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  • 前書き

    前回の吸血鬼ものがたりログ(https://galleria.emotionflow.com/20316/413034.html)にレイツとユーディアさん(三冬さん宅)がダンスをする漫画を載せました。
    その続きとして、レイツがユーディアさんに毎晩少しずつ、自分の身の上話をしている体で書いている文の纏めです。

    分けなければいけないほど長くなるとは思わなかったんじゃよ……

    1,生家の話
    「さて、どこから話そうか。……そうだな、じゃあ血縁者の話からにしよう。とは言っても、誰についても俺は大したことは知らねぇ。母親は俺が生まれてすぐに衰弱して死んじまったらしいし、実の兄弟は居ねえ。異母兄弟は沢山居たらしいが、多くは死んじまったらしい。父親については、幾らか話せるな。俺の父親は、所謂『始祖様』という奴でな。忙しいのか、数度しか会ったことがない。直接会った時は、いつも黒いヴェールを被っていた。顔を知っているのは、屋敷中に小さい肖像画が置かれていたからだ。金の目に長い白髪の、力強さからかけ離れたような男だ。実際強いとかそういう話を聞いたことはねえ。その代わり、屋敷の全ての人間に、深く愛されていたと思う。あそこまでいくと、もう宗教みてえなもんだな。誰もが奴の存在を意識していたし、心底尽くす奴も居た。俺も、奴を恨んだり軽蔑する理由なら幾らでもあるはずなのに、どうしても嫌いになれねえ。そういう奴だ。
    名前を、クラールと言う。そんな訳で、俺は物心付いたときから傍に居たアプトという従者を、実の兄のように慕っていた。今にして思うと、従者にあるまじき言動をする奴だった気がするが、よく遊びに付き合ってくれたし、何でもそつ無くこなす優秀な奴で、幼心に尊敬していたし同時にそんな従者が居ることを誇らしく思っていた」

    「昨日は家族について話したんだったな。じゃあ今日は、当時の生活について話そう。そうだな……後にも先にも色んな先生に勉強を教えられていたのはこの時期だけだな。末席とはいえ、始祖の子供だからか色々詰め込まれた気がする。俺が知っている事は、きっともうかなり古い知識なんだろうが……知らないことを知るのは好きだったから、そう苦じゃなかった。特に、地理や魔術が面白かったな。屋敷から出たことが無かったから、屋敷の外にあるものや地形について載ってる本がとても面白かった。よくアプトに、実際に見に行きたいと言ったな。いつか一緒に行こうと言ってくれた時は本当に嬉しかった。
    魔術はナイフより得意だった。体を動かす授業の訓練をよくアプトとしたが、ナイフでは、というか他のことでも滅多に褒めねえあいつが、魔術だけは褒めてくれたから確かだと思う。……忘れちまったから、今はもう無理だが。あの頃の俺は、色々なことを教えられながら、重要なことは何一つ知らなかった。空には一日中星が瞬いているものと思っていたし、人間と吸血鬼の差異から生まれる感情について考えたことは無かった。従者や使用人がどのような環境で働いているかも、決まった時間に飲む赤い液体の正体さえも、知らなかった。傍に居る存在は、いつまでも隣に居ると。それを疑ったことは無かった」

    2,甘えを捨てる
    「さて、どこまで話したか。家が燃えたところまで行ったか?行ってない?そうか、じゃあその話をしよう。その日は何でもない普通の日だった。いつも通り、勉学の指導を受けていると襲撃の知らせがあった。たまにあることだったから、特に気に留めることもなく、いつも通り迎撃に向かう従者を見送った。
    いつもと様子が違うことに気が付いたのは、扉の向こうから聞こえる騒ぎが収まる様子が無かった時だ。教師も不吉なものを感じたのか、切り上げる相談をしていたら、見たことのない不思議な格好をした奴が押し入ってきた。高らかに詠唱をするそいつの喉を教師が握り潰して、自室に隠れるよう言われたんだ。気圧されて、自室に戻ったら部屋の様子が変わっていて驚いたことを覚えている。いつもは、アプトが不在でも必ず数人は居る使用人が一人も居なかったし、部屋にあった多くの物が無くなっていた。今思えば、全部金に換えやすい物だったな。当時は物の価値を気に掛けた事が無かったから分からなかったが。幼心にも、自分の味方がその場に居ないことだけは理解できた。だから、扉を固く閉めてアプトを待ったんだ。アプトが迎えに来ると信じていたし、ただただ喧騒や怒号が、怖くて。嵐が去るのを待っていた。嵐はいつか去って、平穏が戻ってくると、目を瞑り耳を塞いで、物陰で縮こまって、待っていた」
    「……ああ、今日は覚えてる。暫くすると、いつもの調子で扉を叩く音がした。扉を開ける前に、蹴り破られて。……心底驚いた。兄と慕った従者が、影なんて一度も感じさせたことの無かったあいつが、血みどろで立っていた。あいつから流れ出る血が、止まらないのが不思議で。何となく、傷口を押さえた。あいつが何を言っていたのか、自分がどう動いたのか。よく覚えていない。気が付いたら、手を引かれて、焦げ臭い廊下を歩いていた。進むのが恐ろしいくらい、廊下の様子が違って。見慣れない服を着た奴も、見慣れた顔の奴も、仲良く転がっていて、今にも動き出しそうで。縋るようにあいつの手を握った。あいつの体調を心配しつつ、事実頼りきっていた。……多分、もう目が見えていなかったんだ。見慣れない格好の奴が、行く先に現れたときも、こちらに向かって術を放ったときも、硬直した俺を抱いて背を向けただけで。強い衝撃を、あいつの身体伝いに感じた。重くなったあいつの体を、乱暴に動かすことはできなくて。
    次の術を向ける奴らの腕をもぎ取った。それでは数秒しか時間稼ぎできないと思ったから、頭も潰した。早くあいつを安全な所に運びたくて駆け寄って。閉ざされた目も、傷を治せば開かれると思って。でも、傷を治す術なんて知らなかった。理由なんて分かってる。俺にとって、存在価値の無い術だったからだ」

    「……俺は、泣きながらあいつの傷口を押さえることしかできなかった。あいつの手が、真っ赤な俺の手に触れて。『外へ』と。そう言ったきり、あいつが再び動くことは無かった。……暫く、赤くくろく濡れた、あいつの白かった服を、見ていた。ふと、見慣れない格好の奴らがどうなったか気になって。目をやると、そこには腕がもげて、顔が潰れた死体が転がってた。驚いた。殺すつもりは、無かったんだ。腕が蘇生していないことが、頭が元に戻っていないことが、あいつの傷口が塞がらなかったことが、べたべたと、床が汚れているのが、不思議だった。自分の体が、特殊だと思ったことは無かったんだ。同時に、強い後悔に襲われた。
    あいつは、死ぬ必要なんて無かったんだ。俺にもっと勇気があって、あいつに護られるのではなく、あいつを護ろうとしていたなら。あいつは俺を庇って死ぬことなんて無かった。あんなに簡単に死ぬ弱くて脆い生き物に殺されることなんて。怯えるばかりだった自分を呪った。俺は、一人で旅をするつもりなんて無かったんだ。色んな所を旅して、色々なものを見て、違いを楽しんで。それを、あいつと共有したかった。だから、一生あの城で飼い殺しでも、政争の駒に過ぎなくても、色々なことをあいつと楽しめれば、それで良かったんだ。あいつの居ない旅に意味なんて無かった」

    「昨日は昔の話というより俺の後悔についてだった気がするな。悪い。話を進める。とにかく俺は、あいつと一緒に死ぬつもりで、あいつの体の傍から動かなかった。炎で焼けて体が灰になるのは怖くなかったが、あいつが更に鞭打たれるのは嫌だった。だから焼け死ぬまで、近寄る敵は全員殺すことにした。誰かに肩を掴まれた時も、迷うことなく引き千切った。
    振り返ったら姉貴……ほら、白薔薇に指名手配されてた。あいつだったことには驚いた。完全に俺を殺す気だった。敵だと思われていたようで、説得したら構えを解いたが、安心したのがいけなかった。近付いてきたと思ったら、無言で俺を抱え上げたんだ。抵抗したが、放してはくれなかった。そのままアプトから離れてしまった。姉貴は外へ出る道を知っていたから、歩みに迷いは無くて。アプトと離れたくない一方で、どこか安心していたと思う。道中、襲撃者と遭遇したから襲った。殺そうとしたんだが、恐怖に引き攣った顔を見ると、自分を見ているようで。何となく止めを刺せなかったから、仲間にした。後で知るんだが、正規の手順を踏まずに仲間にしたら、延命はできるんだが、本当に人形みたいになっちまうんだよな。当時は恐怖の消えた表情を見て、痛くも怖くもなくなったなら良かった、としか思ってなかったんだが。そうして三人で、外を目指した」
    3,思い出を捨てる
    「外への通路は物置にあった。運が悪いことに、そこは既に敵に抑えられていたが、時間も無かったから姉貴を先頭に強行突破することになった。邪魔だから距離を取って付いて来い、と言われたが、魔術で援護をする気だった。……いくら強くてもあの恐ろしい襲撃者から護る必要がある、と思っていた。それまで、俺は自分が世間では恐れられている吸血鬼という生き物である実感は無かった。周囲に吸血鬼しか居なかったから当然っちゃ当然なんだが。……火より魔術より襲撃者より、姉貴の方がずっとずっと恐ろしかった。何が当たっても、歯をむき出しにして笑いながら、水瓶を割るように。服を脱いだ時は正直何考えてるんだと思ったが、もうそんなこと気にならなかった。返り血で頭から真っ赤に染まっていたし、何よりもう……自分とは違う、怪物にしか見えなくて。
    人間の眷属の血が目の前で飲まれている時も、眷属が自分の未来の姿のようにしか思えなくて。襲撃者が哀れに思えてきた。自分たちの無事の為に、何人も死んだことへの罪悪感があった。胸の重い気持ちを軽くする為に、祈るような気持ちで一人ひとりの生死を確認した。全員の死を確認した時、アプトに責められているような気がした。命を粗末にする奴に厳しかったから。

    だから、あいつの銃を手にした時は背筋が凍った」

    「置いて行った事を、責められている気がした。たった今抜けてきた地獄から、死体が追いかけてきている気がした。銃はずっしりと重くて。その重みが、何ができるでもない、自分一人の為に、多くの命が失われたことを責めているような気がした。……あいつの遺品なのに、今すぐ手放したかった。だから、地下で服を漁っていた姉貴に銃を押し付けて、逃げた。……走って走って、一度だけ振り返った。遠くで赤々と燃える家を見たら、急に胸に入っていた大切な物を、どこかに落としてきたような心地がした。
    ひょうひょうと胸の穴を抜ける風が寒くて痛くて、重くなった足を引きずるように、夢中で自分の影を追った。

    気が付いたら、知らない天井を見上げていた。子供が行き倒れているのを気の毒に思った人間が、家に連れ帰ったんだ。最初は吸血鬼だとバレたら殺されるかもしれないと思って隠していたんだが、まあ結構すぐバレちまった。そいつの驚いた顔を見て、殺さなくてはいけないと、思った。だが、できなかった。当分血も死体も見たくない気分だったし、自分の足首にあそこで死んだ連中が絡まっている気がしたんだ。……その人間は驚いたことに、『拾った以上最後まで責任を持つ』と言って、俺を留め置いた。一緒に薪割りをしたり、市場に買出しに行ったり、料理を作ったり、洗濯をしたりと穏やかな日々を送った」

    4,かけがえの無いものを自ら破壊する
    「吸血鬼であることは知られていたから、動物の血を飲んで過ごしていた。初めて飲んだのは鶏の血だった。今まで味わったことの無い味で、目新しく思ったが、それ以上のことは考えなかった。
    それよりずっと目新しいことが多かったからだ。誰かと同じベッドで寝たことは無かったし、薪を割ったことも、物を繕ったことも、怪我の手当てをしたことも、……肩車してもらったことも無かった。楽しかったし、『お互いのことを理解できれば、人と吸血鬼は共存できる』と思うようになっていた。日に日に奴がいい匂いを発することや徐々に喉が渇いてきたことは、一時的なものだ、すぐ治るだろうと放っておいた。……気が付いたら、奴に噛み付いていた。慌てて身を起こすと、二人で掃除した床に、奴が力無く横たわっていた。口の中に広がる味には、覚えがあって。魔除けの守りに貰った耳飾りと同じ色のものでべたべたの自分の口回りや手で、自分が奴を吸い殺したのだと理解した。ショックだった。感覚としては、『少し腹が空いたな』程度だったんだ。たったそれだけの空腹で自我を失い、共に暮らす大切な奴を食う化け物なんだと知りたくなかった。
    ……奴の死体を見られたら、俺の正体が他の人間にバレるのは時間の問題だったから、死体を視界に入れず急いで荷造りをして村を出た」

    5,人間への期待を捨てる
    「初めて人から血を啜った所まで話したんだな。その後は、人目を避けて移動しつつ、極力森の中で一日を過ごした。日陰も多かったしな。たまに動物を狩って腹を誤魔化しつつ移動していたら、一面の金の波が美しい村に出た。丁度祭りの時期だったようで、喧騒に惹かれて足を踏み入れたんだ。耳が隠れるように、深くフードを被って。特別変わった物は無かったが、祭り自体初めての体験だったから全てが珍しく見えた。場の熱に浮かされていたと思う。そうして見て回っていたら、村の子供らに、出入りしている商人の子供だと勘違いされてな。手を引いてあちこち連れ回された。どこから来たとか、あのランタンは誰が作ったんだとか、あの爺さんは耳が遠いからいくら騒いでも怒らないだとか。楽しかった。肩を組んで、『また来年も来いよ』と言ってくれたときは、本当に嬉しかった。
    ……そうこうするうちに広場に着くと、軽快な音楽に乗って大勢が踊っていた。皆は慣れた動きで中に入って行ったが、俺はなかなか動けなかった。見かねた子供の一人が、『こうするんだ』と俺の手を強く引いたから、バランスを崩して。こけた拍子にフードが外れちまったんだよな。……『吸血鬼だ』と最初に叫んだのも、やっぱり子供だった。そっからはもう祭りどころじゃねえよな。音楽は止まるしわ、あちこちで悲鳴が上がるわ。俺を中心に輪ができて、石やら道具やら投げられて。牧師を呼んでこいという声と、農具を持ってすげえ形相で走ってくる大人を見て我に返った。立ち上がって、森へ駆けて。追っ手は日が暮れると帰っていったから安心したが、子供の投げた石でできた傷が痛くていたくて。泣きながらまた歩き始めた」

    6,同族への信頼を捨てる
    「前回は祭りに行った話だったな。それからは暫く、極力人を避ける生活を続けていた。……たまに一人で森に入っている人間を食ったりしたが。……そうして森を転々として暮らしていると、ある夜誰かに揺り起こされてな。起きてみると、目の前にはいい服を着た、優しそうな男が立っていた。吸血鬼だった。そいつが言うには、自分は俺の親戚で、ゲシュプの館が燃える前から俺のことを見知っていたんだと。最近、偶然俺を見かけて遠くから見守っていたが、あまりのみすぼらしさに見ていられないから、家に招待したくて声を掛けたらしい。……何と言うか、それまで人に騙された経験が無かったんだよな。だから疑うという発想が無かった。外見も怖くなかったから、恐怖も無かった。差し出された手を何の疑いも無く握って、連れて行かれたのは普通の家じゃなかった。当時は教会を知らなかったから大きめの家だな、としか思っていなかったが、まあ教会だった。吸血鬼を見たら、何とか制圧しようとする坊主の居る、普通の。
    扉の前で、用事があるから先に入っていてくれという男の言う通りに扉を強引に開けて。廊下をまっすぐ進んでいくと、住人と遭遇した。あの時は驚いたな。あの日の襲撃者と同じ服装の奴らが、ゴロゴロ居るんだから。来た道から逃げようとしても退路は絶たれるわ魔術を向けられるわで大変だった。助けは来ねえし」

    「パニックになってたんだな。祭りで人間に囲まれたことや家を焼け出された日のこと、初めての魔術の授業の記憶まで、真っ白な頭の中を駆け巡った。冷静さを取り戻したのは、坊主たちの後ろにあるものが見えたからだ。ぼろぼろの誰かの手を引いて、廊下の角を通り過ぎた、『親戚の男』が。こちらを見る事無く通り過ぎていくのが、見えた。……あっという間に頭が冷えていくのが分かった。囮として利用され使い捨てられたことを理解したら、急に周りの人間が人形に思えて。
    あの日からずっと重く感じていた身体が、軽くなったんだ。どんな攻撃も避けられる気がした。宙も自由に跳べた。そして、壊した。……家の外も中も、関係無かったんだ。家で暮らしていた頃は、外に出れば味方もできるだろうと思っていた。信頼できる者も此処よりはずっと沢山居るだろうと。話せば、相互理解が進めば、人間と吸血鬼も共存できると思っていた。現実は、同族の吸血鬼にすら利用されたわけだ。孤独の運命を理解した。壊した『人形』の血を全て飲んで、山積みにされていた古着から自分が着れる物を見繕って。他にも色々、生活する上で必要になる物を持ち去った。完全に罪悪感は消え失せてたし、人間を自分と対等な生き物に思えなくなった。そして吸血鬼は、手を組んでも何の益にもならない、有限の食料を奪い合う相手になった」
    7,生の目的を持たない吸血鬼は暇
    「前回はどこまで話した?……そうか。じゃあその続きを話そう。とは言っても、大して何も変わらねえな。適当にその辺の人間や野生動物で腹を満たしては、当ても無く各地を転々とした。特に人間への恐怖も、仲間になりたいという気持ちも無くなったから、無意識に抱いていた緊張が消えたんだろうな。人の中に楽に紛れ込めるようになったから、たまに町に出て殺した人間の金で物を買っていたんだ。たまに山狩りを予め知れたりするしな。……ある町で、気になる話を聞いてな。ずっと南西に行った所に、大きな教会ができたという内容で、最初は『近付かねえようにしよう』という程度だったんだが、聞けば聞くほど妙に気になってな。どうせ時間も有り余っているのだから、と見物に行くことにしたんだ。適当に方角を取って、たまに出た町で話を聞いて方角修正して……大分近付いた頃、閑散とした村に出た。
    住人を探すこと自体が大変でな。ようやく見付けたと思ったら、大きく迂回しろと言う。何年も前に、隣の村に吸血鬼が出て、壊滅したんだと。何故かこちらまでは来ないが、此処を離れることのできない者以外は全員他所に移り住んだ。例の教会には報酬が用意できないから頼めない。だから迂回しろ、と。……聞かなかったら面倒そうだから、その時は聞いた振りをして、俺は近道をまっすぐ行くことにした」

    8,二度目
    「例の村だった所には、まあ、吸血鬼に滅ぼされた村らしく、殺されてそのまま放置されたんだろうなと思わせる骨や血痕が散見された。のんびりする気も無かったんだが、突っ切る途中で居座ってるという吸血鬼に襲われた。逆に食ってやろうと、手を振り上げて。……下ろせなかった。10年以上前に、俺が吸い殺したはずの人間の男が、全く老いていない、あの時の姿で。そこに居た。急に周囲の景色が見覚えのあるものになった。あの井戸も、あの死体が着ている服の色も、あの家が元々何屋だったのかさえ、鮮明に思い出せた。
    掴まれていた腕が折れ、爪で胸の辺りを裂かれた。説得しようと、口を開いたが。……言葉が出てこなかった。まず、名前すら思い出せなかった。貰った耳飾りのことを思い出して。必死で目の前で示しても、反応は無くて。やめろ、とか俺だ、ロートだ、とか言ってるうちに、与えた傷があっという間に治るから痺れを切らしたんだろうな、首を掴まれて。血の気が引いた。あいつの指が首に刺さって。……あいつを殺すか、俺が死ぬか、悩んだ。こいつが理性や知能を失ってなお此処に留まり続けたのは、帰ってきた俺を殺すためなんじゃないかとか、途方も無い永い時間を、一人で無為に過ごすのなら、この機会に死んだ方が幸せなんじゃないかとか。……血管が切れて、血が噴き出したことで背筋が凍った」

    「吸血鬼化していた食べ残しを殺したところまで行ったか?行ってない?そうか。いよいよ命の危機を感じて、あいつが違う生き物に見えたんだ。撫でてくれた大きく厚い手も、俺を軽々と持ち上げた逞しい腕も、俺が噛み付いたであろう、太い首も。
    俺の知っているあいつは、もう死んだんだと言い聞かせて。動かないあいつの体を見下ろして、暫く立ち尽くした。目を閉じさせると、眠っているようにしか見えなかった。昔より幾分か小さく見えたが、幾度と無く抱きしめてくれたその人そのもので。思えば俺があいつを殺した日、死体を直視することはできなかった。

    あの後、こいつが起き上がったのだとしたら。

    見当たらない俺を探して、村を探し回ったのだとしたら。

    そう飯にありつけないだろう此処で、何年も俺を待っていたのだとしたら。

    俺を探してくれる奴が、まだ居たんだ。そう思うと、今まで自分が独りだったのも、これからまた独りで生きていかなければならないのも、全部俺のせいなんだと身に沁みて。あいつが日の光で灰になると、急に寂しくなって。もう戻らない、昔に帰りたくて。焼ける肌より胸が痛かった。数日、かつて暮らした家に滞在した。もっと留まるつもりだったが、腹が減って。後ろ髪引かれる思いで、本来の目的地に向かった。……もう、行く先に何があるのかも、分かっていた」
    9,吸血鬼であることへの諦め
    「目的地が目前の町で情報を集めていると、人間に話しかけられた。いつもは適当に会話を切り上げるが、その時は何となく人と離れ難くて。どこから来た、とか、どこへ行く、とか、どこは何が美味いとか。他愛の無い話をするうちに意気投合して、丁度行き先は同じだったから、一緒に向かおうということになった。一緒に飯を食べて、体も温かくなったし、腹も満たされたような気がしていた。翌日、二人でその町を発って。歩き疲れて、休憩を取って。日の光が眩しくて、物陰にそいつを誘って。
    食った。
    無意識に近いな。何がショックって、昨日は真実、面白い奴だとか一緒に旅をしたら面白いだろうなとか道中も楽しく過ごした相手を吸い殺して、何とも思っていないことだよ。戸惑いも後悔も、悲しみさえ無いんだ。着実にあの恐ろしい姉に近付いていることを自覚したし、ずっと続いていた空腹が収まって安心している自分に気が付いた。
    ……死体を処理して、道を重い足取りで歩いていると、荷馬車の客に声を掛けられて。同乗させてもらえる事になった。薄汚れた床を見つめながら揺られていると、その客に『何か悩みがあるんじゃないか』と言われて。吸血鬼だとバレそうなところは誤魔化して、ぽつぽつ話した。そいつはただ聞いているだけだったが、話し終わると『自分達は全ての種を受け入れます』と言った」

    「荷馬車に乗っていた客は、例の教会の坊主だった。奴は俺が吸血鬼だと知った上で、信仰に興味は無いかと言ってきた。きっとその苦しい胸の内が救われると。断ったが、話を聞くだけでもいい、目的地はうちだろう教会の案内ついでに宿舎も世話してやる、と食い下がるのを振り払えないうちに着いちまった。予想通り、例の教会は燃えた俺の家だった。坊主に連れられて、初めて正面から入ったそこは、俺の記憶より幾分か小さかった。坊主の案内を話半分に聞きながら、一般人は入れない区画もゆっくり見て回った。
    流石に死体は全て片付けてあったが、どうしても取れなかったんだろうな。所々に煤や血の黒ずみが見て取れた。よく此処を教会にしようなんて思ったな、と言ったら、此処は勝利した聖戦の地だから戦いの痕跡は浄化されて無害なんだと。……俺が生き残りだと言ったら、あいつはどう態度を変えたんだろうな。アプトを横たえた場所も見たが、痕跡は無かった。私室やいつも勉強していた部屋は書庫や面会室になっていた。……最後に、坊主は地下牢を見せてくれた。その時は誰も繋がれていなかったが、かつては住人の食料として人間を増やす場所で、沢山の人間が繋がれていたんだと。……まあ、そういう場所もあるだろうなと思った。あの毎日飲んでいた赤い水が人の血だとして。全住人分のそれを賄うならな」

    「そうショックは受けなかった。あそこに住んでいた頃なら衝撃は大きかっただろうが、空腹からかけがえのない奴を吸い殺し、人間を食うことを何とも思わなくなった今では。かつてあの城で、毎日夥しい数の人間から血が搾り取られていたことは想像に難くなかった。襲撃されるだけの理由があったんだ。それよりも、坊主の発言が矛盾していることが気になった。吸血鬼も受け入れると言いながら、吸血鬼の殺戮を正当化している。あの日の襲撃者の中に、吸血鬼は居なかった。俺はまた、騙されているんじゃないかと思った。本当は吸血鬼を救うつもりなんて微塵も無くて、殺す為に招き入れたんじゃないかと。ゆっくり話ができるようにと、部屋に通されて。数人、他の坊主も入ってきた。……『聖戦』で殺した吸血鬼のように、俺を殺さないのかと聞いたら、まさしくそれから、教義が変わったんだと。
    十数年毎に年頃の男女一人ずつ生贄を求める吸血鬼の城を落とすことで平和になると信じて、領内はもちろん、領外からも聖職者を集めて多くの犠牲を出しながらも辛勝したまでは良かったが、聖職者の数が激減したから吸血鬼が人間を襲い易くなり、今まで滅ぼした吸血鬼達が訓練がてら始末していた雑多な吸血鬼が増えて襲われるようになったり、生き残りが手当たり次第に人間を襲ったりでかえって死人が増えたんだと」

    10,旅立ち
    「そういった人間世界の事情で、宗教って変えられるものなのかと思った。神が居るのなら、なんて人間贔屓な存在なんだと思った。奴らが言うように神が万物を造ったのなら、吸血鬼だって奴の創造物なはずだ。この、泥から生まれた生き物の血を飲まなければ生き永らえることのできない呪われた種族を、哀れむことも無く人間を使って灰に帰しているのなら。奴らの言う神は、失敗作を犠牲など気にせず人間に掃除させている、横暴な存在だと思った。……親父や兄弟や、かつての俺のようだと思った。
    全てが変わっても、あの家の主の本質は変わっていなかった。……考えさせてくれと言ったら、教会に泊まる事になった。断る気だった。ただ、断れば二度と此処には入れないだろうと思った。すぐ其処を離れるには、大切な思い出が多すぎて。……通された部屋は知らない部屋だったが、窓から見える景色に懐かしいものを感じた。夕方の鐘が鳴って、坊主が皆出払ったから外に出た。中庭の土を踏むと、後ろからあいつの『植物に良くないから止めろ』という小言が聞こえてくる気がした。振り返らなければ、ずっとそこにあいつが居る気がして。月が昇るまでそこに立っていた。……完全に夜になると、中庭を囲む石壁の一部に違和感を感じるようになった。辺りを探ったら、レンガが一つ抜けて。……裏側に、術式があった」

    「見た感じ光を弄る式だったから、逆にレンガをはめ込んで作動させると、壁の足元にそれまで無かった小さい隙間ができた。隙間に指を引っ掛けて強引にこじ開けると、俺が何とか通れそうな穴が奥まで続いていた。興味本位で潜り込んだ。
    ……結論から言うと、その穴はゲシュプの倉庫に続いていた。それも、坊主たちの手が付いていないもののようだった。置かれている物の多くにゲシュプの紋章が入っていたのもあるが、吸血鬼の死体が二つ転がっていたからだ。一つは、赤ん坊のもの。餓死っぽかった。もう一つは、従者の服を着た俺くらいの背丈のもの。こっちは、血が足りなくて死んだんだろうな。首の辺りに、沢山の小さな噛み痕があった。大方、あの日子供を抱えて逃げ出したはいいが逃げ切れなくて、倉庫に篭城することにしたんだろう。人間を一掃して誰か、吸血鬼が助けに来てくれることを信じて、赤ん坊に自分の血を与え続けてついには両方死んじまった訳だ。幸せ者だなと思いながら、その死体を跨いで倉庫のものを眺めて回った。……何か、証が欲しかった。アプトと共に過ごした証が。かつて此処の住人だった証が。置いてある物の多くは手入れもされず放置された剣や貴金属で、剣は鞘から抜けない物も多かったが、その中に妙に惹かれる細身の物があった。
    片刃だったがちゃんと抜けたし錆も刃毀れもしていなかった。軽く振ってみると手に馴染んでいたから、それと棚から落ちてきた手帳・筆記具を持ち去った。あいつに教えてもらったことを忘れない為に、必要な物だった。外に出たら丁度夜明け前だったから、俺はそのまま地下通路を通って教会を後にした」
    後々資料になるかもしれないから差分
    碧_/湯のお花 Link Message Mute
    2017/12/11 23:36:03

    赤亡霊夜話【上】

    レイツ・ロート・ゲシュプの今の性格が形作られるまで ##吸血鬼ものがたり
    話リスト(http://galleria.emotionflow.com/20316/537486.html

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