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  •  空気がおかしい。失明している左側を特に警戒しつつ、辺りを見回す。少し欠けているとはいえ、月光は周囲をある程度照らしてくれた。手のランタンがガチャ、と音を立てる。どんなに闇に目が慣れていても、人の身では吸血鬼のそれほどはっきりとは見えない。服の袖に手を差し込み、寸鉄の冷たい感触を確かめる。
    (今日は久々にカイが来ると連絡をくれたから、早めに帰宅して沢山の温かい料理で出迎えてやりたかったが)
     予定が狂い溜息をつく。これが人間の殺人鬼だったなら楽だろうが、長年の勘がそれを否定した。この空気は、人の殺意が醸し出すそれではない。もっと気軽で絶対的な、殺意とは別の……
    「もし」
     路地から声を掛けられた。囁くような、女の声。周囲への警戒を解かないまま、そちらを向く。闇が深く、姿が見えない。
    「あら、素敵なおじさま。私と一曲踊ってくださいません?月のスポットライトの下で踊れば、きっと星々さえも私達に釘付けになりますわ」
     そう言って女は路地から出てきた。月が彼女を照らす。白の長い髪は月光に晒されると絹糸のように滑らかな光を発した。薄いスカーフを翻し私と距離を詰めた女性は、闇色のロングコートの裾からちらりと白い指先を出し、私に差し出した。指先から、微かに血のにおいがする。
    「このような老いぼれでもよろしいのなら」
     この距離では逃げることはできない。道の脇にランタンを置き、恭しく礼を執った。滑らかな白い手に己の筋張った皺だらけの手を添える。それを見て女は嬉しそうに微笑み、どちらからともなく石畳の上で踊り始めた。かつかつと二人分の靴音が夜闇に響く。
     近頃、人間吸血鬼見境無く襲っている吸血鬼が居ると聞く。領地の監視を任されている者達が躍起になって捜索しているそうだが、その中でも何人か犠牲になった者が出たことを受け夜間の見回りは吸血鬼でも複数人でするよう今日の会合で取り決められる予定らしい。
     つまり、今現在会合場所から遠く離れたここに居る吸血鬼は、少なくとも名のある貴族種ではない。
    「お嬢さんは、どちらからいらっしゃったのですか」
    「踊りの盛んなところから。もっと色々な方と踊りたいと思って旅をして来ましたの。誘いを受けていただけて嬉しいわ、不審なのか断られることが多くて困ってましたの」
    「そのお蔭で若くて綺麗なお嬢さんと踊ることができるので、私としては喜ばしいことです」
    「あらあら、私の踊りの上達を願ってはくれないのね。酷い人」
    「もう十分に魅力的で上手いからですよ、お嬢さん。引く手数多で休む間も無いようでは困るでしょう?」
    「あら、人より体力には自信がありますの。むしろ相手を疲労で倒れさせて差し上げてよ。でもそうね、今は貴方との踊りを楽しませていただくわ」
     そう言って、女性は手を私の肩に置き背伸びした。隙のできた横腹に寸鉄を叩き込む。しかし、勢いよく地を蹴り宙へ跳びあがった彼女の身体にそれが触れることはなかった。空中で身体を捻り、余裕を持って着地した彼女がこちらを向きなおす。
    「レディーに何をするの。危ないじゃない」
    「普通のレディーは無闇に人に噛み付かないものですよ。貴女が最近この近辺で人を襲っている犯人ですか」
     人間離れした身のこなしを見て、吸血鬼だと確信する。本気で襲われても対処できるよう構えた。その様子を見て女も誤魔化せないと分かったのか、腹の前で組んでいた手をそっと解いた。
    「あら、私好き嫌いはしませんのよ。相手が吸血鬼でもきちんと残さずいただいているわ。別の方じゃないかしら」
    「そうですか。もう結構です。貴女が探し人その人だと分かりましたから」
    「そう。ならそろそろ血を頂くわ。探し人に会えて満足したでしょう?私のお腹も満足させて頂戴!」
     言うと同時に距離を詰められる。腹に向かう手をかわし寸鉄を首へ突き込む。動きの単純さ、向かってくる速度。どちらを考えても吸血鬼が避けることはできないはずだった。
    「ぐっ」
     私の真横で急停止した吸血鬼は避けられた腕を振りぬいた。想定しない動きにまともに食らってしまい、住宅の壁に体が叩きつけられる。立ち上がる暇も無く吸血鬼は接近し首に爪を突き立てようとした。しかし爪が突き立てられたのは、首の真横の石畳だった。吸血鬼の動きが止まる。その隙に足払いをかける。吸血鬼は隙を突かれたからか、綺麗に転倒した。急いで体制を整え、吸血鬼の首に寸鉄を突き込む。吸血鬼は腕で地を突き、私から距離を開けた。ランタンの光が吸血鬼を照らす。手の感覚を確かめるように握っては開いてを繰り返す吸血鬼の顔には戸惑いがあった。
    (魔術を使う相手とは初めて戦うのだろうか)
     自分の首には一定以上の速度で接近したものの軌道が逸れる術が刻まれている。この術はある程度の修練や肉体への負担こそあれ大して珍しいものではない。素材と技術があり直接の戦闘に参加しない者には、範囲を肉体全てに広げた術を刻んだ装飾品を作る者も居る。魔術が使える吸血鬼ハンターと対峙したら一度は使われるだろう。
    (それとも、魔術を使う間も無く全員力づくで殺してきたのか)
     右手から寸鉄が滑り落ちる。それは高い音を立てて石畳の上に転がった。右腕に、力が入らない。吸血鬼の爪が掠ったのか、首がぴりと痛む。
     本来なら、首に狙いが向いた時点で逸れ始め、狙った者の体全体が逸れて大きな隙ができる術だ。しかしこの吸血鬼は力が強いのか、手の角度が僅かにずれただけだった。最初の一撃もそうだ。あの速度で駆けてきて停止できるなど吸血鬼にしても力が強い。一方で動きに隙が多く、また傍目に見ても見えていないと分かる左側からではなく右側から攻撃してきたことから、武道の心得が一切無いのだろう。それだけが救いだった。
    「貴女は本当に、どこから来たのですか」
     主人の元に吸血鬼の情報が集まってくることもあり、この地域一帯に出入りしている吸血鬼は粗方把握している。しかし最近になって次々と人を襲い始めたことやそれを受けて大人数が捕縛に回されていることを思うと、主人の元にもこの吸血鬼の情報は無かったのだろう。最初は、人間を誰かが吸血鬼化させたのだと思っていた。しかしそれにしてはあまりにも動きが吸血鬼染みているのだ。人間や吸血鬼を見境無く襲っているにしては魔術を知らないことも気になる。吸血鬼は先ほど自分に起こった現象を把握できていないようで、瞳は私への警戒で満ちている。顔を強張らせ、少し間を置いて固く結んだ口を開いた。
    「知らないわよ、そんなこと。気が付いたらここに居て、お腹が空いたから人を襲ったまでよ。自然の摂理よ。そう、私が人を襲うことも、貴方が私に血を飲み干されることも、自然なことなのよ」
     自分に言い聞かせるような物言いだな。そう感じたのは気のせいではないのか、吸血鬼の肩の力が抜けた。既に金の眼は凪いでいる。
    「でも、たまには少し遊んでもいいわね。四肢をもがれてただただ死を待つ恐怖の滲んだ顔や、それでも諦めずに生きようともがく様子を見るのが一等好きなの。貴方もう右腕が駄目になっているのでしょう、邪魔じゃないかしら?まずその右腕落としてあげる!」
     再び向かってくる吸血鬼。左腕を前に構えたが、吸血鬼の爪が私に届く前にその身体は投げ飛ばされた。
    「シュトさん、大丈夫ですか」
    「カイ」
     吸血鬼の行く手を阻んだのは、会う約束をしていたカイだった。黒手袋を嵌めつつ振り返り、吸血鬼と対峙する。とうの昔に私を追い越した大きな背が前に立つ。
    「仕事ですか?手伝いますよ」
    「いや、仕事ではありません。後々カイの仕事になるかもしれませんが」
    「では後でメモを取っておきますね」
     投げ飛ばされたものの宙で体勢を整え着地した吸血鬼は、カイに掴まれた腕をさすっている。先のような戸惑いは無い。
    「何するのよ、痛いじゃない」
    「今に痛くなくなりますよ」
     言うが早いか、カイは吸血鬼に接近した。吸血鬼がカイの首に爪を向ける。カイが私のように爪をかわす。先と同じ様に腕を振り抜こうとした吸血鬼の首に寸鉄を突き立てる。その気配を感じたのか、吸血鬼は私達から距離を取ろうと後ろに跳んだ。カイがほぼ同時に跳び、吸血鬼の腹に爪を向ける。吸血鬼は身をよじるも避けきれず、カイの爪は脇腹を裂いた。地に足を付けた吸血鬼がお返しと言わんばかりにカイの肩を蹴る。カイの身体が宙に浮き数歩分後退させられた。吸血鬼は左手で脇腹を押さえている。白い指に血が滴り、石畳を汚す。それでも口元は笑んでいる。不気味だ。
     吸血鬼の傷が塞がる前に決めてしまわねば。長年の習慣で自然と体が動いていた。吸血鬼の左側から接近し、後頸部に寸鉄を突き立てる。吸血鬼は瞬時に身を屈めてかわし、地面を蹴りつつ右手を振り上げる。目にも留まらぬ速さで私の顎に吸い込まれる爪。それを止めたのは吸血鬼の右腕を引き裂いたカイの爪だった。右腕から血が溢れる間も無く、吸血鬼の身体はカイの蹴りによりごろごろと道を転がってゆく。吸血鬼を追うカイの背を追う。吸血鬼が両腕をだら、とさせてゆっくりと起き上がった。やはり、顔は笑っている。
    「何するのよ、痛いじゃない」
     気が付いたら、二人とも立ち止まっていた。吸血鬼の転がった石畳には血痕があるはずだ。しかし、血痕は途中から消えていた。暗い為吸血鬼の傷口は見えないが、もう塞がっているのだろう。早すぎる。こんな吸血鬼と対峙するのなら、日頃からもっと様々な道具を持ち歩くべきだった。ちらと顔を見ると、カイは真剣な顔をしていた。師の私が足手纏いになるわけにはいかない、せめて灯りだけでも。そう思い魔術を使おうとした時、吸血鬼が空を見て言った。
    「でも、貴方達やりづらいわ。二人同時に相手するのは気分良く戦えないから、また一人ずつ会いましょう。それに門限が厳しいの。随分時間を押しているから、今夜は帰らせていただくわ」
     黒いコートの裾をつまみ、優雅にカーテシーをすると吸血鬼は瞬く間に路地の闇に溶け込んでいった。靴音が聞こえなくなり、ようやく安堵の息を吐く。落とした寸鉄とランタンを回収すると、右腕が酷く痛み始めた。帰ったらまずこの処置をしなければならない。空を見上げると月が真ん中に来そうだった。カイに長時間待たせた謝罪と来てくれた礼を言おう。そう思いカイの方を向き直ると、カイはじい、と吸血鬼の去った方向を見つめていた。
    「足が速いですね、もうかなり遠くに居ます」
    「あの吸血鬼の気配が分かるのですか」
     ダンピールは吸血鬼の気配を察知することができる。しかしカイはダンピールであるにも関わらずその能力に乏しく、血の濃い吸血鬼の気配しか分からない。そのカイが位置を感じ取ることができるとは。あの連続殺人犯を捕まえる労力を思い、頭が痛くなってくる。カイの続けた言葉が追い討ちをかける。
    「はい、多分純血だと思います。恐らく、始祖に近いかと……」
    「物騒な世の中になりましたね。カイも外出する時は気をつけてくださいね」
    「ハンターにそんなことを言うのはシュトさんだけですよ。さあ、帰りましょう。夕飯を作るのにいくらか置いてある食材を使ってしまったんですが、良かったでしょうか」
    「今日は久々にカイの手料理が食べれるんですね。楽しみです。ああ、その前に手頃な枝を拾いに行っていいですか?添え木にしたいので」
    「折れたんですか」
    「ええ、もう歳ですね。棺桶を買っておいた方がいいかもしれない」
    「やめてください。ただでさえ忙しい棺桶屋が過労死してしまいますよ」
    「はは、違いない」
     カイが私からランタンを奪い取り、私の左側を歩く。私としては、姿の見える右側を歩いて欲しいが気遣いが嬉しいのも事実なので何も言わないことにした。私は、いつまでこうしていられるだろう。棺桶に入っている自分の骸は想像できない。肉体が残るような、穏やかな死が想像できない。私にはまだカイや私の死後生きる者の為にやらねばならないことがある。この命が燃え尽きるまで、私に安楽の日は来ないだろう。空を見上げると、月が南中していた。
    (そういえば、あの吸血鬼はどこに住んでいるのだろうか)
     門限と言うからには、同居人が居るのだろう。人と踊りを心から楽しみ、午前零時前に急いで帰る様は、御伽噺の登場人物のようだ。
     遠くで口枷を付けた鴉が飛び立ったことに気が付いた者は居なかった。

     部屋中に響くワルツの音楽と共に燕尾服とドレスが舞う。磨かれた大理石の床がシャンデリアを映し、どこも見てもキラキラと目に痛い。給仕に渡されたワインに口は付けていないが、どうせ人の血が混ぜてあるのだろう。吸血鬼の会合後の懇親会なのだから。この場にいつになったら慣れるのだろうか。どことなく、いつもより気分が悪い。情報収集を終えたらさっさと帰ろう。
    「カイメン、どうした?顔色が悪い」
    「シュロ」
     淡い薔薇の香りに横を向くと、小柄な吸血鬼が立っていた。体が少し軽くなる。
    「何でもない、少し空気に酔っただけだ。シュロこそ今日は飲まないのか?いつもは血の入ってない酒なら飲むが」
    「最近ちょっと忙しいから、今日は止めておく。かわいいカイメンに迷惑はかけられないからな!」
    「それは今更だと思いますが」
    「スファレさんにオズウェル君。さっきぶり!」
    「こんばんは。シュロ様、カイメン様」
     仮面を付けた吸血鬼と白く小さい従者が会話に入ってくる。スファレはちらりと白い歯を見せ、仮面を少し上げた。オズウェルは『お前が言うな』と言わんばかりに主人を凝視している。
     シュロとスファレは酒が入ると、常より輪をかけて昔話を好んで語る。それが全くの他人の話ならまだいい。だがシュロは私の幼い頃の、スファレはオズウェルの失敗談など恥ずかしい思い出を語るのだ。この場にどれだけの他人が居ると思っている。誰が聞いているかも分からないような場所で、ぺらぺらと喋られてはかなわない。私は昔の話なのでそこまでダメージは無いが、ほぼ現在進行形の話をされるオズウェルは堪ったものではないだろう。ぼんやり遠くを見ていると、オズウェルと目が合う。あわてて深々とお辞儀されてしまった。一通り挨拶を済ませると、スファレが話を切り出す。
    「ところで、最近お忙しいと言うのはやはり今日報告された件でしょうか?」
    「ああ。さっきも聞いたと思うけど、近頃この一帯に不心得者が侵入したみたいでね。週に二三死体が出ている。君達も気を付けた方がいい、人間吸血鬼問わず血を飲み干されて死んでいるから」
    「やはり犯人は吸血鬼ですかね」
    「今のところ目撃者は全員死んでるから断言はできないけど、多分そうだと思う。ここだけの話だけど、血を吸われた後で体をばらされたような遺体もあるんだ。手の痕以外無かったから腕力で引き千切られたんだと思う」
    「えっこわ……」
    「だろう?だから外出する時は気を付けた方がいい。オズウェル君なんて襲い易そうだしな!」
    「ぼ、僕だって少しくらい剣を扱えるんですよ!」
    「腰のそれは飾りじゃなかったのか」
    「帯剣すらしてないカイメン様には言われたくないです!」
     オズウェルが顔を赤くして主張する。噛み付いてきそうだ。懐かない猫のように感じ、彼の柔らかい頭を撫でる。更に怒らせてしまった。
     思えば白太刀を教会に行くミットライトに譲ってから、帯刀するという習慣はなくなった。腰に重みが無いことに不安は一切無い。きっと友人の遺品のお蔭だろう。今手元にある武器は、友人の遺品の太刀九振りだけだ。ある任務を白薔薇公に任された際、公は証として十人に一振りずつ白太刀を下賜された。私以外の友人が何者かに殺害されたあの日、太刀は全て襲撃者に応戦する為抜かれたようで刀身に深い傷が刻まれていたり、血が付着していたりする。しかし不思議なことに切れ味は変わらなかった為、唯一生き残った私が友人の白太刀を全て遺品として譲り受けたのだった。友人が見守ってくれているのか、いつ襲われても気が付いたら手に誰かの太刀が握られている。そんな安心感からか、以前ほど命を奪うことに抵抗が無くなった。それどころか、襲撃者に敗北し自分も命を失いかけた恐怖より、かけがえのない友人を九人も奪った者への憎悪が心を満たしたのだ。私の妄想に過ぎないだろうが、友は今でも私の近くに居て復讐を見守っている。そんな気がする。
    「でも、被害者の中には腕に覚えのある吸血鬼も居たのでしょう。複数犯ということは考えられませんか」
    「それは無いんだ。掴んだ手の痕が残ってるって言っただろ?どの死体に残っているのも、粗方一致してるんだ」
    「囮役が居るという可能性は?」
    「無くもないが、人間一人を襲うのに吸血鬼が集団でかかるのは不自然じゃないか?」
    「教会の者に使役されている吸血鬼や、この一帯の領主に恨みのある吸血鬼が主人に命令されて、というのはどうでしょう?どこかで見ていて実行犯が危なくなったら援護するとか」
    「その可能性は考えられるな。まあ、どちらにせよ実行犯の吸血鬼を捕まえなきゃならない。正体や目的は全部その後かな」
    「シュロさんもお気をつけて。……血筋の良い吸血鬼の道楽でない可能性はありませんから」
    「ああ、そういえばスファレも純血吸血鬼を探しているんだったか」
     シュロが私を一瞥する。笑みを貼り付け、「ああ。以前話し合ったら特徴もよく似ている。スファレとはいい関係が築けそうだ」と返した。疑惑に満ちたスファレの視線が纏わり付く。
     こいつとは、先を争うことになる。
     恐らくお互いに同じことを思っているだろう。探し人の特徴が、あまりにも似すぎている。友を殺したあいつ姿は、今でも鮮明に思い出せる。小柄な身体で太刀を肩に担ぎ、返り血がべったりと付いた燕尾ベストを着た白髪の純血。奴の姿絵を作らせたわけでもないし、スファレとは特徴を口頭で示し合わせただけだ。しかしそれ以後互いに探るような視線を送り合っていることを思うと、やはり同一人物を追っていると考えた方が賢明だろう。スファレは匂わせないようにしているだろうが、執念といい醸し出す雰囲気といい、穏やかな用事ではないことは明らかだ。何としても先に奴を見つけ出さねばならない。吸血鬼と言えど、殺せるのは一度きりだ。
    「純血吸血鬼の話かい?僕も混ぜてほしいな」
     アルトの声が通る。黒い帽子を被った銀髪の女が近寄ってきた。翻る深い黒のマントが、光溢れるこの場には浮いて見える。
    「女性が聞いて楽しい話ではありませんよ」
     スファレがそう答えると、女は少し眉を下げた。
    「いや、楽しい話がしたくて話しかけたわけじゃないんだ。探している純血が居てね。理由は話せないんだけど、どんな些細な情報も逃したくないのさ」
    「集団で探した方が早いですからね、歓迎しますよ」
    「それは有り難い。そっちの白いお兄さん方は構わないかい?」
     女はスファレの言葉に顔を綻ばせ、シュロと私に向き直った。勘違いされていることに気が付いたシュロが慌てて否定する。
    「いや俺は純血吸血鬼を探しているわけじゃないんだ。仕事の都合で情報を集めてるだけで」
    「ああ、なるほど。仕事に問題の無い範囲でも、協力してくれたら頼もしいな。そっちの背の高い方のお兄さんはどう?」

     八つの目がこちらを向く。正直、この女にも不信感しかない。幼い頃から吸血鬼の会合に参加してきたが、女の顔に見覚えすら無かった。得体が知れないという点ではスファレも同じだが、名は元々知っていたし身元もある程度はっきりしている。この女は信用できるのか?マントの下に何を隠している?刺客という可能性は無いだろうか?私は乾いた口を開いた。
    「私も構いませんよ。各々の探し人が見付かるまで、どうぞ宜しく」
     初めて此処に来た時は、迷子になってシュロに泣き顔を見られてしまったな。ぼんやり昔を想いつつ、すっかり得意になった作り笑顔を浮かべる。鍵を守った証のタグが、しゃらりと鳴った。復讐が遂げられるなら、鬼でも悪魔でも利用してやる。私に復讐後の生など無いのだから。

    「とは言ってもこちらが先に情報を出さないとそちらも喋ってはくれないだろうね。お探しの純血の特徴はあるかい?」
     女は軽い調子で言う。黒い手袋が似合う奴だ。
    「白髪で戦い慣れている、純血の男を探しています」
    「白髪の男か。惜しいな、僕が探しているのは白髪の女だから、あまり情報が無いや」
    「小柄な男なので、女性でも背の高い方なら見違える可能性はあります」
     女は記憶を辿っているのか、口元に手をやり黙りこんだ。頭が割れるようなワルツの演奏。収まった気だるさが再び圧し掛かってくる。思わず手で顔を覆うと、シュロが気遣わしげな視線を送ってきた。天井がぐにゃりと歪む錯覚。世界が急速に回る。体がふらりと傾きかけるが、手を叩く音で世界は静けさを取り戻した。性別は分からないんだけど、と女が口にする。
    「最近あちこちで血を狙って人間や吸血鬼を襲ってる奴が居るのは知ってるかい?そいつがさ、白髪の純血らしいんだ」
    =====
    一元さん宅カイさん、シュロさん
    三冬さん宅スファレさん、オズウェル君
    お借りしました~
    口調が違ったら教えてください修正します(特にシュロさんやオズウェル君)
    とりあえず普段の口調で喋っていただきましたが公的な場では丁寧語かもしれないという不安でグラグラしてます……

    沢山のハートありがとうございます!
    お借りした方とうちのキャラの関係がイマイチ分からない方のために簡単に説明しますと、
    カイさん:シュートスが昔所属していた教会で無理やり吸血鬼ハンターとしての教育を受けさせられていた吸血鬼ハンター(半吸血鬼)。教会に色々問題があったので一緒に逃亡した。始祖とも殴り合えるわすれんぼさん。
    シュロさん:血の繋がりなど無いにも関わらずカイメンが幼い頃から親身になって面倒を見てくれたド親切貴族(吸血鬼)。ぶっちゃけ実の親より懐いてる。
    スファレさん:カイメンと同じ吸血鬼(レイツ)を追っている三つ編み仮面貴族(吸血鬼)。レイツに盗られた眼を取り戻したい。ついでに一生のトラウマ植えつけたい。
    オズウェル君:スファレさんの従者(という名のペット)の半吸血鬼。別の吸血鬼に付けられた首輪が取れない。この中で一番若い。剣術は修行中。天使。
    碧_/湯のお花 Link Message Mute
    2016/03/13 18:48:00

    吸血鬼は踊る

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    【吸血鬼ものがたり】踊るのと踊らされるのでは大違い ##吸血鬼ものがたり ##復讐編
    話リスト(http://galleria.emotionflow.com/20316/537486.html

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