いから結構だ」
    「左様で。では一時失礼します」
    「うん。待ってるよ」
     礼をとり、脇の扉から聖堂を辞する。扉を閉める時も、彼女が私から目を離すことは無かった。

    「いかがですか」
    「うん、おいしいよ。僕の知人にも紅茶を淹れるのが上手い人が居るけれど、こちらはまた別種の美味しさだ」
    「それは良かった。おかわりもご用意しますよ」
     彼女は最前列の机で紅茶を喫する。にこにこと胸いっぱいに香りを楽しんでは、減るのが惜しいと言わんばかりに少し口に含む。砂糖菓子を貰った少女のようだ。机の上で小皿の生肉を突いていた鴉がひとつ、かあと鳴いた。
    「美味しいってさ。相棒の分も用意してくれてありがとう。鴉だからぞんざいに扱われることが多くてね」
    「いいえ。口枷を外してもひとつも鳴かず、聖堂の中を飛んで羽を散らすことも無い。とても賢く上品な方ですね」
    「そう言ってもらえると有り難いな。ところで、ちょっといいかい?」
     言うと同時に左腕をつかまれる。驚き思わず肘を引くが、神と人の力の差は性別や容姿など関係無いらしい。掴まれている左腕が痛く、指に力が入らない。少女は左手で、固く握り締めた僕の手を強引に開いた。真新しい切り傷に口を寄せ、舐められる。
    「なるほど、君の血か。口に含めば華やかな香りが広がり、甘みが優しく舌を撫でて喉を通る。素敵な隠し味だ。おいしくて癖になりそうだよ」
     納得した、と菫の目を細めた彼女は、再びティーカップに手を伸ばし茶を口に運ぶ。放心してその様子を眺めていたが、左腕の痛みが和らぐにつれゆっくりと頭が動くようになった彼の心がふわふわと踊り始める。
     今まで血を神に求められたことは幾度と有れど、血の味を具体的に褒められたのは初めてのことだった。敬愛する養父は己の血の価値を高く評価してくれた。しかし、それはあくまで彼の野望達成への手段としての黒く冷たい価値であり、彼の心は評価に含まれてはいなかった。
     喜びに汗ばむ手を、そっと服の袖で拭く。服の袖に赤い筋模様ができた。突然色鮮やかな花束を渡されたような心地のミットライトに、目前の神はあたたかく笑って空のカップをソーサーに置いた。ごく自然にカップを回収し紅茶を淹れる司祭の背中に声がかかる。
    「ねえ、君。僕と暮らす気は無いかな」
     紅茶を淹れる手が止まる。ゆっくりと神の方へ振り向き、提案の意味を考える司祭に先と変わらぬ微笑を浮かべる少女。夜の静けさが広がった聖堂を、彼女は再び波立たせた。
    「流石にだんまりは困るなあ。振るにしてもきちんと振ってくれなきゃ、踏ん切りがつかないや」
    「なぜ」
    「うん?一目惚れさ、いけないかい?」
    「冗談でしょう」
     そう言いつつ、頬が熱を持っていることを自覚する。行儀悪くテーブルに肘を立ておかしそうに笑う少女の顔が視界に入り、あわてて顔を背ける。いけない、このままでは司祭としての資格を失ってしまう。そう焦った司祭は少女に向き直り、あわてて断りの言葉を口にした。
    「申し出は大変有り難いことですが、私は神に仕える身です。ありがたくもここで司祭という役割をいただいている以上、私がここ以外で務めを果たすことは有り得ません。お気持ちだけいただきます」
    「へえ、君にとって僕は『銀菫の神様』らしいけど、特定の神以外には仕えてくれないのかい?『夜露の神』や『細雪の神』にはあんなに献身的に仕えているのに」
     ひた、と腹の底から冷える心地がする。この神が来たのは、今日が初めてだ。いつから、何のために自分は見られていた?来訪していただいた神々に何か被害は出ていないだろうか?急に目の前の少女が得体の知れないものに思えた。月から霞が消え、鋭い光で地上を突き刺す。彼女の背後のステンドグラスが、はっきり見える。あれは、受難の。
    「どうしたんだい、これから吸い殺される人間のような顔をして」
    「何が目的ですか」
    「言っただろう?君が欲しいんだ。君の大切な神々に手を出すつもりは無いから安心してくれ。変なことに巻き込まれるのは嫌だしね」
     本当だろうか。疑いが拭いきれないものの、神々に手を出さないと聞いて少し気が緩む。
    「私のような血を持つ人間は、星の数ほど居ます。先も申しましたように、私はここを離れるわけにはいきません。申し訳ありませんが、他をあたってください。大丈夫。貴女なら他の人間は付いてきてくれますよ」
    「君じゃなきゃ意味が無い。君にはさ、その血以外にも価値はあるんだよ。確かに君のような体質の人間は珍しくない。吸血鬼に飼われていたり、血を吸い尽くされて道の端に転がったりしてるのを幾つも見てきた。でも君が欲しい理由はそれじゃないんだ。どんな生まれの者にでも分け隔て無く笑顔を向け、温かく迎え入れる優しさ。教会の一員として人間、吸血鬼を問わず闖入者から礼拝者を護る責任感と勇敢さ。そして何より、相棒にも食事を用意してくれたり、何も言わずに吸血鬼が入れるよう招待する気遣いが嬉しかった。君の良さは誰かの屋敷で飼うより、ここで様々な人と関わってこそ一等輝くことも分かってる。でも、だからこそ、君をここに置いておきたくないんだ」
    「置いておきたくない、とは?」
    「君はここを訪れる吸血鬼なら誰にだって血を分け与えてるだろう?いつ心無い同族に襲われて死んでしまうか気が気じゃないんだ。噂を聞いてから昼夜問わず君の事を監視させていたけれど、何人か隙さえあれば襲い掛かりそうな奴も居るじゃないか。それに、君はほとんど休む間が無い。吸血鬼にも日中仕事をする連中は居るが、長期間続くと持たない。人の身なら尚更だろう?その手の傷が日に日に増えていくのも、『夜露の神』が周りの環境を劣悪と知りながら君に仕事を続行させるのも。もう見たくないんだ。君をしっかりと休ませて、隈の無い顔を見て安心したい。傷の無いこの手と手を繋ぎたい。寒い外から帰った後、君の温かい笑顔とお茶で安心したい。エゴと言われたって構わない。君の為に、できることを全てしたいんだ」
     気が付いた時には少女は司祭の横に立ち、司祭の左手をそっと両手で包み込んでいた。先ほど腕を掴んでいた手とは思えないほど小さく白いその手は暖かい。もはや彼女への疑念は無かった。右手で彼女の肩を優しく撫でる。
    「とても嬉しいです。こんなに人に想っていただける機会などもう二度と無いでしょう。宝物の思い出にします。私はこの生活が身を酷使するものでも、幸せなのです。私にはカイメン様……夜露の神様には吸血鬼に殺されそうなところを救い育てていただいた恩があります。しかし、私が礼拝者や神々に尽くすのはあの方の命令だからではありません。かつてこの呪われた血によって家を、いや町を追われた私を。この街の方々は暖かく迎え入れてくださった。神々にも無暗に襲い掛かってくる方は滅多に居ません。この街では、教会では。私はただの人間でいられるのです。私は此処が好きなのです。色々な方に此処の素晴らしさを知っていただきたい。そして私のように、此処を愛して欲しいのです。だから此処を訪れてくださる方を、全てを尽くして迎え入れるのは当然のことなのです。
    人が私と話をすることで救われるなら、どんなに眠くても頭が冴えます。神様が、この血で喜んでくださるなら全身が傷で覆われても構いません。この左手の傷は、私の皆様への愛の証なのです。」
     だから気にする必要なんて無いんですよ、と愛おしそうにしっとりと手の赤い筋を見つめた。浮かぶ笑みは昏く。少女は手に少し力を籠めた。
    「でも、このままでは本当に長生きできないよ。帯刀しているようだけど、本当に使えるのなら知っているだろう?人間の力では、吸血鬼どころか半吸血鬼にも抗うのが難しい。どんなに腕の立つ剣士でも、腕力では勝つこと叶わない。まして祭服では動きづらいだろう。吸血鬼に襲われなくたって、疲労が溜まったら体が弱って死んでしまう。それに、これが本当に君がしたい事なのかい?主人の命令には逆らえない。望まない任務に喜びを見出しているだけじゃないか?」
    「では、ひとつお願いをしていいでしょうか」
     少女が顔を上げる。司祭の眩しい新緑と目が合う。内緒話をする子供のように足を屈め、少女の耳元で囁く。少女も思わず耳を寄せた。
    「実は私には、夢があるのです」
    「へえ、何だい?できる事なら手伝ってあげるよ」
    「いつの日か、私の血を全て直接神様に献上したいのです。だから、私が瀕死に陥ったり、死亡した時。まだ私を変わらず想ってくださっていたなら。私の元を再び訪れて、私の血をすっかり飲み干して欲しいのです」
     少女が目を細める。
    「分かったよ。その願いはきっと叶えよう。だけど君を諦めるつもりは無いよ。そんなことになる前に、君を口説き落としてここから連れ去ってみせる。その為なら、大嫌いな神にだって約束してやるさ」
     この名をかけて誓うよ。少女はそう言って胸の前で十字を切った。その姿は、出来過ぎな程完成されている。
    「ふふ、楽しみにお待ちしてますね」
     子供のような笑顔で同じく胸の前で十字を切る司祭。白い司祭服の袖に付いた彼の血は、もう黒ずんでいた。

    「やっぱ一筋縄じゃいかないや。カイメンの教育は並じゃないなあ」
     教会を去った女性はそうぼやいて街の大階段に座り込む。霞がかっていたのが嘘のように晴れ渡り、空には月と星がくっきりと見えた。彼女の相棒の鴉以外周囲には鼠一匹居ないことをいいことに、相棒に話し続ける。
    「一目惚れしたモノはなかなか諦められないんだよね。それがいつだって見ることができて、すぐに手が届くところにあると、なおさらさ。困ったなあ、あれの所有者は『夜露の神』。それなりにお金は積んでもいいと思ったけど、相棒の話を聞く限り頭固そうだし。あんな便利なモノ売ってくれないだろうな。出先であれの肉をばら撒いたら、吸血鬼が集まってきて依頼主探しが楽になると思ったんだけどなあ……」
     鴉がかあと鳴く。
    「はは、悪魔みたいだって?良いように言ってくれるなよ。僕ら吸血鬼は悪魔よりずっと直接的に、暴力的に、人を食い物にしてきただろ?一方的に契約書を破って、『弱肉強食』を謳い、弱者は強者の所有物。悪魔の方がずっと上品で信用できる。僕らはそんな生き物だ。」
     どこか遠くを見る彼女に向かって再び鳴こうとする鴉に、『お喋りはお終い』と言うように手早く口枷を付けた女性は階段から腰を上げた。月が西に傾いている。
    「僕もあんな生き物だって、もう少し早く気付けたならな」
     少女の小さな背中は、森の闇に消えていった。
    =============
    「なにこの司祭気持ち悪い」と思った方、安心してください私もです。
    そしてハートありがとうございます!何か甘いロマンスを期待されていた気がしないこともないんですがこいつらをくっつけると何が困るってスポンジ、いやカイメンが復讐の機会を失うわフェオを血眼で追いかけるわ……しかもフェオが本気になったとしても自宅監禁ルートが待ってそうでですね……

    あと魅了という「能力」はうちの吸血鬼多分持ってないんですが、割かし人を拐かすのが上手いのはカイメン・ライセン・フェオの三人です。
    カイメンは完全に本人がその気無いので本領が発揮される機会がありませんが……
    ライセンは自分の魅力を分かっていて効果的に引き出し誘惑するタイプ、フェオはあの見た目では色気方向は難しいので筆舌尽くして口説き落とす演技タイプ。
    ライセンはあまり嘘をつきませんが、フェオは必要とあれば嘘に嘘を重ねて平然としているタイプ。

    フェオはどっかでこの噂を聞きつけたクラリスさん辺りに問い詰められて必死に誤魔化してるといいなって
    碧_/湯のお花 Link Message Mute
    2016/03/04 0:24:25

    銀の月

    デイリーランキング最高2位 (2016/03/04)

    【吸血鬼ものがたり】菫の花言葉は「daydreaming(白昼夢)」「You occupy my thoughts(あなたのことで頭がいっぱい)」 ##吸血鬼ものがたり ##復讐編
    話リスト(http://galleria.emotionflow.com/20316/537486.html

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